扇ヶ谷士官学校
それから事前の適正検査を受け、俺は6学年、冬霞は1学年飛び級で帝国軍幼年学校に入学した。父さんの娘ということもあってか、冬霞もなかなか優秀な頭脳をしているらしい。ちなみに6学年飛び級入学は帝国軍始まって以来の最速記録であるということは言っておきたい。何も特殊能力は貰えていないのだから、これくらいの美味しいことがあってもいいだろう。入学してからは退屈だった小学校とは打って変わって充実した時間を過ごして、あっという間に3年の教育課程が終了した。そして、俺たちが扇ヶ谷基地に併設されている士官学校へと進学して、更に3年が過ぎようとしている。
その間に連合との戦争は大きな進展を見せた。扇ヶ谷から敵を押し返したあと、帝国軍は更に皆原へと進軍をし、ついに奪還。約10年振りの奪還ということもあり国内は大いに沸いた。その後皆原ではゲリラ活動を行う連合軍に頭を悩まされることになるが、それも落ち着き、今は東南司令部も皆原へと移転されている。
これにて長い前日譚も終わりというわけだ。え?金属の箱はいつ登場するのかって?それはまだ先の話。
「おい、チビガキ。飯食いいこうぜー!」
少しくすんだ金髪をぴょんと跳ねさせている翡翠色の瞳をした童顔の少年が、思い切り俺の背中をドンと叩いてくる。こいつは中丸優。技術士官課程を履修している俺の友達だ。どうやら共和国とのハーフらしくよく見ると中性的な顔立ちをしている。
「チビガキじゃない。橿原だ。」
「まぁ、細かいこと気にすんなよ。ところでさぁ、そろそろ冬霞ちゃん紹介してよー。」
そう言うと優は俺の肩に手を回してくる。
「ダメだ。お前みたいなだらしない男には紹介できない。」
「全く、シスコンだなぁ、ハルキちゃんは。」
「ちゃんづけをするな。」
「まだまだお子ちゃまだろ〜、ハルキちゃんは〜。」
優は悪戯っぽく笑う。もともと童顔の優は笑った時はより幼い顔に見える。少しがさつなと事もあるが、優の人懐っこい笑顔をみるとどうにも嫌いにはなれなかった。無論、笑顔だけではなく中身も人懐っこい。いろんな人と仲良くするのが得意らしく、学年、性別を問わず友達も多い。その、多岐に渡る人脈のおかげか、優は常に様々な最新の噂を、耳に入れていた。幼い容姿からとある特定の層からの人気も高いと聞いたことがあるがその真相は定かではない。
「その辺にしといてあげたら?」
後ろから俺と優の間に割って入ったのは春日井将伍。こいつは、端正な顔立ちをしており、立ち振る舞いも爽やかな、所謂イケメンだ。参謀課程を専攻していてるが、航空の実技でもなかなか優秀な成績を収めている。将来は高級将校といったところか。将伍なら、冬霞を嫁にやらんこともない。ちなみに、こいつは幼年学校時代からの同級生で古い付き合いだ。
「お、将伍〜。MAD-07の訓練飛行はどうだった?ゼロロクとはやっぱり段違いか?」
「まぁ、確かに操作性は抜群に上がったね。あれなら連合のバレットに追いつかれることはまず無いかな。」
この6年の間に両軍の航空技術は進歩した。だが、常に帝国軍の戦闘機のスペックの方が上回っているというのが現実だ。連合の奇襲を早々に押し返すことが出来たのも、帝国軍の航空技術が圧倒していたからだろう。
「ゼロロクでもバレットよりカタログスペックでは優れていたんだ。07でバレットに落とされたら余程のとんまだな。」
「それ言えてる。」
割って入ってきたのは平田総介と山岡唯。平田は高身長で天然パーマ。少し嫌味なのが玉に瑕。そういえばこいつも幼年学校の同級生か。山岡は現代日本で言うギャルっぽい女の子だ。士官学校でそんなのでやっていけるのかと言われれば、これが案外成績優秀で、春日井、平田、山岡は将来が期待されるエリート組だ。
俺はと言えばまぁ、ギリギリ優秀と呼ばれるくらいかな。今は中佐になった鳴海さんのメンツの為にも一応、頑張ってはいる。ちなみに優は技術士官としてはとても優秀で、さまざまな乗り物の操縦などはピカイチなのだが、どうにも座学でつまづいているようだ。以上が普段俺が士官学校で連んでいる、所謂イツメンと言うやつだ。
「で、ハルキちゃんは任官後の進路は決まったのか?」
「一応、軍令部で希望を出そうと思ってる。もしくは軍大学だな。あと、ちゃんづけやめろ。」
平田が頭をポンポンしながら聞いてくる。前世ではそこそこ身長は高かったのだが、この身体ではまだ成長期が訪れていない為か、ここらのメンツとはだいぶ身長差がある。なんなら冬霞もそこそこ高身長なのでだいぶ差をつけられてしまった。
