26. 鉄の処女イゾルデとの戦い(1)
時間は少しだけ遡る。
試合を終えた女騎士ジャンヌと大司教バーンは、アンを連れ、三人で大聖堂前の広場に食事に出かけた。大広場は常に市場が開かれ、人々が行き交う賑やかな場所である。
気さくなバーンは堅苦しい大聖堂や屋敷での食事より、街の雑踏の中での食事を気に入っていたようだ。「美味いエールと肉汁たっぷり熱々チキン、揚げたてのジャガイモを出す良い店があるから、昼から飲もうじゃないか、堅苦しい話は抜きで、飲んだ方がわかり合えるぞ!」という破戒僧丸出しのバーンの提案である。だがこの領主バーンが民衆から慕われるのも、こういった誰とでも分け隔てのない性格ゆえなのだと思われた。
早速店に入り、店先のテラスで料理に舌鼓を打つ一行だったが、突然広場からの悲鳴が聞こえてくる。それは一人二人のものではなく、やがて市場全体に広がらんばかりに徐々に大きくなっていく。
真っ先に飛び出るバーンとジャンヌに、アンも続くと、騒ぎの方向から十頭ほどの牛が爆走してくる。家畜の牛が逃げ出し、その混乱で悲鳴が上がったのか――と思う三人だったが、すぐにそうでないことに気がついた。
なんとその牛の頭部があるべき部分には、人間の頭が付いていたからだ。
ミノタウロスという牛頭人身の怪物がいるが、それの逆、人頭牛身の化物が「助けてくれぇ!」と叫びながら、走り来るのだった。
大司教バーンはその中の一匹を両腕で力づくで止めると、尋ねる。
「いったいどうしたんだ?」
「か、兜姿の女が現れて、無差別に人斬りし始めたんだ。俺も斬られたと思ったら、いつの間にかこうなっていたんだ……た、助けてくれ……!」
「わかった、後でどうにかする。今はその女を倒すのが先だ。すまん」
バーンはそう謝ると、我先に悲鳴の方へ向かって駆け出すのだった。ジャンヌたちもそれに続く。
悲鳴が聞こえているのは広場の中央、普段は大道芸などが開かれている、少し開けた空間だ。
駆けながらそこに近づくにつれ、その『兜女』に斬られたと思しき人々が見つかる。上半身と下半身をぶった斬られながら、血一つ流さず助けてと叫ぶ者、頭と胴体に斬られた者――中にはひどく奇妙なことに、斬られたと思われる頭が腕から生え、逆に頭のある場所に腕がくっついている者もいたのである。
アンが走りながら二人に忠告する。
「なにか、生命を操る『呪い』の敵と思われます。注意してください!」
そして逃げ惑う人々の悲鳴の中心にようやく辿り着く。駆けつけた衛兵たちがことごとく一刀両断され、生きたまま辺りに転がっている。
そしてその中央には、鉄兜をすっぽりかぶって顔の全く見えない、赤いドレス姿の女戦士がいたのだった。
身の丈に合わない巨大な一振りの剣を携えている。その剣からは禍々しい呪いの魔力が立ち上がっていた。兜の下からは、ドレスと同じく血のように赤い眼が、鋭く光っている。
「無差別人斬りをしているのはお前だな。覚悟してもらう」
そういうが早いかバーンは跳躍し一気に飛び込むと、「祝福」の力で自らの全身を鋼鉄化して、その鋼の拳ごと女戦士に叩き込んだ。
しかし女戦士はそのバーンの渾身の一撃を、一刀両断――バーンの拳から腕を通り、身体の上半身まで一直線にぶった斬る。老いたとは言え「鋼の英雄」と呼ばれたバーンをたった一振りで倒してしまったのだ。
斬られたにもかかわらず、血の一滴すら出ることなく倒れたバーンがジャンヌたちに向かって忠告する。
「まさか、これほどまでとは……気をつけろ!」
「弱すぎる。貴様らには戦うための超目標が何もないから弱いのだ。私と違ってな」
女戦士は苛烈な声で吐き捨てた。
アンがこの女戦士の名を思い出し、怯えたように口にする。
「思い出したわ。この姿、この能力……『呪いの四将軍』、最悪の女戦士――『鉄の処女』イゾルデよ!」
「私も有名になったもんだな。では私の目的も知っているだろう。お前ら勇者一行の命や戦いなどには一切興味はない。私が欲しいのはお前らの顔だけだ。
仮面の女は剥いでみなけりゃわからんが、そっちの女騎士はなかなかの美女、合格だ。貴様の顔を貰うぞ!」
「『顔を貰う』だと? いったい何を言っているんだ?」
ジャンヌにはこの鉄仮面の女戦士が何を言っているのかさっぱりわからなかった。だが、『鉄の処女』イゾルデを知っているアンは違ったようだ。
「この女戦士の持つ魔剣『美しき獣』は、斬った相手の身体を入れ替えることができるのよ。ジャンヌも見たでしょう、牛の頭と人間の頭を付け替えたり、人の腕と頭の位置を切り替えたりすることができてしまうのよ。
