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白煙の向こう

「バンデッド、扇ヶ谷基地に侵入してきます。」


 先任伍長が報告すると、大南大佐は軍刀を杖のように立て、左手の人差し指でトントンと柄頭を叩く。


「司令。」


 艦長が咳払いすると、大佐の指が止まる。


「MAD-07 OG01、OG02、OG03離陸します。」

「通信まだ繋がらないのか。」


 大きく息を整え、大佐は問い直した。しばらく通信機器を弄っていた先任伍長が顔を上げる。


「緊急回線に応答あり。」

「よし。警告送れ。」

「はっ。……こちら第十八機動中隊、旗艦「鶺鴒」管制。飛行中のMAD-07に通達する。現在どの指揮系統からも離陸許可は出ていない。所属部隊を明らかにした後、原隊に復帰せよ。繰り返す。所属部隊を明らかにした後、原隊に復帰せよ。」

『……こちらMAD-07 OG01。扇ヶ谷士官学校所属、春日井将伍です。』


 通信が入った瞬間、CICの空気が凍りついた。全員の視線が、一斉に俺へと集まる……あぁ、嫌な予感というものは当たるものだ。


「おい、橿原。一体どうことだ。」


 大南大佐が呆れたような声で問いかける。


「……責任は、すべて自分にあります。すぐに原隊復帰を呼びかけます。」


 そう言うと、オペレーターの兵曹長が俺にマイクを差し出す。


「将伍。俺だ。春綺だ。」

『……そこに居たのか。』


 短いようで長い間の後、将伍の返事が聞こえてくる。


「OG02とOG03は山岡と平田か?」

『あぁ……』

「何故こんな事を……」

『それは……これが俺の理想の軍人の姿だから……かな。』


 その言葉で俺は全てを察した。こいつは今、飛んでいるんじゃない。俺が飛ばさせてしまっているんだ。


「将伍……」

『さぁ、俺たちの指揮官殿。指示をくれ。俺はそれに従うよ。』


 将伍はいつものような柔らかい声で言った。


「バンデッドエンゲージ。進路をMAD-07に向けています。」


 もう一人のオペレーターの軍曹が声を出す。もう、時間はない。通信用のマイクの音声を一度切り、大南大佐の方へ振り向く。


「MAD-07の「鶺鴒」への着艦許可と撤退までの指揮の裁可をいただきたい。」


 俺の言葉に、大佐はわずかに口角を吊り上げた。


「言っておくが、今彼らは神田司令の指示を大きく外れた行動を取っている。厳正に対応しなければお前も罪は免れないぞ。」

「こうなった遠因は自分にあります。責任を取らせてください。」

「……いいだろう。好きにしろ。」


 大佐がそう言うと、艦長はすぐに受話器を取る。


「第一格納庫と第二格納庫。隔壁を開けて機体の受け入れ準備だ。」

『了解。』


 この艦と距離のあるあいつらを安全に収容するにはそれなりの策を立てなければいけない。ディスプレイを覗き込み、自走砲の展開位置や艦船の陣形を見て、一つづつ脳内でシュミレーションを行う。これは……


「すいません。虎鶫の艦長に通信を。」


 俺の言葉に兵曹長は目を丸くする。


「艦長にですか?」

「お願いします。急いで。」

「は、はい。」


 呼び出し音の後、モニターに鳴海中佐の姿が映る。向こうは俺の姿に意表を突かれたのか、思わず声を漏らす。


『は、春綺。』

「鳴海中佐、お願いがあります。」

『な、なんだ。』

「今から敵をBF235地点に誘い込みます。そこで主砲の斉射をお願いしたいのです。」

『お、おい、味方の飛んでる空に向かって120mm砲を打ち込めって?』

「大丈夫です。「虎鶫」の角度からだと死角になる様に誘導します。」

『……できるのか?』

「ええもちろん。」

『……わかった。協力しよう。おい、糸田いとだ。主砲準備だ。』


 通信が切れると、兵曹長が驚愕の表情を浮かべている。まぁ、義理の親子だと知らないとこの反応になるか。


「話のわかる艦長で助かりました。」

「は、はぁ。」

「大南大佐、フェネック小隊にはBD254に向かっての斉射準備を指示していただきたい。」

「随分な自信だな。」

「いや……一か八かですよ。」

「言っておくが、状況によってはフェネック小隊は、MAD-07の収容如何に関わらず撤退させる。いいな。」

「えぇ、もちろん。」


 下準備が終われば将伍たちに手元のデータを転送する。


「将伍。敵機にバンデッド1からバンデッド5まで番号を振った。敵をBF235とBD254に誘い込む。それまではデルタ隊形でBE239まで飛行しろ。敵はビックフォーメーションで後ろを狙ってくるだろう。包囲を避けて低空で逃げきれ。」

『了解。流石、策があるんだな。』

「無いに等しい。いいか、お前たち、火器使用許可は出さない。とにかく敵を誘導した後は、全力で「鶺鴒」まで逃げてこい。」

『わかってるさ。』


 将伍たちは俺の指示通り、将伍の機体を中心に三角形の編隊を作って目標地点まで飛行を始める。予想通り、敵はV型の編隊で将伍たちを追い始める。直ぐに敵の機動外殻は戦闘体制に入り、ライフルを構えスコープを覗いていた。


