摩天楼のロープウェイ
短編なのに、間違えて連載で投稿してしまって
削除して再投稿しました。
ルール違反だったらごめんなさい。
地上の食事塔
「コーンスープハウス」
その中で、俺は食事を取っていた。
ビュッフェスタイルの食堂で、
カップに入れたコーンスープをテーブルに持ち込み窓の外を眺める。
「橙色、今は昼か。」
大昔は太陽というものが空に出ていたらしい。
その色を再現したライトが、あらゆるビルや塔の屋上に設置されていた。
色が変わるのは屋上だけで、ほかの階からはありふれ過ぎて気が滅入るような黄色い光が漏れだしていた。
「っと、もう空か。」
カップを置いたまま席を立ち、今度はサラダバーに向かう。
緑色のみずみずしいレタスと、ミニトマトを皿に盛る。
人口海で育てた、海草を上から飾ろうとしたところで
誰かが立ち止まってレタスの入った容器を見つめていることに気が付いた。
緑色の髪で150センチもないだろう。まだ年端もいかぬ少女に見えた。
「おい、何やってんだ?そこはみんなが使う…」
「ねえお兄さん。」
そう声を出した後こちらに向いた茶色の瞳は澄んでいて、
何のよどみも感じない光に思わず一歩引いた。
「みんなが使う、サラダバーだから…」
俺もまだ20とはいえ、社会的にまずいと思ったのもあるが
このよどんだ世界ではあまりに眩しく感じたからだ。
「ずるいと思ってただけ。」
少女の皿にはたった一枚のレタス。
「お兄さんが取ってあげようか?と、届かなかったかな。」
皿を角のスペースに置こうと思ったが、少女は首を振る。
「レタスさんは、自分の浴びてる光が太陽の光だと思ってるんだよね。
私たちは偽物だってすぐわかっちゃうもん。ずるいよ。」
本物の、太陽…そうだよな、俺たちのせいじゃない。
勝手に白色矮星になった太陽が悪いのに不公平だ。
周りを見渡すも、この少女を気に掛ける大人の姿は見えない。
「保護者の方は?」
「一人、学習塔住まいだから。」
なら、少し話したいことがある。
「俺、ガーディアンの仕事をしてるんだ。
朝熊 須笛だ。
"太陽"の話を聞かないか。」
その言葉を聞いた少女の顔が膨れる。
そしてすねたように口をとがらせた。
「ガーディアンって"ワールドガーディアン"の整備員でしょ?
あの危険で暗くて、太陽から最も遠い場所の。」
その少女に、空のカップが一つ置いてあるテーブルを指さしこう返した。
「昔の地球から太陽が見えたように、太陽っていうのは
遠いから見えるんだ。
さ、少しだけお勉強しようか。」
少女がそれを聞いて、膨れた頬をもとに戻すと
無言で海藻を一枚のレタスにこれでもかと盛りつけた。
そして蜂蜜入りソースをたっぷりと乗せて、一緒に席に向かった。
テーブルに座ると、海藻を箸でつまみ始めた少女に
俺はガーディアンの仕事について語った。
「ガーディアンはな、唯一太陽が見れる職業なんだ。」
少女の箸が止まる。
髪の下から、あの瞳の輝きが見える。
「"死んだ太陽"の?死ぬ危険を味わってまで見たいと思わないよ。」
それを聞いた俺は、あの白い惑星を思い浮かべて思わずニヤリとした。
そりゃそうだろう、あんな惑星、見ても悲しいだけだ。
「俺が言うのは、ここだよ、ここ。」
俺が下を指さすと、少女も下を見た。
人口のつるつるとした床に、カーペット。
しばらく少女が押し黙って、一言。
「からかってるの?」
俺はゆっくりと首を振りながら、サラダを一つまみ。
…味がしない、ドレッシングをかけ忘れた。
