退屈な金曜日
第十八機動中隊に配属されて数日が経った。相変わらず東南司令部に連合軍が攻めてくる事はなく、俺の仕事といえば碧の面倒を見ることぐらいだった。
「春綺。今日はなにをする。」
「知るか。飛行隊は訓練飛行の予定以外は基本待機か準待機なんだ。手持ち無沙汰も良いところだ。」
「私も、飛びたい。」
「ダメだ。MID-01は使用停止命令が出てる。しかもその命令を出したのは誰かわかるか?」
「知らない。」
「野田司令だ。司令命令だぞ。」
俺の言葉に碧はキョトンとした顔をして答える。
「誰それ。私には関係ない。」
「おいおい。」
碧のマイペースさには頭を抱えさせられる。このままでは俺の査定に響きかねんぞ。
「おはよう。諸君。」
「鶺鴒」艦内の航空隊詰所にふらりと現れたのは君島少佐だ。
「君島少佐。相変わらず暇なんですか?」
「なに言ってるの。君達の査定も俺の仕事なんだから。これでも仕事中なのよ。」
「隆一。暇。つまんない。」
碧が不貞腐れた顔で君島少佐の袖を引く。こいつ、よく少佐の事下の名前で呼べるな。
「まぁまぁ。俺たちは暇なぐらいがちょうどいいの。」
「ですが、このままではいつまでも仮の立場のまま……」
「良いじゃ無いの仮の立場のままで。そのうち、軍務省も動くだろうし、その時にまた状況も変わるさ。」
「……一体誰が敵なんだか。」
「そりゃ、"俺達"の仲間じゃ無い奴が全部敵さ。」
「俺達ねぇ。」
難しい顔をしていると君島少佐が俺の肩を揉む。
「まぁ、ちょっとはゆっくりする事も覚えろ。史上最年少准尉殿。さ、本日も異常ナシで報告書あげますか。」
「本日もって、まだ午前中ですよ。」
「だから、何も起こすなよ。まぁ、暇ならお友達の所にでも遊びに行くんだな。」
「学校じゃないんですよ。」
「小学生みたいな見た目なんだから、生意気言うな。じゃぁ。また明日な。」
手をひらひらとさせて、陽気に君島少佐は詰所を後にする。俺一応年齢的には中学生なんだけどな。
「春綺。外行こう。」
碧がキラキラした瞳で俺を見つめてくる。辺りには何度も読んだであろう雑誌や、ルービックキューブなどが散乱している。まぁ、詰所での待機命令が出てるわけでも無いしな。鶺鴒航空隊のモットーは自由・迅速・自立。ひとまず優のところにでも行きますか。
優が配属された技士科は基本的に格納庫にいることが多い。「鶺鴒」は右翼と左翼に格納庫が一つづつあり、優は主に航空機メインの第一格納庫にいることが多い様だ。
第一格納庫に着けば、優はラダーに乗ってMAD-07を整備していた。このマーキングは確か鞍馬大尉の機体だ。
「おい、中丸。IMPACTの整備は終わったか?」
「任せてくださいよ。ちょっとピーキーっすけど、基本は07と変わらないんでちょいょいでしたわ。」
「こりゃ、頼れる副科長が入ったな。」
40代ほどの短髪の男性が大笑いで優の背中を叩いている。一度紹介して貰ったことがある。確か技士科長の佐倉士郎技術中尉だ。帝国の技術士官は民間からの転職や出向者が多く、帝都で設計業務を行う者が多い。しかし、佐倉中尉は珍しい現場からの叩き上げの技術士官らしい。確かに、そんな雰囲気は感じるな。
「おや、これは最年少准尉と兵器曹長。」
「あ、えっと……どうも。」
佐倉中尉に気づかれれば気まずそうに頭を下げる。ちなみに兵器曹長というのは隊内での碧のあだ名だ。兵器と兵曹長を混ぜた単純なものではあるが、どちらかと言うと陰口に近い意味合いで使われている。正面から言ってくる人は初めて見たけどな。
「お、春綺と碧。どうした?」
「俺達はお前と違って振られる仕事が少ないからな。元同期の見学さ。」
「おう。見てけ、見てけ。何が見たい?」
俺の言葉に優は作業着の袖を捲り始める。
「いや、俺はお前ほど詳しくは語れないけども。」
辺りを見回せば、格納庫には何台ものMAD-07が鎮座していた。整備用の大型アームや点検用ポッドまで揃っていて、まるで展示会のようだ。艦内とは思えぬこの規模。帝国艦船の標準からして、倍以上の容量はあるだろう。流石、"帝国の空の英雄"大南智の艦隊だなと思う。
「中丸。ちょっと、第二倉庫まで行ってくる。しばらくこっち任せた。あんまサボってんなよ。」
「了解、親方〜!」
