戦勝報告
MAD-06[S]を一旦放置し、俺と碧は「鶺鴒」へと向かう。第四ポートに戻っていた「鶺鴒」の搭乗口に向かえば、そこには能見大尉の姿があった。
「お疲れ様です。橿原君。」
「えっと、どうも。」
「見直しちゃいました。私。」
「あ、いや、それほどでも。」
「……春綺。ニヤついてる。」
「なんか悪いか。」
「キモい。」
「なんだと……」
小さな声で碧と小突きあっていると艦橋へと案内される。
「春綺……」
「お前ほんと……よくやった……よくやったよ。」
中へ入れば、冬霞と優が駆け寄って来る。まったく大袈裟な奴らだ。
「随分と俺のSPEEDRで無理してくれたな。」
大佐が相変わらずの仏頂面で迫って来るが、心なしか少し表情が柔らかい。
「大佐が乗らせたんでしょう。」
「……その通りだ。」
鍵を差し出せば、満足そうに受け取る。
「お前やるなぁ。」
操舵を担当していた中尉が俺の背中を叩く。
「え、えっと。」
「悪ぃ。悪ぃ。俺は航海長の茨木。いやぁー、13歳の初実戦であのフライトは恐れ入ったね。ありゃ勲章もんだぜ。」
「いえ、瀬宮少佐の指揮のおかげですよ。」
「そうだろう。そうだろう。よく言ったルーキー。」
満面の笑みの瀬宮少佐と呆れ顔の鞍馬大尉がフライトスーツのまま入って来る。
「謙遜しなくてもいいんだよ。あれだけの操縦とMID-01の指揮をしたのは君なんだから。」
「MID-01?」
聞き慣れないであろう単語に優が首を傾げる。
「コイツの事さ。」
未だに頭部ユニット以外は機動外殻を身につけたままの碧を指差す。優はそちらに視線を送ると目をキラキラ輝かせ始める。あぁ、機械オタクの目してやがる。
「君、これのパイロット?てか、パイロットって言い方であってんのか?これフレーム何出てきてるの?てかそもそもOSとか積んでるのか?」
「ちょっと、優。やめなさいよ。困ってるでしょ。」
オタクってのはどの世界でもこんなもんなのかね。暴走気味の優に冬霞が静止をかける。
「えー、ちょっとぐらい見させてくれよ。てか、名前は?」
「私は桜坂碧兵曹長。」
「おぉ、喋った!」
コイツは自分で聞いておいて何を驚いてるんだ。
「そうだ。誰か碧に服を貸してやって欲しくて。」
「服?」
冬霞が不思議そうな顔をする。
「いや、コイツ最初会った時全裸でさ……」
あっ……やべっ……これはいらん事を言ったな。女性陣からの冷たい視線が突き刺さる。瀬宮少佐だけは一人で爆笑しているが。
「ちょっと、春綺あんた、この子になにしたの。」
「何もしてない……」
耳打ちして来る冬霞に目を合わせずに答える。あれは不慮の事故だ。
「とにかく、この子の服は私がなんとかします。いいですね?大佐。」
「あぁ。艦の外に出さなければ問題ない。」
「ほら、桜坂兵曹長ついてきて。」
そういうと能見大尉が碧の腕を引く。
「いや、私は春綺の指示がなければ……」
「とりあえず、着替えてこい。」
「……わかった。」
いや、あいつ今後もこの調子でついて来るのかな。
「そうだ。津田大尉がそろそろこの艦に来るらしいぞ。」
「マジか……」
その名前を聞き、俺は頭を抱える。待機任務を任されていたというのに、一体なんて報告すればいいんだ。
「その前にやらなきゃいけない事を終わらせないとな。」
「……あぁ。」
俺は優と冬霞と顔を見合わせると、3人で第三会議室へと向かった。
会議室に入ると、全体的にどんよりとした空気が流れている。見回せば端の方に山岡もいる。なるほど。みんな全部知ってるって訳か。俺がみんなの前に出れば、優が声を張る。
「全体、傾注!」
その声に、一斉に全員が立ち上がり気を付けをする。600人の視線に喉がカラカラと枯れていく。
「皆んな。よく我慢して待機をしてくれた。感謝する。知っている者もいると思うが、今からお前たちに報告しなければならないことがある。俺たちの……俺たちの戦友。平田総介少尉と春日井将伍少尉は戦死した。全て俺の責任だ。俺の拙い指揮のせいで……二人は死んだ。恨んでくれて構わない。」
600人がしんと静まる。しばらく静寂が続いたあと、金澤が声を上げる。
