七度目の誕生日
鳴海大尉は俺たちを基地の中に連れてくると、応接室らしきところに俺たちを詰め込んだ。
「とりあえず、今はそこで待ってて。状況を確認してくるから。」
「わかりました……」
そういうと、大尉はバタンと扉を閉じた。冬霞が、俺の手を握ってくる。いや、まさか……でもありえる。7年何もなかったとはいえ、ここは元々係争地だ。連合が攻めてくることはあり得ない話ではない。
「大丈夫。春綺のことは私が守るから。」
無理するな冬霞、手が震えてるぞ。
「冬霞はここで待ってて。」
「ちょっと、春綺!?どこ行くの?!」
冬霞の制止を振り切って待合室の外に出る。緊急時こそ、情報の価値が上がる。外では慌てふためく軍人達の怒声が響き渡る。
「連合は宣戦布告もなしに攻めてきたのか!?」
「おい!通信どうなってる!」
「今出せる機体は何機ある?!」
「犬鷲と通信できません!」
「東南司令部も突破されたとの情報あり!」
「とにかく迎撃準備だ!」
東南司令部というのは扇ヶ谷の市内から更に国境付近にある最前線の司令部だ。その司令部を抜かれたということは次はもうこの扇ヶ谷基地だ。まったく、予想通り敵の侵攻か。宣戦布告もなしとは連合もなかなか非人道的な事をしてくれる。ひとまずは一番安全なのはここなのかも知れない。大人しく部屋へ戻るか。
「春綺……」
部屋へ入ると、1人で残されて泣きそうな顔の冬霞が待っていた。
「また戦争……始まるのかな。」
「……あぁ。」
「パパとママ、大丈夫かな。」
「……きっと大丈夫さ。父さんだって、元軍人だ。」
「でも……」
不安そうな顔でこちらを見つめる冬霞。確かに、父さんは元軍人ではあるが、今はただの一般人。敵に攻められて、何が出来るという訳ではない。
「パパとママのところに行きたい……」
おいおい、無茶言うな。今動くのはリスクがデカすぎる。家に戻ったところで市街戦が始まって仕舞えばそこはもう戦場だ。守りの固い基地の方がまだ、逃げる場所がある。
「パパ……ママ……」
……堅実に生きる人生の予定だったが、ここは無茶のしどころってか。
「行こう冬霞、父さんと母さんのところへ。」
「本当?」
「任せろ。」
冬霞の小さな手を握ると、俺は待合室の外へと出た。右往左往している軍人達を尻目に基地の外を目指して歩く。東南司令部を抜かれたのがさっきなら、ここに辿り着くのにまだ暫く時間が掛かるはずだ。ここから家に着くまでに40分どちらが早いかはわからないが、試す価値がある。それに、家族というものは一緒にいるに越した事はない。
基地を出てからはひたすらに来た道を早足で戻る。途中バテそうになる冬霞の手を引き、なんとか家の近くの交差点まで来た時だった。
ゴォォォォォォォ。と唸るようなエンジン音が迫ってくる。ゼロツーか?と思い振り返ると、そこには帝国軍のものではない戦闘機の姿があった。しまった……まずいぞ、ここはもう戦場なのか?他にもその音に気づいた人々の悲鳴が周りを埋め尽くす。街中の警報サイレンは鳴り、異様な雰囲気が流れ始める。
「冬霞!春綺!どこにいたんだ!」
その雰囲気を切り裂くように父さんの声が聞こえた。よかった。何とか合流できた。
「パパ!」
冬霞は半泣きだった顔が崩れ、ポロポロと泣き出している。そんな冬霞を父さんは優しく抱き上げる。
「すいません。こんな事になるとは思わず遠出を……」
「とにかく、無事でよかった。ひとまず逃げるぞ。」
父さんがそう言った瞬間、あたりで爆発音が聞こえた。おいおい、マジかよ。連合は無差別爆撃なんかするのか……この世界でも条約違反だぞ。
「朱夏……」
父さんが見たこともないような焦った顔をしている。火の手が上がっているのは家のある方向だ。
