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朝靄の鶺鴒

 東南司令部で任官を受けてすぐ、俺を含めて任官を受けた4人は「鶺鴒」の司令室へと向かっている。大南大佐に着任の挨拶をするためだ。


「俺たちはこの短期間に何度、司令室に行けばいいんだ。」

「まぁ、それだけ俺たちは問題児ってことだな。」


 優がケラケラ笑いながら、歩みを進める。


「いやだなぁ、せっかく士官学校で6位になったのに、最初から問題児なんて。」

「仕方ないよ。あんなことがあったんだし。」


 まぁ、俺たちは今や、扇ヶ谷士官学校の上から4人だからな。士官学校の連中は大手を振って俺たちを送ってくれるだろう。色んな意味で。

 司令室の中に入れば、大南大佐は相変わらず仏頂面をしながら書類に目を通している。


「橿原春綺准尉以下3名。現刻を持って第十八機動中隊に着任いたしました。」

「ご苦労。それではこれより、お前たちの配属を通達する。」


 大佐の言葉に俺たちは休めの姿勢になる。


「まずは橿原春綺准尉。役職は「鶺鴒」航空隊作戦参謀だ。」

「作戦参謀ですか…?」

「MID-01の運用を考えた時に、ある程度の役職が必要だ。まぁ、うちの航空隊は瀬宮がほとんど自分で指揮を取ってる。気楽にやれ。」

「か、かしこまりました。」


 とはいえ、なかなか堅苦しい役職を押し付けられたな。


「次に、橿原冬霞准尉。「鶺鴒」航海科所属。」

「かしこまりました。」


 まぁ、冬霞はこう見えて航海関連の成績が良かったからな。妥当な判断だ。


「次に、中丸優准尉。「鶺鴒」技士科所属副科長だ。」

「か、かしこまりました!」


 思わぬ役職に、優の声が大きくなる。まぁ、技士科は士官が少ないから当たり前といえば当たり前ではあるが、これから大変だろうな。


「最後に、山岡唯准尉。「虎鶫」航海科所属。」

「かしこまりました。」


 これには少し全員がビックリしたような表情を見せる。てっきり全員「鶺鴒」所属かと思ってた。そりゃ、こういう配属もあるか。当然。


「では、全員、各々の所属の上長のところへ向かう様に。」

「「「「はっ。」」」」


 威勢良く返事をすれば、司令室を後にする。


「マジか。唯だけ「虎鶫」か。」

「まぁ、逆に全員「鶺鴒」って事はないだろうからな。」


 山岡を覗き込めば少し俯いている。まぁ、あんな事があった後、自分だけ所属先が違うというのは少し堪えるか。


「同じ第十八機動中隊の所属ではあるんだ。司令部にいる間は、顔も合わせられるし。」

「うん。そうだね。」


 優が明るい声を出して山岡の肩を叩けば、少しばかり表情が明るくなる。本当にお前が付いてきてくれて良かったぜ。


「さて、とにかく行くとするか。みんな。また後でな。」


 三人に別れを告げた後、航空科の詰める第一格納庫近くの部屋へと向かう。道中、何人かの下士官や兵士とすれ違い敬礼を受ける。当然ながら、全員が年上だ。そのたびに感じるどうしようもない気まずさ。士官学校卒業生なら誰もが経験する感覚だろうが、13歳のこの身体では違和感が倍増だ。


「橿原准尉。」


 歩いていれば、1人の下士官に声をかけられる。この人は確か……


「市村先任伍長。何か。」


 先任伍長とは部隊内で最も上位の下士官に与えられる役職であり、若手兵士の指導や現場の実務統括を担う。士官と兵の橋渡し役として、規律と信頼を支える現場の要である。つまり一番威圧感のある、俺の"部下"ということだ。


「お召し物が乱れております。」


 そう言って先任伍長は、俺の短いサーベルの挿さった剣帯を掴み位置を整える。


「あ、ありがとうございます。」

「もう、学生では無いのですから、士官として威厳のある振る舞いをお心がけください。」


 先任伍長は、それだけ言うと綺麗な敬礼をして去っていく。恐ぇ。あの人の上司で良かったぁ。心の中で安堵していれば、すぐに目的地に到着する。


「橿原准尉、入ります。」


 扉を開けて部屋に入ると、瀬宮少佐がソファにふんぞり返り、気だるげに雑誌をめくっていた。足を組み、余裕たっぷりの態度でページを捲るその姿は、まさに少佐らしい。その隣では、鞍馬大尉が静かに湯を注ぎ、丁寧な手つきで茶を淹れている。どこか気品すら漂うその所作は、騒がしい相棒との見事な対比を成していた。そして、部屋の奥には正規の下士官服に身を包んだ碧の姿もあった。


「よぉ、ルーキー。作戦参謀とは随分出世したな。」

「いえ、たまたまですよ。」

「まぁ、航空隊は跳ねっ返りも多いから上手くやんな。うちの方針は自由、迅速、自立。以上、訓示終わり。鞍馬、あとはよろしく。」

「はっ。」


 鞍馬大尉が、相変わらずの柔らかな笑顔で応えると、少佐はひらりと手を振って部屋を出ていった。


「瀬宮少佐は「鶺鴒」の艦長補佐も務めているから、内勤業務は副隊長の俺が代理を務めることも多い。なんでも頼ってくれていいからね。」


 そう言いながら、大尉は手早く茶を差し出してくれる。言葉遣いも所作も爽やかそのもの。ほんと、絵に描いたような“優男”だなと、俺は心の中で感心していた。


「おかえり、春綺。」


 碧が俺に食べていたグミを一つ差し出してくる。これは歓迎されていると言う事でいいのか……?


