表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

召喚命令

 その後、特に連合側からの攻撃もなく、平穏な時間が流れていた。第18機動中隊は事後処理の為に停泊していたが、すぐに東南司令部に向けての出航が決まった。それと同時に、俺と山岡は「鶺鴒」に呼び出された。


「おい、冬霞、優、帰れ。お前らは関係ないだろ。」

「関係ある。あの時私と優は副将だった。」

「そうだ。連帯責任だ。」

「わかってるのか、懲戒処分を受けるかもしれないんだぞ。」

「だから私たちが一緒に行って弁護するんでしょ。」

「お前、そう言うの苦手だろ。」

「はぁ……」


 第四ポートにつくと「鶺鴒」の外で能見大尉と碧が待っていた。


「春綺。おかえり。」

「帰ってきたくもなかったね。」

「私は待ってた。」

「……そうか。」

「……えー。司令がお待ちです。こちらへ。」


 重たい空気の中、司令室に案内される。残務処理が大量にあったのか、しばらくぶりに会った大佐は少し疲れた顔をしていた。


「……呼んでいない人間が混じっているようだが。」

「我々は当時、春綺の副将でした。連帯責任です。自分たちにも責任を取らせてください。」

「……なるほど。仲良きことは美しきかな。」

「お願いします。」


 二人が頭を下げると、大佐は目を瞑り眉間に皺を寄せて人差し指で数回こめかみを叩く。


「……まぁ。いいだろう。橿原弟と山岡には東南司令部から召喚命令が出た。」

「東南司令部ですか?帝都ではなく?」

「あぁ。君達にはそこで懲罰委員会による審議を受けてもらう。」

「懲罰委員会?そこまで大事に、」

「犠牲者が、2人出ている。妥当な判断だ。」


 優の言葉を切り裂くように大南大佐の声が遮る。


「明日、1200に出航する事になる。それまでに準備を整えて「鶺鴒」まで出頭するように。以上。」

「はっ。」

「それから、これは野田司令からの伝言だが、荷物を全て纏めて持ってくる事をおすすめする。だ、そうだ。」


 おいおい。一体どんな処分が待ってるんだよ。



 翌日の正午前。段ボール二つに収まった全ての荷物を持って第四ポートまでやってきた。そこにポツンと山岡の姿が見える。山岡はあの一件以来、元来のお転婆な性格は鳴りを潜めていた。しばらく、無言の時間が続く。


「……ごめんね。アタシたちのせいで。春綺まで。」

「気にするな。俺の選んだ事だ。」

「アタシ。ずっとどうしたらいいかわからなくて……」

「らしくねぇなぁ。」

「……もともとこんなんだよ。」

「そうだよなぁ。青白戦の時もメソメソ泣いてたしなぁ。」

「あれは……」

「俺はさ、この段ボール二つしか背負えないんだ。チビだからな。」

「え……?」

「まぁ、あんま考え過ぎんなって事。まかせろ、懲罰委員会には力強い仲間もいる。」


 噂をすれば、大量の荷物を抱えた冬霞と優がやってくる。


「お前ら、それ全部持ってくのか?」

「当たり前だろ。全部持ってこいって言われたんだから。」

「バカだなぁ。必要なもんだけ持ってきゃいいんだよ。」

「全部必要なものなの。女の子は男子と違って荷物多いんだから。ね、唯。」

「あ、えっと……そうだね。」


 冬霞の問いかけに、ようやく山岡は薄い笑顔を見せた。まぁ、今はこれでいいか。


「さて、行くか!」



 その後、皆原の東南司令部まではあっという間だった。到着するなり、憲兵に挟まれて無言で司令部の中へ連れて行かれる。殺風景な廊下の奥、とある部屋の前で立ち止まる。ここで待てと告げられ、俺は硬い皮のベンチに座らされた。些か展開が早くないか?


