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空飛ぶ令嬢に、無実の断罪は届かない。(物理的に)

作者: 秋桜星華
掲載日:2026/04/08

 伯爵令嬢、リリアンヌ・ミュレー。自分がいわゆる「悪役令嬢」であると気づいたのは、三歳のときだった。



 三歳の誕生日、普通の子どもならば記憶にも残らないような夜だ。そもそも子どものころの記憶があるのは稀である。ただ、リリアンヌにとっては忘れられない夜になった。



 貴族にとって三歳とは大きな節目の年である。誕生日にはここまで育ったことを祝うし、社交界へのお披露目も三歳から許されるからだ。もっとも、高位の貴族であればあるほどお披露目も遅くなる傾向にあるが。


 リリアンヌも伯爵家に生まれたそれなりの高位貴族なので、この日はお披露目ではなかった。この日のために準備された豪勢な食事を食べ、親族や使用人に囲まれて祝われた。


 そのパーティーの最中、父である伯爵が光り輝く指輪を持ってリリアンヌの前にやってきた。


『リリアンヌももう三歳だ。指輪をあげよう』


 なんのことだかわからなかったリリアンヌは、キャッキャッと言いながらその指輪を受け取った。母が指にはめてくれる。大きく見えた指輪も、はめると何故かぴったりになった。


 リリアンヌの小さな指に嵌った指輪は、そのまま輝きを増し、やがて光はリリアンヌの全身を包みこんだ──


 そして、そのまま眠るように気を失ってしまった。




 目が覚めたとき、リリアンヌの目の前には心配そうな顔の両親とかかりつけ医の顔があった。


 目を開けた瞬間、流れてくる「自分のものではない記憶」。ところどころぼやけている、ここではない国での記憶だ。


『リリアンヌ、リリアンヌ、大丈夫か! あぁ、お医者様、どうしたら……』


 今にも自分を揺さぶりそうな父の焦り具合に、医者は冷静を保って告げた。


『おそらく、魔道具を身に着けたことによる軽い衝撃でしょう。安静にしていればじきに良くなるかと』


 医者が帰ると、両親は果汁液を飲むよう勧めてきた。リリアンヌはそれを断った後、掛け布団を深く被って思考の海に沈んだ。




 ──リリアンヌ・ミュレー。前世の自分が書いた小説「魅了魔法の使用は婚約解消の対象です」に出てくる悪役令嬢の名前である。



 主人公の婚約者である王子が、ある伯爵令嬢に魅了魔法をかける。魔法によって王子に惹かれた伯爵令嬢は、主人公に嫌がらせをするようになる。それを知った主人公によって、令嬢は最終的には王子とともに断罪され、表舞台から消え去る……という、なんとも伯爵令嬢に可哀想な物語だ。



 そして、その伯爵令嬢が今の私、リリアンヌ・ミュレーなのである。



(あぁもう、私のバカバカ! なんでこんなに過酷な役にしたのよ!)


 魅了魔法は、かけられた方には為すすべもないという強力な魔法である。そして、リリアンヌは断罪された後に魅了魔法が解け、自己嫌悪に苛まれるという悲しい役どころなのだ。



 断罪を避けるにはどうしたら良いだろうか。


 しだいにリリアンヌの思考は、これからのことに切り替わった。


(王子を避ける? ……いや、避けてもどうにもならない。原作でもリリアンヌと王子の距離が近かったわけでもないし。

 断罪が避けられないなら、断罪後にどうだって逃げ出すかよね)



 原作での断罪は、学院内の広場で行われる。王子の魅了魔法にかかることが避けられないなら、せめて逃げ出す手立てが欲しい。


 そこで、リリアンヌの頭の上に電球が光った。もちろんイメージである。



(飛行魔法を習得すればいいのでは?)



