表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

ゼウスの天秤

「よかったな。少年。」


 瀬宮少佐が俺の肩を掴む。


「あ、あの……」

「あぁ、アタシは瀬宮鈴せのみやりん少佐。この「鶺鴒」の飛行隊長だ。でこっちは鞍馬聖くらまひじり大尉。飛行副隊長。とりあえず今回は、君とアタシら二人の3機で行こうと思う。君にはあの機動外殻の指揮をとってもらうが、航空編隊としての指示には従ってもらう。OK?」

「え、えぇ。」

「そんなに緊張せずに、リラックス。リラックス。」


 鞍馬大尉が両手の人差し指を立てて口角をクイっと上げる。


「は、はい。リラックス。あはは……」

「春綺、私はどうすればいい?」


 困惑する俺を他所に、碧は通常運転だ。


「敵の位置は?」

「一度集合して停止しているようだ。」

「様子見か?それとも何かのトラブル……一旦俺達に続いて離陸してくれ。」

「了解。」


 さて、人生初の戦闘飛行と行きますか。おそらくあの鷹のマーキング入っているのが大佐の専用機だろう。「砂漠の鷹」だし……梯子を登り操縦席に乗り込めば、渡された鍵を差し込む。画面にはMAD-06[S]と表記が出る。なんだ、Sって。スペシャルか?


『いいか、ルーキー。離陸したらデルタ編隊で哨戒飛行に入る。君は右翼だ。』

「了解しました。」


 瀬宮少佐の指示に耳を傾けつつセットアップをする。よし……問題なし。


「OSオンライン。全機構応答確認、武装システムスタンバイ。こちら06[S]発艦準備完了。」

『こちらラピッド2問題なし。』

『よし。ラピッド臨時小隊発艦する!』

『艦長より発艦許可。起動シーケンス開始。カタパルトゲート開放。発進ライン、クリア。』


 おそらく能見大尉の声であろうか。管制からの指示が出れば、ハンガーに隣接された、滑走路の扉が開く。


『システムオールグリーン。ラピッド小隊発進どうぞ。』


 信号が青になれば、瀬宮機を先頭に順に発艦していく。特別機ということもあってか、凄い加速だ。まだ13歳の体の俺でもこんなGに耐えられるのはこいつにも超伝導技術のおかげらしい。本当に現代日本と比べて技術にばらつきがあるな。それにしてもこいつ乗りやすいな。いつもより快適だ。これなら俺にもシュミレーター通りに扱えるかも知れない。


『こちらMID-01。無事発艦した。敵機もこちらに気付いたようだ。』

「そういえば武装は何があるんだ。」


 今更こんな事の確認なんて指揮官失格だな。熱に浮かされて事を急ぎすぎた。


『メインの兵装は拡散収束砲がある。』

「拡散収束砲?」


 いかにも帝国軍がつけそうな名前の武器だな。だが用途がわからん。


『拡散収束砲は地磁気誘導電源を基礎に、さらに内部の量子位相制御炉でエネルギーを極限まで圧縮して放出する武器だ。』


 ……つまりレールガンってこと?あいつらのビームライフルといい、もう付いていけないぜ。


「よし、それで行こう。」

『拡散モードと収束モードどちらで行く?』


 なるほど。だから拡散収束砲ね……


「どう違うんだ。」

『拡散モードは五発同時発射することができる。収束モードは一発集中放射だ。』


 それなら答えは一択。


「拡散モードだ。一気に残りの4機蹴散らしてやれ!」

『ラジャ。拡散モード、コード"Diffusion"。全砲門展開、発射許可。』


 碧は腰部ユニットにマウントされていた二基のトリガーデバイスを引き抜いた。構えた瞬間、圧縮機構が解放され、砲身が音もなく伸展する。金属質の細長い砲門が、約二mの長さで完成されていく。トリガーデバイスが青白く光ると砲身についていた蓋が五箇所開く。


