アルテミスの翼
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ガウェイン率いるプロト小隊は、敵のMAD-07、連合側呼称「Hawk」3機をV字型のVICフォーメーションで追っている。
「各員、ディアナブラスターのチャージはできたか?」
『バッチリですよ、隊長。』
「よし、全員構え。」
ディアナブラスターとは「アルテミス」のメイン兵装である中距離対応の高出力ビームライフルの事である。試作段階ということもあってか連射はできないが、今までの実弾兵器とは桁違いの出力であった。
「総員放て。」
ガウェインの指示とともに、ビームが一斉に放たれた。だがホークは旋回機動でそれを躱す。青い閃光が、掠めるように空を切った。
「……ちっ。やるな。チャージの合間に距離を詰めろ!」
『『『『了解!』』』』
敵を追い詰めるために加速をかけた直後、地上から轟音が鳴り響く。下に展開していた自走砲と地磁気艦「虎鶫」からの斉射を受けた様だ。
「チッ……誘い込まれたか。損害報告。」
『プロト3、4ともに被弾。』
『プロト5被弾。』
『プロト2はノーダメージだ。』
『こちらプロト3相変化冷却システムが作動しています。』
『プロト4も作動中』
『プロト5もです。』
「アルテミス」は元々対空戦闘を主に想定している為、実弾の大口径の砲弾のダメージは想定していない。予想外の衝撃と熱に中のパイロットを保護するための冷却システムが発動したのだ。この冷却には相当なエネルギーを消費するため、通常の航行もエネルギーがカットされる。つまり隙だらけという訳だ。
「厄介なことになったな。とりあえず右翼を確認する。プロト2はプロト5を頼む。」
『了解。』
その時、敵の右翼が舵を切り換えこちらに向かってくる。
「マジか。もうバレたか。」
敵が放熱の仕組みに気付いた事を察し、ガウェインは苦い顔をする。
「ただ、頭はいい様だが、指揮官としてはまだまだだな……それとも独断専行か?」
自分たちへ突っ込んでくる敵の後ろに、回り込む様に移動し追尾する。
「プロト3、プロト4は冷却システムの対処に専念しろ。そのホークは俺が相手をする。」
『『了解。』』
ホークは真っ直ぐとプロト3とプロト4に向かって飛んでいく。推進力と火力の高い「アルテミス」にとって真っ直ぐ飛ぶ戦闘機というものは格好の的だった。
「ディアナブラスター……ロックオン。あばよぉ、ホーク。」
ガウェインが引き金を引けば、真っ直ぐ青い閃光がホークを貫き、その場で機体が爆発して散っていく。今まで散々苦しめられてきた、敵の戦略航空兵器をこうも簡単に破壊できる。その感覚にガウェインは高揚した。
「ははっ!すごいな、この武器は。イカれた火力してやがるぜ。」
『隊長!このまま残り二機も潰して、さっさと例の物鹵獲しちまおう!』
「そうだな。とっとと行くぞ。」
この成果にプロト2からも興奮気味の通信が入ってくる。ガウェインが残りの2機も追撃しようとした時、2機は素早く切り返して縦隊で並んで戻ってくる。
「ち、また、誘導か。」
この位置からでは先ほどの誘導地点を通らなければ相手の追撃できない。
『隊長。俺の位置からなら誘導地点をかわして追撃できる。』
「よし、プロト2。追撃だ。「アルテミス」ならホーク2機相手でも問題ない。」
プロト2は宣言通りターンしたホーク2機を追っていく。どうやら目的の戦艦に向かっている様だ。
「プロト2。新鋭艦の滑走路のハッチが空いている。敵を追撃して、その後に上手い事侵入しろ。」
『任せろ。先に一機蹴散らしてやる。』
プロト2がディアナブラスターを構え、後ろの機体を射程に入れる。その時、前を飛んでいた機体の機首が上がった。そのまま宙返りの姿勢に入り、機体をバレルロールさせる。
「おい!プロト2!その機体そのままぶつかる気だ!避けろ!」
『……え?』
次の瞬間、翻った敵の機体とプロト2が、大きな音を立てて衝突した。残ったホークは爆風に押されて滑走路へ収納され、敵艦の隔壁が閉じる。一瞬の出来事にガウェインは呆然として言葉が出ない。
『た、隊長』
「……落ち着けプロト4。対空斉射の範囲外で一旦集合する。ポイントE688でランデブーだ。」