当然斬り落とした相手の顔を奪うことだってできるわ」
「魔剣の能力はわかった。だが相手の顔を奪って何になるというんだ? そんなことをしてどんな意味があるというんだ?」
「彼女にとっては意味があるのよ。イゾルデはもう一つの異名を持っているわ……。
『世界一醜い姫』と――」
伝えなくてはならぬとはいえ、アンは『醜い』という言葉を言い淀んだのだが、それでもその説明はイゾルデの逆鱗に触れたようだ。
「貴様らに何がわかる! この醜い『呪い』の顔を持つ私の苦しみが、恵まれた貴様たちにわかるはずがない!」
アンは剣の戦闘に長けているわけではないが、それでも勇者一行の一員であり、この戦いでも魔法の防護壁を作り出していた。だがイゾルデはそんな防護壁など意に介さず、魔剣を横殴り同然に一文字斬りに振るうと、アンの上半身と下半身を真っ二つに切り裂いてしまうのだった。
アンは短い悲鳴とともに、まさしくゆっくりと頽れる。
「強い……! だが、その強さの理由がいかれている……」
思わずジャンヌが独りごちる。
この魔剣で斬られても即死するわけではないが、女狂戦士の剣筋は無双以外の何物でもなかった。逆に言えば、普通の剣であったなら、一瞬でバーンもアンも斬り殺されていたことになる。この狂った魔剣のおかげで命拾いしていると言ってもいいのだ。
女狂戦士イゾルデとの戦いは、一太刀で勝敗が決するだろう。ジャンヌは剣を正眼に構え、静かに呼吸を整えた。
「その剣技に敬意を払い、一つそなたに尋ねたい。いくら醜女だとしても、そこまで美醜にこだわる必要があるのか? それにその魔剣と剣技があれば、既に美しい顔を手に入れられていてもおかしくない。なぜそこまで戦う必要がある?」
ジャンヌの敬意を払うとの言葉に感化されたのか、女狂戦士イゾルデはなぜか激高せずに質問に答え始めた。もしかしたら、彼女も誰かに自分の生い立ちを聞いてほしかったのかもしれない。
「貴様は知らぬのだ、この世に存在する醜さの中で最も醜いとはどんなことを指すのかを。私が生まれたとき母は絶叫し、父は化物と叫び私を投げ捨てようとした。そしてずっとこの鉄仮面を被せられて育てられたのさ。
私の素顔を見たものは、みな絶叫を上げながら反吐を吐き出し、恐怖で震えながら失神するのだ。それほどの醜さをお前は知らぬからそのようなことが言えるのだ。
そしてこの『呪い』はどのような手段を以てしても、決して治すことができなかった。この魔剣の魔力を以てしても……。だが、だからと言って諦められるものではない!」
「ならば他の手段を探そうとは思わないのか? そなたの罪は許されるものではないが、我らのリーダーの勇者シーザーなら、きっとそなたの呪いを解くために尽力するはずだ。罪を償うことができるのなら、戦う必要は無いのではないのか? 刀を下ろせぬか?」
その言葉を聞き、イゾルデは鉄仮面の下でくぐもった笑い声を上げた。だが彼女の語ったのは、悲しい理由だった。
「くだらん! 私は、美しい顔を手に入れるためなら、どんな苦痛も耐えられる。一寸ごとに切り刻まれる拷問を受けたっていい。
美しくなるためなら、全人類を滅ぼしたってかまわない!
私の顔が醜いから、誰も私を愛してくれはしない。だけれど美しくなれば、きっと誰かが私を愛してくれる!
私はその超目標を持っているんだ。貴様らのような、正義や名誉や人のためとか、くだらない理由で戦う人間とは違うんだよ!」
「――ならば仕方がない。雌雄を決するのみ」
先に仕掛けたのはジャンヌだった――
ジャンヌは地面を蹴って一気に間合いを詰めると、右腕で神速の突きを繰り出す。だがイゾルデはそれを読んでおり、大剣を左逆袈裟斬りに振り上げるとジャンヌの右腕ごと叩き斬るのだった。手にした剣と共に宙に飛ぶジャンヌの右腕。
しかしそれはジャンヌの狙い通りだった。ジャンヌは自らの右腕を囮にして、父から授かった「一撃必殺」とバーンから授かった「鋼鉄化」の「祝福」を共に左腕に宿して、イゾルデの右肩に叩き込んだ。
イゾルデの右腕は血をまき散らしながら、まさしく剣と共に弾け飛ぶ。
両者とも利き腕を失い、勝敗は引き分けに終わったかに見えた。しかしイゾルデはすぐさま魔剣を左腕で拾うと、逃げ遅れ近くに倒れていた女性の腕にその魔剣を突き刺し、自らの右肩と付け替えるのだった。
ジャンヌは右腕を失い、左腕は祝福を使ったことにより骨が砕け垂れ下がっているのみ。一方のイゾルデは魔剣の力で五体満足に戻っている。
ジャンヌとイゾルデの一騎打ちは、ジャンヌの完敗に終わるのだった――