優が科長を見送ると、ニヤリとした笑顔でこちらを向く。おいおい、もう悪巧みには付き合えないからな。
「いいよな、優は。」
「何がだよ。」
「いや、なんでもない。そういえばさっき言ってたインパクトって何だ?」
「あぁ、そりゃあれのことだよ。」
優が指差したのは、鞍馬大尉の機体。
「あれ、普通の07じゃ無いのか?」
「瀬宮少佐と鞍馬大尉のはMID-07 IMPACTって言う機体だ。この世に2機しか無いから。実質2人の専用機だぜ。」
「どう違うんだ?」
「見てわからないのか?!積んでる火器が全然違う。」
優が目を見開いて俺の肩を掴む。あぁー。これは要らんスイッチを押してしまったな。それから数分優の解説を聞いたが、明確にわかったのが火器周りが強化されてることぐらいだったな。
「しかし、専用機か……」
「お前にもあるだろ。」
優が鷹のマークの入った機体を指差す。
「あれは大佐のモノだ。俺は借りてるけだ。」
あの出撃以降、俺は大佐からSPEEDRの鍵を預かっている。訓練や哨戒飛行の時に自分の機体が無くては困るだろうと、半ば無理やり渡された物だ。正直、この機体は大南智、延いては第十八機動中隊を象徴する様なモノであり、周りの飛行隊の隊員および他の科のクルーからも冷めた目で見られることがしばしばだった。
「あの機体触ってみたけど、だいぶピーキーな性能してたぞ。あれを乗りこなせたのはお前の才能以外何者でも無い。」
「珍しく褒めるじゃ無いか。何も出ないぞ。」
「……お前には、才能があるんだ。だから俺は、お前があの機体に乗るべきだと思うんだ。」
優が真っ直ぐ俺を見つめる。きっと、俺達は今、同じ奴の顔が脳裏に浮かんでいるはずだ。
「……わかった。借りてる間は大事に乗るよ。」
「そうしろ。」
「あの〜、中丸副科長ちょっと良いですか。」
俺たちの間に金髪に脱色をした青年伍長が割って入ってくる。帝国軍ってやたら格式張ってるけど、髪型とかは緩いんだよな。文化の違いってやつか。
「藤間さん、どうしたの?」
「だから、呼び捨てで良いですってば。科長いないんで、ここにハンコお願いします。」
「はーい。じゃぁ、キリがいいし、ここで昼休憩にしますか。」
地元の友達が働いてるの見るってこんな感じなのかな。前世でもそんな経験なかったからわからないけど。そんな事を思いながら、隣に居る碧を見る。
「春綺。ご飯の時間だよ。」
まぁ、俺には俺の仕事があるって事か。
「どうする?司令部の食堂に行くか?」
「今日はカレーの日。」
帝国の艦船の艦内食堂では、日本海軍よろしく金曜日にはカレーが出てくることになっている。そういえばこの世界では醤油もカレーも普通にあったな。醤油やカレーの開発に何年もかけて苦労するってのが異世界モノの定番だったが、まぁ、こういうのはあるに越したことはないな。
「なら、久々に一緒に飯食うか。」
優が笑顔で俺の肩を抱く。
「カレー。楽しみ。」
たまには船外の食堂に行くのも悪くないと思ったが、今日も艦内食堂にするか。まぁ、美味いから良いんだけどさ。人間たまには違う場所で食事したくなる時もあるよね。
艦内食堂では士官、下士官、兵卒関係なく人がごった返している。艦内で立場関係なく人が入り混じるのはここぐらいだろう。長い列に並びカレーを受け取り、適当な席を探す。
「お、最年少准尉!」
声を掛けてきたのは航海科長の茨木浩輔中尉だ。隣には航海科に配属になった冬霞の姿もある。
「どうも、姉がお世話になってます。」
「硬い事言うなよ、橿原弟。まぁ、座れって。」
「は、はぁ。」
流されるまま、席につけば冬霞と目が合う。
「噂の桜坂兵曹長と一緒に食事できて光栄だぜ。」
碧は差し出された手をキョトンと見つめる。
「握手だ。」
腰を軽く小付けば、碧は差し出された手を軽く握り返す。握手が終わればこちらに振り返り舌を出して見せる。いや、俺は悪くないだろ。
「春綺、ガサツ。そう言う人はモテない。」
「バカ言え、帝国最年少准尉だぞ。これがモテなくて誰がモテるんだ。」
「つまりそれはまだまだ、お子ちゃまって事。モテ要素じゃない。」
「こいつ……」
「私、碧ちゃんの意見に賛成。春綺なんて一回も恋人とか作った事ないんだから。」
「冬霞、それはお前も一緒のハズだろ?!」
「まぁまぁ、落ち着けよ、最年少准尉殿〜。」
