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掴み取る栄光

 対抗戦は恙無つつがなく進み、最後の三競技を残すのみとなった。大方の予想どおり、ここまではほとんど差がつかず、白組20点のリードという接戦だ。残りのリレー、棒倒し、騎馬戦が50点ずつであり、二競技制した勝ちというわけだ。


「予想通りの展開だな。」


 優が腕を組みながらスコアボードを見上げる。


「あぁ、正直、リレーを取って棒倒しと騎馬戦どちらかを取ればいい状態にはしておきたいな。」

「たしかに。」

「まぁ、アタシに任せなさいって。足の速さだけなら負けないから。」


 山岡が準備運動をしながら余裕ぶって見せる。


「脳筋の1番の腕の見せ所だもんな。」

「脳筋ってもしかして、アタシの事ぉ〜?」

「痛い!やめろ!耳がちぎれる!」


 優が山岡に耳をひっぱられて叫び出す。優、思ってても言っちゃいけないことって、あるんだぜ。まぁ、レーシングトップの下に覗く割れた腹筋を見るになかなかの筋トレマニアである事は見てわかることではあるが。


「いいか、向こうのアンカーは冬霞だ。最後で抜かれるなんて事はないようにしてくれよ。」

「まかせて。あんなアバズレ一発で仕留めて来るから。」


 弟の前でよくアバズレって呼べるな。まぁ、脳筋だから仕方ないか。3学年男女6人レースのアンカーは奇しくも副将対決。これはなかなか盛り上がる展開なのではないだろうか。正直この競技に関しては順番を決めた後は祈るしかない。

 先頭はお互い一年の男子らしく、緊張の面持ちでスタートを待っている。しばらくの静寂の後、スターターピストルの音が鳴る。勢いよく走り出す2人。白組の少しリードで次のランナーにバトンが渡る。しかし、後続で青組が逆転し徐々にリードを広げる展開……行けるぞ。冬霞対山岡なら山岡の圧勝のハズ。ここで50点を取れるのはデカい。5番手から山岡がバトンを受け取った時には既にリードが5m開いている。


「春綺!やったぞ。行け!唯!最後に突き放せ!」


 優が興奮気味に拳を突き上げた次の瞬間、山岡の姿勢が大きく前に倒れた。


 その後、綺麗に一回転。


「こ、転けやがったあいつ……」

「立て!立て唯!」


 おいおい勘弁してくれ……起き上がる頃には、既に冬霞に追いつかれており、残り25mを残しデットヒートが始まる。この展開に一同大盛り上がり。様々な歓声が飛び交う。


「山岡走れー!何の為の筋肉だー!」

「橿原〜!脳筋を殺せ〜!」

「脳筋の意地見せろ山岡ー!」

「橿原先輩ー!好きでーす!」


 ん?最後のは違くないか?てか、女子の声だったぞ。確かに今の冬霞は女子校の王子様的な雰囲気が無きにしも非ず……というか、流石士官学校。血の気が多いな。

 ラスト5mの直線に差し掛かった時、冬霞が一歩前に出た。あぁ……勝負あったな。最後は冬霞がガッツポーズをしながらゴールイン。白組の応援席から怒濤の歓声が沸いた。その結果に、山岡は膝に手をついてしばらく動けずにいた。直ぐに飲み物を持って山岡に駆け寄る。


「……ごめん。途中で足がもつれて。」

「気にするな。あと2つ取ればいい。」

「でも……」

「たかがリレーだ。次の棒倒しまでに切り替えろ。」

「……わかった。」


 がっくりと肩を落とす山岡の背中をトントンと軽く叩く。そう。たかがリレーなんだ。


「山岡、ちょっと耳を貸せ。」

「え?」


 山岡に一言申し付けると、驚いたようにこちらを見返す。心配するな。上手くいくから。しかし、状況はなかなか悪いな。棒倒しも騎馬戦も落とせなくなった。苦い顔をしていると、将伍が俺の方に寄ってくる。


「これで王手だな。」

「はっ。問題ない。残り二つ取るさ。」

「さて、どうだろうね。そうだ。そういえばこの賭けアンフェアだと思わないかい?」

「アンフェア?」

「春綺は勝った時のメリットがあるけど、俺が勝った時のメリットはない。」


 確かに、言われてみればそうか。


「じゃぁなんだ。お前が勝ったら俺がお前の望みを叶えればいいのか?」

「そうだね。そうして貰おうか。」

「で、お前の望みはなんだ?」

「今度、冬霞を食事に誘いたいんだ。手伝ってくれ。」

「……はぁ?」

「なんだ。呆れたかい?」

「そんぐらい自分で誘えよ。」

「できたらとっくにやってる!」

「わかった、俺が負けたら確実に冬霞とのお食事会をセッティングしてやろう。」

「本当か!恩に切るよ!」


 将伍は俺とぎゅっと握手をすると浮かれ調子で歩いてゆく。あいつ、もう勝った気でいやがる。というか、自分の進路と交換で要求するのが冬霞との食事会?あいつ本当にシャイなんだな……とりあえず、この事は一旦優に話しておくか。