「艦隊所属希望にしないの?内勤だとなかなか出世できないらしいよ。」
山岡よ。お前はなんでそんなに脳筋なのだ。と、言いたいところではあるが、ちょくちょく戦争の起こるこの国では前線組の方が出世しやすいと言う風潮は無きにしも非ずだ。実際は平時の時は中央官僚、所謂、管理組の方が出世しやすくはあるのだが、なかなか日の目を浴びないところではある。いや、俺は権力が欲しいのだ。地道にコツコツ官僚の道を登っていき、行く行くは軍令部総長か軍務大臣というのが当面の目標だ。
ここで、帝国軍という組織について説明しておこう。旧日本軍と違い、この国では陸軍、海軍というように分割されておらず、一つの帝国軍として組織されている。その帝国軍を管轄するのは、軍務省と軍令部だ。軍政と軍令のトップと言えばわかっていただけるだろうか。帝を大元帥として全てを統括する形にしているのは、旧日本軍と同じだろうか。まぁ、実際は軍務大臣と軍令部総長、そしてそこに教育総監を加えた3人の元帥を主なメンバーとして最高意思決定することも多い。兎角、責任の所在が曖昧なのも旧日本軍と似ていると言っていいかもしれない。
さて、軍務省や軍令部、総監部の管理組以外の前線組は主に四つの司令部に割り振られる。第一艦隊の所属する帝都司令部。ここが前線組の花形ではあるが前線では無い為、戦闘に駆り出されることも少ない。次が第二艦隊の所属する北方司令部。この島は北部に帝国、南東部に連合、南西部に共和国が位置しているので主に守っているのは外洋だ。敵が海から回り込んできた際に対処することを主な任務としている。他の司令部と違い、唯一海を主な任務地としている為か、少し変わり者扱いをされている。次に第三艦隊の所属する西南司令部。西南司令部は主に共和国に対して置かれている司令部であるが、近ごろは共和国とは同盟関係にあり、一番出番の少ない部署かもしれない。そして、俺たちの士官学校がある扇ヶ谷基地や第四艦隊の所属する東南司令部だ。多くの紛争地域を抱え、連合と何度も戦闘を重ねており、最前線と言って間違いないだろう。
「俺も第四艦隊に所属したいなぁ。早く前線で活躍したいぜ。」
平田よ。英雄思考は身を滅ぼすぞ。
「そう言えば聞いたか?第18機動中隊のこと。」
「俺知ってる!新しく出来た独立遊撃艦隊だろ。」
噂好きの優が目をキラキラさせて答える。
「あれでしょ、大南大佐が司令に就任したっていう。」
「そうそう!今度、帝都から東南司令部に転属するらしいぜ。俺、18中隊に任官後の配属希望出そうかな。」
「それ、アリ。」
山岡と優が盛り上がっている理由は、おそらく司令の大南大佐のせいだろう。大南大佐は帝国軍人、いや、帝国臣民なら知らないものはいないほどの有名人だ。なぜかと言えば、俺たちの故郷が襲われた後の大規模反攻作戦で大きな戦果を上げた、帝国屈指の凄腕パイロットだからだ。当時は各所で「砂漠の鷹」という異名と共に大々的に報じられた。政府のプロパガンダ的な側面もあったが、あっという間に帝国随一有名人となっていった。そして、33歳にして異例の大佐への抜擢。さらに、噂によれば、先ほど噂に出た第18機動中隊は大南大佐を司令の職に着ける為に新設されたという噂まだある程だ。まさに士官学校の学生の憧れであり、多くのものが前線組としてのキャリアを望むようになった原因でもある。まぁ、その分後方の席が開くことはありがたいことだ。そうだ、軍大学で無ければ作戦局の兵站管理課なんていいかもしれない。
「それで、将伍。お前は?」
優が将伍の肩に手をかけニヤニヤ聞いている。
「俺も第四艦隊か、第18機動中隊かな。」
「だよなぁ!さすが将伍!」
正直この回答は意外だった。将伍はてっきり俺と同じように管理組志望だと思っていた。普段は優や平田、山岡と言ったようなメンツと違って、比較的穏やかな性格だ。でも、戦闘機の実技も上手いしなぁ。まぁ、将伍も言って若い。そういう功名心もあるか……
「てか、早くメシ食わないと、津田大尉にキレられるよ。」
「やっべ!!」
山岡の言葉に全員揃って食堂へ突っ込んでいく。いや、君らが知らないだけで、指導教官の津田大尉は恐ろしいんだから……