シャリシャリとした触感もむなしいので、すぐ飲み込む。
「高い建物へ繋がるロープウェイに乗ったことはあるかい?」
建物の間は、地上ではなく直通のロープウェイで移動できる。
観光地の高い建物につながっている場所であれば、似たような光景が見られるはずだ。
「…ない。」
そうか…まだ学習塔だもんな。
「俺の職業はガーディアンって話したろ?」
うなづく少女を見て、話を続ける。
「ガーディアンとしてこの世界の天井の防壁を管理していると
下に何が見えると思う?」
少女は考え込み、そして震えた。
「黄色く光る、どこまでも続く、軽く湾曲した黄色の地平線。
それが俺たちが太陽と呼ぶ、この星のエネルギーさ。」
こちらを見上げた少女に、俺は手を広げて続けた。
「といっても、核融合炉で動いてるこの地球は
ある意味で太陽みたいなもんだ。
…でも綺麗なんだよ。大抵見るときは、
落っこちそうになった時なんだけどな。」
「…見たい。」
その少女のささやきに、俺は胸を打たれてしまった。
防壁は命の危険を伴うし、人々の生命線ともなる危険でデリケートな世界。
簡単には映像を受け渡すことすら出来ないがこの少女には見せてやりたかった。
しかしそれには、職場の許可が必要だった。
防壁に点在する、複数のコアから離れた衛星地区とはいえ
一般人に設備を公開した例は少ない。
ましてやはるか下の地表を映すことは、より自分たちの職場に
募集が来なくなることを誰もが悟っていた。
だからこそ許可を取れるとは思えず、安易に話した自分にため息をつく。
「待ってろ、お兄さんが上司に許可取って
いつか配信してやるからな。 名前は?」
この少女にどうしても"太陽"を見せてやりたい。
それも俺の見た”太陽”と同じ角度の映像を見せたい。
だからやれるだけやってやろう。
その時にこの少女が分かるように、名前を聞いておこうと思った。
少女は自身の皿の海藻を箸で持ち、俺のサラダの上に乗せながら
微笑を浮かべて答えた。
「飯米 更田。ドレッシングかけ忘れてるよ。
朝熊さん。」
俺の反応を見て、飯米は口を押えた。
見たのか、首にかけたIDカードの名前。
いや、自分で言っていたか。
「よく目がいいって言われるんだ。
配信したら、ばっちり見るからね。
楽しみにしてるから、約束だよ。」
俺はうなづいて答えた。
「私自分の席に飲みかけのコーンスープがあるから、もう行くね。
…ありがとう。」
一カ月に一度、俺たちは地球エレベータで地上に降りて
休暇を許される。
これが一昨日出会った、少女との約束の話だった。
今は上司の人我 個内の前で普段吸わないタバコの煙を我慢しながら
その少女の話をしていた。
「俺たちの職場、すっげえ危険ですけど…
もうシフトもろくに回らないじゃないですか。
そういう子もいるんだし、動画配信とかして見ませんか。」
個内は首を振りながら、たばこの吸い殻を灰皿に押し付ける。
「だーかーら!ここは人類を守る最終防衛基地なの!
大気や宇宙線を管理するための防壁、テロリストが狙ったらどうすんの!?
情報は非公開!それが鉄則だろうが…。」
脂汗をかきながら、二本目を青い整備服から取り出す上司の手を止めて
強い口調でこう言った。
「整備長、ここはコアから離れてますし
一回話を上に流してみませんか。
それに…」
俺は休憩室にある、整備表を指で指し示した。
「もう5人しかこの地区の整備員がいません。
あなたが引退したらどうするんですか!
