22. 暗殺者(1)
石造りの冷たい壁と、窓一つない外界の光を閉ざした魔王城の会議室は、天井につるされた照明器具の蝋燭たちの薄暗い炎に照らされ、重い静寂に包まれていた。
その会議室の長会議卓に、二人の将軍が鎮座している。一人は先の城攻めで勇者と戦ったアンデッドの「死神卿」。骸骨の身体に鎧と漆黒のマントを纏い、頭にはデスマスクの兜を被って、その人間の素顔を隠している。
もう一方の将軍は、まるで神が自ら作り出した彫刻かのような、神々しいほどの美青年だった。大理石のように滑らかな乳白色の肌に、蒼玉のごとく輝く瞳、堀の深い双眸からまっすぐ伸びる鼻梁と、薄く紅梅色に染まった艶やかな唇。そして耳から顎にかけた完璧な輪郭。
まるでひとかけらのミスもなく掘り出された彫刻のような姿――
だがたった一つ彼に欠点があるとするなら、その瞳の奥には人間を憎悪する、どす黒く濁った怨念が溢れ出していることだった。
「ダーク、貴殿にはすまないことをした。『呪いの四将軍』と呼ばれた我々も、既に残り三名――『獄炎姫』インゲボルグの死は私にとっても残念でならない」
死神卿の謝罪に、ダークと呼ばれた将軍はその美しい顔を苦痛に歪ませながら、憎悪を吐き出した。彼はインゲボルグのことを愛称のアンジェと呼んでいた。
「アンジェを殺した奴らに……、彼女を『反人間』と蔑んだ奴らに絶対に復讐してやるのだ。アンジェは人間に戻りたがっていた。『呪い』を解いて人と触れ合いたいと願っていた。その彼女の想いすら私は叶えてやることができなかったのだ――
だが私は復讐のためになら『反人間』でかまわない。この魔王から授かった『呪い』の力、『人間爆弾』で奴らを地獄の爆発でバラバラに四散させてやる!」
ダークの憎悪の激しさに、思わず死神卿さえ怯んでいた。ダークの「獄炎姫」への想いは本物だった。だからこそ、それを救えなかった自分自身が許せないのだろう――
「とはいえ、勇者一行はなかなかの手練れだ。そこで勇者専用の暗殺者を差し向けることにした」
「暗殺者? 勇者一行に敵う暗殺任務の適任者など思い浮かばないがな……」
思案するダークに対し、死神卿は兜の下でにやりと笑った。
「適任が一人いるではないか。暗殺というより、たった一人で一軍すら倒せる戦士が。我々は戦力の手札を温存しすぎた。初めから切り札を使っていればよかったのだよ」
「ま、まさかあいつのことを言っているのか?」
「そうだ、『呪いの四将軍』最後の一人、『鉄の処女』イゾルデだ。奴を差し向ける」
イゾルデの名を聞いたダークは驚きとともに反論しようとする。
「ば、馬鹿な。奴は危険すぎる……」
「だが、勇者一行を倒すには、こちらも毒を食らう必要がある。イゾルデには勇者たちの刃は一切効かない。勇者たちは無力な攻撃を繰り返すだけだ」
それを聞いていたダークは深く溜息を吐き、覚悟を決めるのだった。
「それであれば、事後処理のために私も向かおう。そして、勇者一行を一掃するんだ……!」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
勇者シーザーたちは、船による近道後に、馬で次の目的地「聖牧杖大聖堂街」へ向かっていた。「大聖堂街」はその名の通り、巨大な大聖堂の門前町によってできた、この国最大の宗教都市である。
魔王軍との最終防衛都市の一つであり、ここを抜けるとあとは魔王軍の領土となり魔王の城まで一直線で進むこととなる。
馬に揺られながら、シーザーはロックの言っていた裏切り者について考えていた。
裏切り者が誰かはわからない。
まず最初にシーザーが疑ったのは敵方の存在だ。例の死神卿や『呪いの四将軍』と呼ばれる他の将軍たちが、ブラウンの死を画策しているのではないかという説だ。
しかしこちらはロックに簡単に否定される。敵が正攻法以外の方法で攻撃を仕掛けることはほぼ不可能、前代未聞とのことだった。例えば敵に「メタフィクション――物語と現実を繋げる能力」を持つ者がいる可能性はゼロではないが、そんな能力を使って主人公たちを殺せるようになったら、物語破綻が起きてしまう。それにそもそもシーザーは検知できずとも、シーザーたちの物語を実際に読んでいるロックたちであれば、その敵に気づかないわけがない。
では敵ではない第三者の可能性だが、それは敵にメタフィクションの能力がないのと同じく、相当に可能性は低そうである。
だとすれば、シーザーにとって最も考えたくない話ではあるが、仲間の中に裏切り者がいる――という可能性である。
だが、ジャンヌやアンがブラウンを殺す理由などないはずだし、そもそも仲間を手に掛けるような人物ではない。それともシーザーが見落としている、二人の別の性格や動機があるのだろうか?
一つだけ気になるとすれば、アンが死神卿と過去の因縁、繋がりがありそうだということである。もしアンが死神卿と内通しているとしたら……。
アンを疑うことに罪悪感を覚えながらも、シーザーは疑惑が急速に広がっていくのを留められない。砦の強襲での死神卿との戦い、アンが倒したはずの死神卿が実は生きていたことや、それによりブラウンが殺され掛けたことを思い出していた。
シーザーは馬上で、横目にアンを見やる。半分以上髑髏に侵さている顔を隠す目的で、彼女は仮面を被っているため表情は読み取れない。もしや彼女が裏切り者なのか、そう考えるだけでシーザーは血の気が引いていくのを感じていた。
「どうしたのよ、そんなに私のこと見つめちゃって……」
仮面の下で赤面してそうな場違いなアンの発言が、余計にシーザーを惑わせる。
「いや、なんでもないんだ。本当にただ、ちょっと見てただけだよ」
その言葉を良いように受け取ったアンははしゃいでいるが、シーザーは今は考えても仕方ないと裏切り者についての考えを頭から振り払うのだった。
だがこの時シーザーは気づいていなかった。彼らの姿を眺める女騎士の苦悶の眼差しに――