 タイトルからも分かる通り、「魅了魔法の使用は婚約解消の対象です」の世界には魔法がある。魅了魔法だけでなく、攻撃魔法、防御魔法などさまざまな種類があるのだ。


 その中でリリアンヌが目をつけたのは、飛行魔法だ。この魔法を習得すれば、断罪の直後に空に飛び上がって抜け出すことができる。その後は山の奥にいる魔女にでも頼って生き延びれば良い。



(せっかくの二度目の人生、絶対に死なない!)



 かくして、リリアンヌの二度目の人生(目標低め)が幕を開けた。




 ***




 飛行魔法を習得すると決めたものの、すぐに動き出すことは難しかった。


 今のリリアンヌは三歳の姿で、両親に自分の意志を伝えるのは大変だし、近くに魔法を教えられそうな大人もいない。


 そこで、リリアンヌは普段の勉強に集中することにした。


 リリアンヌは三歳だが、貴族の世界では”座れるようになったら教育”が当たり前なのだ。リリアンヌももちろん文字を習ったり、簡単な計算をしたりしている。


 文字を覚えれば飛行魔術に関する本も読めるし、計算ができないと飛ぶなんてもってのほかだ。本格的な魔法の練習はもっと先で良い。


 コツコツ、コツコツと努力を積み重ねることはリリアンヌにとって苦行ではなかった。前世でも長い小説を書いた経験があるし、忍耐力には多少の自信があったからだ。




 リリアンヌが七歳になった時、両親に飛行魔法を習いたい旨を伝えた。同世代の平均を遥かに超えた勉強をしていた上に、リリアンヌがいつも以上にキラキラとした目で飛行魔法の魅力について語っていたので、両親も快く許可した。


 この子なら大丈夫だろう、と。




 そんな経緯でリリアンヌは、前世から引き継がれた継続力、もともと体に眠っていた魔法の才能を遺憾なく発揮してメキメキと魔法を磨いていったのである。




 両親は、それほど飛行魔法に期待していたわけではなかった。ただ、勉強に精を出すリリアンヌのちょっとした趣味になればいいな、と思っただけで。


 だが、想像上にリリアンヌの上達が早く、つけた家庭教師も「これ以上教えることはない」というので、学院の魔法特化コースに入学させることにしたのである。

 原作のリリアンヌが入学した、普通科とは別の。



 さて、それを聞いたリリアンヌは一瞬安堵した。


(それなら、王子とは接触せず、断罪も回避できるのでは?)


 だが、油断してはいられない。前世でもお約束を避けられない小説をいくつも読んできたからだ。


 念には念を入れて、リリアンヌは飛行魔法で逃げ出す構想を詰めた。



 両親はリリアンヌに魔法研究職としての道を望んでいるのか、王子との婚約話が持ち上がることもなかった。




 ***




 学院の入学式では、王子と接触しなかった。そもそもコースが違うとほとんど会うこともない。新入生代表である王子を遠くから見るだけだ。



 原作ではここでいくつかのイベントが起こったはずだ。


(着実に改変できてる。いい調子!)




 ときどき、王子を遠くから眺めていると、視界が眩むことがある。おそらく、魅了魔法をかけようとしているのだろう。だが、それがリリアンヌにかかることはない。


(私は王子よりも、魔力量が大きいですから)


 相当遠くからも魔法を使える様子なので、王子の魔力量は多いほうだろう。それでも、努力を重ねたリリアンヌには敵わない。




 それからもリリアンヌは数多の原作改変を重ね、ほとんど王子と接触せず、ついに学院の卒業式。原作のように一人ぼっちではない。リリアンヌはその才能と明るい性格によってたくさんの友人を得て、ともに仲良く学院生活を送ってきたのだ。



(ここまで来たなら、もう、大丈夫……。だよね?)


