Kapitel.9
「良い買い物したね!」
上機嫌でスパゲッティを食べる佑月。
「ねー」
真央も笑顔で相槌を打つ。
その時、真央の携帯にメールが来た。送り主は秀で、内容は素っ気ないものだった。
ただ一言、『迷った』。
呼んだ瞬間、真央は吹きそうになる。
無言で携帯を閉じ、一口スパゲッティを食べてから言った。
「ちょっとトイレ行ってくる」
佑月に気付かれないように店の入り口に移動してから、秀に電話する。
繋がった瞬間、小声で怒鳴った。
「何やってんのよ!」
『え、佑月は?』
「気付かれてないから安心しなって」
『あ、そう』
「今どこにいるの」
『だから迷ったっつてんだろ』
「あんたねぇ」
『探してたら自分の居場所もわかんなくなった』
秀の言葉に真央は溜息を吐く。
『なんて言う店だよ』
「え?」
『そこのスパゲッティ屋。名前さえわかったらそこらへんの人に訊くよ』
「あ、えっとね……」
秀に名前を伝え、あたかもトイレから出てきたかのように佑月のいる席へ戻った。
「あれ、もう食べ終わったの?」
「だって、お腹空いてたしー」
見ると、佑月の前に置いてある皿は綺麗に片付いていた。
「それに比べて真央はあまり減ってないよね」
「佑月が食べるの早いの」
真央はゆっくり食べていた。秀と落ち合う前に店を後にしては意味がないからだ。
真央も食べ終えてから暫くして、秀から着いたとメールが入った。そのメールに安心する真央。
それまでなんとか店を離れまいと話を繋げてきた為、つい溜息が出る。
「さて、そろそろ行こうか」
人が多い為、秀もこそこそせずに堂々と歩いていた。けれど、佑月は全く気付いていないようだった。
「やっぱさ、こうやって買い物すると、ついたくさん買っちゃうよね」
「うんうん」
秀には悪いと思ったが、真央は秀のことを頭に入れずに楽しんでいた。変に気にしてしまうと、佑月に気付かれてしまう恐れもある。
話しながら歩いていると、真央が突然立ち止まった。眼を見開き、信じられないと言いたげにただ立ち尽くす。
「ん、どうしたの?」
佑月が言うと、真央がゆっくりと前方を指す。真央の指す方向を見て、佑月も固まった。
そこには、知らぬ女性と並んで歩いている悠翔の姿があった。
悠翔の隣にいる女性は、悠翔の腕を自分の腕に絡めて嬉しそうに微笑んでいる。悠翔は物珍しそうに辺りを見回し、時々女性に優しく微笑んでいた。
「嘘……でしょ…」
真央が小さく呟く。
そんな二人の異変に気付き、けれど佑月にバレるわけにもいかない秀は、少しずつ気付かれぬように二人と距離を縮めていく。
そして、秀の眼にも悠翔の姿が映った。当然のように秀も固まる。
そんな三人を気にも止めず、悠翔とその女性は三人の隣を通り過ぎる。悠翔は三人の隣を通ったにも関わらず、眉一つ動かさなかった。
悠翔が通り過ぎて、真央の中の何かが崩れた。真央が力尽きたかのよう崩れる。
その瞬間、秀が我に返り真央を支えた。
「真央っ」
「真央、立てるか」
秀に支えられ、よろよろと立ち上がる真央。
「え、あれ、秀?」
「話は後だ。帰ろう」
佑月が混乱する前に秀が言った。
真央に家の鍵を借り、二人で真央を支えながら家の中に入る。
「おかえりー。早かったね。…って、えっ。姉ちゃん、どしたの!」
部屋から顔を出した一樹が、驚いて駆けつけてくる。
「ちょっと、な。佑月、真央を部屋まで連れていってくれ」
佑月が頷き、真央を二階の部屋へ連れていった。
「お茶かなんか貰えるか」
二人が階段を上ったのを見て、秀が一樹に言う。
「あ、うん」
一樹は慌てて台所へ行く。
「…、何があったんですか」
後からついてきた秀に、一樹が訪ねる。
「……悠翔に会ったんだ」
秀の言葉を聞いて、一樹は固まった。
「……え、え。……それって……どういうことですか」
「さぁな……。俺が訊きたいよ」
混乱している一樹に秀は言う。
「今夜一晩はゆっくりさせておいてくれ。出来たら明日も」
秀の言葉に、一樹は慌てて頷いた。