10. 強襲(1) 死神卿と獄炎姫登場
「敵襲、敵襲ーっ!」
魔王軍の駐屯地に、敵襲を告げる鐘の音が響く。夜警を怠っていたわけではないが、まさか人間側から仕掛けてくるとは思わなかった彼らは、完全に虚を突かれていた。
しかも攻め込んできたのはたった数名らしく、まさに捨て身の特攻部隊である。
魔王軍の二将軍が率いる軍は、半数以上がアンデッドだが、もちろん人間も含まれている。攻城戦のために城からほど近くにある、堅牢な砦に駐屯地を構えていた。砦を中心に防壁の内外に幾つもの天幕が連なっている。
その防壁上に立つ二人の将軍の内の一人、「死神卿」が砦の周囲を見渡しながら冷静に分析する。
「襲撃者は勇者一行の四名に違いない。砦の東西と北に火を放ち混乱させ、逆方向の暗闇の南側から電光石火の一撃のような速さで襲撃してきている。勇者どころか完全に夜盗の攻め入り方だがな」
「死神卿」と呼ばれる男は、身体に黒い鎧を纏った、骸骨姿のアンデッドだ。頭部には頭蓋骨を隠すように、精巧なデスマスクの兜をかぶっている。その奥には蒼く凍えるような、冷徹な瞳がぎらぎらと光っていた。
彼が腰に佩くのは、殺した相手を「不死の化物」に変えてしまう恐怖の魔剣「アンデッドメイカー」である。髑髏のレリーフが象られたその魔剣の「呪い」の力によって、彼はアンデッドの軍勢を作り上げたのだ。
屈強な剣士であるが、しかしその見た目とは裏腹に魔王軍きっての切れ者だった。
「死神卿」の解説を聞いたもう一人の将軍――全身に炎を纏う「獄炎姫」インゲボルグが吠えた。
「まさか奴らの方から、むざむざ殺されにやってきてくれるとはな。アンデッドでの、ちまちました戦には飽き飽きしていたところさ」
そう言って両の拳同士を叩きつけると、さらに全身から炎を噴き出して雄叫びを上げた。
赤黒い肌に髪も瞳も深紅、息を吐くたびに口元から炎が漏れる。身に纏うのは炎に耐性を持つ深紅の鎧と一振りの魔剣だけ。まさしく炎の塊のような姿である。
彼女は生まれながらに炎を噴き出す「呪い」を持っていた。そのため幼少から人から疎まれ、誰からも触れられることなく生きてきたのだ。
「私ら『呪い』しか持たない者たちを『反人間』と蔑み、差別してきた人間どもを皆殺しにしてやる。まずはその筆頭の勇者シーザーをぶっ殺してやるさ!」
「勇者シーザーは戦闘力自体は大したことはないが、自らの力を過小に見せているきらいさえある。相当な策略家だ。抜かるなよ」
「私が負けるとでも思っているのか? 炎の『呪い』の上に、この魔剣『祝福殺し』があれば、奴らの『祝福』も無用!」
そういうと獄炎姫は腰に下げた禍々しい魔剣を叩いた。魔剣『祝福殺し』は「祝福」だろうが「呪い」だろうが、一時的に相手の能力を奪ってしまう呪われた力を持っていた。魔王軍では獄炎姫インゲボルグ含め誰も完全に使いこなせる者はいなかったが、それでも恐ろしい魔剣なのは明らかだ。
しかしあくまで死神卿は釘を刺す。
「とはいえ魔王にも無断で持ち出すのは、本来なら軍法会議ものだがな。くれぐれも魔剣を過信するな」
「勝てば問題なかろう! さらにはこの魔剣で、勇者だなんだと煽てられてる奴らにも、『呪い』しか持たない『反人間』の苦しみを与えてやるんだ!」
怨嗟の念を燃やす「獄炎姫」の台詞に応えるように、何処からともなく声が上がる。
「僕は平和主義者でね、これ以上みんなの苦しみを増やすわけにはいかないね」
その台詞が言い終わるとほぼ同時に、建物が壊れる破砕音が響いたかと思うと、丁度「死神卿」と「獄炎姫」を分断するように、防壁の歩廊の床に巨大な穴が開いたのである。
おまけに防壁上まで登る階段ごと破壊されており、魔王軍側の援兵がくるまでの充分な時間稼ぎにもなっていた。
そして舞い上がる土煙とともに、崩れたその穴から飛び出して来たのは、シーザーたち四人であった。
「獄炎姫」インゲボルグには勇者シーザーと盗賊魔術師ブラウンが、「死神卿」には女騎士ジャンヌと仮面の聖女アンが対峙する。それぞれ二対一の構図が出来上がっていた。
女騎士ジャンヌの左腕は、骨が砕かれボロボロになっていた。防壁に穴を開けたのは、彼女が父親から譲り受けた「祝福と呪い」――腕を失う代わりに城壁さえぶち壊す「一撃必殺」の能力だった。
即座にアンの「祝福」による治療でなんとか腕の形は保ってはいたものの、その腕には激痛が走っているはずだ。しかしジャンヌはそれをおくびにも出さず、目の前の強敵を鋭く睨みつける。
その女騎士の威勢の良さに、死神卿は哄笑する。
「女だてらに中々の胆力の持ち主だ。だが死神卿と恐れられる私の方に淑女二人を当てるとは、随分と舐められたものだな」
「戦力も見極められないのか? この中では私が一番強いから、敬意を払いそなたの相手を務めさせてもらうことにした。それに、両手に花で嬉しかろう?」
そう言うとジャンヌは抜刀し、その長い銀髪を揺らし斬りかかるのだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