何かしないとダメでしょう!せめて姿勢だけでも!」
世界には500億人という莫大な人口がいて、
地上は摩天楼で埋め尽くされているというのに
ここに来るのはたったの数人だった。
それもある意味当然ではある。
上空1万キロメートルにあるこの場所は、
この世で一番危険な職業であるうえ、
外周も地球より広かったからだ。
人類の生存を決める大切な仕事だ。
電力の欠乏やカメラの破損だけで動かなくなるAIに任せることはできない。
「ああ、提案するだけならタダだからな。
だが俺がサボる分、しっかり働けよ。」
こんな口の利き方だがこの上司、必要であれば地球に戻って
直談判するつもりだな。
「ラジャー!!」
「というかお前、たばこ苦手だろ!とっとと行け!」
そして1か月後、遂に映像配信の許可が下りた。
この辺りは分散するコアから最も遠い、給料も比較的安く不人気な地域で
それゆえに上層部もどうしようか悩んでいたらしい。
そこで作業員自らが配信を申し出るということも含めて
話題作りとしてヨシ!ということになったらしい。
もちろん、どれだけ土下座をしたのかを個内は話してくれなかった。
カメラを片手に、震える手で録画機能を押す。
これは地表との通信ができる超高級カメラ。
落としたら数カ月の給料が吹き飛んでしまう。
安心しろ…俺。
同僚の根子の作業現場を撮影するだけなんだ。
そのあと、AIカメラ越しの天窓の太陽の監視映像と
少女が見たがっていた、地表の太陽を映すだけだ。
スイッチ…ON
付属の眼鏡に閲覧者数やコメント欄が表示されている。
今は…十数人だ。
「どうも、皆さん。
大阪上空のガーディアン、朝熊です。」
まずは差し触りない挨拶から。
続けて覚えてきた台本を語る。
「本日は、現場同僚の根子と
いつもの整備風景とその整備を行う意味ですね。
あと我々の視点から地球や宇宙がどう見えるかというのをですね。
えっと1時間ぐらいでお話しできればと思います。」
「ヨロシクオネガイシマース…」
だめだ、根子、緊張してる。
俺たちは屋外の作業では防護服を着ていた。
だから視聴者からは顔は見えないと思うから
俺はより明るく声を出そうと決めた。
「ではさっそく、仕事に…」
「イキマショー…」「行きましょう!」
そうして動画の中で、壁を叩いたり目視でデータと照らし合わせながら
防壁に穴が開いていないか、接着に問題がないかなどを確認する作業や
壁に沿って動く磁気フォークリフトの操作説明。
休憩室や飲食設備について軽く紹介した。
その間にも、に数千人もの視聴者が集まってきていた。
普段は見れないガーディアンの話、最低でも数十万人行くと思ったんだがな…
目を上下させてあの名前のアカウントがコメントしていないか探す。
1万件を超えるコメントだ、すぐ探すのは無理か。
動画も終盤に差し掛かり、AIカメラを通じた”本物の”太陽を見た。
…かつて伝え聞いた、CGで再現された太陽の映像から見たら
あまりにも矮小だろう。
コメントも宇宙やべぇ、俺たちの英知の勝利といった
恐怖とも畏怖とも感謝ともとれるようなコメントたちであふれていた。
それでは最後に、ガーディアンから見た地球を見てみましょう。
期待のコメントが、濁流のように流れ出した。
その時だった。
「アッ」
根子が工具を一つ下の足場に落とした。
先ほど整備に使ったレンチと検査機だ。
「待て、根子!後でAIロボットに拾ってもらおう!
今はゲートの近くで気流が…」
普段の場所なら少し雑に降りていいが、ここは…
その声を出すのが、一歩遅かった。
地表に向けてぽっかりと空いた穴のような地帯、よりによって足場が少ないこの場所で
配信中に根子は転落した。
「根子ォ!!」
俺はなりふり構わず大声で叫ぶ。
すると下のほうの足場からカタンと音がした。
かろうじて片手で、手すりに掴まりよじ登ろうとしている。
俺は急いで駆けて戻る。
見捨てるのかというコメントも目に入ったが気にせずマニュアルを遂行した。
連絡用の装置を起動し、すぐさま個内に連絡した。
「AI救助隊を起動してください、整備長!!」
「何が起きた…配信は!?」
「根子が落ちました!太陽を映すところで…!」
「なんだって!?わかった、すぐ起動する!無茶するなよ!」
わかっているはずだ、ここの足場が一番少ないって。
もう落ちたら。
根子は破片破壊用のシステムで木っ端みじんにされてしまうか
落下速度がついて、救助隊でも救助不能になる。
俺は再び走り、電磁フォークリフト乗り場に戻った。
そして青いスイッチを連打する。
緊急起動のシークエンスだ。
「予定外の起動を確認、尋問を開始。」
システムが赤く輝き、俺に警告を発した。
「なあ、563号。根子が転落しそうなんだ!
すぐ移動させてくれ!」
するとシステムが黄色く光る。
「連携中、確認中、検査中、思考中…」
一瞬の間を置き
「救助隊起動を確認、到着まで15分。
猶予ありそうですか?」
「それが怪しいんだ。片手で…」
いくら重力が少ないからといって、不安定すぎる。
恐怖でいつ手を放してしまうかもわからない。
「確認中、思考中、朝熊、思い出し中…」
俺は震える指で、前進ボタンを押し続けていた。
「AI補助システム起動。現場に急行します。」
キキキキュィーンン!!
