37. 死神卿とアンの戦い(1)
例の図書館に戻ってきたロックたちは、シーザーを救うべく最後の戦いについての計画を話し合っていた。
ロックから仮面の聖女アンへと、物語改変の内容が伝えられる。
「これからアンにやってもらいたいのは、『死神卿』と戦うことだ」
「わかったわ……。正直言って私には勝てるはずもない、無駄死にになるかもしれない……。けれど、それでも精一杯戦うわ」
死神卿に正面から挑んでも、アンでは絶対に敵うはずもない。それはアン自身も百も承知だった。だがシーザーを救うためならと、彼女は死をも覚悟して戦おうと意気込む。
だがロックの思惑は少し違っていたようだ。
「いや、勝つ必要はない。むしろ初めから戦っても勝てないことはわかっているんだ。アンにやって欲しいことはたった一つ――
奴の魔剣、アンデッドメイカーを手に入れることだ」
死神卿の持つ魔剣アンデッドメイカーは、斬った相手をアンデッドに変えてしまう恐ろしい魔剣だ。おまけに生身の人間は柄に触れただけでアンデッドに変わってしまうため、アンデッドにしか扱えない代物でもあった。
だがその魔剣には、死者を生き返らす力など無かったはずだ。いったいなぜそんなものが必要なのか、アンには見当もつかなかった。
「詳しいことは後で説明するが、その魔剣の力を使えば、シーザーを生き返らす布石になるはずなんだ。だがアンデッドメイカーを手に入れることは容易いことではない。場合によってはアンに命を懸けてもらう必要がある。
そして、裁定者アイスマンの物語改変ページと、アンデッドメイカー、俺の渾身の『どんでん返し』のページを使って、ようやく届くかどうか……。シーザーを生き返らす可能性が、僅かながら見えてくるんだ。
はっきり言うと、まったく割の合わない賭けなんだ……」
しかしロックはいつになく真剣な眼差しでアンの両肩をつかむと、懇願するように頭を下げた。
「だが、その僅かな可能性に賭けてほしいんだ。俺もお前さんと同じく、シーザーを助けたいんだよ」
そう言われて断れるわけがない。もちろんアンも全てを賭けて挑むつもりだった。
彼女は静かに、けれど強い決意をもって、こくりと頷くのだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
アンは魔法によって「死神卿」と接触を取り、「聖牧杖大聖堂街」の旧劇場に彼を呼び出した。
旧劇場は舞台と上流階級用の観客席にのみ屋根のあるタイプの劇場だ。アン自身は始めて訪れる建物だったが、ここはシーザーやブラウン、ハッピーエンダーのロックとギガデスが一堂に会した場所でもある。
旧劇場は改修工事中で立入禁止となっていたため、秘密裏に二人きりで会うには適していた。まさかこんなところで、勇者一行の王女アンと、魔王軍の将軍が密会しているとは、誰も考えもしないだろう。
アンが薄暮に染まる旧劇場内に入ると、先に到着していた死神卿が舞台の上に立って待っていた。
骸骨姿に黒い鎧を纏い、精巧なデスマスクの兜をかぶっている。その奥には凍えるような蒼い瞳が光っていた。
腰には例の魔剣アンデッドメイカーを下げている。柄には髑髏を象った意匠、刀身からは禍々しいオーラを放つ恐怖の魔剣だ。
「まさか、アン王女の方から連絡を取ってくるとはな。しかもこんなところで密会とは……全く予想だにしなかったがな」
死神卿のその声は、いつもの威圧的なものと違い、何処か親しみが込められているように感じられた。それもそのはずだ、死神卿はアンの血族でもあったのだから――
「久しぶりね、ロイド兄さん――」
「気づいていたのか。
いや、『生者と死者』の力は王家の血を引く者しか持たないのだから、気づいて当然か……」
死神卿が兜の庇を跳ね上げると、半分髑髏となった顔と、残り半分の人間の顔が表れた。そこにあったのはアンと瓜二つの青年の顔――アンの双子の兄ロイドに間違いなかった。
死神卿は癒しの力を限界まで使い切り、その人間の半面を残す以外は、身体全てが骸骨のアンデッドとなってしまっていたのだ。
