青白対抗戦
扇ヶ谷士官学校には伝統行事がある。それは青白対抗戦だ。まぁ、現実世界でいうところの紅白戦だな。ちなみに紅白戦の大元は源平合戦って知ってた?ん?今は関係ないって?うるさいな。
すべての授業が終わった放課後、俺は第五ハンガーへと足を運んでいた。そこには、訓練用として使われている旧型戦闘機MAD-05が静かに佇んでいる。機体の傍らには、退色した警告表示がいくつも貼られていた。「立入禁止」「高電圧注意」どれも角がめくれ、日焼けして文字もかすれている使い古された格納庫。
「おいおい、今年の青組の大将はチビガキかよ。」
優が訝しげな顔で俺を見ている。おいおい、舐めんなよ。
「まかせろ。この帝国最高記録、六学年飛び級男の橿原春綺様が、青組を勝利に導いてやろう。」
「胡散臭いんだけど〜」
山岡がジトっとした目でこちらを見つめている。なんだ。文句あるか。
「悔しかったたら俺より優秀な成績を収めるんだな。」
先の中間考査では調子が良かったのか、なんとか総合2位に滑り込んだ。慣例として、対抗戦直前の1位と2位が白組、青組それぞれの大将を務めることになる。
そして、今回の中間考査で1位を取ったのは……
「アタシ、白組が良かった〜。ぜったい、こんなちんちくりんより、将伍の方が勝ち目あるんですけど〜。」
「全く、総介が羨ましいぜ。」
まぁ、我らが春日井将伍君が白組大将って訳だ。てか、こいつら好き勝手言い過ぎじゃないか?
「いいか、青白戦で大将か副将務めて勝つって言うのは、退役するまで誇れることなんだぞ。」
「何だそれ。俺はジジイになってまで学生時代の栄光を自慢するような大人にはなりたくないね。」
「じゃぁ、まずはジジイになるまで生き残れるように頑張りな。」
優くん。なかなか冗談きついぜ。
ちなみに、将伍とは俺が管理組に誘って以降、進路について詳しく喋った事は無かった。かと言って全く喋らない訳でもなく、いつも通りの日常が流れていた。
「春綺。こんなところにいたのか。青組の副将陣もお揃いとは、作戦会議か?」
噂をすれば影。早速、白組大将のお出ましだ。ちなみに3位と5位が青組の副将で、4位と6位が白組の副将という決まりになっている。ここにいる山岡と優は青組の副将という訳だ。
「まぁ、そんなところだ。こんなところまで探しに来たって事とは、何か用事でもあるのか?」
「あぁ、大した事じゃない。この間の話の答えを言っておこうと思って。」
この間の話って進路の話か?結構大した話だと思うのだが……
「俺は、この対抗戦の結果で決めようと思う。」
「ほぉ……」
「俺が勝ったら俺は前線に行く。ただ、君が勝ったら俺は君と一緒に管理組にいく。」
「なるほど。単純明快。面白いな。」
「だろ?」
「よし、その勝負乗った。」
「決まりだな。」
将伍はニヤリと笑うと、くるりと振り返り颯爽と去っていく。いやぁ、歩いてるだけで絵になる男だな。
「おい!今の話なんだよ!」
優がキラキラした目で俺を見つめてくる。どうやら、こいつの噂話センサーに引っ掛かったらしい。
「聞いての通りだ。青白戦の結果次第で将伍の進路希望が決まる。」
「よし、負けろ。もう、青組の負けでいいから。将伍は前線に必要なの。」
山岡がけんもほろろに言い返してくる。この脳筋女がよ。
「いいか、下級生含めた青組全員の成績にも結果は反映されるんだぞ。八百長なんてやって、後で恨みを買うのは俺たちだぞ。」
「確かに……」
山岡はさっきとは打って変わって、妙に納得したようにうんうん頷いている。こいつほんとに士官学校生か。将来の士官候補にこんなのが混じっていていいのか?
