16. 物語改変と命の選択(2)
とにかくシーザーたちは「物語改変」に成功し、誰一人欠けることなく勝利したのだった。ぼろぼろの体で城に帰還したシーザーたちは、傷を癒すため、しばらくの間、領主の元に厄介になることになった。
城の客室からは、眼下に街全体が見渡せた。城下街ではまだ戦時の傷跡が生々しく残っている。戦死者の埋葬や、他の街からの食料や資材手配、崩れた建造物の修復など、慌ただしく復興の作業が進められている。
一方、勇者シーザーが魔王軍を撃退したという噂は瞬く間に国中に広まった。真っ先に城から逃げ出した貴族や教会司教たちも、敵の脅威がなくなったと知るやそそくさと戻ってきて、相変わらずの金儲けや利己的な政争に明け暮れていた。
そんな状況をみると、アンは疑問に思うことがある。果たして勇者一行は何のために戦い続けているのだろうかと。守るべき人々は本当にそれに値するような人たちばかりなのだろうかと。
そんな中、ブラウンの治療をしていたアンがあることに気づく。
「ブラウン、あんたの火傷痕、身体の半分以上に広がっていて、私の治癒でも治すことができないわ。このままだと、火傷痕が全身に回ってしまうかも。これってもしかして……」
「心配しすぎだぜ。ただの戦いの傷が癒えにくいだけさ」とブラウンは答えるのだが、指先からは火傷の煙がぶすぶすと上がっている。
「とにかく、シーザーやジャンヌには黙っといてくれ。せっかく調子よく魔王軍を退けられてるんだ。いらぬ心配を掛けたくねぇ」
「わかったわよ。特にジャンヌには言わないようにしておくわよ」
なんとなくブラウンの気持ちに気づいたアンは、冷やかすようにそう言うのだった。
とりあえず誤魔化すことはできたが、ブラウンは自分の呪いの火傷痕が全身に広がったときが、自分の寿命の尽きるときだと知っていた。これだけは、誰にも悟られるわけにはいかないのだ――
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
そして数週間が過ぎ、シーザーたちが傷も魔力も完治したころ、そろそろ次の戦いに向かうために、旅立つこととなった。
領主や共に戦った騎士たちの多くは、勇者シーザーに敬意を払い送り出してくれたが、出発の日の城門までの道すがら、煌びやかで高価そうな絹の衣服を纏った貴族や司教たちの噂話に出くわした。それは聞くに堪えない、シーザーたちを揶揄した会話だったのだ。
「自ら危険に飛び込んだ阿呆どもがいてくれて、こちらは助かったわ、がはは。こんなことなら真っ先に城塞都市から逃げずともよかったな」
「おまけに、一騎当千の戦力を、ほとんどただ働きでこき使うことができた。兵站費用もバカ安にできて、儲かりまくりよ」
「名誉だけで、命さえかける腐れ勇者どもがいてくれたおかげだな」
「てめぇら、どういう意味だ⁉」
その会話を盗み聞いたブラウンが、殴り掛からんばかりに詰め寄ろうとするが、シーザーが静止する。
蔑みの立ち話を聞かれた貴族たちはバツの悪そうな顔をしていたが、いつも通りの得意な掌返しですぐさま表情を切り替え、取り繕おうとするようにシーザーに甲高い声で擦り寄った。
「いやいや、今回の勇者殿一行の武勲は、まこと百年は後世に残すべき誉れであった。われらもその勝利を称え、勇者殿の石像の建造や、修復する教会の石碑に名を残そうと検討を話しておってな――」
さらに誤魔化そうとする貴族たちは、「いやいや、名誉ある称号も検討してだな」と口々に思ってもいないことを話し出す。
だが、シーザーは目の前の貴族たちに悲しみを湛えた目で言い放った。
「僕たちは金や名誉のために戦ってる訳じゃありません。石像も銅像も、勲章も称号も、そんなものは一つもいりません。もしその余裕があるなら、少しでも街の復興と人々のために使ってあげてください」
シーザー以外にアンもジャンヌも同じ気持ちだったに違いない。唯一ブラウンだけは「いや、報奨金だけはもらいてぇんだけど……」と言葉にせずとも顔に出しまくっていたのだが。
そしてシーザーたちはそのまま何も言わずに馬に乗ると城を出た。あとは街の外までの大通りを過ぎれば、次の目的地への街道だ。
シーザーはまるで自分に向かって語るように、蒼天の空を見上げて呟いた。
「僕は誰かのために戦っているわけじゃない。自分が弱いから戦っているんだ。
見殺しにした人たちや、救えなかった人たちの姿を思い出すだけで苦しくなる。時には眠ることさえできなくなるんだ。
そんな弱い男だから、少しでも苦しい想いをしたくなくて、戦っているんだよ。そんな僕の我が儘にみんなを付き合わせてしまってすまない」
「相変わらず、あんた理由が後ろ向きすぎんのよね。みんなのリーダーなんだから、すまないすまない謝ってばかりじゃなくて、ちょっとはシャキッとしなさいよ」
アンがそう言ってシーザーの背中をばしっと叩く。
「あはは、アンには怒られてばかりだな」
そう言ってシーザーは頭を掻いて少し照れるのだった。
そんな中、街からの去り際に、幼い少女たちがシーザーたちに駆け寄ってくる。手に手に小さな花を抱え、シーザーたちに呼び掛けてくる。
シーザーは馬から降り膝をつき、少女たちの目線まで腰を落とすと、「この花を僕たちのために摘んできてくれたのかい?」と尋ねる。アンたちもそれに続いて馬を降りた。
戦いが終わったばかりで食料さえままならない状況なのに、この幼い少女たちは少しでもシーザーたちにお礼を伝えたいと考えて、花を摘んできてくれたのだろう。
まだ言葉もおぼつかない少女たちは「あいがとお」「あちがとぉ!」とお礼の言葉を添えて、花を渡してくれる。
「ありがとう。宝物にするよ」
シーザーは少女たちを抱きしめながら、満面の笑みで花を受け取った。アンやジャンヌ、戸惑いながらもブラウンも花を受け取ると、最後には手を振って別れを惜しんだ。そして再び馬上の人となると歩を進める。
「ブラウンたちも、旅が終わった後に花屋を始めたくなったんじゃないかい?」
「ば、馬鹿野郎……俺は金のために戦ってんだよ! 魔王退治の報奨金の山分けは、びた一文負けないからな!」
シーザーに冷やかされたブラウンは、顔を真っ赤にすると、ぶすぶすと人差し指から煙を出しながらそう答えるのだった。