起動音とともに静かに、そして速やかに機体ごと反転し走り出す。
急げ、急げ!
高速で走り出した磁気フォークリフトは、
足場への吸い付きを調整しながら
真っ逆さまに飛行する。
「直接左だ!」
遠回りしてちゃ間に合わない、根子は女性なんだ!
「危険です!危険」
なおも直線で通路を迂回しようとするAIをよそに、
俺はケーブル機能を起動した。
「ケーブル機能了解。」
上空でいくつかのケーブルが移動する。
フォークリフトはピタッと止まり、吸い上げられて隣のラインへ。
「根子のいるところはこっちだろ!?」
「計算中、確認中、2マーク先左です。
気休めですが、ケーブル機能で根子さんの足元にケーブルを移動させます。」
そうして進むと、今にも手を放しそうな白い防護服の根子が見える。
その真下に到着すると、車両が点滅した。
「この状態で待機します。
根子さん、お疲れさまでした。
朝熊さん、良い判断でした。
落ちそうになったら、車体上のセンサーカメラの
でっぱりをつかんでください。」
今は逆さになっている。
つまりは車体底だ。
しばらくすると、足元から音がする。
2回音がして、そのまま静かになった。
そして俺は、AIがアームで固定してくれていたカメラに気づいて
持ち上げ、真下を映した。
「これが地球です。」
息を整え、もう一度口を開いた。
「俺たちはこの危険なワールドガーディアンで
日々働いています。
皆さん…」
少女の名前を思い出す。
飯米…だったか。
「事故放送になってしまい。
大変申し訳ございませんでした。
ですが、私たちの現状についてご理解いただけると幸いです。」
配信としては失敗だ、それでも言葉を続けた。
1カ月考えた、これを伝えたかったからだ。
「ガーディアンの人員は
全人口で考えると決して多くありません。
大阪地域など、もう5人しかいません。」
視聴者数が見えた。
25万を超えている。
コメントは100万越えだ。
思わず息が詰まりそうになる。
だが、あのサラダの味を思い出して
もう一度息を吸い込んだ。
「どうか皆さん。
継続してこの地球を守っていく方法
それまで一緒に、この地球を守ってくれる人。
私たちに力を貸してください。
…お願いします。」
「私からも、お願いします。
朝熊さんはとてもいい人ですよ。」
563号…
「それでは、本日の放送を終了します。
また後日、無事であれば全員の集合写真を
アップロードしますから。ご安心ください。」
そうして、停止スイッチを入れた。
「563号、カメラを任せた。」
「了解しました。」
俺たちはAI救助隊によって慎重に輸送船に乗せられ、563号は自力で帰路に就いた。
そして翌日…
俺は安全管理について、上層部と上司に散々厳しく叱咤された。
そのあと休養を取った根子の分のシフトを入れられて今は休憩室にいる。
息をついて、メガネ型のスマートシンクのスイッチを入れ動画を見返した。
それは飯米のコメントを探すためだった。
だがそれは探す必要すらなかった。
グッドマークが一番多いコメントに、こう書かれていたからだ。
「朝熊さん。私、学習塔を出て、いつか
ガーディアンを守るためのAIコーディネーターとして働くのを目指します。
その時まで生きていてください。
そしてあなたの経験をもとに一緒に作りましょう。
地球を守る、安全な枠組み。」
そのコメントを見て、実名ではなかったけれど、飯米だと分かった。
だから俺も、一言だけ返信した。
「待ってるぞ、未来の英雄」
…と。
画面の中では、地球という名の太陽が輝いていた。
物理的にというわけではないけれど、この配信は
ココ(ガーディアン)と摩天楼(地上)をつなぐ
ロープウェイになってくれたのかもしれない。
そう思うと、根子のシフトの肩代わりも
むしろやる気がわいてくるほどだった。
「やるぞぉ、ヨシ!」
今日も俺は防護服を着て、扉を開ける…
ドレッシングを忘レタス
遥か彼方の現場根子
地上の太陽みたいよう。
それは巨大なロープウェイ。
イェーァ