「撃ってくるぞ!シーザス!」


 全機急旋回による蛇行を始めた直後、機体の近くを青白い光が掠める。嘘だろ。あれってまさか……


「ビームライフルかよ……」


 隣の優がボソリと呟く。おいおい。マジかよ。あれも地磁気駆動の力か?この世界ではまだ実弾兵器しか見た事ないぞ。


「いいか、目的地まであと250だ!気絶しても蛇行を続けろ。」


 数秒の静寂の後、再びビームライフルの斉射。どんどん後続との距離が縮まっている。このまま行くといつか当たっちまうぞ。


「フェネック1から、フェネック4、放て。」


 艦長の低い号令が落ちた瞬間、周囲に轟音が鳴り響く。


「着弾今。」


 艦長が時計から目を離すと同時に、相手の右翼の二機から白い煙が上がる。


「バンデッド1とバンデッド2にヒット。虎鶫もバンデッド5にヒットさせた様です。」


 兵曹長の報告に艦橋が沸く。爆炎じゃない……白煙?どこかで見た覚えがあるぞ……


「すいません。バンデッド1を拡大してください。」


 飛行は平然と続いている。だが、何かおかしい……


「バンデッド1の飛行速度に変化ありますか?」

「えっと…‥24%ほど低下してます。」


 思い出した。前世の時に木内の研究室で目にした現象だ。


「……蒸気だ。こいつ、冷却してるんだ……」


 俺の言葉に、砲雷長の席に座っている少尉が声を上げる。


「なるほど、相変化による気化熱放出か!」

「澤村。どう言うことだ。説明しろ。」


 大佐に尋ねられば、澤村少尉は縁の細いメガネをあげる。


「おそらく、外装フレームに高温時相変化材が組み込まれているんです。温度が閾値を超えると、相変化を起こして気化熱を放出する……そうやって一気に機体を冷やしてるんでしょう。」

「つまり……?」


 嬉々として答える澤村少尉に大佐は眉を顰める。


「あ……つまり、砲弾の熱に耐えきれず、冷やすのに多くのエネルギーを費やしている筈です。」


 なるほど。あいつ、さては地上からの砲撃なんて設定されてないな。航空機の機銃掃射には耐えられても地上からの120mm砲は想定外と見た。それに、あの機体さっきからビームライフルも連射できていない。一発で相当なエネルギーを消費しているに違いない。


「いいか、あいつらは白い煙を出してる間、ビームライフルは使えない筈だ、その隙に、」

『その隙に一発食らわせてやるさ!』

「おい!平田!編隊を崩すな!聞こえてるのか!」


 平田を乗せたOG02がバンデッド1に向かって行く。案の定、それを見た無傷のバンデッド3が平田の後ろを狙う。


「平田!張り付かれる!戻れ!火器使用許可は出していない!」

『馬鹿いうな。今がチャンスなんだぞ。』


 こいつ、頭に血が昇ってやがる!空中戦闘機動もせずに真っ直ぐ飛んでいくなんて自殺行為だ。


「将伍!山岡!援護だ!バンデッド3の背後に貼り付け!ウエポンズフリーだ!撃ち込みまくれ!」

『『了解!』』


 バンデッド1、平田機、バンデッド3、春日井機、山岡機が一列に並ぶ。圧倒的スピードを持つ無傷の機動外殻を前に、平田機はあっという間に追いつかれてバンデッド3のビームライフルにロックオンされる。こちらも山岡と将伍がバルカン砲を撃ちまくっているが、的も小さいし、当たっても航空機のバルカン砲じゃびくともしない。


「平田!ループしろ!ロックオンされてる!」

『大丈夫!こっちもロックオンした!今から……』


 平田の通信にノイズが入る。その後、俺たちの目の前には爆散するMAD-07 OG03の姿が映される。……おい。やめてくれ。


「総介……」


 冬霞の消えゆく様な声が耳を掠める。


「OG03反応をロスト。」


 兵曹長の声が、無慈悲に艦橋に響いた。


「……将伍、山岡、そのままシャンデルして、指定地点に戻れ。その後一気に加速して「鶺鴒」まで逃げ切るんだ。」

『春綺……でも総介が……』


 山岡の震えた声が聞こえてくる。


「……それを覚悟で軍令違反を犯してまで飛んだんじゃ無いのか?」

『……でも。』

「これ以上俺を…‥無能な指揮官にさせないでくれ。」

『……了解』


 山岡と将伍は急旋回して、再び指定地点へと向かう。流石に敵も誘導だとわかるのか深追いしてこない。段々と敵影が遠ざかっていく……よし、このまま、逃げ切れ。

 しかし、2機が誘導地点を超えたところで、一機、将伍の後ろを飛ぶ山岡の背後に迫る機体があった。さっき無傷だったバンデッド4だ……畜生。うまいこと誘導地点をかわして追ってきたな……


「山岡!後ろにバンデッド4が迫ってる!あと300何とか逃げ切れ!」

『そんなこと言われたって着地の直前で曲芸飛行なんてムリ!』

「死にたいのか!ブレイクでもなんでもいい!射程に入るな!」

『そんなこと言われても……』

『なぁ、春綺。』

「将伍、こんな時になんだ!お前は着艦準備だ!」

『そこに冬霞もいるのか?』

「は?」


 一瞬、言葉が詰まる。

 冬霞は何も答えられず、その場で立ち尽くしている。沈黙の中、将伍がぽつりと呟く。


『いるなら聞いて欲しい……ごめん。明日の食事。行けそうに無いな。』


 それと同時に将伍の機体、OG01の機首が上がる。スラスターが青い炎を噴かすと、機体は旋回しながら宙返りの軌道を描き、後ろを飛ぶ山岡の機体をかわす様にバレルロールする。


 インメルマンターンだ……


 しかも、迎え撃つためじゃない。正面からぶつかるための軌道だ。……アイツ、特攻する気だ。


「やめろ将伍!ターンした後ダイブだ!避けろ!」

『無駄さ。どうせあのビームの餌食になる。』

「おい……やめてくれ……」


 OG01は旋回を終え、バンデッド4と真正面から対峙した。


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