想いは天高く
OG01の噴射口から目一杯の炎が伸びる。そのまま機体はバンデッド4に正面衝突をした。
直後に「鶺鴒」の第一格納庫の入り口の手前で白く大きな閃光が上がる。その爆風に押されるように山岡機が第一格納庫へと着艦する。
「両格納庫、隔壁を閉鎖。」
映像には、MAD-07の機体の破片と、白い煙を大量に上げながら落ちる黒い塊の姿があった。
「OG-01。バンデッド4共に反応をロスト。」
「……お見事。」
大佐は聞こえないほどの小さな声で何かを呟く。俺は、後ろにいる冬霞と優の表情を見ることが怖く、ただ呆然と俯くことしかできなかった。
「バンデッドに対する有効策が見つかった。瀬宮と対策を協議する。石動。この場は任せた。」
「はっ。」
そう言い残すと、大佐はCICを立ち去る。思わず俺は大佐の後を追う様にCICの扉を開けた。小走りになりながら大南大佐を探す。
「おい。どうしたんだ春綺。」
「直訴に行く。」
「やめとけ、お前も待機命令中なんだぞ。」
「知るか。」
追いかけてきた優をあしらう様に艦内を探す。そして、第一倉庫の近くで、ようやく大佐を見つけた。
「大佐待って下さい。」
急な呼びかけに、大佐が振り返る。
「橿原……何の用だ。」
俺の顔を見た途端大佐の眉間の皺が寄る。
「お願いします、自分も作戦立案に加わらせて下さい。」
「何だと?」
「自分の指揮した仲間を殺されてこのまま引く訳にはいきません。」
その言葉を聞くと、大佐は身体を翻し、俺に近寄る。
「軍令違反を犯した愚かな友達一人救えないお前に、何ができるというんだ。」
「……今なんと?」
「おいやめろ、春綺。すいません大佐。あの……」
「構わん。もう一度言ってやる。軍令違反を犯して死んでいった貴様の友達は、愚かだと言ったんだ。」
おいおい、こいつ何言ってやがんだ?ガキだと思って舐めてんのか?
「……撤回していただきたい。」
「何?」
「今の言葉撤回していただきたい!」
思わず乗り出した俺の身体を、優が必死に羽交い締めしてくる。
「やめろ!放せ!おい優!てめぇ、言われて悔しくないのか!おい!」
「落ち着け!おい、春綺!」
不意に、生島と口論したあの日のことを思い出す。
そうだ。あの日もこんな感じだったな。あの時もっと。もっとあいつと戦っていれば……
いや……違う。俺は今。今戦わなきゃいけないんだ。上官?知ったことか。
「優秀な学生と聞いていたが、その実、ただの年相応の子供だったという訳か。友達が愚かしいのも納得だな。」
「吐かしたな!テメェ!いいから軍議に参加させろ!あのバンデッドは俺が仕留める!テメェにはやらさせねぇ。俺が!」
その時、廊下にパシンという音が響いた。直後に頬に腫れるような痛みが走る。大佐は冷たい目で見つめながら、俺の胸ぐらを掴む。
「自惚れるなよ。小童が。……おい。そこの学生。」
「は、はい。」
「こいつをこの倉庫に閉じ込めておけ。」
大南大佐が俺の胸ぐらから手を離すと、第一倉庫の扉を開ける。優は指示されるがまま、俺を薄暗い倉庫の中に押し込んだ。その後、すぐにガチャリと鍵のかかる音がする。
「すまん春綺。でもお前もちょっと頭冷やせ。」
二人は靴音だけを残して去っていった。仄暗い倉庫の中に。俺一人。ただ、後悔だけが俺の胸を支配する。俺はどうすればよかった。何を間違えた。どうしてこうなった。同じようなことが自分の中で逡巡し、昇華されることなく、海の底に滞留する。
その時、倉庫の片隅から青白い光が見えた。ゆっくりと点滅するような光に吸い寄せられるように倉庫の奥へと向かっていく。
そこにあったのは"箱"だった。
無機質な金属の箱が、まるで生き物のように語りかけてくる。俺は縋るように手を伸ばした。その瞬間に強い光を放ちながら"箱"開いていく。中に入っていたのは、白い機動外殻らしき物と、一人の裸の少女だった。その少女の姿に何故か懐かしさを感じる。
「君は……誰?」
少女は俺を真っ直ぐ見つめて問うてくる。
「えっと俺?……俺は山……橿原春綺」
その瞳は俺の本質を見透かすようで、思わず13年も名乗っていない"本名"を名乗りかける。
「そうじゃなくて。」
「え?」
「貴方は私の上官?」
