31. 人間爆弾のダーク(1)
「鉄の処女」イゾルデの襲撃から数日が経った。
負傷者のうち、さらに治療が必要な者は病院などに移動され、今では大聖堂も広場の市場もいつもの日常に戻っていた。
また、大司教バーンは元々が老いてなお壮健な男だったこともあり――多少無理はしていたのかもしれないが――一度は身体を斬られたはずなのに、翌日にはもう事後処理に忙しく駆け回っていた。
勇者一行もブラウンとジャンヌの治療のためしばらく滞在を伸ばしており、比較的元気なアンやシーザーは負傷者の治療などを手伝っている。
一方、シーザーが「反人間」の偽勇者であることは瞬く間に広まっていた。
大司教バーンはシーザーの出自に驚きつつも、彼を保護し以前と変わらぬ対応をしてくれた。一方貴族や司祭たちからは、シーザーを咎める批判の声が上がっていた。それどころか街の人々からも、すでに差別的な対応が増えていたのだ。
シーザーが街を歩くだけで、人々から罵りの言葉を吐き捨てられ、時には腐った野菜や酷いときは石を投げつけられる。住民からしてみれば、シーザーはただの「反人間」というだけではなく、勇者の名を騙って人々を騙していた裏切者なのだ。期待が大きかった分、その失望が余計にシーザーへの憎しみに変わってしまっていたようだ。
アンたち仲間は、人々の掌返しの態度に憤慨したものの、当のシーザー自身は普通に蔑みを受け入れていた。アンたちと出会う前、元々そうやって生きてきた彼にとっては、差別は日常茶飯事だったのだろう。
だからこそアンは彼のことを想うと、余計にやるせない感情が込みあげてくるのだった。
そのような中、アンはシーザーから、「二人きりで大切な話がしたい」と大聖堂の一室に呼び出された。
こんな状況にもかかわらず、アンは少し期待してしまい、乙女心が舞い上がってしまうのを抑えられなかった。
「えー、……もしかして、もしかしたら、もしかするのかも……。えー、困ったわ……」と独り言を呟いて頬を染めてしまう。
今でこそ半分骸骨姿になってしまったとはいえ、元々は玉のような美少女と言われてたし……。でも今は顔が半分髑髏なのだと、冷静に考えると少し落ち込んでしまう。いやいや、シーザーは外見で人を選ぶような男じゃない、今までの献身的な態度が心に響いたとか、アプローチが功を奏したとか、そういう内面的魅力が通じたのに違いない。
シーザーが素っ気ない態度を取っていたのは、実は恥ずかしがってたのかしら……。
アンは一人勝手に想像が膨らんでしまうのだった――
けれど大聖堂の客室でシーザーから伝えられたのは、アンが思っていたのと全く違う内容だった。
「アンにはこの旅の一行から抜けて欲しいんだ」
予想外の一言に動転するアンは、理由を問いただす。シーザーは苦渋の決断であることを告げた。
「アンの力では、ここから先の戦いについて行くのは難しいと考えたからだ。今やアンの身体は半分以上骸骨化してしまって、その治りも遅くなっている。これ以上その力を使い続ければアン自身が不死の化物になってしまいかねない。それにアンの能力はジャンヌが引き継いでくれている。だからアンには抜けてもらった方がよいと判断したんだ――」
「そんな……私のことは仲間じゃないの?」
「仲間だと思っているから心配しているんだよ。ここから先は、いつ命を落としてもおかしくない危険地帯だ。おまけに『呪いの四将軍』の残り二人、『人間爆弾』のダークと『死神卿』は、どちらも容赦のない強敵だ。命が幾つあっても足りない。
アンのことを大切な仲間だと思っているからこそ、傷つけたくないんだ」
「そんなことも覚悟の上で戦ってきたのよ!? シーザーが居てくれたから一緒にここまで戦ってこれたのに……なんでわかってくれないのよ……!」
