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「セキュリティはAIで十分」と言われクビになったエンジニア、異世界で管理者権限を拾う  作者: 田中田田中
Bug 002: OSコマンドインジェクション

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Case 005: tail -f

 翌朝、宿屋の一階に降りると、店主が困った顔をしていた。


「どうした、何かあったのか?」


 俺は珍しく自分から声をかけた。


 いつも強面だが穏やかな声で対応してくれる店主が、今日は明らかに様子がおかしい。

 眉間に深い皺を刻み、帳簿らしきものを睨んでいる。


「……いや、客に話すことじゃない」


「そうか」


 俺はそれ以上踏み込まなかった。


 他人の事情に首を突っ込むのは、俺の流儀じゃない。

 だが、店主は少し迷った後、自嘲気味に口を開いた。


「……レドマイン男爵家から、法外な納税(のうぜい)を求められた」


「納税?」


「ああ。 普段の十倍だ。 『領主様の事業に協力しろ』とな」


 十倍。


 それは、法外どころの話じゃない。


「うちみたいな小さな宿は、普段から薄利(はくり)でやっている。 こんな額を払ったら、一月も持たない」


 店主は疲れた顔で帳簿を閉じた。


「ちょうどあんたの一年分の支払いがあったから、今回は問題なかったが……。 このまま続くと、店を(たた)んで別の領地に逃げるしかないかもな」


 俺は黙って話を聞いていた。


 レドマイン男爵家。

 先日、道端で平民に絡んでいた傲慢な貴族(ぼんぼん)の家だ。


「……待ってろ」


 俺は部屋に戻り、管理者ツールを開いた。


 所持金は、いくらでも増やせる。

 どうせこの世界の金なんて、俺にとっては数字でしかない。


 適当な額を引き出し、革袋に詰めて一階に戻った。


「これ、使え」


「……は?」


 店主が目を丸くする。


「いつもの礼だ。 お前の宿は静かで助かってる」


「待て待て、こんな額……!」


「いらないなら捨てろ」


「そういうわけにもだな……」


 俺は革袋をカウンターに置いた。


 店主はしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて深々と頭を下げた。


「……恩に着る」


「気にするな」


「確か、アドミン、だったな。 俺はヴォイドだ」


 俺は思わず店主の顔を見た。


 Void(ヴォイド)

