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君が降ってきた日

 生島から投資された資金を手に入れて、量産化の算段を得た俺たちは、正式に『メリーメイ』の商品化に動き出した。既にSNSでも話題になっており、日々の業務や、取材の対応などに追われて大学を休みがちになっていたそんな秋の日。珍しく講義に出た帰りに、俺の携帯が鳴った。


「もしもし?どうした近藤?」

『……すまん……すまんリュウ』


 電話の向こうの近藤の声は震えている。


「おい……なんだ近藤?」

『俺、社長じゃなくなっちまった。』

「は?何言ってんだ?」


 いや。聞かなくてもわかる。俺な予感が的中したんだ。


『生島が株を50%持ってたんだ。』


 ……それはつまり、生島に会社を乗っ取られたということだ。


「そんなバカな、株はお前が24%。俺と木内が23%づつ分け合ったじゃないか……まさか……」

『木内が生島に株を譲渡する契約書にサインしてたらしい。』

「嘘だろ……」


 木内はそんな事には興味のないはずだ。それなのに何故。


『アイツを責めないでやってくれ、アイツは騙されただけなんだ。』

「……なるほど」

『あの時のお前の不安、当たっちゃったな。』

「……あぁ。とにかく、生島のことはなんとかする。」

『どうにもならないよ……アイツは最初から俺を騙す気だったんだ。』

「……まぁ、これで人生終わる訳じゃないんだ。まだ大学も卒業してないし……」


 絞り出すような慰めの声をかけると、電話口から近藤の啜り泣く声が聞こえる。今更、生島のことを後悔しても仕方がない。とにかくこれから対策をしなければ。考え込んでいると、再び近藤が口を開く。


『この間、銀行から融資をもらっただろ?』

「あ、あぁ。」


 確か何千万って金を融資してもらって、一緒にお祝いパーティしたっけ。


『あれ、生島に言われて、会社じゃなくて、俺個人に貸し付けにしてあるんだよな。』


 おい、嘘だろ、それって……


「近藤……お前」

『俺と、会社奪われて、借金背負わされて、ほんと馬鹿みたいだよな』

「そんなの詐欺じゃないか!」


 あいつ、まさかそんな悪どい事をやっていたとは。


「とにかく、弁護士のところに行こう!いや、警察か?」

『もう相談したよ……実は俺も契約書を書かされて……俺、それをよく読んでなくて……うぅ……』


 近藤が嘘みたいにボロボロと泣く声が聞こえる。こんなに泣いている近藤には出会ったことがない。


「おい、近藤?!お前今どこにいるんだ?おい!」

『俺、ほんと馬鹿だよな。俺なら新しいビジネス始められる、ビッグになれるって。』


 近藤は俺の言葉を無視して話し始める。これはまずいかもしれない。俺は慌ててタクシーを拾う。どこだ。アイツは何処にいる……考えている時間はない。俺は電話口を手で押さえると、行き先を告げる。


「そうだ。お前がいなきゃ『メリーメイ』は出来なかった。木内だけでも、木内と俺だけでもなく、お前がいなきゃ出来なかったんだ。」

『もういいよ……ほんと、巻き込んでごめんな、あんなヤツ。』

「俺は大丈夫だ、とにかく落ち着け。」


 電話の向こうから強い風の音が聞こえる。


『落ち着いてる。俺は冷静だ。』

「そんなに泣いてて冷静な訳ないだろ!とにかく今何処にいるんだ!」

『ごめん……俺もう疲れたよ……ここ暫く、借金の事とか、会社のこととかで悩んでさ』

「頼む近藤。俺が行くまで待ってくれ!」


 多分会社の入っているビルの屋上だ。あいつ今から死ぬつもりだ。ダメだそんなこと。会社ならあともう少しで着く。もう少しだけ引き伸ばさなければ。


『……ごめん』

「おい!近藤?!」


 そこからはまるでスローモーションの様だった。自分の視線の先、数十メートル。落ちてくる人間の身体。おそらく、いや、きっと近藤のものだ。聞こえるはずがないのに、ドンという鈍い音がした様な気がした。それから、ツーツーと通話の切れる音。


「運転手さん、すいませんちょっと下ろしてください!」


 慌てて一万円札を置き、タクシーを降りた。集まり始めている野次馬を掻き分けて死体に駆け寄る。……やはり近藤だ。こんな事で、会社なんかで、金なんかで、死ぬ事ない。お前の才能ならまだこれからいくらでも挽回できる。言いたいことなんていっぱいあった。でも、どの言葉も届かなかった。お前なしで、これからどこへ行けばいいと言うんだ。