アンはそう声を荒げると、目に涙を浮かべながら、勢いよく部屋から飛び出していく。シーザーにはそれを止めることも追いかけることもできなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
イゾルデの遺体は大司教バーンの命により、丁重に埋葬されることとなった。遺体の移動が済むまでは、大聖堂内の地下の霊安室に安置されている。
魔王軍、ましてや敵軍の将軍であれば、戒めのために辱められることも少なくないのだが、バーンはそれを許さなかった。
ただ、世界一醜いと謳われるその姿を一目見ようと、興味本位で遺体をこっそり観賞しにくる貴族連中が後を絶たなかった。イゾルデの死体を見にきた貴族たちが、噂通りの醜い顔を眺め、吐きながらも嘲笑するのだ。
その日も貴婦人たちが侍女を伴い大聖堂へやってきていた。
アンとの話し合いの後、たまたま大聖堂の霊安室に立ち寄ったシーザーがそれを見かけると、彼には珍しいことに怒りを露わにして彼女たちを脅した。
「イゾルデも敵とはいえ立派に戦った戦士だ。ましてや亡くなった彼女を、見世物にしてよいわけはないでしょう……。
彼女の魔剣で、彼女とあなたたちの顔を入れ替えてあげれば、あなたたちにも少しは気持ちがわかるかもしれませんね」と。
貴婦人たちは口々に「ああ、嫌だ恐ろしい……。あなた卑しい『反人間』だから魔王軍に肩入れしているのね」とシーザーを蔑んだ。
「確かに僕と彼女は何も違わない。ただせめて静かに敬意を払い弔ってあげてほしいだけなんです」と、叶わぬであろう希望を、悲しみの瞳で伝えた。
貴婦人たちはその言葉を無視して、無礼に去ろうとする。
しかしそこで奇妙な事件が起こった。
貴婦人の一人が急に頭を抱えて呻き声を上げ始めると、その頭が爆発して辺りに脳漿と血を巻き散らした。爆発に巻き込まれた他の女性たちも悲鳴を上げて腰を抜かす。
いったい何が起こったのか――
続けて大聖堂の祭壇辺りから、一緒に大聖堂に立ち寄っていたアンの悲鳴も聞こえてくる。
アンの身を案じたシーザーは、即座に霊安室から駆け出すのだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
シーザーが大聖堂内の身廊に辿り着くと、彼の侵入を阻むように剣を構えた数十人の女戦士たちが立ち塞がった。
さらに奇妙なことに、先に騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた大聖堂付きの騎士たち数名が、戦いもせず、祭壇に向かい両手を組んで膝をつき祈りを捧げているのだ。シーザーの後に駆けつけた騎士たちも、同じく祭壇に立つ人物を見ただけで跪いてしまう。
大聖堂の奥にあるステンドグラスの光に包まれた祭壇には、神々しい光を浴びた一人の美青年と、捕らえられ恐怖で震えるアンがいた。
鉄製の手枷足枷を嵌められへたり込んでいるとはいえ、アンは抗うこともせず、なぜか固く眼を瞑っている。
「アン、大丈夫か!?」
駆けつけたシーザーに気づいたアンは、彼に向かって叫んだ。
「シーザー、来ちゃ駄目……! この男は『呪いの四将軍』の最後の一人、『人間爆弾』のダークなのよ……!」
そのダークと呼ばれた男は、神が自らの手で作り出した彫刻のような、神々しいほどの美貌の持主だった。
乳白色の大理石のように滑らかな肌に、耳から顎にかけた完璧な輪郭、まっすぐ伸びた鼻梁、熟れた果実のような紅梅色の唇。ただし蒼玉のごとく輝く瞳の奥には、人間を憎悪するどす黒い炎が浮かんでいた。
その完璧な美貌はまさに神が与えた祝福か、もしくは呪い以外の何物でもなかった。呪いの効かないシーザーですら、一度見たら目を離すことができないほど引きつけられてしまっている。