「いや、上官では……ないかな……?」
今の俺に誰かの上に立つ資格なんて一つもない。
「そう……でも、貴方がこれを開けたんでしょ?」
「まぁ、そうだけど。」
少女は自分の入っていた"箱"を撫でる。一体なんなんだ。この箱も、この少女も。
「なら、私は君に付いていく。」
そう言うと、少女は両手を広げて俺のことを抱きしめる。おいおい、どんなラブコメだよ。てか、ほんとに筋肉質だな。
「思ったより小さい。貴方何歳?」
少し、本当に少しだけ邪な事を考えていると、急に質問が飛んでくる。
「あっ……えっと……13歳。」
「まだ子供だな。本当に軍人か?」
「一応、士官学校の学生だよ。」
「士官学校……まだ任官前か。」
そうだよ。まだ任官前の。なんの力もない学生さ。600人の頂点に立って、少し浮かれていたのかも知れない。
「それより君は何歳なんだ?」
見た感じは、17、8と言ったところだが。
「さぁ、覚えてない。」
「覚えてない?じゃぁ、なんでこんな箱の中に入ってたんだ?」
機動外殻以外は特に何も入っていないであろう箱の中。いったいどのぐらいの間閉じ込められていたのだろう。
「私はこれのパーツだから。」
「パーツ?」
「そう。」
何言ってるんだコイツ。そういえばコイツの事を大佐は知っているのだろうか。……いや、"箱"がどうとか言ってたな。この事を知っていたのだとしたら、あの人はなかなかの食わせ物だな。ぼんやりと過去の会話を思い出していると、少女は機動外殻に手をかざす。するとフレーム達が、生き物のよう彼女の周りに集まってくる。
「なんだ、これ……」
「MIDKNIGHT」
「ミッドナイト…」
帝国軍にしては随分洒落た名前のついた兵器だな。
「装着《Attachment》」
「……!」
フレーム達が、彼女の指示に従い装着されていく。あまりの美しさに思わず息を呑む。
全てのフレームが装着されれば、耳元に付いている水色のランプが音を立てて点滅する。
「……?敵の反応がある。」
「わかるのか?」
「ああ、もちろん。さぁ、指示を出せ、春綺。」
いいのか?俺が?また指揮を取る?俺にそんな資格があるのか?さっきはあんな事を言って、こんな倉庫に閉じ込められたが、改めて考えると背筋が寒くなってくる。
「指示って言われても……俺はまだただの士官候補生だ。」
「そんな事は些細な問題だ。君にはその資格が有る。」
「資格?」
「そう。あの箱を開けた。」
「いや、あれは偶々開いただけで……」
いや、あれは本当に触ったら空いちゃっただけなんだ。本当に、ただ、触れただけ。
「君が箱を開けたのは偶然じゃない。」
「え?」
それは、そこに必然があるという事か。ならばそれを人は、天命と呼ぶのだろうか。
「さぁ。指示を出せ。」
そう。俺は差し伸べられたこの手を掴まなきゃいけない。そうだよな?近藤。将伍。俺たちは目の前に好機が転がってきた時。それを見逃すことはできない。
「……敵を全て倒す事はできるか?」
「私は君の指示に従い、君を守るだけだ。」
その言葉で、俺は決意を固める。そう、今行かなければ、俺の存在価値なんてない。
「わかった。指示を出す。」
「なんでも言え。」
「ひとまず、この倉庫から出よう。」
その言葉に少女は扉の鍵を見つめる。
「確かにそうだな……なんでこんな倉庫に閉じ込められていたんだ?」
「少年というのは多少のやんちゃをするものなのさ。」
そうだろ?俺の見てきた少年漫画のヒーロー達は、いつだってそうだった。
「わかった。覚えておく。」
少女は扉に向かうと手摺りを掴む。そして、力任せにスライドさせると歪な音を立てながら扉は開いた。おいおい、パワープレーかよ。この世界の女性陣はちょっと脳筋が多すぎやしないか?まぁ、そんな事はどうでもいい。
「さて、外に出るとするか。……えっと……名前は?」
「碧。桜坂碧兵曹長。好きに呼んで。」
まじか。コイツちゃんと階級持ってんのか。
「……呼び方は考えておく。しかし大南大佐はどこへ行った。」
「大佐って?」
「この部隊の指揮官だよ。お前大南大佐も知らないのか?」
おいおい、この国で大佐を知らないのは現代日本で某二刀流選手を知らないようなもんだぞ。どうやって育って来たんだ、本当に。
