Kapitel.14
「良いよ。本題に入っても」
唐突に真央が言う。秀は驚いたように真央を見た。
「私がなんで泣いてたか、訊きたいんじゃないの?」
「あ、いや」
「まぁ、大方察しだろうけど」
「……大丈夫か」
秀の質問に、真央は微笑んだまま答えない。それどころか、話を変えた。
「佑月、もう帰ってるかな」
「え?」
「話したいことがあるの。悠翔に関する、大事なこと」
真剣な真央に、秀は小さく息を飲む。
「佑月の部屋ならそこの窓の向かい側だけど」
そう言いながら、扉から向かって左にある窓を示す秀。
「えっ。そうなの?」
真央は楽しそうに立ち上がって窓に向かう。
その時、突然真央が叫んだ。
「あっ」
「次は何?」
真央はゆっくりと振り返って秀を見る。
「え、どうした?」
「忘れてた。告白のこと」
「あぁ……」
「ごめん!私、自分のことで精一杯で……」
「仕方ないさ。今は悠翔の問題を解決しねぇと」
「……良いの?」
真央が秀を窺うように訊く。秀は力強く頷いた。
「窓を開けて、軽く数回叩いてみて。佑月が部屋にいるなら開けてくれるはずだよ」
「あ、うん」
言われた通りに、窓を開けて数回叩く。
暫くすると、ゆっくりと窓が開いた。
「佑月!」
佑月は、驚いたように真央を見る。
「ねぇ、今大丈夫?」
「えっ。あ、今からご飯……」
「あ、そっか…。じゃあ食べ終わったらで良いから秀の部屋に来てくれない?ちょっと話したいことがあるの」
「あ、わかった……。じゃあ」
「待ってるね」
佑月が作り笑いをしながら窓を閉めた。
そんな佑月が去っていくのを見てから、真央は秀に訊いた。
「ねぇ。秀がここに招き入れたのって、佑月と私以外にいる?」
「え。あぁ、いないかな」
「なんか嫌な予感するね」
「どういう意味?」
「だから、佑月にとってみれば、秀の部屋に入れるのは自分だけって思ってるわけじゃない。それなのい
に秀の部屋に私がいた」
「…何が言いたいんだ?」
「あのね、女の子とかって、特別っていうのに惹かれたりするのよ。自分だけが知ってる彼がいると、安心したりするんだよね。自分しか知らないんだから」
「……はぁ」
「とにかくさっきの佑月はちょっと様子がおかしかったの、わかるでしょ?」
「それはまぁ……」
「多分、動揺してるんだと思う。自分しか知らない秀の部屋に私がいたことにね」
「……女って難しいんだな」
「もしもあんたが佑月が好きなら、もう佑月以外の女は部屋に呼ばないこと!」
「あ、あぁ……」
秀は真央に圧されて頷いた。
どういうこと?なんであたしを呼ぶの?
佑月は何がなんだかわからなくなっていた。けれど、自分を呼ぶってことは二人だけの時間はなくなる。そのことが佑月を安心させていた。
「あ、あたしご飯食べたら勉強するから、部屋に入ってこないでもらえるかな」
夕食の際、佑月は秀の部屋へ行くために嘘を吐く。
秀の部屋へ行くなんて言って、否定されるのは眼に見えていた。
「あー、はいはい。どうせ大声で呼んでも聞こえないのかしら」
「もっちろん」
佑月は元気良く言った。
部屋に戻り、窓を開ける。秀の部屋の窓は開いており、中から秀と真央の笑い声が聞こえた。
佑月は胸が苦しくなる。
なんで、なんで、なんで……。
佑月は大きく深呼吸をし、勇気を出して秀の名前を呼んだ。
「あ、どうぞー」
秀の返事を聞いて、窓から秀の部屋へと行く。
平常心、平常心。普通に、いつも通りに……。
佑月はそう心の中で唱えた。
「俺お茶持ってくるわ」
空になったグラスをおぼんに載せ、部屋を出ていく秀。
佑月と二人になった真央は、絶好のチャンスだと思った。
「ねぇ、佑月。なんで私がここにいるか気になるんでしょ?」
佑月は驚いたように真央を見る。そんな佑月に、真央は微笑んだ。
「安心してね。別に秀に特別な感情があるわけじゃないから。秀には、ちょっと助けてもらったんだ」