「まぁ、どんな事情があるにせよ。こんなお祭りで手を抜くなんてあり得ないぜ。」
山岡とは対照的に、情熱的な表情をしている優。こいつは現代の言葉でいうところの陽キャだからな。こういうお祭り行事は大好きで、去年も一昨年もいい意味で大暴れしていた。頼むから今年は服だけは脱がないで欲しいものだ。
さて、ここで我が帝国軍立扇ヶ谷士官学校の伝統行事、青白対抗戦について細かく説明をしておこう。毎年秋に開催される、運動会のようなもので、各種目の成績や、綜合成績は年間成績の加点対象である。俺たち士官学校生は卒業時の成績によって希望部署へ配属されるかどうかが決まってくる。時には本物の戦場さながらの殺気が流れることもしばしば。
その中でも、花形競技は、対抗リレー、棒倒し、騎馬戦だ。
対抗リレーは、単純な速さを競うガチンコ勝負。次に棒倒し。棒を支える守り手の忍耐力と攻め手の勢い、まさしく、状況を見極め、仲間を鼓舞する統率力が鍵となる。そして、騎馬戦。まさに士官学校の対抗戦にもってこいの、いかに采配を振るうかが鍵となる競技だ。他にも細いものはあるが、大概はこの3本のうち、2本とったほうが勝つと言っても過言ではない。
正直、対抗リレーは運ゲーの側面が強い。それに、周りの連中から6つも年の違う俺は、この手の勝負では全く役に立たない。俺が本格的に役に立てるのは棒倒しか騎馬戦だ。棒倒しの場合は間違いなく俺は攻め手だ。守り手はガタイのいい奴で土台を固めてガチガチにさせるしかない。その点で言えば、ここにいる3人は全員攻め手だな。揃いも揃ってチビばかり。
「お前、今俺のことチビだと思ったろ。」
「ソンナコトナイヨ。」
「この生意気なチビガキがぁ!」
優め、いらん事ばかり悟りやがって。物だらけのハンガーの中をガタガタと音を立てながら駆け回る。
「行け〜!クソガキぶっ殺せ〜!」
山岡は俺になんの恨みがあるんだ。煽ってないで止めてくれ。
「チビだろ!どう考えたって!165ぐらいしか身長ないだろ!」
「お前は、160もないだろ!いくら13歳と言えどそのサイズはチビだろ!」
「まだ成長期が来てねぇんだよ!この天使のような可愛らしい声でわかるだろ!」
「誰が天使じゃ、このちんちくりん!」
自覚はある。確かにいくら13歳と言えど現在の身長は少し小さめ。声変わりもまだで、下の毛も生えていない。待ち侘びている成長期は未だ来ず。
「おら、捕まえた!」
「うぉ、危ねぇ!」
優が勢いよく俺の腰を掴むと、バランスを崩して工具を乗せたキャスターごと大きな音を立てて倒れ込む。
「あはは、2人ともドジでやんの〜。」
山岡が手を叩いて大喜びしている。お前は猿か。
「おい、お前らこんなところで何やってるんだ。」
分厚い眼鏡をかけ、白髪混じり髪の毛をぴっちりと七三に分けた、詰襟の軍服の中年の男が、眉間に皺を寄せ、コツコツと革靴の音を立てながらこちらに早歩きで寄ってくる。
「やばっ……津田大尉……」
先ほどまでふざけていた優が青い顔をしている。それもそのはず、今こちらにやって来ている大尉は、俺たちの担当教官。他の担当教官もなかなか厳しいが、この人は群を抜いて厳しい。まぁ、よく言えば帝国軍人の鑑。悪く言えば鬼教官って奴だ。思わず俺もすぐに立ち上がって気をつけの姿勢になる。
「こんな所で大暴れとはいい身分だな。青組の大将、副将諸君。」
「これはどうも、津田大尉……」
「これから対抗戦というのにこうも羽目を外されては下のものに示しがつかないな、橿原大将殿?」
