前世の記憶
謎の"箱"から登場した裸の少女と白い兵器……その話をする前に、ここで少し俺の昔話をさせてほしい。なに、取るに足らない男の話さ。
俺の名前は山口隆太郎。文系の大学に通う学生だ。専攻は主に歴史。そんな物を学んで何の役に立つのかと言われると、まぁ、直接的に役に立つ事は少ないが、一応意味はあると思っている。"愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ"プロイセンの名宰相オットー・フォン・ビスマルクもそう言っている。兎角、俺は都内の大学に通う普通の大学生というわけだ。
「よぉ。久々だな、リュウ。」
「近藤?久しぶりだなぁ、どうした?」
学食でラーメンを啜っていると、経営学部の近藤が声をかけ来た。こいつは中学時代からの顔馴染みで、一緒にイタズラをしたこともしばしば。正しく、腐れ縁と言う奴だ。
「面白い話があるんだ。ちょっと聞いてけよ。」
「教授の部屋に忍び込んでデータ盗むってのならやれないぞ。」
「何だよそれ、そんなことするわけないだろ。」
「やっただろ。中学の時に、職員室に忍び込んでテスト問題盗み見して大問題になっただろ。」
「あぁ!あったな。懐かしい。」
「よくそんなの忘れられるな?」
「あはは。」
本当にこいつ、よくあんな大事件を忘れられるな。危うく退学になりかけたんだぞ。こいつは昔からこうだ。いつだって軽いノリで、場の空気を攪乱する。ただ、それがコイツらしさとも言える。
「で、面白いビジネスの話があるんだよ。」
「なんだ、今度はネズミ講か?」
「違う。真っ当なビジネスだ。」
「じゃぁ、宗教勧誘か?」
「だから違うっつうの。うちの大学の工学部にすごい奴がいるんだよ!」
「工学部?」
工学部なんてキャンパスが違うのによくそんな知り合いがいるな。本当に人脈だけは天下一品だな。
「そう!ロボット工学専攻の木内ってやつがいるんだけど、こいつがまぁすごくてさぁ。」
「それで?」
「そのロボットを使って一儲けしようって話だ。」
何だロボットを使って一儲けって、小学生の発想かよ。
「お前経営学部なのに事業計画書も書けないのか?」
「それはこれから書くさ。とにかく見てみりゃ、その凄さがわかる。この後空いてるか?」
近藤は指を波打つように動かし、コンコンと人差し指で机を叩く。
「3限だよ。」
「なら自主休講だな。」
本当に近藤は、昔からこう言う奴だな。振り回されると言うか何というか。
「勝手に決めるな。第一、俺はそのロボットでなにをするんだ。」
「それも見りゃわかる。」
「はぁ……まぁ、次は余裕あるし、自主休講に付き合うよ。」
まぁ、結局、俺もこう言うの嫌いじゃぁないんだよな。
「さすが、相棒だぜ、リュウ。」
「リュウって呼ぶな、全く。」
馴れ馴れしいんだよな。こいつ。
「いいだろー。なぁリュウくんよぉ。あ、ラーメン一口もらっていい?」
「ダメだ。」
お前、絶対一口じゃ終わらないだろ。
そのまま、俺は近藤と電車で工学部のキャンパスへと向かった。都会の少し外れたところにあるキャンパスに来るのは初めてで、まるで他所の学校に来たような気分だ。そんな広いキャンパスの中の、古い5階建ての建物の一室に木内はいた。
「連れて来たぞ。木内。」
「あのなぁ、だから商品化についてはまだ考えてないって言ってるだろ。」
木内は、イメージの通りメガネをかけた細身の白衣を着た男だった。最近の流行りの服を着た近藤とは対照的だ。てか、木内にも全然話が通ってないじゃないか。まったく、なにやってんだか。
「あれ見せてくれよ。なぁ。」
「別に見せるだけならいくらでも見せるけどさ。」
そう言うと、木内は奥から人気ゲームの看板キャラクターのぬいぐるみを取り出して来た。
「おいおい、ただの電気ネズミのぬいぐるみじゃないか。」
「これが、ただのぬいぐるみじゃないんだなぁ。」
そう言うと、木内はぬいぐるみに付いている電源を入れた。するとぬいぐるみはまるで生きているかのように立ち上がる。
「おぉ。これはすごい。」
「だろ!これ見たら感じるだろ!ビジネスの波動を。」
ロボットが左右を確認して辺りを見回す様子は、本物の動物そのものだ。こんな精密な動きができるモノ見たことがない。
「確かになぁ。で、なんでこのロボットに俺が必要なんだ?」
「お前、絵得意だっただろ。」
「まぁ……多少は書けるが。でもちょっとキャラクターが描けるぐらいだぞ。」
まさかこいつ。いやそんなまさかな。
「確かにそうだな。だが、お前のキャラクターはかわいいくてキャッチーだ。」
「つまり……この電気ネズミの代わりの外側を俺がデザインしろと?」
「流石相棒、察しがいいな。」
近藤があどけない笑顔でニカリと笑う。これは、人生の大きな分かれ道だ。直感がそう告げている。だがわかる。俺も結局は近藤と同じ穴の狢。選択肢を二つ並べられて、今後の損得の感情を抜きにして、選ばずには居られない。
「……わかったよ。やるよ。やりゃいいんだろ。」