「発射《fire》!」


 俺の指示と共に青白い閃光が重低音とともに砲口から解き放たれた。空間が一瞬だけ歪んだように感じられ、衝撃波が視界を揺らす。砲撃は扇状に広がる。一瞬、二機が迫る閃光に気付き回避行動を始めたが、残りの二機にあっけなく光が的中する。当たった二機は黒い煙を上げながら下方向へと落下する。その後、通信の先から完成が聞こえて我に帰る。

 凄い……なんて武器だ。あんなに苦労したバンデットを一瞬で2機……


『ボケッとするな!ルーキー!残りの二機が動き始めたぞ!』


 まずい!気付いた時には既に俺の後ろにバンデット3が取り付こうとしている。


「おい!碧!次は収束モードでバンデット3を狙え!」

『無理だ。拡散収束砲のチャージには時間がかかる。』

「おいおい。他の武器は無いのか!」

『電磁励起装置ならある。』

「だからなんなんだその武器は!」

『装置内の特殊導体において低温超伝導状態を人工的に作り出すことで、電子ペアの流れを』

「わかる様に言え!」

『……電磁刀だ。』


 近接武器かよ……しかも、残りのバンデット2が碧をロックオンしてる……


「……碧は電磁励起装置でバンデット2に対処しろ。」

『バンデット3は?』

「俺がなんとかする。」

『了解。なるべく早く処理をする。』

「期待してるぜ。」


 通信を終えると、碧は太もものフレームから柄の様な物を取り出しそれを振るう。刀身が伸び青いスパークが走る。


『カッコつけてるけど、どうするつもりだ。ルーキー。』

「一応俺もね。航空課程じゃ、そこそこ優秀なんですよっ。」


 操縦棹を思い切り上げて機首を上げるそして垂直方向になった時に、思い切り加速をかける。


『おぉ。やるねぇ。』


 鞍馬大尉がボソリと呟く。いやぁ。俺もこんなことやるの初めてだよ。急上昇を始めた俺に、バンデット3も負けじと上昇してくる。こいつ……限界高度幾つだよ。次の瞬間、視界の端に青い閃光。


 ……危ねぇ……当たるところだった。


 この状態で斉射できるのかよ……仕方ない……今度は棹を思い切り横に倒し、旋回飛行。これならなんとか弾は当たらない……いや……でも……


「限界高度だ……」


 じきに相手のリロードも終わる……このままではジリ貧……どうする……


『おぉ?もう限界か?ルーキー。』

「瀬宮少佐……」

『……いいか。今度は急速降下だ。』

「……そんなことしたらGで気絶します!」

『大丈夫だ。そのSPEEDRには慣性中和制御システムがついてる。』

「SPEEDR?」

『その機体のことさ。』


 [S]ってそういう意味かよ。


「なんですか慣性中和制御システムって!」

『要は急加速や急減速の時にGを軽くしてくれるシステムだ。急降下の時にも使える。エネルギー消費が激しいから一度しか使えない、大佐直伝の大業だ。』


 なるほど。通りで乗り心地が良かったわけだ。いやしかし、大佐も無茶な戦術考えるな、意外と。


『そして、急降下のしてそのまま相手に向かって飛んでけ。』

「……え?」

『大丈夫だ。さっき見たいな特攻にはならない。距離もあるし、それに、あれ、中に入ってるのは人間なんだろ?』

「え、えぇ。」

『なら必ず避ける。その後はあの機体は私とラピッド2で引き受ける。ルーキーはMID-01と合流しな。』

「しかし……」

『大丈夫だ。私を信じろ。』


 信じろねぇ……まぁ、こんなところで悩んでいても仕方ない。

 腹が決まれば思い切り操縦棹を引く。機体が翻り今度は下を向く。


「南無三!」


  「……頼む、避けてくれよ!」


 そう願いながら、俺はバンデット3へと機体を急降下させた。本当に避けてくれるよな?だが、もう賭けるしかない。ここで将伍みたいにぶつかって死にましたじゃ洒落にもならない。


 あと200……180……150!


