Kapitel.17
階段で一階まで降りる。
必死だった。何も考えられなかった。
何度も転びそうになる。必死で走ったのにも関わらず、悠翔はもう追いついてくる。
真央はなんとか一階に着くが、そこは知らない場所。どうしようか迷っていると、悠翔はもうそこまで来ていた。焦った真央は、駐車場の方へと走る。
「ちょっと待ってっ」
悠翔の声も、聞かない。
駐車場では小さい子たちが遊んでいた。
隠れる場所を探しながら走っていると、小さな公園を見つけた。いや、公園と言って良いのかもわからない。木や花、雑草なども生えているそこは、ただ一つベンチがあるだけだったのだ。
何もない為か、誰もいない。
しかし、今の真央にとっては絶好の場所だった。引き込まれるように中へ入り、隠れた。
悠翔の足音が近付いてくる。
真央は息を殺した。
佑月は一階まで降りて足を止めた。
真央のことは悠翔が追いかけていったのだ。今の悠翔には記憶がない。けれど、なぜか安心出来る。
このまま闇雲に探しても見つかりそうにない。
沙紀の家をあんな形で出てきた為に、今更戻るのも気が引ける。
周囲を見渡し、直感で歩いてみた。
「真央にメールしとこう」
「姉さん……」
沙紀が呟くように言う。
夏紀は呆然と座り込んでいた。
「どういうことなの?なんか、知り合いっぽかったけど」
沙紀のぽかんとした口調に、夏紀は俯いた。
「姉ちゃん、なんか知ってるの?」
そんな夏紀の姿を見て、沙紀は不安になる。
「………」
それでも何も言わない夏紀に、沙紀は慌てたように言った。
「と、とにかく家の中に入ろう。ね?」
夏紀を誘導し、なんとか家の中へ入る。
「紅茶でも飲もうか」
独り言のように良い、準備をする沙紀。
暫くして、夏紀が呟くように言い始めた。
「もしかしたら、あの子たちは龍と知り合いかもしれないね」
沙紀が夏紀の前に紅茶を用意し、自分の分もテーブルに置いて席に着いた。
「……実は、さ」
夏紀がいつになく真剣に口を開いた。
悠翔は辺りを見渡す。けれど、真央の姿はない。
耳を澄ませ音を聞き逃さないように眼を伏せたりしてみるが、どこにもいないように思えた。
「上手く撒かれたか……」
そう呟いて肩を落としながらゆっくり歩き出す悠翔。少し歩くと、木などに囲われたベンチが眼に入った。
小さく溜息を吐いて歩を進めようとした時、ベンチのある方から携帯電話の着信音が聞こえてきた。それと同時に声もする。
「え、あ、あっ」
それからすぐに着信音が止まる。
悠翔は嬉しいような悲しいような、複雑な顔をした。
真央はじっと眼を瞑っていた。手で顔を覆う。
悠翔の声が聞こえた。真央がびくっと肩を震わせ、息を止める。
その時、真央の携帯電話が鳴った。
「え、あ、あっ」
真央は慌てて着信音を止める。
真央は真っ青になった。
気付かれたかも……そう思ったとたん、涙が溢れてきた。
「馬鹿、なんでよ……。駄目だって…っ」
必死で涙を止めようとする真央をあざ笑うかのように、涙は溢れてくる。
無我夢中で涙を止めようとしていたら、誰かの両手が眼に入った。と思ったら抱きしめられている自分がいること気付く。
「……え」
知っている温もりだ。そう、最近も感じた・・・・・・。
「嫌っ。放してっ」
真央は全力で離れようとするが、やはり力は強い。
「……泣かないで下さい」
悠翔は静かに言った。けれど、腕に入った力は緩まない。
「それと、動かないでくれると嬉しいです。貴方の前に現れてしまいますから」
あぁ、そういえばそんなことも言ったっけな……。そんなこと気にするなんて、本当……。
「やっぱり悠翔だね……」
真央は小さく呟いた。
「……え」
悠翔の力が弱まる。
悠翔、どこかで聞いたような名前……。
悠翔の力が弱まったのにも関わらず、真央は離れようとしない。懐かしい感じに浸ってみた。
「……あの、悠翔、とは?」
悠翔が恐る恐る訊くと、悠翔の胸の中で真央が小さく震える。
「…私の、好きな人よ」
そう言いながら真央は悠翔を見た。
真央の眼には涙が溜まっているにも関わらず、微笑みが溢れ、優しさが感じられる。そんな真央を見て、悠翔は懐かしさを覚えた。
突然、悠翔は真央を強く抱きしめる。
真央が驚いたように眼を見開くと同時に、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ごめんなさい。わからないけど、自分でもわからないけど……、ごめんなさい」
強く、強く、真央を抱きしめる。
悠翔はなんと言っていいかわからなくなった。言葉では言い表せそうにないこの感情。
言葉で表現する代わりに、真央を強く抱きしめる。
「悠……翔」
真央が小さく呟く。
「悠翔、悠翔……」
何度も何度も呟いて、悠翔に抱きついた。