 それから、近藤の葬式までは一度も会社にも学校にも行かなかった。数日はあったはずだが、どうやって過ごしたのかもまるで記憶はない。近藤の父親から連絡が来て、ようやく数年ぶりに取り出し、とぼとぼ式場へと向かったことだけが、記憶の片隅に残っている。式場に着くと、神妙な顔をした近藤の両親が迎えてくれた。


「すいません。俺、あいつのこと止められなくて……」


 項垂うなだれる俺に、近藤の父親が優しく肩に手を乗せる。


「山口君のせいじゃない。僕も悪いんだ。息子の事、何も気づいてやれなかった。」

「お父さんも自分を責めないであげてください。悪いのは……」

「それ以上は……」


 近藤の父親は力無く首を横に振る。そうだな。あいつのことは口に出したくもない。ひとまず席に着くと、後ろから肩を叩かれる。振り返ると、そこにいたのは木内だった。


「ごめん。俺、よくわからない書類にサインしちゃって…」

「いいんだ。アイツも書いちゃいけない書類にサインをしてた。」

「……俺が、全然経営とか興味なくて、全部近藤くんに任せてたから。」


 そういうと、木内は肩をすぼめる。


「俺ももっとお前とコミュニケーション取っておけばよかったなって思うよ。」

「……俺、会社辞めたほうがいいのかな?」

「……辞めちゃダメだ。」

「え?」


 木内の俯いたままだった顔がこちらに向く。


「近藤が背負った借金は今は会社にある。俺たちが辞めれば、あいつが死ぬ気で生み出した金は全部生島の懐に入る事になる。」

「確かに……じゃぁ、山口君も。」

「あぁ。俺もできる限り会社には残る。」


 なんとかして会社のハンドリングを俺達の手に戻さなければならない。少なくとも俺は23%の株を持っている。宙に浮いているが近藤の24%の株もある。残りは4%の株があればなんとかなる。とにかく、今は会社に残って戦わなければ。


「俺も山口君が残ってくれるなら心強いよ。」 


 木内が決意のこもった顔で頷いている。そうだ。ここは踏ん張りどきた。



 結局、生島は通夜にも告別式にも現れなかった。最も来たところで塩を投げてお帰りいただいていたところだったが。告別式の翌日、厳しい顔で会社へともお向く。いまだに近藤の落ちた場所には花や飲み物が備えられている。自然としゃがみ込み、両手を合わせる。


「おはようございます。山口部長。」


 振り返らなくてもわかる。生島だ。


「おはようございます。生島……さん。」

「ちょうどよかった、これから今後のことについてお話ししたいなと思ってたところで。」

「奇遇ですね。私もそう思ってたところです。」


 おもむろに立ち上がり、自分たちのオフィスへ向かう。エレベーターの中ではなんとも言えない冷たい空気が流れた。


「どうぞお座りください。」


 生前、近藤が座っていた社長席に腰掛ける。生島よ、そこはお前の席ではない。少し眉間に皺を寄せ、適当に椅子を持ってきては相手の向かいに座る。


「生島さんが、これから社長としてやっていくと言うことですか?」

「ええ、もちろん。そこで山口部長には言っておかなければならないことがあるんですよ。」

「俺に?」


 何故だろう。なんだかすごい嫌な予感がする。生島はデスクの引き出しから紙を一枚取り出すと俺の方に差し出す。


「貴方はクビです。」

「なんだって……そんな馬鹿な」

「貴方はもともとデザインの専門家ではない。これから事業を拡大するにあたって、デザイン部門には本物のプロを入れることにしました。」


 確かに言っていることは真っ当だが、これは23%も持ち株を持っている俺が邪魔になっただけだ。


「不当解雇だ。こんなこと許されていいはずはない。」


 そう言うと生島は素敵な微笑みを浮かべる。


「貴方はこの会社の正社員ではなく、役員です。つまり労働基準法の適用外。この会社の株主である私の権限を使えば貴方を即時クビにすることができるんですよ。さぁ、この退職の書類にサインを。」