「そう言うと思ってたぜリュウ!」
「あの僕は何も……」
しばらく蚊帳の外だった木内が小さな声で割り込んでくる。
「大丈夫、任せろ、お前は造りたい物を造ってればいい。会社の戦略は俺が決めて、リュウがデザイン、木内がロボット。これで完璧な布陣だ。」
何が完璧なんだか。
「まぁ、それなら、うん。いいのかな?」
木内よ。お前はお前で色々主張をしたほうがいいぞ。
「なぁ、リュウ、あれ描いてくれよ。」
「あれ?なんだ?」
「あの羊のキャラクター。あれ俺好きだったんだよな。」
そういえば、中学の頃、ノートの端にそんな落書きしてたっけ。まったく、キラキラした目で見つめやがって。まぁ、こういう純粋なところが、こいつのいいところなのかもしれない。ある種の納得をしながら、適当なプリントの裏側にまるっこい形をした羊のキャラクターを描く。
「そう。これ!こいつ名前なんて言うんだ?」
「名前?特にないよ。」
適当な落書きだしな。名前なんて考えたこともなかった。
「じゃあ、俺が名前決めてもいいか?」
近藤がワクワクした目で俺を見つめてくる。なんだお前。
「別に構わないけど。」
「中身は木内で、リュウが外側。それで俺が名前。いいバランスだな!」
「そんな訳ないだろ。お前だけ役割が軽すぎる。」
「そんなこと言うなよー。ほら、そう決まったら飲みに行こ!」
近藤はいそいそと荷物をまとめ始める。
「は?今から?」
「これから、3人でやってくんだから、木内とリュウにも仲良くなってもらわないと。」
そう言われると、自然と木内と目が合った。
「……まぁ、たしかになぁ。」
結局そのまま3人で駅の近く安いチェーン店の居酒屋で深夜まで飲みふけった。その日の飲み会は、俺の人生の中で一番楽しかった飲み会だったと思う。
それから、あれよあれよと言う間に羊のキャラクターのロボットトイ『メリーメイ』の試作品が完成した。それをインターネットで発表したところ大きな注目を集めた。これである程度の資金を集めらる目処がたった。それを機に、近藤を社長、俺をデザイン部長、木内をエンジニア部長として株式会社を設立。そんな矢先、近藤はある1人の男を見つけて来た。
「どうも、生島といいます。よろしく。」
背広姿に、細いフレームをかけた男が手を出して来た。
「は、はぁ。どうも。」
近藤に呼ばれて来たカフェには、ゆったりとした音楽が流れていた。相手の話し方のせいなのか、どうにも眠くなる。とにかく、こいつは胡散臭いと言うことだ。
「すごいぞ、生島さんが、量産化の為の資金を出してくれるそうだ!」
近藤が興奮した様子で間に入る。
「資金を……ねぇ。」
「この事業は素晴らしい事業だ。是非資金の提供をさせていただきたい。」
「資金の提供って言いますけど、それは融資ですか、投資ですか?」
言うまでもないと思うが、融資というのは返済義務がある借金で、投資というの返済義務がない。
「もちろん、投資させていただきたいと思います。」
「ほぉ……」
訳もわからない学生達に投資ねぇ。そんな上手い話があるもんかねぇ。
「なっ!いい話だろ!」
「この話、木内は知ってるのか?」
「木内はこういう話苦手だから、もう経営の話は俺たちに任せるって。」
木内よ、それでいいのか。思わず、近藤を近くに寄せて耳打ちをする。
「だいたいこの人何者なんだ。」
「いやー、この間企業系のパーティに行った時に出会ったんだけど、すごく話のわかる社長でさ!」
「つまり、どこの馬の骨ともわからないということか。」
「そんなこと言うなって。」
おいおい、近藤くん人情だけじゃ社長は務まらないぜ。
「あの、如何でしょう。悪い話ではないと思うのですが。」
生島が目を細めて笑っている。
「ちなみに投資の為の条件などはありますか?」
流石に無条件ということはないだろうと質問を返せば、今度は近藤が耳打ちしてくる。
「おい、ちょっと疑いすぎじゃないか?」
まぁ、理由が無いという訳ではない。実は俺の父親は人に騙されて借金を背負って、母親と離婚し寂しい最期を送った人間だったからだ。まぁ、金が絡む時には人を疑うに越したことはない。まぁ、近藤はもう少し人を疑ったほうが良いけどな。
「もちろん、無条件という訳ではありません。」
ほらな。さて、どんな条件かな。
「貴方達の株の株式を30%ほど譲っていただきたいのです。」
「なるほどぉ。」
確かに今後会社が大きくなれば、株式を保持していればリターンは大きい。先行投資としては相手にとっても悪くない話かもしれないな。30%という数字は少し大きいが、ここで大きく投資をしてくれる人間に株式を30%渡すことは筋の通った話だろう。
「な、悪くないだろう?」
「……わかりました。ではその方向で話を進めましょう。」
「ありがとうございます。リュウさん。」
にこりと笑い、生島が手を差し伸べてくる。いや、あんたにリュウって呼ばれる間柄では無いけどな。あまり気に入らなかったが、仕方なく、相手の手を握った。