 プログラミングで言えば、「戻り値がない」という意味だ。


 つまり――


「一度利用しても戻らない、か」


「ん?」


「いや……常連にならないって皮肉か? 宿屋に向いてない名前だな」


 店主――ヴォイドは、きょとんとした顔をした。


「そうか? そんな風に言われたのは初めてだが……」


「……こっちの話だ」


 由仁のやつ、こういうネーミングセンスだけは一貫してるな。

 まあ俺がここの常連になってしまったせいで、名前負けしてしまっているが。



 ◆◆◆◆◆



 いつものように『静寂の杯(サイレント・カップ)』に向かった。


 扉を開け、カウンターに向かう。


 だが、今日はいつもの席の隣に先客がいた。


 銀髪。

 (とが)った耳。

 目元に巻かれた黒い帯。


 ラムダだ。


「……」


 俺は足を止めかけたが、すぐに何食わぬ顔でカウンターに座った。


 今の俺はアドミンの姿だ。

 黒髪、黒目。


 チェックサムとは別人。

 バレるはずがない。


「水です」


 バーテンダーがいつものようにグラスを差し出す。


 俺は水を受け取り、一口飲んだ。


 すると、隣のラムダがこちらを向いた。


「最近よくいらっしゃいますね、あなた」


「……」


 俺は少し間を置いてから、短く答えた。


「一人で静かに飲むのが好きなんだ。 話しかけないでくれ」


「あ……すみません」


 ラムダは素直に謝って、視線を戻した。


 いや、彼女は目が見えないから「視線」という表現はおかしいか。

 魔力感知の焦点(しょうてん)を、俺から外した、という感じだろうか。


 俺は黙ってエールを注文し、カウンターに肘をついた。

 すると、ラムダとバーテンダーが話し始めた。


「……実は、うちにも来たのです」


 バーテンダーの声だ。


「こちらにも、ですか」


「ええ。 普段の十倍の納税を、と」


「レドマイン男爵家……」


 ラムダの声には、怒りが(にじ)んでいた。


「大勢の民衆が聞いていたからといって、虱潰(しらみつぶ)しに圧力をかけるとは」


「このままでは、店を閉めるしかないかもしれません」


「そんな……」


 俺は黙ってエールを飲んだ。

 だが、内心では怒りに震えていた。


 やっと手に入れた安息の地。

 静かな宿と、静かなバー。

 人間不信の俺でも、なんとか居場所だと思える二つの場所。


 そこにちょっかいをかけてきたのが、あのガキかよ。


「大勢が聞いていたからって、しらみつぶしに圧力とか、ガキかよ……」


 俺は思わず小声で呟いた。


「え?」


 ラムダがこちらを向く。


「……いや、何でもない」


 俺は視線を逸らした。


 ラムダは少し首を傾げたが、すぐにバーテンダーとの会話に戻った。


「それで、レイルズ子爵領(隣の領地)への使者は……」


「返り討ちにされたそうです」


 バーテンダーが重い声で答える。

 レイルズって、どこぞのフレームワークじゃないんだから……。


「検問に待ち構えていた魔法使いたちに、追い返されたと」


「レドマイン男爵領から出ることすらできない、ということですか」


「そのようです。 領境の街道は全て封鎖されているとか」


 俺は眉をひそめた。


 隣の領地への報告すら封じている。

 完全に恐喝(きょうかつ)じゃねーか。


「このままでは、法外な増税(ぞうぜい)を受け入れるしかないのですか……」


 ラムダの声には、悔しさが(にじ)んでいた。


 店内の空気が、重く沈んでいく。


 誰もが、諦めかけている。

 その時だった。


「私が、行きます」


 ラムダが立ち上がった。


「え……?」


「レイルズ子爵領に、この不当な増税を報告しに行きます」


「し、しかしラムダ様、検問には魔法使いが……」


「分かっています」


 ラムダは毅然とした声で言った。


「ですが、このまま黙っているわけにはいきません。 誰かが動かなければ、この街の人々は搾取され続けるだけです」


 彼女の声には、強い意志が込められていた。


 俺は黙ってエールを飲み干した。


 ……面倒なことになった。


 俺だって、なんとかしたいとは思っている。


 この宿も、このバーも、俺の居場所だ。

 それを奪われるのは、正直むかつく。


 だが、問題がある。


 ラムダと一緒に行動するわけにはいかない。


 俺が動くなら、チェックサムの姿になる必要がある。

 だが、チェックサムは彼女が探している。


 一緒に行動したら、確実にバレる。


「……一人で行くか」


 俺は小さく呟いた。


 ラムダが先に行くなら、俺は別ルートで動けばいい。

 座標編集で瞬間移動できる今なら、検問を迂回することもできる。


「ごちそうさん」


 俺はカウンターに金を置き、バーを出た。



 ◆◆◆◆◆



 宿に戻り、俺は姿を変えた。


 黒髪黒目のアドミンから、金髪碧眼のチェックサムへ。


「……問題は、顔だな」


 チェックサムの姿でラムダに会えば、間違いなく気付かれる。


 いや、彼女は目が見えない。

 顔の造形は分からないはずだ。


「何か……」


 俺は部屋を見回した。


 押し入れの奥に、以前適当に購入していた黒い布があった。


「これでいいか」


 布を引っ張り出し、顔に巻きつける。


 目と鼻だけ出して、口元から下は完全に隠す。

 鏡で確認すると、いかにも怪しい黒ずくめの男が映っていた。