 こいつ、最初から俺を切るつもりだったな。技術職の木内以外にこの会社には価値がないってか。相手に差し出された紙を手に取り書類に目を通す。


「……なかなか、サインし難い文章だな。俺が定款を書いたときに、わざわざ外した著作権の会社帰属についての言及がある。」

こいつ、俺から『メリーメイ』の著作権を取り上げるつもりだ。何から何まで巻き上げる気だな。

「やはり、気付きましたか。近藤くんや、木内部長と違って」

「おいおい、いい加減にしろよ。」

「なに、褒めてるんですよ。わかりました。では、23%の株式と『メリーメイ』の著作権を持ってどこへなりとも言ってください。貴方の解任は決定事項です。」


 そう言うと、生島はもう一枚紙を出した。なるほど、最初からこうなることまで予想してたって訳だ。流石にただの大学生と歴戦の乗っ取り屋のでは格が違うってことか……


「……わかりました。」

「それならばサインを。」


 生島がペンを渡してくる。俺は深く目を瞑り、一つ息を吸うと、その書類にサインした。


「山口くん。この会社はどんどん大きくなります。貴方はその会社の株を23%も保有できてるんです。十分勝ち組ですよ。」

「おい、おんなじこと近藤の墓の前でも言ってみろよ。」


 生島の言葉に思わず胸ぐらに掴み掛かる。


「やめてください。警察呼びますよ?」

「上等だコラ。呼んだみやがれコンチクショウがよぉ。」

「ちょっと山口君なにやってるの!」


 出勤してきた木内が俺を羽交締めにして止めようとする。木内の弱い力で必死に止めようとしている姿に、俺はようやく冷静になった。


「……帰る。」

「ちょっと、山口君?!」


 びっくりした様子で、木内はエレベーターホールの前まで俺を追いかけてくる。


「いったい何があったのさ」

「……すまない。俺もクビになった。」

「そんな……」

「心配するな、生島は技術屋のお前は切れない。」

「でも……」

「すまない、木内。近藤の作ったこの会社を守ることは、お前に託すしかなくなった。」


 苦虫を噛み潰した様な顔をする俺に、木内は微笑みかける。


「わかった。俺、頑張るよ。」

「ありがとう……ありがとう。」


 何故だか、涙が溢れて止まらない。


「俺も悪いんだ……俺が経営のことに無関心だったから。」


 俺に釣られて、木内も泣き始める。やめろ。二人してみっともない。


「仕方ない、お前は技術屋だ。『メリーメイ』の内部機構の特許がある。それだけは手放すな。わからない書類があれば弁護士に見てもらえよ。」

「わかった。」

「……本当にすまない。」

木内は俺の背中を優しく撫でた。その日、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。



 数日がたった。何日経ったのかもわからない。あれから部屋に篭りきりで学校にも行っていない。体が動かない。脳の命令がどこかで止まってしまったかのように。仕方がないので、ただ、ただ、考える。近藤のことは救えなかったのか。そもそも生島の出資話を断れなかったのか。会社に残った木内のことも心配だ。目を瞑り、また気を失うように眠りにつく。それの繰り返し。

 ある時、自分が空腹であることに気付き、ようやく重い腰をあげる。近藤も最期はこんな気持ちだったのだろうか。だが、このままではまずい。何処か外に行かなければ。自分の今の身なりも顧みず出た。

 なんとも太陽が眩しい。薄目になりながら外を歩く。あぁ、そうだ。財布忘れた。まぁいいか。スマホで支払いできるだろ。最近不注意が多いなぁ。いやぁ、不幸ってのは続くもんだね。

 しかし、いい大人がこんな格好で外を彷徨いてて良いもんかね。コンビニのウインドウに写る自分を見ていると、笑ってしまう。酷い顔だ。もしかして、少し痩せたかな。しばらく自分の姿を見ていると、自分の後ろに高速で迫る物体があることに気付く。おいおい、ここコンビニの駐車場だぞ。そんな勢いでなんで。


 そう思ったとにはもう遅かった。エンジンの轟音と共に、車体がショウウインドウに突っ込む。俺は、車とガラスに挟まれたあと、店の奥へと吹き飛んだ。


 あぁ、これあれだ。死ぬやつだ。


 自分の体から滴り落ちる大量の血を見て冷静に思う。多分いろんなところが折れてんだなこれ。でも全然痛くないや。死ぬ時って案外あっさりしてんだな。まさか近藤が死んだすぐ後に俺が死ぬとは……ごめんな木内。俺、先行くわ。

 視界がどんどん霞んでいく。大騒ぎになる周りの声がうっすらと耳に入ってくる。そうしてやがて、俺の意識は途絶えた。

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