「お前が言うとなんか馬鹿にしてる感じがあるな。」
ニヤニヤ笑う優の顔は妙にムカつく。これは最近気づいた事だが、精神というのは肉体年齢に引っ張られるらしい。つまり、この苛つきは思春期前の体では仕方ないバイオリズムなのだ。
「お、何だ、お前ら全員大集合か?」
「お、瀬宮の姐御。」
瀬宮少佐の突然の登場に茨木中尉は立ち上がって敬礼する。そしてしばらく、お互いを見つめ合いニヤニヤしている。なんか嫌な予感がするな。
「この間艦長の秘蔵の焼酎盗んだの姐御でしょ。」
「あ。バレた?いやぁー。どうしても味見してみたくて。後で返しとくからさ。」
「あれどうやってやってるんすか?」
「コツがあるのよ。また今度教えてあげるから。」
どうやら俺達姉弟の上司は揃いも揃って碌でもないらしい。てか、優、この2人に憧れの眼差しを送るな。そっちの道に行っては行けない。
「そうだ、今度新人3人の歓迎祝いでも開くか。」
「いいっすね、姐御。」
「その時は、艦長の1番の秘蔵のウィスキーをくすねてくるか。」
「自分もお供いたします!」
優が大きく手を挙げている。ダメだこりゃ。
「お、君は威勢がいいな、名前はなんていうんだ?」
「はっ!中丸優技士科副科長であります!好みのタイプは瀬宮少佐のようなお姉様であります!」
「ははっ。気に入った。よし。その時は3人一緒に石動艦長の部屋に忍び込むぞ!」
瀬宮少佐と茨木中尉と優が3人で肩を組み合っている。なんだ、この3人の異常な親和性の高さは。
「瀬宮少佐、ここにいらっしゃいましたか。」
和やかな空気を切り裂くように、鞍馬大尉が駆け寄ってくる。大尉が耳打ちをすると一瞬、少佐の表情が固まる。
「すまない。呼び出しだ。」
「少佐、何事ですか?」
「……まだ言えない。だが、なるべく船から離れるな。今言える事はそれだけだ。」
少佐はそれだけ言うと、一口も口をつけていないカレーを置いて、その場を去っていった。突然の出来事に困惑していると鞍馬大尉と目が合う。その瞬間、大尉の顔が笑顔に戻る。
「心配するな。」
「ですが……」
「俺達が今不安がっても事は始まらない。まぁ、カレーでも食べて待つしかできないって事さ。」
大尉は残された少佐のカレーを一口頬張った。
***
瀬宮少佐が扉を開けると、東南司令部の司令室には煙草の煙が充満していた。室内には既に野田司令を始めとして、何人もの司令部の幹部が集まっている。
「何事ですか。」
「見ての通りだよ。」
野田司令がプロジェクターに映し出されたニュース映像を指差す。画面の中ではヘルメットを被った女性リポーターが真剣な表情をして喋っている。
『現在、議事堂より小さな火の手が上がっております。これは、軍内の帝道派によるクーデターと見られております。すでに宮城や……』
「なんと……」
「既に帝都では戒厳司令部が立ち上がってるようだ。」
「よかった……」
「瀬宮、逆だ。鎮圧の為の戒厳司令部じゃない。俺達を従わせる為の戒厳司令部だ。」
野田司令はそう言うと、一枚の書類を瀬宮に手渡す。
「全ての司令部は戒厳司令部の指示に従うべき事……戒厳司令、草葉彰宏……草葉少将がなぜこんな事を……」
「草葉は帝道派に頼まれて司令を引き受けただけだろう。」
「では誰が。」
「まだ読めん。こちらも帝都から情報を集めている最中だ。誰が、何の目的でこのクーデターを起こしたのか。それがわからないと、我々は手が打てない。」
野田司令がお手上げと言ったように片手を上げれば、石動艦長が立ち上がる。
「事態は司令部内でも噂になり始めている。瀬宮少佐は、中隊の人員が勝手な行動をしないようしばらく指揮を頼む。我々はここで今後の方針を固める。」
「はっ。」
瀬宮少佐が敬礼すると、大きな音を立てて扉が開く。中に入ってきたのは、「鶺鴒」の通信班長の影山兵曹長だ。
「帝都より、野田司令宛に、秘匿通信です。」
「誰からだ。」
「軍務省軍務局長、原詩音大佐からです。」
「ほぉ……」
意外な名前に、野田司令は目を細める。
「読み上げます。蹶起軍の本当の首魁は軍務局次長、宇佐美七海中佐。繰り返します。蹶起軍の本当の首魁は軍務局次長、宇佐美七海中佐。以上です。」
「なんだと……」
報告を聞いて一番最初に反応したのは、大南大佐であった。
***