一方のシーザーとブラウンも剣を構え「獄炎姫」に挑む。しかしながら、ごうごうと音を立てて炎を噴き出す獄炎姫は、平然と二人を見下した。
「獄炎の使い手である私に、格下の炎の使い手を当てるとは、策士が聞いて呆れるわっ!」
シーザーも慇懃無礼に煽り返す。
「一応忠告しておくけれど、人の強さを能力の高さだけで判断していると足をすくわれるよ。君に勝てると踏んだから、この組合せにしたんだ。特にブラウンは本当に強い英雄だよ」
「そう言ってくれるのはお前だけだけどなっ!」
そう言うが早いか、ブラウンは先手必勝とばかりに、沈み込んだ体勢をとると放たれた弓矢のように一気に突っ込んだ。
当然それを読んでいた「獄炎姫」は、左の掌を振って自らの「呪い」の火柱をブラウンに向けて噴き出す。普通なら灼熱の業火で一瞬にして焼け焦げになるはずだったが、ブラウンの方も当然それを読んでいた。
彼は炎を噴き出すだけでなく、炎を小さくしたり消化したりもできるのだ。ブラウンはまるで伝説に出てくる「海を割って人々を逃がした聖者」のように、灼熱の火柱を左右に割りながら炎を掻き分け瞬時に近寄ると、「獄炎姫」の胸元に切っ先を突き刺した。
――決まった。勝負ありだ。
そう確信したブラウンだったが、いつもの刺突と異なる違和感に、咄嗟に身を退く。すんでのところで「獄炎姫」の反撃の炎を避ける。
ブラウンが思わず剣先を見やると、鋼鉄製の刀身の刃先がとろけて無くなっていたのだ。
「マジかよ!?」
致命傷だと思っていた攻撃は、実際にはほぼ無傷のはずだ。獄炎姫は嘲る。
「読み合いの勝負すら貴様の負けよっ!」
しかしそれすらもシーザーたちは「当然読んで」いた。
ブラウンの一撃はただ斬りつけただけではない。ブラウンの力で、獄炎姫の身体から噴き出す炎を抑え込むのが狙いだったのだ。その目的は達して獄炎姫の炎が一瞬弱まっていた。
そしてブラウンの突撃すら囮にして獄炎姫の背後に回り込んだシーザーは、神速の白刃を振り下ろす。絶叫とともに、獄炎姫の背中から血飛沫が舞い上がった。残念ながら致命傷にはならなかったが深手には違いない。
「『読み合い』では、僕らの勝ちらしいね」
仲間のブラウンを見くびられたことを、シーザーは少し怒っていたのかもしれない。いつもと違い少し嫌みを込めて獄炎姫に返すと、さらにブラウンに向かって声をかける。
「危険な囮役すまない。おかげで隙をつけば攻撃が通るとわかった。ここからは本気でいこう」
「俺はさっきから全力だっつーの! 逆に言やぁ、隙を突かなきゃ攻撃も通んねぇって、まともに真正面から斬り合えねぇじゃねーか」
「ブラウンはそういうの得意だろ」
「ちっ、勝ったら美味い酒を奢れよ!」
舌打ちしながらも軽口を叩き、再び剣戟を繰り出そうとするブラウン。
しかし、見下していた相手から裏をかかれて斬りつけられたことで激怒した獄炎姫は、身体から炎をいっそう噴き出すと獣のように咆哮した。鳴動するように炎が逆巻き、周囲の温度が急激に上昇する。
「貴様ら絶対に許さんぞ! 私は負けるわけにはいかないんだよ!
貴様ら人間は、『呪い』を持った我々を『反人間』だ、『魔物』だと呼び蔑んできたが、元々は同じ人間なんだ! それなのに人間どもは『呪い』を持つ我々『反人間』を、ののしり、いたぶり、魔女裁判にかけ、家畜どころか害虫のように殺してきたんだ。
貴様ら人間どもが間違っているんだよ……! その全ての人間どもに思い知らせてやるまで、私は負けるわけにはいかないんだ!」
打ち震えながら叫ぶ獄炎姫の独白を聞いたシーザーは、顔を曇らせ悲しみに満ちた瞳で彼女を見つめた。
「それならば、いま戦いをやめることはできないのか? 和平の道を探すことだってできるんじゃないのか。僕は君たちと戦いたくないんだ。そのためなら僕らにも手助けできる方法があるはずだ」
獄炎姫は一瞬だけ驚いた表情を見せるが、苦々し気に薄く笑うと、最後には一笑に付した。
「いまさら人間どものそんな言葉を信用できるか!」
自らの身体から飛び散る炎によって防壁上の辺り一面に炎をまき散らしながら、両腕を構えると渦巻く炎の塊を作り出す。瞬く間に巨大に膨れ上がったその火球を、ブラウンに向かってはき出した。
シーザーはとっさにブラウンを庇って突き飛ばし、代わりに爆炎に巻き込まれ、砦の防壁上にある物見櫓まで吹き飛ばされる。恐ろしい爆音とともに物見櫓ごと粉々に砕け散るのだった。
常人なら一瞬で消し炭になるに違いない超火力の一撃――たとえ勇者シーザーといえども、無事ですむはずがなかった。
「シーザー、シーザーっ! あんた無事なの⁉」
本来なら自分の目の前の敵、死神卿に集中すべきはずのアンが爆発音に気を取られ、シーザーの死を恐れ悲鳴を上げる。だが返答はなかった。
燃え盛る防壁上で、大笑する獄炎姫。
戦況は勇者一行に限りなく不利となっていた。