「あぁ。間に合ったよかった。」


 1人、メガネの軍服姿の男が息を切らして俺の前に現れる。「鶺鴒」の砲雷長の澤村少尉だ。


「少尉。どうしてここに。」

「いやね。実は僕、軍務省法務科にいた事があって、君の臨時弁護人を願い出たんだ。異例ではあるけど。」


 まじか、この人絶対理系だと思ったんだけどな。しかし、法務科出身とはクソエリートじゃねぇか。


「あ、ありがとうございます。でも、法務科出身なのになんで現場に……」

「実は、一度やってみたかったんですよ!やっぱり、現場は現場で面白いですよねぇ。」

「はぁ……」


 やっぱ帝国軍人はエリートも含めてこういうタイプの人間が多いな。


「あの時僕感動してね。相変化による気化熱放出に気付くなんて。」

「たまたまですよ。」

「いやぁ、こんな優秀な現場指揮官は守らなきゃらならないと思って、今回弁護を引き受けたんですよ。」


 雑談をしていれば、部屋の木の扉が開き、細い眼鏡をかけた妙齢の女性将官が顔を覗かせる。


「橿原春綺学生。入室して下さい。」


 澤村少尉と共に入ろうとすると、将官が少尉のことを止める。


「橿原学生以外の入室は許可できません。」

「ちょっと、おかしいやないですか、弁護人もなしに懲戒諮問なんて。」


 澤村少尉がはんなりとした西南部訛り、現代日本でいう京都訛りで抗議する。


「今回は野田司令と橿原学生による個人的な謁見です。懲戒諮問ではありません。」

「そんな言い訳通るんですか?実質的な懲戒諮問やないですか。ちょっと、平賀ひらが准将!ちょっと!」


 澤村少尉はその場で取り押さえられ、俺の目の前で引きずられていった。閉じる扉の向こうで、まだ抗議の声が響いている。澤村少尉、マジでいい人だな。ご愁傷様です。部屋の中は、俺が座る為に用意された椅子が一つだけポツンと置かれており、向かいには野田司令が座るデスクだけ。それ以外は本当に何もない。


「出頭ご苦労。まぁ、緊張するこたぁない。ただのお喋りさ。気楽にやろうや。」


 野田閣下はもともと曲がっている口角を更に上げる。


「さて、早速本題に入るが、なぜこの東南司令部に呼ばれたかわかるか?」

「上官からの命令を無視した勝手な行動をしたからであります。」

「よろしい。だが、問題の本質はそこじゃない。本当の問題は、お前さんがあの箱を開けたという事だ。」


 やはりそう来たか。おそらく山岡まで東南司令部に呼び出したのは形式上、もしくは人質。そっちの方がメインの話題にはなってくるよな。


「実は、帝都の査問委員会も君を召喚する予定だったんだが、その前に私が懲罰委員会を開いて君をここに呼んだ。要するに方便だ。この際、君がどうして箱を開けられたかはどうでもいい。箱の所有権が誰にあるかというのが問題だ。帝都の方では君から所有権を書き換えようだの、君を調査しようだの色々意見があるようだ。」

「はぁ……」

「わかるか?お前さんは今、政局の大事な一枚のカードだ。それを欲しがらない将官などいない。」


 なるほど、それで"個人的謁見"ね。野田閣下が右手を軽く挙げれば、その手に平賀准将が3枚の紙を渡す。


「ここに君の召喚命令に対する抗議文が3枚ある。一枚は本物の抗議文で2枚は私が書かせたものだ。一枚は君に待機命令を出した神田司令。一枚は君の直属の上官に当たる津田大尉。一枚は君が抗命行為を行なった張本人である大南大佐。この3枚がありゃぁ、私の権限で懲罰委員会を解散する事もできる。ただ、ある条件を呑めなきゃ、この抗議文のうち2枚は無かった事になり、お前さんは即刻軍事法廷行きだ。もちろん、大事なお友達と一緒にな。」


 正解は人質だったか。俺はもともと1人だった人質を、のこのこ3人に増やしてやってきたわけだ。


「条件とは?」

「ここで任官を受けて、准尉として第18機動中隊に赴任しろ。そして、あの箱の中身の正式な指揮官になれ。」

「卒業もしていない士官候補生を、軍務省ちゅうおうの許可も受けずに勝手に任官?可能なんですか?」

「野戦任官だよ。」

 