「おら、何してんだ御大おんたい。棒倒し始まるぞ。」


 優が手をこまねいて準備をしろと探してくる。


「おう。直ぐ行く。」

「お前、礼服のまま棒倒しに出るのか?」

「当たり前だ。味方の士気を上げるためにも御大将は目立たないとな。」

「そう言うもんか?」

「そう言うもんなのさ。」


 棒倒しという競技は案外奥が深い。現代日本の防衛大学校でも伝統競技として行われており、ある種軍人としての素養を育てるには持って来いの競技なのかもしれない。ルールは簡単。人数は大隊規模のつまり150人。2分の間に先に相手の棒を倒した方が勝ち。以上。

 そうこうしているうちに棒倒しの為に選抜されたメンバーが集まってくる。


「いいか、大隊戦友諸君。崖っぷちだ。だが、まだ終わっちゃいないない。守り方。俺たち攻め方が旗を取るまで一度でも棒を傾けるな。登るやつが居たら、すかさず叩きのめせ。攻め方。俺について来い。オーダーは以上だ。」


「おおぉおおおおおお!」


 地鳴りのような返事が聞こえれば、太鼓の音が聞こえ始める。それに合わせて大隊全員が中腰になり、右足を踏みつけ地団駄を鳴らす。全員で昔流行ったバンカラな歌を大合唱すると、全員が天に向けて指を差す。この一体感。いいね、このアオハル感。文系まっしぐらだった俺にはなかった青春だよ。


『次は棒倒しです。選抜大隊の皆様は入場してください。』


 呼び込まれれば、俺を先頭に大隊が一糸乱れぬ行進でグラウンドに入場し、整列する。白組も整列を終えれば物々しい緊迫した空気が流れる。それを切り裂くように将伍の声が聞こえてくる。


「怯むな!」


「「「応!」」」


「潰せ!」


「「「応!」」」


「勝ちきるぞ!」


「「「応!」」」


「行くぞ!」


「「「応!!!!!」」」


「白組!GO!」


「「「FIGHT!!!!!」」」


「GO!」


「「「FIGHT!!!!!」」」


「GO!!!」


「「「FIGHT!!!!!!!!!」」」


 白組大隊の雄叫びが聞こえる。それに対抗するように、青組大隊は腕組みをして不遜な顔で待ち構える。気合い十分に睨み合えば、お互い戦闘体制へ入った。棒の麓は大人数で固めて、中段に4〜6人、棒に数人登って防御を固めるのがセオリーであるが、こちらは棒上に1人、向こうは2人の防御対決。将伍らしい硬い守りだ。ちなみにうちの守り方の棒上は優だ。

 スターターの音が鳴れば、お互いの攻め方は一斉に棒に向かって突っ込んでいく。


「第二小隊!敵の大将の動きを封じろ!指揮系統を壊せ!」


「一小隊、あのお子様の息の根を止めてやれ!」


 お互い考える事は同じのようで俺に向かって30人数近い大男が突っ込んでくる。こりゃ、なかなかの迫力だな。このまま突っ込まれたら全身骨折じゃ済まない。本当に息の根が止まるぞ。


「優!死んでも攻め手を登らせるな!」

「まかせろ!」

「第四小隊は俺の掩護だ!10時方向から回り込むぞ!」

「応!」


 第四小隊長の山岡が勢いよく返事を返す。頼む、ここで挽回してくれよ。


「デルタ4を先頭に魚鱗の陣形!中央突破で突き破るぞ!デルタ4!怯まず突っ込め!」

「応!」


 俺の指示通りに第四小隊が陣形を組み直す。迅速な連携。お見事。陣形の先頭は肩を入れて突進の構え。しかし、デルタ4は相手の横隊に押し潰されてそのまま地面へ倒れ込む。


「怯むな!デルタ4のお陰で突破口が開いた!デルタ4の死を無駄にするな!」


 まぁ、死んじゃいないんだけどさ。てか、死んだみたいな鈍い音したけど、あいつほんとに大丈夫か?正直昔は死人も出たことある競技なんだから洒落にならないっつーの。


「右翼と左翼に分かれて棒に突撃する!」


 その時、後方から歓声が上がる。嘘だろ!もう倒されたのか?振り返ろうとした次の瞬間、勝鬨が上がる。


「敵将、春日井将伍捕らえたり!」

「でかした!第二小隊!このまま雪崩れ込むぞ!」


 どうやら、将伍の直掩の部隊の土手っ腹に突っ込んで、守りの薄いところから将伍を捉えた様だ。ナイス!勢いに押されてそのまま第四小隊全体で棒へと突っ込んで行く。


「させるか!」


 相手の守り方の指揮官であろう平田の声が響く。平田はラグビーのスローインの時のように人間トーテムポールを形成して上に昇ってくる。そして、そのまま空へと押し出され、こちらに向かって飛んできた。なるほど、俺の事を直接狙いに来たか。