忙しい1日が終われば、再び寮へと戻ってくる。寮では将伍と同室だ。お互い優秀な成績で入学試験を突破した為、2人部屋を割り当てられている。部屋に入ると、二段ベッドがひとつ、壁際に備え付けられ、その下段が俺、上段が将伍の定位置だ。壁際には学校支給の質素な机が二つ、向かい合わせに配置され、それぞれの上には教本や作戦資料、そしてわずかな私物が並んでいる。まぁ、整理整頓せずに、部屋を散らかせばすぐに津田大尉から怒鳴り散らされるからな。このぐらいは綺麗にしてある。
「遅かったね。春綺。」
「ちょっと、図書館で調べ物をしていてね。」
「昔から調べ物が好きだな。春綺は。」
「そうだったか?」
「昔から変な本読んでた。なんだっけ基礎超伝導論応用……?みたいな変なタイトルの。」
確かに、一時期この世界の主な動力源である超伝導について調べてたこともあったかもな。結局半分ぐらいしか理解できなかったけど。
「あんまりちゃんとは覚えてないな。その本の中身……意外だったな、前線志望なんて。」
「見えないかい?」
「見えないね。軍令部の作戦計画課あたりのデスクが似合いそうだけどな。」
「春綺こそ、07のコックピットが似合いそうだけど。」
「この前のシュミレーターでの模擬戦で負けたのまだ気にしてるか?」
「まさか。」
「俺は、津田大尉がどうしてもやれって言うから、一応戦闘機の過程をやっているだけだ。シュミレーターの操作は上手いかもしれないが、実機はあまり使いこなせない。」
「一応であれだけできるなら、それこそ大したものさ。」
……将伍。俺に勝てていないことを気にしなくていい。お前達と違ってシュミレーター、もとい、ゲームを山ほどこなして来たから出来るだけだ。机上の空論ではそのうち限界が来る。
「俺に対抗して前線組に志望するならやめておけ。生半可な覚悟じゃ前線で痛い目見るぜ。」
「……それは、君が扇ヶ谷侵攻の生き残りだから言っているのかい?」
「……まぁ、そうだな。」
「……春綺はどうして軍人になろうと思ったんだ?」
「もう……誰も守れないのは嫌だった。それだけ。」
言葉にして言うと、少し恥ずかしいな。
「じゃぁ、なぜ管理組なんだい?前線に出れる人間なった方が人を守れる力が手に入る。」
「確かに、帝国軍では今は前線に出て武功を上げることが出世の近道かもしれない。」
「なら……」
「いいか、戦争っての銃ぶっ放すだけが戦争じゃ無いんだ。」
この国では技術の発展に対して、大規模戦闘の歴史が浅い。いや、無いと言ってもいい。勿論、扇ヶ谷の襲撃は俺にとってはトラウマ級の出来事だが、俺の育った現実世界では、国境付近の小さな小競り合いだ。流石に戦争に関する様々なことは、現実世界の方が上だと言っていい。お忘れかもしれないが、俺、現実世界では史学科の学生だったのよ。卒業する前に死んだけど。
「例えば俺たちの持っている07の設計図のデータがあるとする。」
「う、うん。」
「これを連合に盗まれたらどうなる?」
「えっと、連合に07の弱点がバレて大変なことになる。」
「まぁ、大方正解だな。07の優位性が失われれば、最悪東南司令部を突破されて、今度は扇ヶ谷どころか、石垣、さらにその奥まで突破されるかもしれない。この時、一番大きな戦果を挙げたのは前線の人間か?」
「それは……」
「勿論データを盗んだやつだ。まぁ、これはあくまで一例だが、情報を掴むと言うことは現代戦にて大きな意味を持つ。敵の主力企業の株の暴落させるスキャンダル、最新兵器の開発チームの引き抜き。弾を撃つ以外にもやる事はいっぱいある。」
「たしかに……」
まぁ、これだけやっても最後は弾の撃ち合いで決着がつくこともあるのは事実なんだがな。
「俺はこの世界の情報が欲しい。だから上に行く。」
「そうか……」
「俺は俺なりのやり方で上を目指す。だから、お前も俺と一緒に管理組へ来い。」
「え……?」
「俺と一緒にこの世界を変えよう。その為には1人でも仲間が必要だ。」
キザなセリフを言った後、ふと近藤の顔が目に浮かんだ。アイツも俺を誘った時はこんな気持ちだったのかな。
「春綺は何でそんなに俺を買ってるんだ?」
「そりゃ学年1位だからだろ。」
「それだけじゃないだろ。」
柔らかい笑顔で、将伍が問いかけてくる。いやぁ、女だったら落ちてたな。こりゃ。
「お前には人を惹きつける素質がある。それを俺は昔から知ってる。」
「何だそれ。」
さっぱりわからないと言った表情をする将伍。こいつ、さては自覚ないな。
「とにかく、お前が必要なんだ。」
「わかった……ちょっと考えてみる。」
「あぁ。」
小首を傾げながら将伍は二段ベッドの上へと登っていく。俺もちょっとカッコつけ過ぎたかな……