Case 007: Session Timeout
「お前、仕事は何してるんだ?」
ある日の朝、宿屋の一階に降りると、店主のヴォイドが珍しく話しかけてきた。
いつもは必要最低限のことしか言わない男だ。
そんな彼が、向こうから話しかけてくるのは珍しい。
「……冒険者だが」
俺は短く答える。
冒険者証も持ってるし、別に嘘じゃない。
俺はカウンターに座り、いつものように朝食を待っていた。
ヴォイドは、パンと燻製肉を皿に盛っていた。
「ほう、冒険者だったのか」
ヴォイドは頷いた。
だが、その表情は何か言いたげだ。
「だがお前、てんで働いているところを見ないが……本当に大丈夫なのか?」
「は?」
何を言ってるんだ、こいつは。
冒険者ってのは、自由に働くもんじゃないのか、普通。
それとも、俺が一向にバーにばかり行き働かないことに対して心配されているのか?
俺には由仁にデバッグ報告するって仕事があんだよ。
ちゃんと働いてるさ。
むしろ、毎日世界のバグを見つけて直したり報告したりしてるだけ偉いほうだと思うが。
いやまぁ毎日バグ見つかる時点でおかしな話だが。
それに……まあ、由仁からの返信は一切ない。
「ほっとけ。 宿代は払っているだろう?」
俺は素っ気なく答えた。
不義理なことをしていないのだから、それ以上は俺の勝手だろう。
だが、ヴォイドは真顔で続けた。
「いや、そういうことじゃなくてな……」
彼は腕を組んだ。
「?」
「まさかとは思うが……1ヶ月何の依頼も受けないと、冒険者の資格は失効するのを知らんのか?」
「……は?」
俺は固まった。
何だって?
「お前がここに来てから、もうすぐ一ヶ月じゃないか。 依頼を受けないと、失効するんじゃないのか?」
「……マジかよ」
受付嬢、そういうのは先に言っといてくれよ。
いや、この世界ではそれが常識なのか。
……考えてみれば、まぁそうだろうな。
冒険者ギルドは、依頼を仲介して手数料を得るビジネスだ。
依頼を受けない冒険者なんて、ギルドにとっては管理コストがかかる迷惑客でしかない。
それに、俺みたく冒険者になって一度も依頼を受けないでいるなんてやつは恐らく稀だろう。
俺もシステム畑だったから分かる。
使われないアカウントは、定期的に削除したくなるのが管理者側の視点ってもんだ。
いわゆる「|Session Timeout」ってやつだ。
一定時間操作がないと、自動的にログアウトされる。
そして、再度ログインするには、また手続きが必要になる。
セキュリティ的には正しい仕様だ。
放置されたアカウントは、悪用されるリスクがある。
例えばそいつが殺されていて、別のやつが持ってきて「なりすまし」をすることだってあり得る。
だから、定期的に「使われているか」を確認し、使われていなければ無効化する。
この世界のギルドシステムも、同じ理屈で動いているのだろう。
「……面倒だな」
俺は頭を掻く。
「失効する前に、何か依頼を受けておけ」
ヴォイドは肩をすくめた。
「お節介だが、お前には世話になってるからな」
「……助かる」
俺は小さく頷いた。
あの時、レドマイン男爵家の法外な納税から救ってやったのが、こんな形で返ってくるとは。
人助けも、悪くないかもな。
朝食を済ませ部屋に戻り、姿を変えた。