「だが、今更私を呼び出して何の用だ。私たちはもはや袂を分かち、敵同士だ。話し合うことなど何もない」
久しぶりの兄妹の再開だというのに、二人にはそれを懐かしむことさえ許されないのだ。けれど、アンはどうしても兄に聞きたいことがあった。
「ロイド兄さん、なぜ魔王軍なんかに加勢したの……? 昔の兄さんは正義感が強くて、弱者のために戦う英雄だったわ。それが何で……何で変わってしまったの……?」
「変わってなどいないさ。昔のままだ――私はアンデッドとなった今も正義を貫こうとしている。ただ、その対象が人間に変わっただけなのだ」
「人間を殺すことが正しいはずないわ」
「それを人間が判断するというのは、傲慢以外の何物でもない」
死神卿ロイドは、悲しみを込めた声で独白するのだった。
「私がまだ人間の騎士として戦っていたときの話だ。私はアンデッドの侵攻から人々を守るため、自らの身を犠牲にして、癒やしの『祝福』を限界まで使い切った。その結果がこの骸骨の姿だ。
ところがだ、人間を救うため『祝福』を失い『反人間』となった私は、逆に人間どもに殺されかけたのさ。つい先ほどまで一緒に戦っていた仲間たちや、守っていた住民たちから、槍で突き刺され、剣で斬られ、誰もかれもが私を裏切り、正義を叫びながら私を殺そうとしたのだ」
「そんな……」
兄のあまりに悲惨な過去に、アンは口元を押さえ声を失っていた。
「私は自分の守ろうとしていたものから裏切られた。だが、それは当然だ。なぜなら私自身もずっと『反人間』を悪と信じて殺してきたのだから。自分自身が不利益を被るときだけ信念を曲げるのは、あまりに不誠実というものだ。それが私なりの正義であり、償いだ――」
しかしアンは、兄のその悲しい過去を知っても、人間と対立する姿に納得できはしなかった。
「だからといって、なぜ人間に敵対する必要があるの? 戦わずに和平の道を探すことだってできたはずじゃないの?」
「戦いに有るのは、お互いに違う正義だけだ。正義を掲げて殺すのだから、そこに本当の平和など無いのだよ。
そして罪を重ねる以上、人間にも償うことが必要だ。そうでなければ筋が通らないだろう?
だから魔王は、人間全てに「整合性」の呪いを与えようとしている」
「整合性の呪い……?」
「そうだ。『人間爆弾』のダークに与えられた呪いの発展系だ。その呪いを与えられた者は、『整合性』に反したときに爆発して死に至る。
『反人間』を差別して殺してきた者は、その呪いにより自らも『反人間』になったときに、『自分自身を殺さなければ爆発してしまう』という『整合性の呪い』だ」
「そんな馬鹿げてるわ……! それじゃあ、どっちにしても死んじゃうじゃない……」
死神卿の語ったのは、逃れようの無い破滅の呪いだ。『反人間』を差別していた人間に残された選択肢は二つ、自殺するか、もし自殺しないなら呪いの効果で爆発して死亡するか。そこに生き残る方法などない。
だが死神卿は、それこそが正しいと信じているようだった。
「いや、真に純粋な者だけは生き残るだろう。差別者が死に至り、結果世界には元々の『反人間』と、善人のみ生き残る、理想郷ができるはずだ。
私は世界の整合性が見たいのだ。
もちろん人間が正義だと言うのなら、爆発などせず、自らの罪を償うために自殺してくれると、そう私は信じている」
「狂ってるわ……」
「確かにそうかもしれないな。私はアンデッドになったあの時、人間としての心も失って本当の『反人間』になってしまったのかもしれぬ――」
アンも初めはシーザーを救うために、死神卿から魔剣アンデッドメイカーを奪い取るだけでよいと考えていた。けれど魔王の計画を知った今、それを止めるためには死神卿も倒さなければならないのだと覚悟を決める。
「兄さん、全ての人間に呪いを与えるなんて、そんなことをさせるわけにはいかないわ。たとえ兄さんと戦うことになっても――止めて見せるわ……!」
「ならば戦うしかあるまい。だが聖女と言われるアンでも、私にとって敵ではないがな」
死神卿は残念そうにそう言うと、腰の鞘から漆黒の刃を持つ魔剣を抜き放つのだった。