「第四小隊!俺に構わず突っ込め!」


 叫んだ直後、飛んできた平田に抱きつかれて、地面へと叩き込まれる。


「敵将討ち取ったり!」


 平田が叫んだ直後、青組の応援席から大歓声が上がる。第四小隊が平田が抜けた事で崩れた陣形を割って棒を傾け始めている。状況を察したのか、青い顔をして平田が棒の方を振り返る。


「よそ見してる場合かよ!」


 平田の顎に思いっきり頭突きをお見舞いしてやれば、そのまま目を回して後ろへ倒れ込んだ。


「第三小隊!敵を戻って来させるな!第四小隊!スクラム!」


 顔を真っ赤にしながら山岡が全体の指揮を執る。そう最初から俺が動けなくなった後の指揮は山岡に任せておいたのだ。統率を失った白組の守り方はだんだんと陣形が崩れ始める。第四小隊は人を引き剥がす様に道を開ければ、なんとかスクラムが突破の足掛かりを作る。山岡がスクラム陣の背中を駆け上り、棒に飛びつく。


「おらぁ!かかってこいやぁ!」


 怒号を上げながら、山岡を振り落とそうと登ってくる、相手の守備陣を蹴落としていく。


「第四小隊!四時方向に押し切れ!」


 山岡の号令の後、棒は勢いよく傾き始める。しかし、自陣に目を向ければだんだんと周りを囲まれて攻められ始めている。


「耐えろ!もう少しだ!第5、第6小隊!死ぬ気で密集して耐えろ!」


 棒状からの指示にグッと守備陣が密集する。密集すると酸素が薄くなり、長時間耐えることは困難だが、短時間なら強固に棒を守り通せる。


「よし!第四小隊!登れ!」


 唯の指示に合わせて数人の大男が登り始めれば徐々にと倒されていく。


「後少し!全体重のせろ!」


 俺が遠くから指示を飛ばせば、最後はあっという間に地面に棒が倒れる。


『ただいまの試合。1分15秒で青組の勝利です。』


 そのアナウンスに、あたり一体から青組応援歌『青天の時』の大合唱が聞こえてくる。棒の方を見れば、山岡がガッツポーズをしながら雄叫びを上げている。まじでバーサーカーかよ、あいつ。

 密集陣形から解き放たれた第五、第六小隊はもう無理だと言った具合にその場に倒れ込み、天に腕を掲げている。ホント、お疲れ様。


「やられたな。春綺は囮か。」


 伸びている平田を他所に、将伍が俺の元に寄ってくる。第二小隊に引き摺り回されたのか、珍しく髪の毛が乱されていて、少し面白いな。


「当たり前だろ。こんな目立つ格好して囮じゃない訳あるか。将伍なら守り方の大将は絶対平田にすると思ってた。」

「読まれてたか。」

「あいつが、大将自ら突っ込んでくるバカで助かったぜ。」

「熱くなっても前に出るなとは言っていたんだが……あのトーテムポールいつ練習したんだ……」


 やれやれと言ったように首を横に振る将伍。あいつ最初から将伍の意見をブッチするつもりだったな。嫌だねー。統率の取れない軍隊ってのは。


「まさか、リレーで転んだのも俺らを油断させるためか?」

「そんな事のために50点も落とす訳ないだろ。考えすぎだ。」

「……それもそうか。」

「というか、総大将は捕まるのが早かったんじゃないのか?」

「俺を孤立させるように指示を出したのは、春綺だろ?」

「まぁなぁ〜。」


 将伍は妙に楽しそうにうんうん頷くと、白組の方へ戻っていく。


「おい、ハルキちゃん!作戦大当たりだな。」


 優が思いっきり俺の事を抱きしめてくる。


「痛い!バカ!」

「悪い悪い。」

「おら、大将!仇取ってやったぜ!」


 山岡も肩を回しながら俺のところへと戻ってくる。死んでねぇつうの。


「山岡も流石の統率力だな。」

「こう見えてアタシもこの学校の3番手なんだわ。」


 山岡はそう言って自慢気な胸を叩く。いや、お見それしました。


「さ、最後騎馬戦気合い入れてくよ。御大!」

「おう、ここまで来たら負けらんないな。」

「盛り上がって来たぜ!」


 優がTシャツを脱いで思い切り振り拳を振り上げる。それに合わせて大隊全員がおい!おい!と声をあげて集結している。あとで津田大尉に怒られても知らんからな。

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