9. 作戦会議
敵の攻撃が止んだ数刻の間に、作戦会議の緊急招集がかけられた。シーザー含めた勇者一行の四名と領主、騎士隊長格の数名が集う。とはいっても打開策が出てくるはずもない。
みなが憔悴しきる悲痛な面持ちの中、しかし勇者シーザーだけは眼から希望の光を失ってはいなかった。
この若き英雄は、けれど英雄というイメージからは程遠かった。貴族のように品のある物腰、さらさら風になびく髪と女性のような柔らかい顔立ちは、逆に戦士に求められる雄々しさのかけらもなく、端的言えば弱そうに見えた。
この世界で英雄と呼ばれる者たちはみな、「祝福」と呼ばれる特殊能力を授かる代わりに、逆に「呪い」も受けてしまうのだ。
しかしシーザーは英雄の中で唯一「呪い」を持たない特殊な存在だった。そうでなければ、きっと誰も彼を英雄と呼ぶことはなかっただろう。
そんな勇者と呼ばれるシーザーが、口火を切って声を上げた。若き勇者は突拍子もないことを口にする。
「打って出ましょう」
「馬鹿な⁉ 有利な籠城戦だからこそ、ここまで持っているんだぞ。それにこれ以上戦力を割くことなど不可能だ」
騎士たちが口々に異を唱えるのはもっともだった。通常籠城戦は攻撃側に3倍の兵力が必要と言われているが、今の魔王軍はそれより多く丁度10倍差があった。打って出たとしても、平地で戦えばまともな戦いにすらならないのは明白だ。
しかしシーザーはゆっくり首を振ると、続けた。
「打って出るのは、少数精鋭、僕と元々仲間のアンとジャンヌ、ブラウンの四名だけで大丈夫です。それで敵の大将二人を狙い撃ちして倒すつもりです」
「馬鹿な……」
わずか四人で、今まで誰も敵うことがなかった魔王軍の強大な将軍を、しかも二人も同時に倒すなど……不可能を通り越し、妄想でしかなかった。
会議室にいる騎士たち全員が絶句する中で、シーザーと仲間たちはお互いに顔を見合わす。
「シーザーがそう言うってことは、勝算がある……ということで間違いないのよね?」
そう質問したのは聖女アンだった。
「もちろんさ。敵将二人の力を調査していて気づいたのさ。彼らの弱点に。それはあとで詳しく話そう。
それより『祝福』の力はあとどのくらい残っているかな」
「残り三割ってところかしらね。
そうね、いま素敵な王子様が現れても、私の素顔を見たら逃げ出すくらいの状況でしょうね。
けれどそれでも、半死半生の人間を治して全力疾走させられる分くらいの力は残っているわ。あんたが下半身をぶった斬られても、治してあげられるわよ」
「そんな状況にならないように努力するよ……」
アンの物騒な物言いに、シーザーは強張った表情で返す。
アンの「祝福」の力が完全に回復するには数日かかるだろうが、今はそれを待っている暇はなかった。
「では、私が二人の敵将を討ち取る役でよいかな」
次に質問してきたのは女騎士ジャンヌ。けれどシーザーは彼女の勇ましい発言を退けた。
「いや、逆にジャンヌは『二人を倒してはいけない』」と。シーザーは更に続ける。
「敵将は『獄炎姫』と不死の化物の『死神卿』だ。二人はそれぞれ強力な『呪い』の持ち主だ。確かに君が戦えば勝てる可能性はあるが、彼らの『呪い』を引き継いでしまうことになる。そんな危険にさらすわけにはいかない」
「また、私ひとり蚊帳の外というわけか?」
口を尖らせる女騎士にも、シーザーは色よい返答を用意していたようだ。
「切り札さ――
やってもらいたいこともあるし、それに切り札は最後まで取っておくものだって言うだろう」
「女騎士殿がとどめを刺せない……となれば、いよいよこの俺様の出番ってわけだ」
こんな状況にもかかわらず、ブラウンは不敵な笑みを浮かべると、芝居じみた様子で両腕を広げ、調子に乗った台詞を吐いた。元々お調子者の彼ではあったが、あえて重苦しい空気を変えようとしたのかもしれない。
「そうだね。この作戦の肝はブラウンさ。特に『獄炎姫』はブラウンと同じ炎を操る能力を持っている。おまけに忌憚なくはっきり言わせてもらうなら、その能力は相手の方が格上さ……」
「随分とはっきり言いやがるぜ。綺麗事を言って誤魔化さないんだな」
そう言われたシーザーは苦笑する。
「まぁね。嘘をついたところで君には簡単に見破られてしまうだろうしね。だけど、ブラウンにはそんな相手の能力を上回る、機転と才覚があると信じている。君の活躍には大いに期待してるよ」
ブラウンが炎を操る「祝福」を持っていることはわかっているが、「呪い」は仲間内にも秘密にしていた。彼にも隠したい理由があるのだろう、シーザーたちはあえて彼の「呪い」について内容も隠す理由も聞きはしなかった。ただ、それはジャンヌ同様、切り札として使えるものとしてシーザーは計算していた。
一通り仲間たちと話し終わると、シーザーは領主と騎士たちに向き直り、静かに決意を語る。
「可能性は高くはありませんが、僕たち四人で敵将を退けてみせます」
それを聞いた騎士たちのうち数人は、隠すこともなく疑いの眼差しを向けていた。
確かにシーザーたちは魔王軍と戦い続けている歴戦の英雄に違いない。だが国や教会などの正規の騎士団に所属もしておらず、所詮は何処の出ともしれない流れ者なのだ。