これが普通の人間なら、魅了されるだけではすまないはずだ。祈り始めた騎士たちも、いやそれどころか剣を構える女戦士たちも、このダークの素顔を一目見ただけで、完全に洗脳されてしまっているのだろう。
そして事実このダークという男は、使者として派遣された先の領主たちを次々と籠絡し、人間側を裏切らせ魔王軍の味方につけてきたのだ。「反人間」の数は人間より遥かに少ないにもかかわらず、魔王軍がここまで侵略を広げているのは、偏にダークの呪いの力によるものだった。
それを知るがゆえに、捕まったアンは目を開くことができない。
誤算だったのは、将軍たちが軍を率いず、立て続けに単独で襲撃してきたことだ。まさかそんな賭けに出てくるとは思いもよらなかった。
そのダークがいよいよ口を開いた。まるで竪琴の音色のように澄んだ美しい声が、聖堂内に響く。
「美しさとは『呪い』だよ。
人間は真に美しいものを前にしたとき、魅了されるとか手に入れたいとか思う前に、ただただその神々しい美しさの前に跪くしかないのだ。
そして最も美しいということは、人間からは愛されないということだ。私を見た者は、神の命を受けたようにただ従うだけなのだから……」
まるで彼は愛を欲しているかのように、少し悲し気に語った。「鉄の処女」イゾルデが醜くすぎて愛を手に入れられなかったのと逆で、このダークは美しすぎて愛を手にすることができないのだ。
シーザーは尋ねる。
「戦わなくてはいけないのか?」
「戦わなくてはいけないな。これは弔い合戦だ。『獄炎姫』アンジェや『鉄の処女』イゾルデ、そして虐げ殺められてきた『反人間』たちのな。人間どもへの復讐なのだ。
先ほども人間の皮をかぶった貴族の豚を人間爆弾にして爆発させてやった。お前も見ていただろうよ。そして優しいお前なら、私のこの許されざる人間どもへの怨嗟の念もわかるだろうよ」
「だからといって罪のない人々を殺してしまって良いわけがない……。そんなことは許されることじゃない……」
「本当にそう思っているのか、勇者シーザー? お前は聡く、他人に共感することもできる優しい人間だ。逆に言えば、私たちの苦痛と憎悪も理解できているということじゃないのか? そしてお前自身が『反人間』として差別されてきたなら、一度や二度は人間に対して絶望し、人間に復讐したいと思ったことがあるんじゃないのか?
だとすれば私たちとお前には、いったい何の違いがあるというんだ?」
ダークはその美貌だけでなく、人の心をつかみ揺さぶることにも長けているようだった。シーザーは図星をつかれ、言葉を失っている。
そんな中、捕らえられたアンが震えながら言い返す。
「全く違うわよ! あんたみたいな人殺しと、人を救おうと戦うシーザーが同じわけないでしょ! シーザーはあんたと違って、自分の弱さに流されない、強い勇者なのよ!」
ダークは絵画に描かれる聖母のような美しい顔で微笑んだ。
「では、それを証明してもらおう。私は元々の美貌の『呪い』の他に、呪いを与えることができる魔王から、二つ目の呪いを与えてもらった。それが『人間爆弾』だ。
『呪い』は過去の苦痛と密接に絡んでいるようで、この力は女相手にしか発揮できないのだ。女に触ると、即座に爆発させるか、もしくは私のタイミングで爆発する爆弾に変えることができる。
さて、そうすると知略に優れた勇者シーザーは考えるはずだ、『人間爆弾は一人ずつしか変えられないのか、同時に複数作れるのか』と。
先に答えておくと、この大聖堂内の女性は一人残らず触れて、爆弾に変えさせてもらったよ。当然、アン王女も含めてな――」
目を瞑ったままで恐怖に震えるアン。
ステンドグラスから射し込む温かい光が大聖堂の中を照らしているのに、シーザーは額から冷たい汗が流れるのを感じていた――