「総介は果敢に未知の新兵器と戦い、そして、将伍は、その新兵器を1機撃墜させたと聞きました!」
「あぁ。」
「で、あれば。総介、殊、将伍は我々の英雄であります!指揮官殿の指揮を恨むつもりなど、我々は毛頭ありません!」
金澤の言葉の後に、学生の面々はそうだそうだと声を上げる。違う。違うんだ。
「我々がせめてできる事は!彼らを英雄として送る事だ!」
そうして金澤を中心に『青天の時』の大合唱が始まる。意気揚々とした歌詞が頭の中で揺れる。そうじゃない。将伍は英雄になったんじゃない。俺が英雄にしてしまったんだ。各々涙ながらに溌剌と歌っている。その姿に耐えきれず、思わずその場を後にした。
「ご苦労だったな。」
「津田大尉……」
外に出れば厳しい顔つきをした大尉が待っていた。
「すいません。期待に応えられず。」
俺の言葉を聞いて、大尉は厳しい顔を崩して優しく笑う。
「馬鹿者。初陣で生きて帰ってきただけで満点だ。」
あぁ、この人も二人の生徒失った、一人の先生なんだ。
***
司令室の主人はやはり仏頂面だった。それは電話の相手のせいかも知れない。
『お前、MIDKNIGHTの権限を奪われたそうだな。』
電話口の男は相変わらず愉快そうに笑っている。
「あぁ、一体どうなってる。本人は触ったら開いたと言ってたぞ。」
『……そりゃ、本当か?』
大江戸の声のトーンが急に落ちる。
「あぁ。桜坂兵曹長も特別だから開いたと言っている。」
『……そりゃあれだ。その子がまさに"keyman"だったという事さ。』
「冗談言ってる場合か。お前、何か知ってるのか?」
『まさかぁ。知ってる訳ないだろう。』
大南は、理由はわからないがこの男が嘘をついているという事だけは直感で分かった。
『とにかく、その子は大事にしろ。どちらにせよ、帝都で設定を直すまではその子が桜坂兵曹長の上官だ。』
「その件なんだが……」
『ああ悪い、満山会長が来たみたいだ。すまない、また掛ける。』
ガチャリと通話を切られれば今度は別の声が受話器から聞こえてくる。
『野田中将から通信です。』
「回してくれ。」
『あぁ。大南。敵の新兵器の撃退。ご苦労だったな。』
独特なしゃがれた老人の声が聞こえてくる。歳の割には随分威勢がある。
「いえ。私は何もしていませんよ、閣下。」
『で。さっそく例の小僧の件なんだが、正式に処遇が決まるまでそっちで預かってくれ。』
「処遇ですか?」
『あぁ。この先のことも含めてこちらで検討している。』
「それは懲戒もあり得ると言う事ですか。」
『まぁ、選択肢の一つだ。どの道、最初に飛んだパイロットの女の方は懲戒がある。二人まとめて預かってくれ。』
「ちょっと待ってください。あれは、緊急時の現場判断ですよ。」
『ほぉ、小僧の方もお前に随分と噛みついたそうじゃないか。そりゃ、立派な抗命行為だぞ。』
「どこでそれを……」
『なぁに。心配するな。上手いことやるさ。じゃ、後程。』
再び、ガチャリと電話が切られる。ツーツーとなる電子音に対してため息をもらす。ただ、野田中将が上手くやると言ったのであれば心配ないのだろう。ぼんやりと考え事をしながら司令室の外へと出る。しばらくここに事後処理で駐留する事になるだろう。色々と手続きをしなくては。一息つくために甲板に上がると、そこにはタバコを蒸している鳴海中佐の姿があった。
「おい、禁煙だぞ。」
「いやですねぇ、新鋭艦は。どこもかしこも禁煙だ。うちの艦は甲板ならどこでも吸えますよ。」
「はぁ……やめろ。こそばゆい。二人の時に敬語はいらん。」
「どこで誰が聞いてるかわからないぜぇ。」
「俺たちが昔馴染みなのは誰でも知ってる。」
「そうも行かんのよぉ。」
鳴海中佐は大きく煙を吐き出す。
「いいのか。他所の艦の艦長がこんなところにいて。」
「お前の決済待ちだ。せっつきに来た。」
「そうは見えんが。」
沈みゆく砂漠の夕陽を眺めながら、鳴海中佐は煙草の火を消した。
「……息子に初めて頼られた。」
「あぁ……あの指揮官はお前の義理の息子だったな。」
「……引き取ってからすぐ幼年学校の寮に入ったから、姉貴の方も含めてあまり懐いてなくてな。」