 このままじゃ、マジでぶつかる……


 覚悟を決めかけた、その瞬間。


 バンデット3は一瞬、こちらに突っ込んできたと錯覚するほど進路を保った後、唐突に体を回転させる。体がが空を引き裂くような急制動。見事な回避だ。


 危ねぇ……!頼むから、もう勘弁してくれよ……安堵に胸を撫で下ろしつつ、機体の姿勢を水平に戻す。上空ではラピッド小隊の2機がバンデット3を追いかけている。流石、注目新鋭艦隊の航空隊長と副隊長だわ。


「碧。聞こえるか。」

『あぁ。聞こえている。』

「バンデット4はどうだ?」

『相手の間合いになかなか近づけない。』


 向こうがライフルでこっちが刀じゃ然もありなんだな。明治維新じゃねぇんだからホントに。碧とバンデット2が視界に入ると、確かに睨み合っている。


「こりゃバンデット2に撃たせるしかないな。」

『撃たせる?』

「あのビームライフルは一発撃ったらしばらくチャージに時間がかかる。お前の拡散収束砲と一緒だ。」

『そうか。だがどうやって撃たせる?』

「……そうなんだよなぁ。でも……」

『どうした。春綺。』

「……いい案が浮かばないな。」

『嘘をつけ。君は思いついている。』


 ……ずっと機械みたいな喋りしてたけど、結構鋭いじゃないか。最初は人型AIかと思ったけど、あいつ、人間なんだな。


「これはダメだ。上官として許容できない。」

『春綺。』

「なんだ。今他の作戦を考えてる。」

『君がどんな傷を抱えているかはしならないが、私は死なない。君の決断も責任も全部私が半分背負う。だから、私を信じろ。』


 ……そうだな。上官である俺がお前を信じなきゃ何も始まんないよな。


「碧。今から的に背中を向けて真っ直ぐ飛べ。」

『了解。』

「上から俺が指示を出すまで出力を絞って真っ直ぐ飛び続けろ。射程に入ったら撃ってくるはずだ。合図をしたら上へ飛べ。そしたらそのまま仕留めるんだ。」

『任せろ。』


 力強く碧が返事をすれば、敵に背中を向ける。それを見たバンデット2はすぐさま碧を追いかけ始めた。出力を絞っているおかげで徐々に距離が縮まり、バンデット2が斉射体制に入る。


 まだだ。……まだ引きつけろ。


 相手の姿勢が固まり、おそらくロックオンが完了した。今だ。


「碧!翔べ!」


 俺の合図で碧は空中を蹴る様に舞い上がる。棒高跳びの様に飛んだ背中スレスレに、相手のビームが通過する。その後、体が綺麗を綺麗に捻り空中で回転し相手の頭上で刀を構える。航空機ではないが、この動きはまさに。