黒髪黒目のアドミンから、金髪碧眼のチェックサムへ。
管理者ツールで、アバターを切り替える。
髪の色が黒から金に変わり、目の色も青く染まる。
「あいつと、はち合わなければいいが」
黒い外套を羽織りながら、俺は呟いた。
あいつも冒険者で金を稼いでいる身だ。
きっと俺なんかより頻繁に依頼を受けていることだろう。
「……顔を隠すか」
俺は押し入れから黒い布を取り出した。
以前、ラムダと共同戦線を組んだ時に使ったやつだ。
顔に巻きつけ、目と鼻だけを出す。
鏡で確認すると、いかにも怪しい覆面男が映っていた。
金髪と青い目以外は、何も見えない。
外套のフードを深く被り、顔を隠す。
「よし」
準備完了。
俺は宿を出て、冒険者ギルドへ足を運んだ。
できれば会いたくないが。
まあ、運だな。
◆◆◆◆◆
ギルドの建物が見えてきた。
大きな石造りの建物。
中から、冒険者たちの喧騒が聞こえてくる。
「……行くか」
ギルドの扉を開けると、いつもの喧騒が耳に飛び込んできた。
冒険者たちが依頼を確認し、酒を飲み、大声で笑っている。
相変わらず、人間不信の俺にはキツすぎる環境だ。
だが、今日はそんなことを言ってられない。
俺は足早に受付カウンターへ向かった。
周りの冒険者たちの視線を感じる。
黒い外套に覆面。
怪しまれるのは当然だ。
だが、気にしない。
さっさと依頼を受けて、ここから出るだけだ。
「いらっしゃいませ」
受付嬢が笑顔で迎える。
俺はカウンターに近づき、腰のポーチから金属製のプレートを取り出した。
冒険者証だ。
「依頼を受けに来た」
俺はいつもより少し声を低くして、プレートを渡した。
受付嬢がプレートを受け取り、確認する。
「はい、少々お待ちください……」
彼女は帳簿らしきものを開いた。
「チェックサム様ですね」
受付嬢が笑顔で言う。
「危なかったですね、もうすぐ失効ギリギリでしたよ」
「……そうか」
ほっとしながらも、少し気になったことがあった。
「ちなみに失効すると、どうなる?」
俺はなるべく低い声で尋ねた。
声を変えるのは難しいが、少しでも普段と違う印象を与えておきたい。
「再発行に5000Gかかりますよ」
「……は?」
おい、ヴォイド。
あの野郎、金で解決できるなら、失効しても別によかったじゃねぇか。
5000Gなんて、俺にとっては数字を書き換えるだけだ。
管理者ツールで、いくらでも増やせる。
わざわざここまで来る必要なかったんじゃないか……?
俺は内心で肩透かしを食らった。
まあ、わざわざ失効させて再発行する意味もないか。
その時だった。
「チェ、チェック……サム様……!」
しまった。
聞き覚えのある艶やかな声。
しかも、キラキラした響き。
俺は嫌な予感がして、そちらを見た。
隣の受付カウンター。
銀髪。
尖った耳。
目元の黒い帯。
そう、ラムダだった。
彼女は隣のカウンターで、こちらを「見て」いた。
いや、魔力感知でこちらを「感じて」いるのだろう。
「チェックサム様と仰るのですね……!」
ラムダの声は、興奮に震えていた。
彼女はこちらに近づいてくる。
クソ。
偽名とはいえ、名前がバレた。
受付嬢がプレートを見て「チェックサム様」と呼んだのを、ラムダが聞いていたのか。
まずい。
逃げるか?