「助けて、って……?」
「詳しいことは後で話すけど、泣きながらふらふらしてた私を、ここまで連れてきてもらったわけ」
佑月は、数時間前のことを思い出す。
確かにあの時、真央は泣いているようにも見えた。
「でも、吃驚しちゃった。秀の部屋って案外綺麗されてるのねぇ。しかも佑月の部屋が隣だなんて。一緒に寝たりするの?」
「なっ、いや、そんなんじゃないって!違うから!」
佑月は必死で弁解する。
「良いじゃん、夜とか遊びに来ちゃえば。一緒に寝てほしいの、なんて言ってみたら、秀驚くかもよ」
「驚くかもって…。絶対驚くでしょ!つか、拒否られるって!」
「時には甘えてみるもんだよ」
真央が楽しそうにくすくすと笑う。
佑月は、なんだか馬鹿らしくなってきた。
真央が悠翔のことを一途に想ってきたのは、良く知ってたはずなのに。そんな真央に嫉妬するなんて、恥ずかしい。
「佑月も素直になりなよ。好きなら好きって言っちゃえば?」
「え、えぇえ!告白ってこと!」
「そーなるかしらねぇ」
他人事のように言う真央。
「ちょっ、無理だって!無理でしょ!」
「好きなんでしょ?」
「あ、いや……。でも、片想いなわけだし」
「だってよく考えてよ。好きでもない奴を部屋に入れたりしないでしょ。佑月のこと、きっと特別に想ってるんだよ。証拠に、秀は私や佑月以外の女子とはあまり話さないでしょ」
「……真央とも話すわけじゃん」
「ちょい待て。そこは嫉妬するとこじゃないでしょ」
「だって……」
拗ねたように佑月が言う。
「確かに私とも話すけど、ちょっかい出すのは佑月だけじゃない?」
真央に訊かれ、佑月はよく考えてみる。確かに、よく考えたらそうだった。
佑月の中で、何かが膨らんだ。
「そう……かな」
「希望が見えてきたんじゃない?」
「けど駄目!告白は駄目!」
「告白されたいと、そういうこと?」
真央に言われ、佑月は小さく頷く。
「まぁ、そうよねー。されたいよねー。じゃあ気長に待ちましょう」
「そうなるかなぁ」
「そうとしかならないでしょ」
「……ねぇ真央。客観的に見て、秀はあたしに気があると思う?」
佑月が、顔を赤らめながら訊く。そんな佑月を見て、真央は笑いながら答える。
「まぁ、なくはないんじゃない?あれだけちょっかいかけてれば、少しはあると思うよ」
「告白…されるかなぁ」
「どうだろうね。ちなみに佑月は、秀以外の人は考えられないわけ?」
「そ、そりゃあ!」
真央の質問に即答する佑月。
「良い返事だね。じゃあそろそろ終わろうか。秀も来るだろうし」
真央の科白に、佑月は肩を震わせる。
「……まさか、ドアの向こうにいたりしないよね」
「もしかしたらのパターン?だとしたら告白したってことになるのかな」
楽しそうに言う真央。
「やめてやめて!それは駄目だよ、反則だよっ」
「かったわかった。見てきてあげるから」
そう言って真央は立ち上がる。
扉を開け廊下を見ると、扉のすぐ横で、座り込んでいる秀がいた。見上げる秀の顔に、聞いてはいけないものを聞いてしまった、困った顔が浮かんでいる。
そんな秀に小さくウインクをして、真央はさも誰もいないかのように周囲を見渡してから扉を閉める。
「まだみたいだよ」
「はぁ、良かったぁ」
佑月がほっと溜息を吐く。
「つまんないの。いたら面白いことになってたのに」
「ちょ、真央の馬鹿!」
佑月が叫ぶと、扉が開いた。
「ごめんごめん。遅くなった」
佑月が小さく叫ぶ。
「二人とも、なんか騒いでただろ。夜なんだから静かにしろっての」
秀は一生懸命に演じる。何も聞かなかったと、何度も心の中で繰り返し唱えた。
秀の科白に、佑月が口を塞ぐ。
「女の子のお話をしてたんだよ、ね」
真央はにやにやしながら佑月を見る。
佑月は何か言いたげに口をぱくぱくと動かしていた。
「とりあえず、時間も時間だし。本題に入ってもらうか」
秀が時計を見ながら言う。
時間は八時だった。