「それは仕方ない事さ。実の父親でもないんだ。」
「あぁ。よく分かってる。でも……息子に頼られるってのは……なかなか嬉しいもんなんだな。」
「……でも、お前の息子、鳴海中佐って呼んでたぞ。」
その言葉に中佐は思わず吹き出す。
「関係ないだろ。いろんな親子の形がある。」
「……そうか。じゃぁ、とりあえず、お前の息子の所に行くとするかね。」
***
呼び出された司令室の前で待機していると、大佐が戻ってくる。
「まぁ、入れ。」
「はっ……」
中に入ると、イメージ通りの無駄なもののない部屋が目に入る。
「橿原。」
「……なんでしょう大佐。」
「お前と桜坂兵曹長の処遇に着いては追って沙汰を出す。それまでお前の身柄は第十八機動中隊で預かることになった。」
「なんですって。」
「あれだけの事をやったんだ。なんの処分もない事はありえない。」
俺の言葉に大佐は右目を少し細める。確かにそうだが……ちぇ。結構いい人かと思ったが、やっぱり頭固いな。
「それから山岡唯に関しても第十八機動中隊で身柄を預かる事になった。」
「そうですか。やはり懲戒ですか?」
「それを決めるのは俺ではなく東南司令部の懲罰委員会だ。」
「なるほど……」
「まぁ、基地から出なければ問題はない。今日は寮に戻って休め。」
「はっ……」
敬礼をして司令室から出れば、どっと疲れが湧いてくる。今日1日でいろんな事が起こりすぎた。
「あっ!ちょっと!桜坂兵曹長!」
遠くから、能見大尉の叫び声が聞こえてくる。その直後、帝国軍の白い女性士官服を来た碧が俺の前に姿を表す。他に服はなかったのか。それ、たまにしか着ないやつだぞ。
「春綺。この後はどうすればいい。」
「この後?」
「着替えるところまでしか指示を受けていない。」
「ちょっと橿原君なんとかしてください……」
もう散々と言うような顔をしている能見大尉。なんとなくどんな事があったかは想像できる。
「俺の処分が決まるまではしばらく能見大尉の言う事を聞いておいてくれ。」
「処分?なぜ?」
「まぁ、思い当たる節は色々ある。」
「……会えなくなるのか?」
「……さぁなぁ。」
「……私の上官は君しかいない。」
碧がまっすぐ俺のことを見つめてくる。
「……留意しておこう。すいません、大尉。後頼みます。」
「わ、私ですかぁ?」
「他に頼める人居なくて。」
「ちょっと〜。」
わざと早足で歩き、極力後ろは振り返らないようにする。本当に申し訳ない大尉。その後、逃げ出すように「鶺鴒」を後にした。
考え事をしながら歩いていれば、気づいたら寮の自室の前に着いていた。なかなか扉を開ける勇気が起きない。意を決して中に入り、悲しいほどに静かな二人部屋に一人ぽつんと佇む。どこを見渡しても、将伍との思い出ばかりだ。
コンコン
か細いノック音が聞こえる。消灯時間を過ぎているが、今日ばかりは誰も咎める者はいないだろう。しかし誰だ……
扉を開けた先にいたのは、意外な人物だった。
「冬霞……お前どうやって男子寮に……」
「今日は誰も見張りがいなかった。きっと教官達も気を利かせてるのよ。」
「そうか……とりあえず入れ。」
とはいえ、他の人間に見られてはまずいと急いで扉を閉める。
それからしばらく、二人で無言で座っていた。そして、唐突に冬霞が口を開く。
「あのマフラー、よく将伍使ってたね。」
「そうだなぁ。」
「この部屋将伍のものばっか。」
「当たり前だ。半分あいつの部屋なんだから。」
「ねぇ春綺。」
「なんだ。」
「わたし、今日びっくりしたんだ。大佐を追いかけたった春綺を見て。」
「なんで?」
「わたし、春綺って自分よりもっと大人だと思ってた。父さんと母さんが死んだ時も泣かなかったし。でも、春綺もやっぱり、弟なんだなって……たまには頼りなさい。貴方はたった一人のわたしの血を分けた家族なんだから。」
冬霞の言葉に気づいたら涙が溢れていた。それから声にならないような声でおいおい泣いた。そんな俺を、冬霞はずっと優しく受け止めた。情けないな俺。こんなに"歳の離れた"家族に甘えるなんて。そうだ。あの時きっと、冬霞は俺の分まで泣いたんだ。今度は俺の番だ。だから冬霞。俺は泣くよ。お前の分まで。