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空が呼んでいる

 艦橋の前の扉につけば、丁度能見大尉が出て来るところだった。


「すいません。中に入れていただけますか?」

「えっと……」

「すぐに済みますので。」


 能見大尉は困惑しながら俺たちを艦橋の中へ入れてくれた。


「待機の任務を出したはずだが。」


 大南大佐は俺達を一瞥すると、一言だけ返す。


「自分は、593名の人員を預かる身として、常に自分達の立たされた状況を知る責務があります。」

「ほぉ。最もらしい事を言うな。」

「お邪魔はいたしません。少々見学を。」


 大南大佐は艦長の方をチラリと見る。艦長は険しい顔を崩さず、冷たい視線のまま短く頷いた。


「見るだけだ。貴様らに構っている暇はない。良いな。」

「はっ。」


 三人揃って敬礼をすれば少し安堵する。まぁ、俺としても戦況を見ておきたかったからね。


「艦橋降ろせ。」

「メインブリッジ、CICへ降下。」


 艦橋全体がわずかに軋み、低い唸り声のようなモーター音を響かせて下がっていく。多くのモニターや電子機器が並ぶCICに到達すると、それと同時に周囲の明かりは薄暗い照明へと切り替わり、室内の雰囲気は一変した。


「司令、艦長。お待ちしておりました。」


 40代中盤の男が、大佐に向かって静かに右手を上げる。指先は迷彩帽のつばに沿い、ぴたりと止まった。頬の影は深く刻まれ、顎の無精髭はざらつき、少々疲れたような印象を受ける。肩に馴染んだ青い迷彩服、先任伍長の階級章、まっすぐに伸びた背筋。それらすべてが、現場で叩き上げられてきた人間という証左であろう。


市村いちむら先任伍長。報告を。」

「はっ。レーダーによる哨戒を続けていますが、未だバンデットは網にかかりません。」

「そうか。」


 報告を聞くと大佐は顎に手を当てる。ちなみにバンデッドとは軍の通信用語で、敵であると確認済みの航空機を指す言葉だ。


「4時方向から熱源反応あり……バレットよりかなりのスピードが出ています。」


 兵曹長の一言で、艦橋に一気に緊張感が走る。遂に正体不明の敵のお出ましというわけか……


「能見、到達予想は?」

「あと330でコンタクト。」

「07で迎撃させますか?」


 艦長が尋ねれば、大佐はしばらく考えたあと首を横に振る。


「ダメだ。敵の新兵器の詳細がわからん。」

「では、例の"箱"を?」

「いや、あれを司令部まで送るのが我々の任務だ。それに奴らの狙いはあの"箱"かもしれない。みすみす敵の前に晒すわけには。」

「なるほど……一先ず地上に砲台を展開させましょう。」

「そうだな。」


 砲台とは自走式砲台とは、一人乗りの戦車のようなものだ。しかし、"箱"って一体なんだ?


「こちら艦橋。第3格納庫聞こえるか?」

『こちら第3格納庫、稲葉いなば。』

「フェネック小隊は地上に展開。バンデットの警戒に当たってくれ。」

『了解。フェネック小隊出るぞ!』


 さて、着実に迎撃体制が出来てきた。いよいよ初陣と言うことか。指示を受けて地上に展開する自走砲の姿が映し出される。この機体、SPC-204は自動装填・自動照準・自動航法システムを搭載し、従来の4人乗り自走砲を一人で運用可能とした次世代兵器だ。すごいねぇ、帝国の技術は。


「司令。虎鶫から通信です。」

「繋げてくれ。」


画面に映し出されたのは見知った顔。そう。我らが義理の父、鳴海中佐だ。昔の爽やかな雰囲気はどこへやら、今では年相応より少し死んだ目をしている。思わぬ義父の登場に思わず冬霞と目を見合わせる。おいおい、第十八機動中隊に居るなんて聞いてないぜ。