「いえ、ハメを外すというほどの事では……」
「なるほど、だが君の周りを見てみたまえ。」
確かに、言われてみれば俺たちのせいで散乱した工具の山がある。まぁ、俺のせいというか、主に優のせいではあるが。
「自分の不得の致す所であります……」
「さて、御大将。どう責任を取る?」
「是非、この第4ハンガーの清掃をさせていただきたく……」
「よろしい。では、今回は3人の減点は無しにしておこう。」
「3人って……ワタシもですか?!」
不意を突かれて素っ頓狂な声で山岡が聞き返す。
「勿論。連帯責任だ。」
「そんなぁ。」
「それとも、減点のほうがお好みかな?」
そう言い残して、津田大尉は引き上げていく。まぁ、減点されなかっただけ、儲け物か。
「ちょっと!あんた達のせいでアタシも罰喰らったんだけど。」
「自業自得だな。」
「ちょっと、この後予定あるんだけど!」
「予定って一体なんの予定だ?」
「予定は予定!」
「こりゃ、予定なんてないな。なぁ、優?」
「絶対ない。確定。この脳筋の辞書に予定なんて言葉があってたまるか。」
「ちょっと言い過ぎじゃない!?」
「とにかく3人でさっさと終わらせよう。」
諦めたようにモップを手に取る。しかし、勢いで答えてしまったが、第4ハンガー全体の清掃は減点のほうがマシだったかもしれないな……
その後、副将の2人と清掃道具を片手に作戦会議を3時間もする羽目になった。
さて、いよいよ。青白戦当日。青い鉢巻を巻いて、礼服を着る。色々飾りが付いていて邪魔ではあるが、基本大将はこの格好で挑むのが通例だ。
「おいおい、こんなちっこい大将がいてたまるかよ。」
優が俺の礼服姿を見てケラケラ笑っている。本当に失礼な奴だ。まぁ、確かに服に着られている感じは否めない。
「なかなか似合ってるよ春綺。」
対する、白組の大将、将伍は白い礼服礼服をピシッと着こなしている。王子様かよ、こいつ。
「春綺、あんたなかなか気合い入ってんじゃん。」
将伍に引き継ぎいて、冬霞がやってくる。7年の間にだいぶ背が伸び、完全に大人の女性になった。邪魔だという理由で髪は短いボブにしており、なんか出来る女という雰囲気だ。今回の考査では6位に入って白組の副将になったらしい。
「この大役をこなす為に中間考査を頑張ったと言っても過言ではでない。」
「あんた、そんなタイプだっけ?」
「嘘嘘。たまたま役が回って来ただけ。」
「今回こそは、クソ生意気な弟に一泡吹かせてやる。」
「かかってこい、冬霞。姉の尊厳などズタズタに粉砕してくれるわ。」
冬霞もあの襲撃の直後は塞ぎ込んでいたが、最近では元の明るさを取り戻して来た。
「姉弟の代理戦争の片棒を担ぐなんてのはごめんだぜ。」
嫌味くるくる天パ……いや、平田が俺らの間に割って入ってくる。こいつが、白組の2人目の副将。てか、カッコつけてるが、お前が冬霞に気があるの優から聞いているからな。
「さて、そろそろ時間かな。」
将伍が礼服を整え出す。何故、白組青組両陣営の大将副将が揃っているかと言えば、開会式で両大将同士の訓示があるからだ。あまりこう言うのは得意ではないが、まぁ、役割上腹を括るしかないか。
高らかにファンファーレが鳴ると、士官学校の生徒達が入場してくる。俺たちは来賓席などの近くにある運営用のテントで、一応姿勢を正しながらその様子を眺める。まさに運動会だなこりゃ。
「なんか、俺まで緊張して来た。」
優がだんだんと苦い顔をし始める。
「アタシも〜。」
山岡、お前も緊張する事があるんだな。