自分の中で気持ちを落ち着かせながら、指定した集合地点へと向かう。
「くそっ。こんな威力偵察で一機失うなんて。あとでなんで言われるか。」
『そんな……タイラーが……』
「メソメソするな!軍人だろ、ギルモア一曹。」
明らかに動揺した声を出すプロト4に、ガウェインは思わず強い口調が出る。
『しかし、機体をぶつけてくるとは、えげつない発想してるな。』
「本当だ。何食ったらそんな事思いつくんだか。とりあえず作戦を立て直す。俺とプロト4で左翼。プロト3と5で右翼の格納庫から侵入を試みる。」
『了解』
「……おい、ギルモア一曹。返事は?」
『その……』
プロト4のか細い返事にガウェインの苛立ちが頂点に達する。
「ギルモア一曹!」
『は、はいっ!』
「テメェとブラックウェル三尉がどんな関係だったかは知らねぇし聞くつもりもないが、今は作戦行動中だ。集中しろ!」
『わかってるんです……わかってるんですが。』
「おい、泣いてどうにかなるならいくらでも泣いていいが、どうにもならねぇ時に泣くんじゃねぇ。」
『おい隊長。言い過ぎじゃないか。』
「何ぃ?」
プロト3の静止にガウェインは眉を釣り上げる。
「いいか、フランカー陸曹長。テメェみたいな体力だけでこのプロト小隊に選ばれたバカにでもわかる様に説明してやる。俺たちは最初から崖っぷちなんだ。どこにも陸軍に居場所なかった5人が集められたお払い箱がこのプロト小隊だ。新兵器のテスト小隊なんてのは建前なんだよ!失敗しても次の弾はいくらでもある。成功したら儲けもん。そんな崖っぷちの俺らが、大事な試験機一個お釈迦にしたんだぞ。え?ことの重大さがわかるかこのボンクラが!」
『隊長落ち着け、フランカーだってわかってる。』
「いいか。これ以上ガタガタ抜かすヤツは敵の前に俺が撃ち抜いてやる。バーンズ三尉、もちろんお前もだ。」
『お、おう。』
ガウェインはプロト5にわざわざフェイスパーツを開けて歯を出して威嚇する。
『お、おい。敵機がまた出てくるぞ。』
「おう。プロト4、何機だ。」
『3機デルタ編隊でこっちにきます……いや、もう一機……例のモノです……』
「なにぃ?」
目視で確認すれば下方で白い機動外殻が、こちらに向かって砲身を構えている。
「乱数回避!」
しかしガウェイはすぐに気づく。指示を出したのが一瞬遅かったと。
『フランカー曹長……バーンズ三尉……』
すでにプロト3とプロト5の反応はロストし、真っ逆さまに、地上へと黒い塊が落ちていく。
「クソっ……」
『隊長……』
「止まるな!プロト4!流石にあれだけの威力の物を射出すれば、しばらくエネルギーを全力で出さないはずだ!今のうちに張り付け!」
『え、えっと!』
「はやく!こちらは編隊から外れた右翼の航空機を叩く!」
『は、はいっ!』
プロト4に指示を出せば、ガウェインは鷹のマークの付いた敵機を追撃する。ガウェインにはあの鷹のマークには見覚えがあった。
「砂漠の鷹……いや、違うか。」
自分のいた北方前線で何度も苦しめられた忌まわし機体。だが、動きを見るに今は違うパイロットが乗っていることは明白だった。その鷹が思い切り機首を上げて急上昇を始める。ガウェインも負けじと機体を上昇させながらディアナブラスターを構え、引き金を引く。
「チッ、上じゃ照準合わねぇよ。」
閃光はギリギリ当たらず、敵機はさらに上昇していく。流石に相手も限界高度も近いだろう。次のチャージで仕留められる。そう思った時、敵機は追い切り機首を倒し、今度は急降下を始める。
「おいおい、嘘だろ。」
この機体もぶつかって来るのか。そう思った瞬間、ガウェインは軽くパニックになる。撃ち返す?いや、間に合うか?それにこちらも誘爆する危険もある。
……避けるしかない。
そう心に決めた時には、敵との距離は僅か。必死の思いで回避する。そのまま降下した敵機は白い機動外殻へと向かっていく。
「クソ。当てる気なんてなかったな。あいつ。おい、プロト4。状況はどうだ。」
『どうもこうも、睨み合いです。』
プロト4の報告も聞き終わらないうちに、今度は敵のホークが二機、ガウェインの後ろに張り付く。
「おい、プロト4しばらく耐えろ。こっちが片付いたら援護に向かう。」
『は、はい!』
