0.プロローグ 最期の記憶
なんだ...これ...?
掠れる視界の中、目の前に広がる光景を見て、俺はそう思った。
崩れ、瓦礫と化した建物。
辺りに漂う獣のような臭さと鉄の匂い。
ヒビ割れた地面には人のものとは思えない無数の大きな足跡がある。
なんだ、何が起きて...。
ただならぬ光景を前に必死に状況を理解しようと、ぼんやりとした頭を抱える。すると、両手が赤く染まった。
「血...?」
それが自分の血だと気づくのに時間はかからなかった。気づくと同時に強い痛みが体に走る。
混乱して気づかなかったが、俺の体は傷だらけだった。頭に大きな傷があり、体にも小さくない傷がいくつもある。少しでも体を動かすと、全身が激しく痛んだ。
なぜ、自分がこんな状況に置かれているのか必死で考える。
なんで...、こんなことに...。
すると、脳裏に1つの言葉が浮かんだ。
【“厄災”】
そうだ、思い出した。
俺は襲われたんだ。
あの黒い化け物に。
「はっ、はっ、」
状況を理解した瞬間、心臓の鼓動が早まるのが分かった。
あの化け物は今どこに...。
とにかく、今はここから...。
“早くこの場から逃げなければいけない”
そう思った、その瞬間。
「えっ...」
突然、空が黒く染まった。
夜のような暗闇。
しかし、それは夜ではなく、影だった。
黒く、大きな影。
後ろに立っている。
背中に冷たい汗が流れた。
ーー逃げろ。
頭の中でその言葉が何度も鳴り響く。
しかし、足は動かない。呼吸もうまくできない。
身体中の傷が原因では無い。
恐怖だ。恐怖で身体が動かない。世界そのものが止まったかのように、体が凍りついている。
逃げろ、じゃないと死ぬ。
一歩だ。まず一歩踏み出せ。
なんとか恐怖を抑えつけ、やっとの思いで一歩を踏み出した時、黒煙のように影の輪郭が滲んだ。
それと同時に視界が赤く染まる。
そして、痛みが遅れてやってきた。
「か、はっ、、」
視線を落とすと、胸から突き出ていた。
漆黒の腕...いや、触手のような何かが。
音もなく、避ける間もなく、それは俺の胸を貫いた。
熱いものが喉まで込み上げ、血の味が口内に広がる。
くそっ...。
真っ赤に染まった視界が真っ黒になった。