 そんな考えが盛大なフラグとなり。




「リリアンヌ・ミュレー! 貴様、アンナに嫌がらせをしていたらしいな。よって、婚約を破棄する!」



 前世の私が考え、幾度となく思い返したそのセリフへとつながってしまったのである。




 金髪の王子と、その隣には王子にべったりと体をくっつけたアンナさん。彼女は平民出身だが、王子に魅入られてずっと一緒に行動しているのだとか。いや、もしかしたら王子が魅了魔法をかけただけかもしれない。ちなみに、原作の主人公である。


(いややめて!? 私のアンナのイメージはこんなんじゃない! もっと清楚な……かわいい女の子なのに)




 周りの友人が騒いでいる。


 理由としてはまず、私たちの身分だと王子に話しかけることはほぼない、というのが一つ。


『アンナに嫌がらせした』と言っているものの、まずアンナさんと関わりがないこと。


 そして。


「私には婚約者がおります。王子と婚約はしていません」


 そう、リリアンヌと同じく、飛行魔法を極める青年。魔法談義で意気投合し、身分も問題なかったので婚約したのである。



(それにしても、なんでここは原作通りなんだか)



「……はあっ!?」


 王子が驚いている。王子からすると魅了魔法をかけているつもりだったため、リリアンヌが婚約から否定するとは思わなかったのだろう。


「あら、王子。何故そんなにも驚いているのですか? もしかして、私の婚約者のおつもりでした? ……それも、魅了魔法なんかをつかって」



 この日のために、リリアンヌは毎晩セリフを考えてきたのだ。いつもは使わない丁寧な言葉も、皮肉的な口調も、今は最動員する。


 王子は口をあんぐりと開けて、汗をだらだらたらしている。図星だったのだろう。


 周りの学生も、ざわざわしている。王子が魅了魔法を使っていることに心当たりがある者も多いだろう。



「魅了魔法なんかを使わなくても、身分を振りかざせば婚約者くらい作れるでしょうに」


「リリアンヌ! 貴様がそんな奴だとは思わなかった! ……制裁が必要だ」


(……おわっと!?)


 王子がそう言うと、急に攻撃魔法を撃ち出した。リリアンヌは被害を減らすため、誰もいないほうへと移動する。周りにいる友人に危害が加えられてはたまらない。




「無駄ですわ。……正当防衛、成立ですわね?」



 リリアンヌは冷たく言った。あちらから攻撃してきたのだから。


 王子の攻撃魔法はリリアンヌの目の前で霧散する。──リリアンヌが、さっと腕を振るだけで。



 そして、飛行魔法を使って飛び上がる。



「お、おい! リリアンヌ!」



 王子がなにやら喚いているが、関係のないことだ。



「さようなら、王子。また会いましょう、我らが最高の友人よ」



 王子に別れを告げ、仲の良い友人とは再会の約束をする。



「五年間、ありがとうございましたぁ〜!」



 そう言って、学院の空高く、遠くまで飛び上がった。そのまま家の方へと一直線に向かう。陸路で行くよりも相当早い。


 リリアンヌは一瞬だけ、下を見た。もう、自分を縛るものはなにもない。あるのは、これからの人生だけ。




 顔に当たる向かい風が、こんなにも心地よい。


 それは、あの物語とのお別れを示しているのだろうか。



「いくら自分の書いた物語でも! 来世までは背負えませんから〜!」



 爽やかな叫び声が、青い空にこだました。


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꒰ঌ企画概要໒꒱  ˚₊‧꒰ა ⇣参加作品⇣ ໒꒱ ‧₊˚ 
空飛ぶ○○企画
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― 新着の感想 ―
 飛行魔法よりも反射魔法を修得するべきだったのでは?  魅了魔法だけに返してしまえば掛け手の王子は自己愛に囚われてそれで終わり。彼には可哀想ではありますが多分これが最も周囲に害の無い結果でしょうから(…
「五年間、ありがとうございましたぁ〜!」  そう言って、学院の空高く、遠くまで飛び上がった。 セリフに吹きました(笑 王子こそが原作の強制力に逆らえなかったですね。
魅了魔法をかけまくっておいて、 飽きたら適当な理由をでっちあげ断罪する…… この王子、なかなかに外道です。 リリアンヌがしれっと暴露してくれて良かったです。
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