とはいえこちらは2対1。いくら機動性で「アルテミス」が優れていると言えど、1人ですぐに片付けるというのはなかなか無理がある。間髪開けずに、敵の実弾斉射が始まる。
「やっぱり、この二機は相当慣れてやがるな。」
ふと、目の端に下方で白い機動外殻を追いかけるプロト4の姿が見える。何かがおかしい……
「おい!プロト4罠だ!」
ガウェインの通信と同時にプロト4はディアナブラスターを発射する。それをかわす様に白い機動外殻はふわりと宙返りを決める。そして、プロト4は剣の様な形のものに一太刀受けると、青白いスパークを出した後に爆散した。
「おいおいおいおい。」
初めての出撃で自分以外全滅。これ以上に絶望的なことはあるだろうが。しかし、今は後ろに迫る二機を巻かなければ。
だが、すぐに二機は方向を変える。
「何だ……?」
思わず一旦立ち止まると、「アルテミス」が下からの熱源反応を感知する。
まずい。
感覚がそう告げていた。目視で確認することなく、一心不乱に急降下する。直後に眩い光が頭上を通る。
「一体どんな威力してんだよ……あんなの鹵獲しろって……?冗談きついぜ。」
目視で対応していたら、自分があの光に焼かれていた。想像しただけで、背筋が凍る。ガウェインは慌てて通信を開いた。
「……もしもし、こちらプロト1!聞こえるか?コマンドポスト!」
『こちら北方基地司令室。ご用件は?』
相変わらず、いつもと変わらないルラ二佐の声に、ガウェインも頭に血を上らせる。
「あぁ!?とっとと、おっさんをだせ!」
『将軍はご公務中で』
「うるせぇ!早く出せ!」
『どうしたぁ?ルラくん?迷惑電話?』
マックスタッカー陸将の揶揄う様な声に更に怒りのボルテージは上がっていく。
「おい!おっさん話が違うぜ。誰があんなバケモノ捕まえられるかよ!」
『こりゃずいぶん迷惑なお客さんだねぇ。どうしたの?小鹿ちゃん。そんなに焦って?』
いつもの調子のマックスタッカーに構っている余裕はなく、ガウェインは食い気味で報告を始める。
「味方が全部やられた!なんなんだあの機体は!」
『……そうか。』
「そうかって、おい!」
『はぁ……わかった。鹵獲は諦めていいよ。』
「それどころじゃない!撤退だ。撤退許可を!」
『……いいよぉ。けど、後でわかってるよね?』
通信機からマックスタッカーの冷たい声が響く。
「必ず挽回する。」
『あらそう。まぁ、とりあえず帰っていらっしゃいな。』
ガチャリと通信が切れると、すぐに方向を切り返して撤退を始める。どうやら追っ手は来ていない様だ。
「はぁ、なにがアルテミスだ。両翼をもがれちゃ、何もできやしねぇ。」
ガウェインの独り言が荒野に響き渡る。
***
連合軍北方基地の司令室。またしても、優雅に紅茶を飲む男が1人。
「んー。やはりダメだったみたいだね。」
「やはりというのは何か知っておられたのですか?」
ルラ二佐はいつもより少しだけ驚いた様な表情で陸将を見つめている。
「いやぁ、何も知らないよ。ただ。」
「ただ?」
「あの「アルテミス」ってのは、元々帝国からうちの諜報部が盗んできたデータを元に作られてる。」
陸将はファイリングされた紙の束を机の引き出しから取り出して二佐に見せる。
「ほぉ。よくそんな情報を盗めましたね。」
「協力者がいたのさ。」
「なるほど。」
「だが、文字通り試作機のデータだった様だ。話を聞くに向こうの機体とスペックが違いすぎる。」
「偽物をつかまされたというわけですか?」
二佐が眉を顰めれば、陸将はケラケラと笑いだす。
「何。そういうこともあるさ。」
「しかし、今回の件、どう方をつけるんです?」
「ん?今回の件はトーラス・ガウェイン一尉の独断専行だよ?」
「はい?」
「聞こえなかった?今回の件はトーラス・ガウェイン一尉の独断専行だよ。」
陸将は笑顔で二佐を見つめている。
「かしこまりました。その様に。」
「ルラ君。ひとまず大統領府に電話を。」
「かしこまりました。」
ルラ二佐は通信先を大統領府に設定すると、受話器を渡す。
「もしもし、シャーロック?ご機嫌いかが?……あぁ、ブランデーの飲み過ぎには気をつけろよ。……あぁ。例の件なんだけどね。」
北方基地司令付事務官イヴァン・ルラ二佐。大統領を下の名前で呼ぶこの男の正体を未だ知らない。
***