『それではこれより、第52回扇ヶ谷士官学校青白対抗戦開会式を行います。まずは、扇ヶ谷基地司令、神田一郎少将より、訓示。』
アナウンスされれば、白髪に金眼鏡の穏やかそうな初老の男が壇上へと上がる。あれが今の扇ヶ谷基地の司令であり、扇ヶ谷士官学校の校長でもある。まぁ、定年間近の名誉職のようなものだ。
『えぇ、ご紹介に預かりました、神田でございます。私はね、この対抗戦が毎年非常に楽しみでしてね。なんと言いますか、まぁ、皆さんの若い力がぶつかり合うのが楽しみなんですよ。非常に元気をもらえる。えぇ、扇ヶ谷士官学校の皆さんは、帝都士官学校の生徒に勝るとも劣らない、いや、勝ってると言っていんじゃないかと、思ってる次第であります。君たちはねぇ、私の誇りですよ。』
まさにテンプレ通りに話の長い校長だ。いつ終わるか分からない話を聞いているとだんだんと緊張感が増してくる。
『……と言うわけで、今年も皆さんの溌剌とした姿を見せていただければと思う次第です。』
『以上、神田司令による訓示でした。ありがとうございます。続きまして、白組大将、春日井将伍君による訓示です。』
神田司令が長くなってごめんねと言うジェスチャーをしながら壇上から降りてくる。まぁ、なんとお茶目な事で。悪い人ではないんだろうな。多分。そんな司令を尻目に、将伍は凛々しい顔でマイクの前に立った。
『白組の戦友諸君。今回有難いことに大将に任じられた春日井将伍だ。俺は今回、青組の大将にある約束をして来た。今回白組が勝てば、俺は第四艦隊に配属志願を出す。しかし、青組が勝てば、俺は軍令部の作戦局作戦計画課に志願を出す。お前達、俺が前線に欲しいか!』
「うぉぉぉおお!」
将伍の呼び掛けに、白組の生徒達が大きな声で呼応する。こいつ、自分の人気が分かってやがる。
『帝国軍人の約束は絶対だ!だからお前達、俺を第四艦隊に押し上げてくれ!』
先ほどより更に大きな歓声が湧き上がる。なんなら青組の奴らも声を上げてるんじゃないか?不味い。これは完全にアウェーの空気にさせられた。
『以上、白組大将。春日井将伍。』
まさに黄色い歓声に送られて、将伍が壇上から降りてくる。こちらを一瞥すると、ニヤリと笑いかけてくる。こいつ、なかなかの策士だな。短いが良いスピーチだ。
『続きまして、青組大将、橿原春綺君による訓示です。』
名前を呼ばれれば、冷や汗を抑えながら壇上に登る。それほど数が多いわけではないが、大人数の注目が集まると緊張するものだ。
『諸君、青組大将、橿原春綺だ。こんなに小さい大将は見たことも聞いたこともないだろう。』
その言葉にくすくすと笑いが漏れる。お前ら、後で覚えておけよ。
『いいか、俺は必ず春日井将伍を軍令部に連れて行く。そして、何れ俺と将伍で軍令部の総長と次長を独占する。その時は人事も思いのままだ。今のうちに俺に恩を売れ!そうすれば第四艦隊だろうが、地獄の果てだろうが好きな場所に送ってやる。今日は攻めて、攻めて、攻めて、攻めて、攻めまくれ!』
「うぉぉぉぉぉお!」
青組、白組問わず大きな歓声が聞こえてくる。ひとまず、青組の士気は下げずに済んだようだ。
「お見事。」
壇上から降りれば将伍が小さく拍手をしている。
「まぁ、ざっとこんなもんよ。」
余裕そうな言葉で返すが、正直上手くいってホッとしている。さて、これからどうなることやら。
『以上、青組大将、橿原春綺君の訓示でした。それではこれより、第52回扇ヶ谷士官学校青白対抗戦を開始いたします。』
さぁ、波乱の対抗戦の幕が開く。