『司令、航空部隊は展開しないのか?』

「あぁ。今は地上からの警戒で様子を見る。」

『いったいなんなんだ。このバンデッドは。航空機にしちゃ速すぎる。』

「おそらく……全く違うタイプの新兵器だ。」

『違うタイプ?』

「一先ず敵の目的を探る。それまでは航空隊を出させるな。」

『了解。』


 鳴海中佐は軽く敬礼すると通信を切った。いやしかし驚いたな。


「あれ、お前らの親父さんだろ?何?知らなかったの?」

「父親って言っても義理の父親だからね。あくまで後見人というか。だから、そんなにこっちから連絡もしてないんだよね。」

「マジか……色々あるんだな。」


 冬霞も少女の頃のトキメキはどこへやら。まぁ、幼年学校に入ってからは寮暮らしが長く、自分達のことで手いっぱいだったからな。今の関係性も仕方ないっちゃ仕方ないが。


「バンデッドを捉えました。モニターに映します。」


 モニターには五つの人影のようなものがぼんやりと映っている。人間サイズの物体が、黒い金属製の防具で身を包み、自動小銃のようなものを抱えている。なんだありゃ。あれはもしかして……


「やはり……機動外殻か……」


 大佐がボソリと呟く。機動外殻って……パワードスーツってことか!今まで割とこの世界は現実に近いと思っていたが、ここまで来ると流石に異世界って感じだな……


「モニター、もっと拡大できないのか?」

「すみません、電磁干渉が強くて。」

「ジャミング機能も積んでいるのか。」


 未知の敵にCICの緊張感がさらに高まる。


「……?司令。基地の第5格納庫から熱源反応があります。おそらくMAD-07が起動しています。」

「何?神田司令の指示か?すぐに止めさせろ。」

「ダメです。通常回線で繋がりません。」

「何?通信を切ってるのか?……「夜鷹」に通信回せ。」


 大佐は眉間に皺を寄せながら、神田司令を呼び出す。


「司令、発進準備中の第五格納庫の07を止めてください。今は様子見するように先程通信を送った筈です。」


 大佐の言葉に神田司令も困ったような顔をする。


「いやね。私もそんな指示出してないんだよ。一体何処の誰が07に乗ってるんだか……」

「一体、扇ヶ谷基地の危機管理はどうなってるんです。」

「司令。緊急時には予測不能な事も付き物です。今は対処を優先しましょう。」


 眉を顰める大佐に、艦長が割って入る。……嫌な予感がする。ここにアイツがいない理由ってまさか……冷や汗が頬を滑り落ちた。



***



 それは黒い艶を持つ鋼鉄の殻は、しなやかさと重厚さを併せ持った異様な輪郭をもっていた。膝裏に仕込まれた推進ブースターから青白い光が漏れている。


ヘルメットの前面は無機質な暗いマスクで覆われ、光学センサーが仄かに赤く瞬く。腕には連装式の短銃、背中には対装甲戦闘用の大型ライフル。脚部のシリンダーが低く唸り、歩みと共に大地をえぐるような重量感が伝わる。だが、何より異質だったのは、その動きだ。重装機甲でありながら颯爽と空を舞う。生身の兵士では決して追いつけない機動力。


「「アルテミス」ねぇ……」


 扇ヶ谷基地目前の上空で、ガウェインが呟く。この小隊は急造の小隊で他の四人のことはよく知らなかったが、どうやら自分と似たような身の上が集まっているらしいと言うことは知っていた。とにかく、この小隊の行末は作戦の結果次第だ。士官学校も出ていない、問題児の彼が一尉になれたのも、この機械に誰よりも適性があったからだ。だが……失敗すれば、戻る場所はない。喉が張りつくような圧が、ガウェインの胸を締めつけた。