「ママは……ねぇママは?」
「……急ぐぞ。」
静かな青空は一瞬にして赤く染まった。辿り着くと、今まで俺達の家だったものはただの石ころに成り果てて、瓦礫という名の山を築いていた。辺りからは数えきれないぐらい火の手が上がり始めている。ゆっくりと首を回して辺りを見回す。小学校の同級生の家々は、ほとんど俺の家と同じく瓦礫となっていた。その瓦礫の中に同級生がいるとは考えたくなかった。みんなきっと俺達の様に生きている。そう信じなければ、自分もこの瓦礫の一部となってしまう様な気がした。周りを見ているうちに、ようやくと辺りの炎の熱を感じる。今まで俺ははこんなに暑いところにいたのかと、気が付いた瞬間に汗が滲み出した。動揺している俺を尻目に、父さんは瓦礫を退けて母さんを探し始める。
「父さん手伝います!」
「危険だ、お前は、冬霞を見ていてくれ!」
「はい……」
なんて無力なことだろう。こんな時に、ただの7歳児の体では何をすることもできない。一体何の為に、俺はここにいるのだろう。
「朱夏!」
父さんが叫ぶと、そこには本棚の下敷きになっている母の姿があった。
「ママ!」
「ごめんなさい……逃げ遅れちゃって、私ってドジね……」
「そんなこと言っている場合か!」
額が切れているのか、母さんの美しい顔は血に染まっていた。
「くそっ……瓦礫が邪魔で本棚が動かない……」
「あなた……子供達を連れて逃げて……」
「こんなところに置いていけるか!このままだと焼け死ぬぞ!」
「でもあなたは助かる。あの子達にはまだ、親が必要よ。」
「舐めるな。お前を助けて俺も生きる。みんなで逃げるんだ。」
二人が問答している間も数十メートル先に爆弾が落ちている。ここに長くは居られない。
「冬霞。」
母さんが名前を呼ぶと、冬花は泣きながら母さんの元へと向かう。
「大丈夫。春綺はとっても賢いから、あなたのことをずっと守ってくれるわ。」
「やだ……ママと一緒にいる……」
「ダメよ、貴方達には未来があるもの。ほら、春綺。」
呼ばれば、俺も母さんのそばへと向かう。
「せっかくのお誕生日なのに、こんな事になっちゃうなんて、春綺も災難ね。」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ……」
「これ、あなたに渡そうと思って前から作っていたの。」
そういうと母さんは握っていた拳を開く。そこにはメリーメイの小さなキーホルダーがあった。
「母さん……」
こんな時まで、母親なのだな。心からそう思わされる。今まで、一番近い他人のような気持ちでいたが、そんなことはない。どんな状況であれ、親は親なのだ。
「あら、貴方が泣いているところ見るの初めてだわ。」
そう言われると、自分の目から涙が溢れている事に気づく。
「大丈夫。春綺なら、きっとこの先も大丈夫よ。だから、冬霞のこと。守ってあげて。」
「……わかりました。」
その言葉を聞くと父さんはしゃがみ込み、俺の肩を掴む。
「いいか、この先にシェルターがある。そこまで冬霞を連れていくんだ。」
「……はい。」
「父さんも必ず、母さんを連れて向かう。だから、死んでも冬霞を守り抜け。」
「わかりました。」
「お前も帝国軍人の息子だ。約束は守るよな。」
「ええ、なので、父さんも約束は守ってくださいね。」
「あぁ。任せろ。」
そう言うと父さんは親指を立てて笑った。そして、俺は泣きじゃくる冬花の手を引き走り出そうとする。
「やだ!私ここにいる!パパとママといる!」
「ダメだ!」
「辞めて!春綺!離して!」
パシンと音がするほど冬霞の頬を叩いた。真っ赤に腫れているのは、辺りの炎が反射しているからではない。