国王の御布令や諸侯への直接の書簡は出ていたものの、シーザーたちに露骨に不信感を表す者も少なくなかった。アン王女が勇者一行の一員でなければ、シーザーたちは領主と面会どころか、この会議にすら呼ばれていなかったはずだ。
当然シーザーもそのことをよく自覚していた。
「この作戦の決死隊を、僕たちに任せてもらえませんか。
もともと僕たちは正規兵ではない。所詮この城に立ち寄っただけの客将にすぎません。ならばその僕たちが可能性の低い作戦に臨んだ方が、籠城戦の戦力を割かずにすみます。それに言い出しっぺですしね……」
騎士たちは思い違いをしていたことに気づく。この手弱女のような勇者シーザーは、優し気な微笑を浮かべながらも、自らの死をも覚悟して発言していたということに。
もはやそんな一縷の望みに賭けるしかないのだということに。
シーザーはとつとつと語りだす。
「ここだけじゃありません。今や人間側には魔王軍と直接対決できるほどの戦力はない。
僕たちは勇者なんて煽てられてますが、実際は正面から戦ってくれている軍隊に耐えてもらい、隙を作ってもらって、その間に一撃必中の魔王暗殺をしようとしてるわけです。
僕たちは、本当は正々堂々戦えない卑怯者なんですよ」
さらに勇者は続けた。
「そして今回も同じです。住民の命を背負い、守りながら籠城戦を続ける方が辛く苦しい。今まさに一緒に戦っていた仲間がアンデッドになってしまっても、それを殺さなければいけないのだから――」
シーザーは先ほどの戦いの最中、自らの手で直前まで一緒に戦っていた兵士――アンデッドと化した元兵士を殺したことを思い出していた。その手の感触がずっと残っている。
本当なら誰も傷つけたくないが、そんな弱い心を持ったままでは、誰も彼もを傷つけてしまうこともわかっていた。
「それに比べたら玉砕覚悟で敵に突っ込む役割の方が――僕たちの方が楽な役回りをもらっている。どうか、危険な籠城戦の方をお願いできませんか」
そうまで言われて、引き下がれる者がいようか。先ほどまでは生気を失った目をしていた騎士たちの瞳の奥に、わずかながら光が灯っていた。戦い抜くのだ、そしてたとえ死ぬ宿命が変わらぬとしても、一歩でも前に進まなくてはならぬと。
それまでの非礼を詫びるように、領主が代表して口を開く。
「貴殿等に危険な任務を任せることになってしまってすまない。むしろこちらからお願いしたい。頼む、この街を、住民を救ってくれ」
「御意のとおり」と、シーザーは静かに頷くのだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
その後作戦の詳細を詰めて解散すると、シーザーたち四人は夜の襲撃までの待ち時間手持ち無沙汰になり、警備がてら防壁上に来ていた。
血が染みつき、ところどころ傷跡の残る壁は戦いの凄惨さを物語っていたが、それでも夕暮れに吹く風は涼やかに感じられた。
「旅に出てからずっと戦ってばかりだし、おまけにいつも貧乏くじを引かせてしまってすまないね」
「そうだぜ、お前、俺をこの一行に誘うときになんて言ったか覚えてるか? 『報奨金は山分けだし、魔王はしこたま財宝ため込んでるんで、それも山分けできるはず』って言ってたんだぞ。こんなことなら、まだ故郷で化物退治でもしてた方が楽だったぜ」
「そんなこと言ったかなぁ……」
すっとぼけるシーザーに対し、ブラウンは間違いなく言っていたと、がしがしと肘鉄をくらわす。
「とにかくその金で、老後は一生楽しく暮らすのさ」
そう嘯くブラウンの右手の人差し指が、ぶすぶすとほのかに火傷していくのをシーザーだけは見逃さなかった。なんらかの条件でブラウンの「呪い」が発動したのだろう。
「旅が終わった後のことなど考えたことはなかったな」と呑気な回答をするジャンヌに向かって、アンは食い気味に訴えた。
「なに言ってんのよ、これが終わったらすぐに花婿探しよ。こう見えて私、王女なのよ。双子の兄さんが逝っちまったせいで、私が色々引き継がなくちゃいけないし、本当は早く結婚しろってごちゃごちゃ言われてんのよ。
大体、誰かさんのおかげで滅茶苦茶婚期を逃しそうだわ」
アンはなにか意味ありげにシーザーにチラチラ目線を向けるのだが、彼の方は気にする素振りも見せず自分の夢を語った。
「僕は花屋にでもなるよ」
「は、花屋?」とアンが聞き返す。
「そうさ、僕は元々戦いは苦手だからね。誰も傷つけず、優しい気持ちになってもらえるならそれが一番嬉しいのさ。
たまたま『呪い』を持たずに生まれてきただけで、なんなら世界一弱い勇者だからね」
だが、アンは心の中で反論していた。
勇者とは強い人間なんかじゃない。たとえ弱くとも、自ら行動することによって人の心を動かすことができる人間なんだ――と。
あんたはずっと周りの人たちの心を動かしてきているじゃない。誰もが逃げだしそうなときも、自らそれを支えて、助けてくれるような人だもの。
現にこんな『呪い』を持った私も、あなたに心を動かされれたのよ。
だって私にとって、あなたこそ最高の勇者だもの――と。
シーザーたちの旅路は戦いと苦難の連続だったが、いま思えばこの時が一番幸せで楽しかったのかもしれない。
何しろここから一人、また一人と仲間が死んでいくことになるのだから――