 野戦任官とは、現場の指揮官の判断で叙任できる制度だ。しかしそれは……


「……平時にそんな事ができるんですか?」

「何言ってんだ。この間襲撃を受けた件に関して、連合との正式なやり取りは終わっていない。つまり、うちはずっと"交戦中"だ。」


 おいおい。このジジィ、ウルトラCを引っ張り出してきやがった。こんなのアリかよ。だから荷物を全部持って来させたんだ。


「で、どうするんだ。」

「……決まってるでしょう。私が、部下を置いて、一体どこへ行こうって言うんです。」

「よし決まりだ。」


 野田中将が立ち上がると平賀准将が証書を差し出す。


「橿原春綺。右ノ者ヲ戦時ニ於ケル指揮官ノ権限トシテ次ノ階級ニ叙任スル。准尉。東南司令部司令、野田克伸のだかつのぶ中将。以上。おめでとう。」

「謹んで拝命致します。」


 証書を受け取れば、差し出された右手と硬く握手をする。


「東南司令部へ、ようこそ。」



***



 野田中将が執務室に戻ると、直ぐに電話の呼び鈴が鳴る。


「もしもし。」

『どうも野田閣下。お久しぶりです。』

「これは、わざわざ軍務局の次長からお電話いただけるとは。宇佐美うさみ中佐。」

『いや、例の箱を開けた学生の件なんですけどね。やはり、帝都に召喚したいなと思いまして。』

「ほぉ、中央で何か調べたいことでも?」

『いえ、大した事じゃないんですけどね。局長がどうしても呼びたいって言うもんでね。』


 野田の知る限り、軍務局長のはら大佐は、こういう政局に鼻の効く男ではない。おそらく宇佐美の意見であると言う事は直ぐにわかった。


「いや、学生に関しては不問という事で懲罰委員会を解散した。」

『では、今直ぐに帝都に召喚を。』

「いやぁ、あの学生は大南がどうしてもって言うもんで、野戦任官をして第18機動中隊の所属になったんだ。それでも帝都に呼びたいって言うんなら、正式な書類をうちに回してもらわないとな。」

『……なんですって?』

「だから、原のハンコ付きの書面持ってこいって言ってんだよ。」


 原詩音はらしおんと言う男は、そう言った書類に簡単に署名をする男ではないはずだ、と言う野田中将の予想があった。


『わかりました。では、私が、今回の敵軍の奇襲に対する調査として、後日、東南司令部に赴きます。』

「それはご苦労なことで。まぁ、その時に橿原准尉と話せるかどうかは、運次第だがな。」

『あはは、運が私に向く事を祈ってますよ。』


 電話が切れれば、野田中将はしばらく受話器を見つめていた。首を捻りながら受話器を置くと、3回ノックする音が聞こえる。


「入れ。」


 中に入ってきたのは、大南大佐であった。


「それで、例の件はどうなりましたか。」

「まぁ、どう考えたって任官を選ぶわな。」

「そうですか。」

「で、実際どうなんだ。橿原ってのは。」

「……面白い男ですよ。」

「ほぉ……」


 大南から"面白い"と言う評価を聞くのは、初めての事であった。



***



 部屋の外に出れば、澤村少尉が神妙な面持ちで待っていた。


「橿原君。大丈夫でしたか。」


 少尉の問いに桜星の付いていない、准尉の階級章を見せる。


「……え?」

「これから、お世話になります。澤村砲雷長。」


 困惑する少尉を他所に、「鶺鴒」を目指して歩いて行く。停泊しているポートに着けば、そこには碧の姿があった。


「おかえり。」

「ただいま。」

「……選んだんだね。」

「当たり前だ。」


 後ろからガヤガヤとした声が聞こえてくる。冬霞と優と山岡だ。


「春綺!もしかしてお前も?!」

「あぁ。准尉になった。」

「いやぁ、俺たちも准尉になるか士官学校に戻るか選べっていわれてさ。」

「そうか。」

「……春綺と、将伍に助けてもらった命だから。」


 山岡は、なんとか笑っている。


「やっぱり私たちは姉弟だしね。」


 冬霞は、照れたように笑っている。


「……春綺。お前を1人にはさせないぜ。」


 優は、満面の笑顔で笑っている。


 こうして俺は、軍人になった。



***



 凝った装飾の並ぶ司令室に津田大尉は呼び出されていた。


「御用でしょうか、神田司令。」

「いやねぇ、津田君、野田司令に抗議文出したそうじゃない。」

「それが何か。」

「困るよぉ。」

「私は、与えられた権限の中で逸脱しない行為として、抗議文を書きました。」


 津田大尉は毅然と答える。


「いやぁ、そう言う事じゃないんだよ。こちらにも面子ってものがあるからね。」

「はぁ……?」

「いや、私も野田中将に頼まれて書いたんだよ。橿原春綺の抗議文。」

「本当ですか?」

「嘘ついてどうすんだよ。それでさ、君が先に正式な抗議文書いたって言うじゃない。困るよぉ。私がまるで野田中将に言われるまで何も考えて無かったみたいじゃない。ちょっとね、かっこよすぎやしないか?部下を守る為に抗議文書いちゃうなんてさ。」

「そう言われましても……」

「なんとかさ、これ、私の方が先に書いた事にならないかな。」

「なりませんね。」

「……無理か?」

「無理ですね。」

「無理だよなぁ。」


 連合の奇襲から1週間強。扇ヶ谷基地は日常を取り戻していた。

 


***

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