「俺はお前を死んでも逃さなきゃいけないんだ。言う事を聞け。」
「……弟のクセに。」
ぽそりと一言だけ呟くと、冬霞は自ら歩き始めた。すまない冬霞。でも今は、行くしかないんだ。炎で埋め尽くされる道をなんとか歩いていく。しばらくすると、周囲に響いていた爆発の音が段々と止み始めた。辺りの物陰からぞろぞろ出てくる人々は、泣いていたり、虚ろな表情をしていたり、とにかくみんな一瞬の出来事によってガラリと変わった現状を把握しきれていない様子だった。それらの物をできるだけ見ないように急いでシェルターへ向かう。だが、辺りには低空飛行で機銃掃射を行う戦闘機も飛びはじめてた。マジかよ。こいつらに戦争倫理って物はないのか。
「春綺……」
「見るな。とにかくシェルターまで……」
大通りをただひたすらにシェルターへ向かって走り続ける。ひらすらに、ただ、ひたすらに。そうして、ようやく見えてきたシェルターの扉。それ以外は、もう何も目に入ってこない。脇目もふらずに走るというのはまさにこの事か。きっと今まで過ごしてきた学校や、神社などが道々にあったのだと思う。だが、どこに何があったのかも、もうわからない。
シェルターの扉まで後少し、息も切れ切れになった頃に、先ほど聞いたあのエンジン音が聞こえてきた。こちらに低空飛行で戦闘機が迫って来ている……まずい、このままでは機銃掃射の的になる。咄嗟に冬霞に覆い被さった。あぁ、俺の人生もまた終わりか……次も転生するのかなぁ……それとも、次はないのか……とにかく、冬霞だけは守り抜かなくては。覚悟を決めた時、別の轟音が鳴り響き、直後に機銃掃射の音。
あ、死んだわ……
諦めた様に空に目を向ける。風で舞い上がった砂塵は炎の光をキラキラと反射して輝いる。その景色はまるで命を宿した光を空へと運んで行くようだった。俺もあの光に飲まれていくのだろうか。そう思った時、赤い空に一筋の白い雲が見えた。
ゼロツーだ……
助かった……扇ヶ谷基地の部隊がここまで来たのか。ゼロツーと敵軍機のドッグファイトを眺めていると、さらに地鳴りのような音が響く。燃え上がる市街の景色の中に巨大な黒い影。帝国軍の地磁気艦だ。どうやら帝国軍も体制を整えて反撃の準備が出来たらしい。一安心すると、ふと、意識が遠のいていく。あれ、何故だ。そのまま目の前が、真っ暗になった。
腹部への激痛で目が覚めた。所謂これは、知らない天井というやつだな。どうやらここは、病院らしい。
「春綺……!」
声の方向を見れば、そこには冬花がいた。何とかコイツの事は守り切れたらしい。いや、実際に守ってくれたのはあのゼロツーだろう。俺は、本当に無力だ。
「父さんと、母さんは」
「まだ、見つからなくて……」
「そうか……」
あの爆撃の嵐に、機銃掃射。俺たちが生き残っただけでも奇跡だと思わないとな。そう思って起きあがろうとすると、腹部に激痛が走った。
「あぁぁっ!」
「あの、お医者さんが、お腹怪我してるから安静にって。」
「早く言え……」
あまりの痛みに悶えていると、病室の扉がガラリと開く。
「何だ。目覚めたか。」
そこにいたのは、少し虚な目をした鳴海大尉だった。口元は笑っているが、絶妙に全体が笑っていない。彼の表情を見て、俺は全てを察した。
「冬霞。ちょっと飲み物買ってきてくれないか。」
「え……でも、売店は一階だし、それにお金も……」
「お金なら俺が出すよ。だから、俺のコーヒーも買ってきてくれるかな。お願い。」
そう言って鳴海大尉は、冬霞に小銭を渡す。
「う、うん……わかった。」
流石エリート軍人。察しが良い。
「……父さんと母さんは、死んだんですね。」
「……あぁ。こちらとしても必死に探したんだが、遺体は見つからなかった。だが、春綺くん達の家の近くに焼死体が二体見つかったから、それがおそらく。」