「……完璧に不審者だな」


 金髪に黒い布の覆面。

 黒い外套を羽織れば、完成だ。


「まあ、最悪ラムダに見つかっても、これなら別人で通せるだろ」


 外套のフードを深く被り、顔を隠す。


 お面の代わりにした黒い布のおかげで、金髪と青い目以外は何も見えない。


「よし」


 準備完了。


 俺がしょうもない準備に時間をとられている間に、ラムダは先に出発したはずだ。


 道はさっきバーで聞いていた。

 レイルズ子爵領への街道は、東の森を抜けた先にある。


「追うか」


 俺は宿を出た。



 ◆◆◆◆◆



 ストーカー相手をストーカーしているみたいで、なんとも言えない気分だった。


「ミイラ取りがミイラになってないか、これ……?」


 俺は小声で呟きながら、座標編集で少しずつ移動していた。


 普通に走って追いかけると、道中で誰かに見られる可能性がある。

 だが、座標編集なら一瞬で数十メートル移動できる。


『座標: X=2341 → 2400』

『変更しますか? [Yes/No]』


「Yes」


 視界が一瞬歪み、俺は別の場所に立っていた。


 木の陰に身を潜め、周囲を確認する。


 まだラムダの姿は見えない。

 もう少し先か。


『座標: X=2400 → 2500』


「Yes」


 また移動。


 これを繰り返し、少しずつラムダの後を追う。


「……いた」


 ついに、前方に銀髪の女性の姿を捉えた。


 ラムダだ。


 彼女は街道を一人で歩いている。


 レイピアを腰に()き、背中には弓を背負っている。

 遠距離武器も使えるのか。


 俺は物陰に隠れながら、距離を保って後をつけた。


 座標編集で移動するのは便利だが、音がしないわけではない。

 むしろ、突然人間が出現すれば、魔力感知でバレる可能性がある。


 だからある程度の距離を保ちつつ、木々の影を縫うように進んでいた。

 そのはずだった。


「いるのはわかっています」


 突然、ラムダの声が響いた。


「出てきてください」


 彼女は立ち止まり、こちらに向き直っていた。


「……っ」


 バレたか?


 いや、まだ確証はないはずだ。

 俺は息を殺し、木の影に身を潜めた。


 動かなければ、やり過ごせるかもしれない。


 そう思った瞬間だった。

 風を切る音。


「っ!?」


 俺は咄嗟に首を傾けた。


 矢が、さっきまで俺の頭があった場所を通り過ぎていく。


 木の幹に深々と突き刺さる。


「……おいおい」


 俺は思わず声を出してしまった。


 ラムダは既に、次の矢を(つが)えている。


 百メートルはある。


 この距離で、正確に俺の頭を狙ったのか。


「この距離でバレるのかよ……」


 俺は諦めて、両手を高く上げた。


 もう隠れる意味がない。


 ゆっくりと木の影から出る。

 武器を持っていないことを示す。


 ラムダは弓を構えたまま、俺の方を向いていた。


「あ、あなたは……!」


 彼女の声に、驚きが(にじ)んだ。


「あの時の……!」


 やはり気付かれたか。


「私には色はわかりませんが。 その服、その身なり……間違いありません」


 俺は何も答えなかった。


 俺はすでにバーで声を出してしまっている。

 下手に声を出せば、バーで会った時の「アドミン」と声が同じだと気付かれる可能性がある。


 沈黙を保ったまま、両手を上げ続ける。


 ラムダは弓を構えたまま、しばらく俺を見つめていた。


 いや、「見つめる」という表現はおかしいか。

 魔力感知で、俺の輪郭を「感じて」いるのだろう。


「……詳しくお聞きしたいことは、山ほどあります」


 ラムダは弓を下ろした。


「ですが、今は緊急です」


 彼女は俺に近づいてきた。


「あなたがなぜここにいるのか、なぜ私をつけていたのか。 それは後でお聞きします」


「……」


「先程は失礼いたしました。 今は――」


 ラムダは俺の前で立ち止まった。


「共同戦線といきましょう」


 彼女は手を差し出した。


「レドマイン男爵家の横暴を、レイルズ子爵家に報告する。 その目的は同じはずです」


 俺は黙ってその手を見つめた。


 共同戦線。

 人間不信の俺にとって、それは最も苦手な言葉だ。


 だが――


「検問には魔法使いがいます。 一人より二人の方が突破しやすい」


 ラムダの声には、打算ではなく、純粋な提案の響きがあった。


「あなたの力は、あの時見ました。 一撃で毒蜥蜴を倒し、私たちの傷と毒を癒した」


 俺は何も答えなかった。


「きちんとしたお礼をする機会を、ずっと探していました」


 彼女の声が、少し柔らかくなった。


「でも、今は後回しにします。 まずは、この街の人々を助けたい」


 俺は彼女の顔を見た。


 目元の黒い帯の下、見えないはずの瞳が、まっすぐこちらを向いている。


「……」


 俺は何も言わず、こくりと頷いた。

 ラムダの表情が、わずかに和らいだ。


「では、参りましょう」


 彼女は俺の横に並び、街道の先を見据えた。


「検問までは、あと三十分ほどです」


 俺は黙って、彼女の隣を歩き始めた。

 人間不信の俺が、誰かと一緒に行動するなんて。


「……面倒なことになった」


 小声で呟いた言葉は、風に紛れて消えていった。

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