Kapitel.13
真央は必死で森を走り抜けた。
森の入り口にある、小さな木に凭れ込む。汗と同時に涙が溢れてきた。
部活帰り、秀は疲れたように歩いていた。
そんな秀の眼に、ふらふらと歩く真央の姿が入る。
「あれ、真央……」
秀が言うと、真央は驚いたように顔を上げ、すぐ俯いた。
「真央、お前…泣いてるのか」
「え、あ、違うの。なんでもないの」
真央は必死で言い訳をし、眼に溜まっていた涙を拭う。
遅くまで何をしていたのか、と考えて、秀は真央の後ろにある森に気付く。
「……悠翔のこと、考えてたのか」
秀の質問に、真央は黙り込む。少しでも力を抜くと、また泣きそうだった。
「真央、俺の家に来ないか」
何も言わない真央に、秀が優しく言う。真央はゆっくりと顔を上げた。
「あーあ。こんな暗くなっちゃって」
佑月は夜道を歩きながらぼやく。
「……あれ」
唐突に佑月は足を止め、眼を見張った。
「なんで……」
急に、昨日のことが思い出される。秀があそこにいたのは、偶然ではないかもしれない。
そんな考えが佑月の頭の中に浮かんだ。
佑月の眼に映ったのは、俯く真央に優しく囁く秀の姿だった。佑月はとっさに隠れる。
暫く見ていると、真央は小さく頷き秀に連れられて歩きだした。
真央の家とは反対の方向、秀や佑月の家の方向だ。
佑月に、嫌な予感がよぎる。
進む二人に、佑月は我に返って追いかけた。
真央の肩を支え、秀は真央の歩幅に合わせて歩く。真央を気遣って、秀は何も話さなかった。真央は未だ俯いたまま。
そんな光景を、佑月は信じられないような眼で見ていた。
そのまま二人は秀の家の中へ入っていく。
佑月の足が止まり、呆然と秀の家を眺めていた。
「なんでよ……」
「ちょっと待ってて」
玄関で靴を脱ぎながら秀が言う。
家の中には人の気配があるけれど、誰も秀が帰ってきたことに反応を示さなかった。そんな家の空気に、真央は眼を伏せる。
暫く待っていると、秀がおぼんの上に二つお茶を載せてやってきた。
「階段、大丈夫か」
秀が声をかけると、真央は笑って見せた。
「大丈夫だって」
そんな真央を見て、秀の顔に安堵が浮かぶ。
階段を上って、一番奥の右の部屋の扉を開け、部屋の中央あるテーブルにおぼんを置く秀。
部屋を見て、真央は驚いたように声をあげた。
「あれ、思ったより綺麗だわ」
「そりゃあ、あの佑月の部屋の汚さを知ってるからな」
秀が肩を竦めながら苦笑する。
「……落ち着いたか」
「うん。ありがと」
真央が微笑んだ時、真央の携帯が鳴った。
「あ、一樹だ」
そう言って電話に出る。
「もしもし」
『姉ちゃん!何してるの、大丈夫?』
一樹の慌てた声が響く。
「あ、うん。今秀の家」
『え。あ、そうなの?』
一樹は不意を突かれたような声を出した。
「ごめんね。帰るのは暫く遅くなりそうだから、先にご飯食べててくれる?」
『あ、わかった……。ご飯食べてくるの?』
「いやいや。そこまでお邪魔しないよ。用意してくれると助かるんだけどな」
『わかった』
「じゃ、よろしくね」
真央は明るく言って電話を切った。そして、小さく溜息を吐く。
「なんだって?」
「何してるのって。凄く心配かけちゃった」
「ごめん……」
「大丈夫。私のこと心配してくれたんでしょ。でも驚いたな、まさか秀が招待してくれるなんて」
真央が秀の家に入るのは初めてだった。秀は今まで、自分の家に誰かを入れるのを頑なに拒否していたのだ。
「そりゃ、あんな真央を見たらじゃあばいばいと別れられないだろ」
「でも貴重だよね、秀の部屋に入るなんて。佑月は入ったことあるの?」
「それはしょっちゅうだな」
そんな無駄話を二人は続けた。
電柱に隠れながら、ただただ秀の部屋の窓を眺める。
カーテンが開いていた為、佑月は簡単に秀の姿を眼に捉えられた。真央も部屋に入っていた。
二人の笑う姿が見える。
佑月は、頭痛が酷くなった為にふらふらと家に帰った。