「そう……ですか。戦況はどうなったんです?大尉はこんなところに居ていいんですか?」
「今は盛り返して、敵軍を東南司令部で引き付けている。しばらくしたら反抗作戦で駆り出されるが、それまではこの扇ヶ谷基地で待機さ。」
どうやらここは基地内の病院施設らしい。どおりで設備が充実している事で。
「それを伝える為にわざわざ大尉がここへ?」
「いや……実は前から頼まれていたんだ。」
「頼まれた?」
「あぁ、君に初めて会った時。あの時、橿原さんから、自分に何かあった時には、君たちのことを頼むって。」
「え?」
父さんはこうなる事を見越していたのか……いや、そんな馬鹿な…
「君たちはまだ幼い。これから先のことを考えると……なかなか選択肢も少ない。」
確かにそうだ。このまま行けば、何処かしらの施設に入るほか選択肢は無くなるだろう。
「それでなんだが、俺の養子にならないか……?」
「養子……ですか?」
「あぁ。俺は結婚もしていないし、軍人だから、ほとんど形だけになるが。」
「……何故そこまで。」
「……帝国軍人は約束は守るものさ。」
約束……あの時。父さんは戻ってくると約束した。その約束は守られる事はなかった。ただ、俺も約束をした。冬霞を守ると。
「わかりました。是非。」
「よかった……」
「その代わりというか、一つお願いがあります。」
「お願い?」
「俺を幼年学校に入れてください。」
鳴海大尉は少しびっくりしたような表情でこちらを見る。
「……軍人のキャリアは歩まないんじゃなかったのかい?」
「俺も約束をしましたから。」
「約束……」
「俺は冬霞を守らなければいけない。」
「それなら、幼年学校以外にも選択肢はあるんじゃないのかい?」
「……もう、誰も守れないのは嫌なんです。だから……」
力が欲しい。前世でも、異世界に来ても、結局俺は大切な人を失うばかりだ。なら、少しでも、誰かを守る力が欲しい。
「あの、飲み物買ってきたんだけど……」
重たい空気を察したのか、冬霞がゆっくりと中に入ってくる。
「……冬霞。言わなきゃならない事があるんだ。」
「……嫌。聞きたくない。」
冬霞は全てを察したのか、下を向いて首を振る。
「ここで逃げても、事実は変わらないよ。」
「うぅ……」
「父さんと母さんは死んだ。」
そう告げると、冬霞は崩れるように座り込む。
「なんで……」
「この世界で生きていくには、覚悟しなきゃいけない事だったんだ。」
「……なんで。なんで春綺はそんなに冷静なの?」
「冷静なんかじゃないさ……悔しさしかないよ……俺は軍の幼年学校に行く事にしたよ。」
「え?」
「俺は冬霞を死んでも守らなきゃならない。父さんと約束したんだ。」
「弟のクセに……」
そう言うと、冬霞は力なく立ち上がって俺の手を握る。
「私も、いつまでも春綺に守られてるばっかりはイヤ。」
「おい……冬霞……」
「私も幼年学校に行く。」
「ダメだ!わざわざ軍に入らなくても、」
続きを言おうとしたところで、鳴海大尉が俺の頭を軽く手刀で叩く。
「こらこら、冬霞ちゃんも頑張って決意したんだから、その気持ちを無駄にしてはいけないな。それに、君が幼年学校に入ったら冬霞ちゃんは1人になってしまう。その間誰が守るんだ?」
「それは……」
「一緒に幼年学校に入れば君が守ってあげられる。悪くないだろ。」
「……たしかに。」
「よし決まりだ。後は俺が手続きをしておく。」
「あ、鳴海大尉……」
そう言うと、鳴海大尉はそそくさとその場を去っていった。あれが3人目の俺の親というわけか。冬霞も憧れの人がまさか自分の父親になるとは思って居なかっただろう。今日、俺の転生人生が、大きく動き出した。