「碧はここでの生活には慣れたか?」

「私はどこでも生きていける。鈴も祥子しょうこも優しい。」

「祥子?」

「能見大尉のことだよ。」


 俺が聞き返すと、大尉が補足してくれる。よく出入りしちゃいたが、この艦の事についてはあまりよく知らなかったな。


「そういえば、この艦の艦長はどんな方なんですか?」


 以前に見かけた艦長は、厳つい髭を蓄えた眼光の鋭い中年の人だったな。そういえば名前も知らない。


「石動中佐?うーん。物静かな人だよ。だけどその中にも厳しさがある。」

「艦長もそんな感じなんですね。」


 今の言葉を聞き、なんとなく大佐の顔が思い浮かぶ。


「艦長は元々大佐の指導教官だったらしいよ。その縁で「鶺鴒」の艦長に推薦されたんだとか。」

「あぁ、師弟で似てるって訳ですね。」

「そんなとこ。その分、副長の君島少佐は緩いからいいバランスなんじゃ無いか?」

「副長……そういえば見かけた事ないな。」

ふねのみんなの間では、誰も君島少佐が仕事をしているところを見たことがない、って噂になってる。」

「なんですかそれ。」

「まぁ、それだけ上の2人がしっかりしてるって事さ。」


 そんな話をしていれば、部屋の扉が開く。そこには無精髭を伸ばした中年の男がクリップボードを持って立っていた。


「なんだぁ。噂話かぁ?」

「君島少佐、なんでこんなところに。」


 鞍馬大尉が徐に立ち上がると、俺もそれに追随する。


「俺にも仕事があんのよ。橿原准尉、桜坂兵曹長。艦長がお呼びだ。」


 碧の方を見れば座ったままグミを見つめている。


「おい。」

「なぁに、春綺。」

「上官の前だぞ。立て。」

「私の上官は春綺であって、あの人は関係ない。」

「ずっとこの調子なんだ。もう慣れた。」


 君島少佐は俺の方を見て苦笑いを浮かべる。こいつ本当に……


「碧、とにかく行くぞ。」

「わかった。」


 俺の言葉を聞くと、碧はようやく立ち上がった。



 艦長室に着けば、そこには大きな「鶺鴒」の模型が置いてあった。ある程度の装飾品もあり、比較的殺風景ではあるが、司令の部屋とはまた違う空気を醸し出していた。


「君島君ご苦労。君も同席したまえ。」

「はっ。」

「まぁ、全員掛けて。」


 艦長の唸る様な低音に促されてソファに座る。なんだか声を聞いているだけで緊張するな。


「呼び出したのは他でもない。MID-01、及び桜坂兵曹長の事についてだ。」


 まぁ、俺が呼び出されるといえばその話だよな。


「橿原准尉には作戦参謀という立場で飛行隊に入ってもらったが、君の主な任務はMID-01の指揮だ。これは元々司令の職務であったが、先の事件により、MID-01の指揮権が君に移った事による暫定処理だ。どういう事かわかるか?」

「いずれ自分では無い者が指揮官になる可能性もあると言う事ですか?」

「そうだ。だが、野田司令とMID-01の開発責任者である帝都航空工廠の大江戸技術大尉は、君の続投を軸に考えておられる。」

「……ありがとうございます。」

「その為には君にも艦内でそれ相応の立場と権限を渡す必要がある。だが、私はそれには少し慎重な考えだ。」


 まぁ、そうだよな。どこの馬の骨ともわからないガキにそう易々と権限は渡せないわな。


「つまり、自分はどうすれば?」

「己の有用性を示せ。それだけだ。君の行動は逐一、君島少佐から報告を受ける。何、普通にしていれば問題ない。普通にしていればな。」


 そう言って中佐は碧を見る。なるほど、コイツをコントロールしろって事ね。俺の指令はいつもこんなのばっかだな。しかしコイツの制御は厄介だぞ……一体どんな常識はずれな行動をしてくれるやら。


「ご期待に添える様、奮励努力致します。」

「私のふねは、ひよっこに大きな顔をさせるほど甘くない。結果を期待する。」


 差し出された艦長の手を握れば、強く握られ返す。このジジィ力、強いな。



 艦長室の外に出ると、君島少佐がニヤニヤと見つめてくる。


「と、いう訳だ。よろしくやってこうや。」

「こちらこそ……」

「まぁ、肩の力抜いて。これからまだ行くところがあるんだから。」

「他にもあるんですか?」

「今度はもっと上だよぉ。」


 君島少佐が人差し指を上に向ける。という事はあのジジィか。



「なかなか士官の軍服も似合ってるじゃねぇか。入学式みたいだ。」


 入室するなり先制パンチをかまして来たのは、東南司令こと野田克伸中将だ。


「御用はなんでしょう。野田閣下。」

「なぁに、たいした事じゃねぇ。ちょっとした頼みだ。」

「頼み?閣下が?」


 偉い人間からの頼み事など大概、碌でもない事の方が多い。


「次の木曜日は、休暇を取れ。」

「木曜日に?何故です?」

「あんまり深く聞くな。」


 野田中将は葉巻に火をつけると、軽く煙を燻らす。


「休暇の申請が通るのであれば……」

「よし決まりだ。そうだ。戦友の墓参りでも行ってくるといい。扇ヶ谷の共同墓地だろ?」

「え、えぇ。」


 そういえば、ここに来るまではあまり身動きが取れなかったから、まだ将伍と平田の墓参りにも行ってなかったな。


「じゃ、そういう事で。いいか、くれぐれもゆっくりして来いよ。」


 あぁー。これは司令部から俺を追い出したいんだな。理由は……まぁ、軍務省ちゅうおうからの視察だろう。相変わらずこのジジィは小狡い事ばかり思いつくな。

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