「プロト小隊各位。ようやく目的地に付いた。兎に角、第一目標は例の物だ。鹵獲が不可能ならば破壊しても構わない。」

『は、破壊して良いのですか?』

「俺たちで破壊ができるという事は例の物より俺たちの「アルテミス」の方が上という事だ。遠慮する事はない。」

『ラ、ラジャー』


 困惑するプロト4を尻目に、ガウェインはデータを読み込む。


「補足したところ、敵の稼働している地磁気艦は5隻。「夜鷹」「百舌鳥」「燕」「虎鶫」……あと一つは新造艦だな。データにない。おそらく例の物はこの新造艦にあるだろ。コイツを集中砲火で白兵戦に持ち込むぞ。」

『『『『ラジャー』』』』


 プロト小隊は、扇ヶ谷基地の上空に来ると散開しようとするが、それにガウェインが静止をかける。


「3機07が飛んでるな。先に制空権確保だ。相手はデルタ編隊を組んでる。VICフォーメーションで囲い込むぞ!」

『『『『ラジャー』』』』


 ガウェインの指示通りに部隊が散ってゆく。


「さて。史上初の機動外殻の対空戦をお見せしましょうか。」



***



 時を少し戻して、第五格納庫の中。MAD-07の起動準備をする将伍に平田が静止をかける。


「おい、マジでやるつもりか。将伍。」

「あぁ、俺は大真面目だ。」

「相手は何が来るかわからないんだぞ。」

「俺は!………今までただ立派な軍人になる事を夢見てきた。立派な軍人って言うのは前線で戦果を上げる軍人のことだ。はっきり言ってそれ以外無かった。

 でも、春綺はそれを嫌っている。いや……愚かだとすら思ってる。だから、俺は青白戦で自分の進退を賭けた。勝つつもりだった……でも負けた。負けるなんて1mmも思わなかった。自信があった。

 でも……あいつは俺なんて軽く超えてきたよ。あれが才能だ。勝てない。そう思った途端に怖くなった。俺が今まで信じてきた物はなんだったんだ。俺の夢はそんなに愚かなのか……

 だから、俺は今……飛ばなきゃいけないんだ……自分の価値を、証明しないと。」

 

 将伍の独白に二人は黙り込み、拳を握った。今まで優等生だった将伍の追い詰められた様な姿を見るのは初めてで、言も言われぬ騒めきが心を駆け巡った。


「……飛ぼう……飛ぼう、将伍。」

「総介……」

「うん。アタシも行く。大丈夫。07が3機も有れば何とかなるよ。」

「唯……」


 将伍の言葉に、二人も思い当たる節があった。目の前にある好機を逃す選択肢は、もうこの三人にはなかった。三人はそれぞれコックピットに乗り込むと、エンジンを起動する。


「総介、唯。聞こえるか?」

『あぁ。感度良好。』

『こっちも良好。異常ナシ!』

「君達を巻き込んですまない。危険だと思ったら直ぐに逃げてほしい。まぁ、逃げ込んだ先でも厳罰は逃れられそうも無いが。」


 将伍の言葉に二人の笑いが漏れる。


「ここから先は、行くも地獄。帰るも地獄の片道切符だ。さぁ、気合い入れていくぞ。」

『『応!』』


 コクピット内に低い電子音が響くと、モニターに点火シークエンスの進行バーが現れる。


「エンジン・スタンバイ。第1スラスタ、点火準備完了。」


 カウントダウンが進む中、機体全体がわずかに軋みを上げる。後部のエンジンノズルから、青白い光がちらつき、内部の燃焼室でイグナイターが走る火花を散らした。


「MAD-07 OG01 発進する。」


 深い重低音とともに、スラスタの噴射炎が伸び、機体が震えた。モニター付近の推力計が一気に振り切れ、機体は低く唸り声を上げて空へと飛び出して行く。

 

「二人とも無事離陸出来たようだな。」

『当たり前、舐めないでよ。』

『右に同じく。』

「はは、悪い悪い。」

『来た。135方向から熱源反応……かなり早いぞこれ……』

「いよいよ敵のお出ましだ。」


 3機のMAD-07は進路を変えて、135方向へと向かう。



***

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