第7章
吹雪が叫んだ。
「兄ちゃんっ、うしろっ!!」
テツヤが振り返るより早く――
世界が裂けた。
視界が、色を失った。
青も赤も黒も、全てが“光”に置き換わる。
まるで空間そのものが意志を持ち、
彼の存在を“摘み上げる”ように収束しはじめた。
床がなくなった。
重力が消えた。
耳に入るのは、鼓膜ではなく“脳そのもの”に直接届く電子の囁き。
【転送プロトコル起動】
【例外認定:艦長資格、臨時発動】
【転送対象:柊テツヤ】
【艦長席へ迎え入れる――】
「やめろ……! やめろッ!!」
吹雪の手を掴もうとした。
掴んだはずのその手が、透けていく。
「吹雪……! 吹雪!!」
妹の顔が、涙で歪んでいた。
「兄ちゃん……いや、行かないで……! 置いていかないでぇ!!」
手を伸ばす。
必死に、指先だけでも触れようとする。
でも届かない。
空間がねじれ、現実がひび割れ、
妹の声が、遠ざかっていく――
「兄ちゃああああああああああああああん!!」
叫びと共に、光が弾けた。
――静寂。
気づけば、テツヤは立っていた。
足元は鋼鉄。
頭上には黒く沈むドーム型の天井。
周囲には無数の端末と制御盤、そして――
目の前には、ひとつの椅子があった。
滑らかな白銀の装甲。
手すりには心拍感応装置。
座面には、彼の名前が光文字で刻まれていた。
“TETSUYA HIRAGI – TEMPORARY COMMAND SEAT”
その瞬間、艦内に静かな起動音が響く。
空間全体が低く唸り、天井の光条が順に点灯していく。
そして、艦そのものが彼の存在を認識した。
『確認。柊テツヤ、着艦』
『条件不一致。例外事象、記録済』
『我、君を以て“艦長”と認定す』
『我が遺志を継げ』
空間に、声が満ちた。
それは機械の音ではない。
人のようで、人ではない。
長い時間を生きすぎた何かが、その名を継ぐ者に語りかけていた。
「……お前……いったい……俺に…何を……」
テツヤは膝をつき、拳を強く握りしめた。
涙ではない。
けれど胸が、痛かった。
妹を守れなかった悔しさ。
意味もわからぬまま“選ばれた”怒り。
そして――母の不在が確定した絶望。
だが、艦はなおも語りかける。
『我は戦艦アマテラス。
最終艦。防人の記憶。地球の守護者。
君の命令を待っている。』
艦長席の灯が、明滅した。
世界が、もう戻らない場所へと滑りはじめていた。
その瞬間、艦内全域に低く、荘厳な“起動音”が鳴り響いた。
戦艦アマテラス――
眠れる神が、いま再び目を覚ました。
そして、世界の終焉は、ここから始まる。