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5. 戦士カリヴァスの依頼

 今まで、カリヴァスに対しまるで興味がなかったロックが、初めてこの戦士と『剣姫つるぎひめ』の物語に興味を持った。もしかしたら依頼人を気に入ったサロメの口車に乗せられただけかもしれないが、どちらにしろ、もはや捨て置くわけにはいかない。


「サロメ、彼らの物語を出してくれ」


「そう言われると思ってとっくに用意はできていてよ」


 そう言われたロックが本のサロメを開くと、数十数百のページが空中に放り出され、パノラマの絵画のようにロックを取り囲んだ。それらはすべてカリヴァスとヴァルキュリアの登場する『剣姫』の物語だったのである。ロックが指揮者のように手を振ると数多のページが次々と動いていく。

 そうやって瞬く間に今までの物語展開を読み終えたロックは、伏し目がちに首を振った。


「結論から言うと、あきらめた方が幸せになれる。この物語の作者はハッピーエンドで終わらせる気はない」


「なんで、そんなことが言い切れるんだよ⁉」


 食い下がるカリヴァスに対し、ロックは冷静に言い放った。


「この作者は今時珍しい、テーマ性を重視する作家だからだ。ついでに過去作も全部読ませてもらったが、全て悲劇で終わっている。デビュー作は『ロミオとジュリエット』をモチーフにした民族紛争をテーマにした恋愛悲劇だった。

 この作者に限った話じゃないが、確固たる信念のもとに作っている作家を心変わりさせるのは、並みの主人公には不可能だ。カリヴァス、お前さんは作者の筋書き通りに行動していただけかもしれないが、実力不足だったと思ってあきらめるんだな……」


「いや、それでも、ハッピーエンダーのあんたなら『物語改変』できるんじゃないのか。『あきらめた方が幸せになれる』ってことは、逆に言えばあきらめない方法があるってことじゃないのか?」


 それでもすがるカリヴァスに対し、ロックはさらに冷たい声で忠告する。


「『物語改変』はなんでもできるってわけじゃぁない。あくまで現在作成されている物語にしか関与できないって制限がある。一度描かれてしまった展開はおいそれとは改変できない」


「それじゃあヴァルキュリアは元に戻らないのか……!?」


 項垂うなだれるカリヴァスに、ロックはさらに追い打ちをかける。


「それだけじゃない。

 ひとつ、完結した物語の改変は最大のタブーである。

 ひとつ、作者や現実世界には直接干渉できない。当然作者が何を考えているか知る術もないし、こちらから意見を伝えることもできない。

 ひとつ、ハッピーエンダーは〈物語の登場人物〉に直接干渉してはならない。つまりは俺はお前さんを殺しちまったりはできないってことだ。

 これらのタブーを犯せば、物語が崩壊するだけじゃなく、俺もお前さんも〈物語精霊界〉の大罪を背負い厳罰を処せられることになる」


「罰せられるって具体的にはどんな内容なんだ?」


「詳しく知るものはほとんどいない。この世からも物語からも消滅してしまうって話もあれば、もしくは人間ならざる者に転生させられて、永久に続く苦痛の罰を受け続けることもある」


 それを聞いたカリヴァスは思わず身震いした。だがそれでも引き下がるわけにはいかないのだ。彼は拳を強く握りしめた。


「それでもかまわない。俺は彼女を、ヴァルキュリアを生き返らせたいんだ……」


 ロックは改めてカリヴァスをつぶさに見つめた。

 目の前の戦士はぼろぼろの姿だった。竜の吐く炎で焼かれ、身体中火傷だらけ、深い傷を負い足は引きずっている始末。折れた魔剣を持つ手のひらは、長い修行の末、何度も潰れたマメが固く岩のようになっていた。彼と魔剣が積み重ねた修練が垣間見えた。

 そんな歴戦の戦士が、自分の力ではどうにもならない運命に嘆き、いま顔をくしゃくしゃに歪ませてロックに頼み込んできているのだ。自分はどうなってもいい、彼女を救いたいと。


 それまで黙って聞いていたサロメが促すように口を開いた。


「ロック、あなたにとってもとむらい合戦になるのではなくて。あの時できなかった『物語改変』を今回こそは使えるのではなくて。

 それともまた見殺しにするつもり? いつまでも逃げ続けるつもり?

 少なくともそこの戦士は覚悟を決めているわ。まぁあなたにこそ、その覚悟ができればの話でしょうけれどね」


 サロメの言う通りだった。

 あの時ロックは自分の身可愛さに逃げ出したのだ。今回の物語はあの時と全く同じシチュエーションにもかかわらず、この目の前の戦士は自分と違って逃げずにもう一度挑もうとしているのだ。

 更にサロメが続ける。


「もしかして、私の表紙の数字が増えて消滅することを気にしてるのだとしたら心配無用だわ。そんな弱い女でなくてよ。私もあの日以来、もうずっと覚悟は決まっているのだから――」


 そうサロメに煽られたロックは、ソファからすっくと立ちあがるとカリヴァスの前までやってきた。


「カリヴァス、お前さんの物語をここから改変するたった一つの方法がある」と。

「それは決してハッピーエンドになるわけではない、全てはお前さんにかかっている、苦難の選択肢だ。お前さんに作者を裏切り、かっこ悪い道を選ぶ覚悟があるのか?」


「……望むところだ」


 真っ直ぐな瞳。迷いのないその返答を聞いたロックは、肩をすくめてぼやいた。


「俺はいま猛烈に後悔しているよ。お前さんみたいな腐れ熱血漢のキャラクターに出会わなければ、安穏あんのんとソファで寝て過ごしていられたのにと」


 そう不平を漏らしたものの、その顔はどこかほんの少しだけ満足気だった。ただカリヴァスは、逆に少しばかり逡巡しゅんじゅんしてしまっているようだった。


「すまない……巻き込んじまっておいて今更だが、ロック、あんたはいいのか? それに二度と『物語改変』しないと誓っていたんじゃないのか?」


 ロックはいまでは本となってしまったサロメを撫でながら呟いた。


「俺にだってやり直したい過去がある。だが物語と違ってハッピーエンダーには自らの過去を改変する力はない。だからこそ、改変可能なお前さんの物語に、俺もほんの少しだけ賭けてみたくなったのさ」


 サロメが言っていた通り、この戦士には『物語改変』に値する勇気があった。それはロック自身が失ってしまったものに他ならない。今更遅いかもしれないが、失ったものを取り戻せないにしても、せめて少しでも前に進むしかないのだ。


「むしろ今日お前さんと会えて良かったのは俺の方さ。とはいえ俺ができるのはここまでだ。さあ、あとはお前さんの選択次第だ」


 ロックは本のサロメから一枚のページを抜き出すと、まるで呪文でも唱えるように「どんでん返し(リバーサル)」と叫んだ。するとそのページは眩い七色の光を撒き散らしながら輝き始める。


 元々は『人魚姫』の『物語改変』に使用しようとしていた展開のページだが、完結済みの『人魚姫』には使用することができなかった。だが完結していない『剣姫』の、この戦士カリヴァスなら、あるいは使いこなすことができるはずだ。


 そのままロックはコートをひるがえしながら腕を振ると、〈物語精霊界〉の図書館の中に一つの輝く扉を出現させ、まさしくその運命の扉を開くのだった――

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