いや、ここで逃げたら余計に怪しまれる。
「ずっと、ずっと。 お名前を知りたいと思っていました……!」
ラムダは嬉しそうに言う。
「チェックサム様……素晴らしいお名前ですね……!」
「……」
俺は何も答えなかった。
声を出せば、さらにボロが出る。
黙っているしかない。
だが、ラムダは気にした様子もなく、受付嬢に話しかけた。
「あの、この方は……」
「ラムダ様とは、お知り合いなのですね!」
受付嬢が遮りながら、突拍子もないことを言い出した。
「は?」
俺は思わず声を出し、慌てて口を閉じた。
「でしたら、ちょうど良かったです!」
受付嬢は笑顔で続けた。
「チェックサム様はまだ冒険者になられて、一度も依頼を受けていらっしゃいませんから」
ああ、やめろ。
この女、何を言うつもりだ。
「最初の依頼は、サポートとして上位の冒険者が付き添うことになっております」
いやな予感というのは、的中するものだ。
「ですから、そのお役目を……その、ラムダ様に――」
「やります!!!」
ラムダが机を叩きながら、食いぎみに答えた。
受付嬢が驚いて目を丸くする。
「わ、私がサポートいたします!!」
ラムダの声には、熱意が込められていた。
「こう見えて私、Bランクなんです!」
彼女は胸を張って言った。
お茶目そうにどや顔をする。
いや、目が見えないから「顔」という表現はおかしいか。
だが、その口角の上がった口から伺える表情は明らかに得意げだった。
◆◆◆◆◆
「……」
今日は厄日だ。
俺は頭を抱えたくなった。
なんでこんなことに。
ただ依頼を一つ受けて、さっさと帰るつもりだったのに。
まさか、ラムダと同行することになるとは。
「では、ラムダ様にお願いいたしますね」
受付嬢が面倒を押し付けられてラッキーとでも思ったのか、嬉しそうに言う。
「はい! お任せください!!」
ラムダが元気よく答えた。
……本当に元気で困る。
「こちらが現在受付中の依頼です」
受付嬢が三枚の依頼表を、カウンターに並べた。
「……」
俺は三枚目の依頼表を指差した。
詳細は、後で確認すればいい。
今はとにかく、この場から逃げたい。
「かしこまりました」
受付嬢が依頼表を受け取る。
「はい、輸送護衛の依頼ですね。 承りました。 では、行ってらっしゃいませ」
「……」
俺は頷いた。
「では、ラムダ様、チェックサム様、よろしくお願いいたします」
「はい!」
ラムダが元気よく答えた。
俺は何も言わず、頷いただけだった。
「チェックサム様、では参りましょうか」
ラムダが嬉しそうに言う。
「……ああ」
俺はなるべく低い声で答えた。
「なるべく、早く終わらせるぞ」
「はいっ!」
◆◆◆◆◆
ギルドを出て、街道を歩く。
ラムダは俺の隣を歩いていた。
魔力感知で周囲を把握しながら、軽やかな足取りで進んでいる。
「チェックサム様、本当にお会いできて嬉しいです」
俺はお前に会いたくなかったよ。
「ずっとお名前を知りたいと思っていました」
彼女の声は、純粋に喜びに満ちていた。
「チェックサム様……素敵なお名前ですね」
「……」
チェックサムって、ただのデータ検証用の用語だからな?
こんなバグだらけのゲームを作った由仁への皮肉でつけた名前だぞ、素敵なわけないだろ。
むしろ命名には悪意しか込めてねぇよ。
「あの時貴方様にお礼を言えなかったことが、ずっと心残りでした」
ラムダは続ける。
「あの時はありがとうございました。 今回ご一緒できるなんて、まるで夢のようです」
「……」
俺は黙って前を見据えた。
この状況、どう切り抜けるか。
とにかく、依頼を終わらせて、さっさと離れるしかない。
「ところで、チェックサム様」
ラムダが不意に言った。
「そんなダンディーなお声でしたっけ……?」
「……は?」
俺は思わず声を出してしまった。
「いえ、以前お聞きした時は、もう少し高い声だったような……」
ラムダは首を傾げている。
まずい。
声を変えても、元の特徴はある程度残ってしまう。
「……気のせいだ」
俺は短く答えた。
「そうでしょうか……?」
ラムダはなおも疑問の表情を浮かべている。
「まあ、でも……お声が聞けて嬉しいです」
彼女は微笑んだ。
「その声も私、好きですよ?」
「……」
俺は何も答えなかった。
面倒なことになった。
だが、もう引き返せない。
俺は黙って歩き続けた。
「ふふっ、今日は良い一日になりそうです!」
はぁ……。
今日は、とんでもない厄日に違いない。




