「見た目が悪い」と作った料理を投げつけられたので、今日から食材はゲテモノです
「何だこれは!」
ビショット伯爵が、私に向かってグラタンを皿ごと投げつける。運悪く陶器が頭に強く当たり、額がカッと熱くなる。地面に落ちるホワイトソースと私の血液。顔を這うグラタンの熱が、静かに私の身を焼いていた。
ビショット伯爵は勢いよく椅子から立ち上がり、こちらに近づく。バンッと倒れる椅子の音に、私の体は一瞬跳ね上がる。
「こんな貧乏くさい見た目の物なんて食えるか!お前は俺の事をなんだと思ってやがる!」
頬に衝撃。ビショット伯爵の平手だ。私は思わず地面に座り込む。グラタンが膝に付くが、そんなこと気にする余裕などない。
「ふん!次からはもっとうまそうな物を作れ!――掃除しとけよ」
ビショット伯爵はそう言い残すと、胸元から取り出したハンカチで手を拭きながら、歩いて部屋から出て行った。
部屋に取り残された私は、少しの間フリーズした後、ゆっくりと動き始めた。
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平民の作る料理は何が入ってるか分からん、と料理人を家に入れたことが無い。ある意味潔癖症なのだ。同様の理由で侍従も最低限しかおらず、家事全般を妻の私が補っている歪な家。それがこの伯爵家の実態だ。
あれから部屋の掃除を済ませ、不格好ながら自力で額に包帯を巻き、厨房に戻った。
毒でも入れて殺してやりたかった。でもあの男はそういう所には敏感だ。食事は必ず毒味役が食べてから。食器は必ず銀食器。毒殺なんてできっこない。
ゲロッゲロッゲコゲコ
窓の外から蛙の鳴き声……そういえば、どこかの地域では蛙を食べると聞いたことがある。
私の頭に一つ、ひらめきがあった。
翌日、私は丹精込めて料理を作った。一番気をつけたのは見た目だ。とにかく食べてもらわないと話にならない。最高級の食器の中央に、チョコンと盛られた蛙肉。産地は近くの池だ。ソースを皿の縁に彩れば、見た目も華やかになる。
「どうやら反省したようだな。見た目は悪くない」
心の中でガッツポーズ。でもまだ第一段階。
ビショット伯爵が蛙を口に運び、咀嚼。私の心臓がバクバクとうるさく波打つ。ばれたらおそらく結婚は解消。男爵家にのこのこ戻っても、勘当される末路が見える。
「――ふん。悪くない。引き続きしっかりとやるように」
ビショット伯爵はかっこつけてそう言った。蛙を食べているとは思えないほど、かっこつけていた。
彼の舌に、私の料理の腕が勝った。とても嬉しかった。
「はい!頑張ります!」
それからというもの、私はひたすらゲテモノ食材の探求にいそしんだ。普通は食べることの無いタコや家畜の内臓、それらを試して提供してある事に気が付く。
意外と気が付かれない。ゲテモノ料理は案外美味しいのだ。
私はゲテモノの質をさらに上げることにした。
ある日は蜘蛛をハンバーグに加えて出した。またある日はセミの揚げ物を食感のアクセントとして加えた。芋虫をちりばめた。
たまに盛り付けが悪いと食器ごと料理を投げつけられたが、そんなの些細な事だ。ビショット伯爵は蜘蛛を、セミを、芋虫を食べているのだから。心の中で笑いが止まらなかった。
今日は家の隅で見つけたゴキブリを料理に入れる事にした。ソテーにしたり、揚げ物にしたり、料理のあちこちにちりばめた。
「ふん。今日も悪くなかった。揚げ物は食感が悪くない。ソテーも噛むとドロッとした物があふれ出て、独特な風味が癖になる」
「ありがとうございます!」
「不思議な味だった。一体どこ産の何を使ったんだ?」
「それは……ゴキブリでございます」
私の言葉で空気が冷える。
「ゴ、ゴキブリだと!?」
「はい。伯爵家産の新鮮なゴキブリです。三匹ほど入っています。カサカサと床を這い回るので、捕まえるのに苦労しました」
途端、嘔吐。ビショット伯爵のゲロが、地面に広がる。ゴキブリの頭と思われる黒い物体が、吐瀉物の中でテラテラと光輝いていた。
「お、お前!オエッ!そんな物を食わせたのか!グゲェッ!」
ビショット伯爵は必死に吐き出しながら、目に涙を浮かべながら、私を恫喝する。でもそんな状態で恫喝されても怖くもなんともない。むしろ、潰される蛙のような声を出しながら脅してくるその姿は、どこか滑稽に見えた。ゲテモノを食わせすぎて、本人もゲテモノになったのかも知れない。
とうとう吐瀉物もなくなってきたのか、口から固形物が出てくることはなくなった。でもえずきは止まらないようで、口からは定期的に胃液が垂れていた。
「今回だけではございません。今までも蛙、タコ、牛の内臓、蜘蛛、セミ、芋虫など様々な食材を使って参りました。――もちろん食べられるものです。毒などは入れておりません」
私の言葉を聞いて、さらにえずきが酷くなるビショット伯爵。
あまりの嫌悪感からか、足で体を支えられなくなり、膝を崩し、地面に横たわる。吐瀉物とゴキブリを全身にまといながら、胃液の嘔吐を繰り返す。
のたうち回っている姿は、芋虫そのものだった。
「お゙ま゙え゙!ゲッゴンはドリ゙ヤ゙メ゙ダ!」
胃液で喉が焼けたのだろうか。その声はとてもガビガビで聞くに堪えなかった。
彼の発言を聞いて、私は「承知しました」と会釈した後、扉を開け部屋から出た。
外はとても心地よい風が吹いていて、私を祝福するように包み込んだ。
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その後数年してビショット伯爵は亡くなった。衰弱死だった。風の噂によれば、ご飯が食べれなくなったらしい。正確に言えば、ご飯を口に入れても吐いてしまうのだとか。おそらく全ての料理がゲテモノに見えて仕方がなかったのだろう。
私は男爵家を勘当され、今地方の教会で働いている。ゲテモノで料理を作るのは犯罪でも何でも無いが、伯爵家とのつながりを断ち切ったのだ。勘当は覚悟の上。後悔は無かった。
「アリシア!ご飯!」
「アリシャー!メシー!」
教会にいる孤児が、皆口々に私の名前を呼ぶ。教会に来るまで、伯爵家で名前を呼ばれた記憶はほとんど無かった。彼らの生意気な口調が、どこか愛おしい。
地方の教会はあまりお金が無く、満足な食材を調達することができない。
――でも、私にはゲテモノで伯爵を騙し続けた腕がある。
「今日のご飯は蛙肉と牛の内臓をつかったシチューよ!たくさん食べなさい!」
私の言葉に喜ぶ子供達。彼らの笑顔が、心をホワホワさせてくれる。
なぜだろう。お金と権力があった貴族の時代より、私は幸せだった。
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