 インメルマンターンだ。


 今度は特攻なんかじゃない。仕留めに行く技だ。碧は刀身を下に持っていくと、綺麗に逆袈裟に切り上げる。


「碧!離脱しろ!何が起こるかわからない!」

『了解。』


 碧が上に向かって飛べば、バンデッド2は青白い光をバチバチと散らす。そして今度は赤い火花が散り、その場で小爆発を起こす。


 再び通信先からの歓声。


『よくやったルーキー!だが、そろそろこっちも限界だ!後は頼むぞ!』

「わかりました。ラピッド小隊は離脱してください。最後はデカいの打ち上げますよ。」

『おう。楽しみにしてるぜ。』

「碧。収束砲はもう撃てるか?」

『あぁ、問題ない。』


 碧は返事をすると電磁励起装置を仕舞い、再び拡散収束砲を組み立てる。


「この距離からバンデット3は狙えるか?」

『勿論。』


 バンデッド3の背中を追いかけていたラピッド小隊は二手に別れて「鶺鴒」へと飛んでゆく。追跡がなくなったことを察したバンデット3は一度機体を停止した。


「今だ。」

『収束モード移行……コード"Convergence"認証。エネルギー供給系統偏重。補助系統抑制モード。』

 冷却フィンらしきものが展開し、砲身部のエネルギーコイルが青白く光り始める。五つの発射口の蓋が閉じ照準器が飛び出す。


『収束率……99%。照準リンク、固定。』

「発射《fire》。」


 バンデッド3に向かって太い閃光が飛んで行く。それに気付いたバンデット3は下に向かって急降下する。閃光は外れて、天に向かって拡散してゆく。あいつなかなかやるな。編隊を組んでいた時にも真ん中にいたし、隊長機か。


「こうなったら接近戦をするしか……」

『いや、撤退していく様だ。』


 バンデッド3は大きく進路を変えて東南方向へと飛び去っていく。確かにこの後のことも考えれば1機で向かっていくのもなかなか難しいはずだ。


「大佐。どうしますか?」

『……追う必要はない。ご苦労。帰還しろ。』

「かしこまりました。さぁ、帰るぞ。碧。」


 ……ん?碧から通信が入ってこない。どうした。ふと、碧が居た方を見るとMIDKNIGHTが頭から真っ逆さまに落下していくのが見える。


「碧!おい!碧?!」

『すまない。長い待機の間にエネルギーを消費していた様だ。』


 嘘だろ?ここで充電切れかよ。急いで下に向かって降下を試みる。畜生。さっきの急降下でこっちエネルギーを使いすぎてもう一度はできない。仕方ない。なんとか回り込むしかないか。

 機体を大きく旋回させながら降下を試みるみるみるうちに碧は下へ落ちていく。頼む。間に合ってくれ。何度も旋回をして地面ギリギリ。なんとか追いついた。ふと、上から降ってくる碧の姿をみて、あの日近藤が落ちてきた姿が目に浮かぶ。いや……あの時は届かなかったが、俺には今、あいつを救う力がある。あいつが俺に手を伸ばしてくれたんだ。また戦える力をくれたんだ。まだ何も始まっちゃいない。ここであの手を掴まなくてどうする。

 機体のキャノピーを開き、一気に加速する。ランディングギアを展開し、着陸体勢を維持したまま、俺は空へと手を伸ばした。


 捕まえた。碧の腕をしっかりと抱え込む。


 問題は、ここからだ。操縦桿を握り直し、強引に機体を地面へ押し戻す。整備もされていない士官学校のグラウンド。ガタガタと衝撃が響き、数十mを跳ねるように滑走する。


 まずい、場所が悪すぎる!


 機体のバランスを必死に立て直しながら、死にもの狂いで減速を試みる。視界の端にフェンス。もう間に合わないかもしれない。


 止まれ。頼む、止まってくれ!


 叫ぶように心の中で祈りながら、全力でブレーキを踏み込む。


「……っ、止まった……?」


 機体の鼻先が、“祝 青組優勝”と書かれた横断幕の真ん前でぴたりと静止していた。


「はぁ……死ぬかと思った……」


 汗だくの俺を、碧はフェイスパーツを外して見上げる。


「ありがとう……どうやらゼウスの天秤は私に傾いた様だな。」


 何言ってんだこいつ。厨二病か?


「と、とりえず、助かってよかった。」

「いい指揮だった。春綺。」

「そりゃどうも……なぁ、なんで碧は俺のことこんなに信じてくれるんだ?」

「春綺は私を箱から出してくれた。それだけで十分。」

「またまた箱が開いただけさ。」

「たまたまじゃない、君が、君だから箱は開いたんだ。」

「俺だから……」

「そう。貴方は特別。」


 夕方になり寒くなり始めた砂漠の風が、強く吹いている。なぁ近藤。俺は生きてるぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