「大南大佐がここの指揮官なら、居場所がわかるかも知れない。」
「本当か?」
「"箱"の解除キーを持っているはず。その反応が第二格納庫にある。」
「解除キー?」
「本来、あの"箱"は解除キーがなければ開かない。だけど春綺はそれを開けられた。」
なるほど、大佐が新兵器の鍵を持っている事は頷ける。が、ますます俺があの"箱"を開けられた謎が深まって行くな。
「とにかく急ぐぞ。」
「了解。」
小走りで第二格納庫に向かえば、大佐と二人の軍人の姿があった。どちらも黒いフライトスーツを着ており、胸に航空徽章をつけている。なるほど、航空隊の人ね。片方は20代後半ぐらいの端正な顔立ちで明るめの短髪で、身長は170cm程ある細身の女性だ。まさに帝国軍人の女って感じだな。
「だいたい、士官学校の生徒2人も犠牲を出しているのに、まだ待機ってどういう事です!舐められたままじゃ終われませんよ!」
その女性士官が声を荒げる。
「まずは対空斉射で敵の弱点である冷却装置の情報を集める。その後対空戦闘だ。物事には順番がある。」
「まぁまぁ。少佐も落ち着いて。」
もう片方は女性より少し小さく、ふわふわの金髪の美青年が、少佐を宥めている。どことなく気品を感じる。絶対幼年学校卒だ。雰囲気でわかる。随分若いのに大尉だし。
「大佐。」
俺が声を発すると、3人がこちらに視線を向ける。大佐は碧の姿を確認すれば目を見開いてこちらに迫ってくる。
「……貴様……いや、いったいどうやってこれを……中に誰が入ってるんだ。」
大佐の言葉に、碧は頭部のユニットを展開させて顔を見せる。
「私は桜坂碧兵曹長。帝都航空工廠の大江戸主任大尉より第18機動中隊着任の命を受けた。大佐は事前に渡された資料に目を通していないのか?」
「ちっ……あいつ。」
碧に問われると大佐はきまり悪そうな表情をする。どうやら機動外殻のことは知っていたようだが、碧のことは知らなかったようだ。
「隣にいる橿原春綺は私の"箱"を開いた。規定により、彼を私の専任指揮官として取り扱う。」
「何だと?」
「この規定はMIDKNIGHTの設計段階より組み込まれたものであり、設定を変更する為には帝都航空工廠でのチューンナップが必要だ。既に橿原春綺にはMIDKNIGHTの起動を始めとする承認プロセスの最終決定権者となっている。私を運用する場合、橿原春綺は必須となる。」
碧の言葉に、大佐がゆっくりと俺に視線を移す。おいおい。俺もそんなことになってるなんて知らなかったぞ。
「橿原。お前どうやって"箱"を開けた。」
「自分にも理由は不明です。触れた瞬間、起動しました。それだけです。」
俺の回答に、大佐はフッと嘆息を漏らしたあと、不敵に笑う。
「まったく。お前も運のいい男だ。いいだろう。MIDKNIGHTの指揮を取れ。」
「ありがたき幸せ。」
「さっきの事は水に流してやる。ただし、次失敗すれば軍法会議どころでは済まないぞ。覚悟はあるか。」
大佐の言葉に、俺も胸を張って答える。
「もし失敗したら、13階段だって何だって登ってやりますよ。」
「ほざいたな。よし瀬宮、鞍馬。機動外殻の援護だ。現場の指揮は瀬宮に任せる。」
「了解。ようやく出番だ!」
「よかったですね。少佐。」
瀬宮少佐は気合いを入れるように肩をぐるぐると回している。鞍馬大尉は俺に視線を送り、一つウィンク。よかったね……って事なのか?とにかく、大佐が指揮権をくれたんだ。気合いを入れねば。
「おい。橿原。」
大佐が俺に向かって何かを投げる。何だこれ。
「俺の専用機は特別でな。鍵がついてるんだ。」
「……それはいったいどういう。」
「お前。まさか、現場指揮官がCICから指揮を取るつもりじゃないだろうな。」
「え……?」
「お前も空を飛べ橿原。まさか飛べないとは言わないだろ?」
これは有り難いね。いや。まさか俺が実戦飛行に出る事になるとは。
「大佐、まさか自分でも空から指揮を取るつもりだったんですかぁ?わざわざこんな機体持って来てぇ。」
「はっ。まさか。倉庫で眠らせておくのは勿体無いと思っただけさ。」
少佐の言葉に、大佐は冗談ぽく笑う。この人、こんな表情するんだな。