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若者達の憤怒

「さて、早速命令を出そう。」


 大南大佐は少し物憂げな表情をする。


「君達、士官学校の学生は第3会議室にて待機だ。」


 やはりな。まぁ、この「鶺鴒」、延いては第18機動中隊にとっても初陣である訳だ。俺たちに任せられる事はないだろ。


「かしこまりました。では、その様に。」


 敬礼をして任務を受領すれば、大南は意外そうな顔をする。


「神田司令からはなかなか活きのいい少年だと聞いていたが、案外物分かりが良いんだな。」

「自分も軍人の端くれ。与えられた任務はわかっているつもりです。」

「……そうか。では、頼んだぞ。」


 では、俺は俺の戦いをしに行きますか。



 俺が第3会議室に戻ると、全員の視線が集まる。流石に圧巻だな。


「我々は待機の任務を預かった。全員この場から動かないように。」


 そう告げれば辺りが一斉にざわつく。


「俺たちにも、何かできる事はあるはずだ!何かやらせてくれ!」

「そうだ!何の為に今まで厳しい訓練を受けてきたんだ!」

「そもそも一体状況はどうなってるんだ!」

「指揮官殿は、怖気付いておられるのか!」

「お子様だからな!仕方ない!」


 状況に対する不満から段々と俺に対する批判が集まって来る。

 

「おい貴様ら。先程も言ったが、今は俺がお前たちの上官だ。抗命行為にはそれなりの対応をさせてもらうぞ。」


 その言葉にざわつきが少しおさまる。だが、ひとりガタイのいい学生が立ち上がり俺のところへ向かって来る。あいつは青白戦の時のデルタ4……いや、金澤だ。


「指揮官殿は、待機を命令されておめおめと戻ってきたのでありますか?」

「あぁ。上からの命令に従うのが軍人の務めだ。」

「いえ!自分はそうは思いません!」


 金沢は大声を上げながら気をつけをする。


「ほぉ。続けてみろ。」

「もしも上官の指示に間違いがあれば、諫言をし、間違いをただすのが軍人の務めであります!」

「では、今貴様は諫言を行なっていると。」

「そうであります!自分たちは593名もおります!約4個大隊という数は、この非常時に貴重な戦力になると意見具申いたします!」

「では、その4個大隊で何をする。」

「我々は砲兵、航海、航空、様々技術訓練を受けてきたものもおり、必ずや第十八機動中隊のお役に立てると確信しているのであります!」


 はぁ。質問と答えがチグハグだ。俺たちが歩兵ならいざ知らず、船の中の出来上がったチームワークの中に異物を入れて機能する訳がない。


「状況も判らんのに活躍を確信できるとは、見事な戦術眼だな。」

「それは……」

「謙遜するな、金澤。」


 優しく肩を揉めば、金澤は下を向いて俯いてしまう。


「では、指揮官殿に状況を確認してきて頂きたい……」

「なにぃ?」

「状況が判らなければ活躍できるか判断できないのは指揮官殿も同じなはず……であれば、指揮官殿に状況を確認した上で改めてご判断いただきたい!」

「なるほど……」


 確かに。一理あるな。これは一本取られた。まぁ、ここ辺りが落とし所か。あとで活躍できる場所などなかったといえばいいだけの話だ。


「いいだろう。確認してこよう。」

「指揮官殿!ありがとうございます!」


 金澤が顔を紅潮させながら何度もお辞儀をしてくる。こいつも山岡と同じ類の単細胞生物か。まぁ、ひとまず、艦橋に行って様子だけでも見させてもらうか。



***



 帝国領内空中。5機の黒い人形の物体が高度5000mを進行していた。彼らが着用しているのは、連合の新兵器「アルテミス」。所謂、機動外殻という兵装だ。今はとある任務のために、敵の前線司令部を突破して目的地に向かっているところであった。横隊の中心にいるのはトーラス・ガウェイン一等陸尉。このプロト小隊を指揮する隊長である。


「おい!コマンドポスト聞こえてるか!?コマンドポスト!?」

『こちらコマンドポストどうした、プロト1』


 平坦な女性の声が聞こえて来る。その独特な声を聞いて、ガウェインはすぐに通信相手がイヴァン・ルラ二等陸佐である事がわかった。


「お前じゃ話にならない。司令を出せ司令を!」

『司令は今、紅茶のお時間だ。』

「そんなことしてる場合か!こっちは作戦行動中だぞ!」

『相変わらずだねぇ、ガウェイン君は。』


 唐突に声がしゃがれた男性の声に変わる。この男がガウェインが求めていた、司令ことウィリアム・マックスタッカー陸将だ。


「おい。何で向こうの前線司令部をあんな中途半端な状態で残しておくんだ?今なら叩ける!」

『さっき作戦は説明したでしょ。目的の物はそこには無いの。持続運動可能時間を考えればあんまり時間はないよぉ。それに、その「アルテミス」は試作機だからあんまり無理させられないのよ。わかる?』

「はっ!そっちの都合でいい様に使いやがって」

『ははっ、ガウェイン君。それが上官という物だよ。とにかく、例の物を鹵獲して、戦闘データを持ち帰ってきてね。』

「はぁ……」

『せっかく一尉にしてあげたんだ。それなりの戦果を期待してるよぉ。それじゃ。』

「おい!切るな!」


 分厚い装甲に阻まれて見えないが、ガウェインの眉間に皺がよる。


「プロト小隊!急いで目的地まで向かうぞ!」

『『『『ラジャー』』』』



***



 電話が切れたあと、マックスタッカー陸将は、連合陸軍北方司令部の自室でくすくすと笑っていた。資料が山積みとなった机に紅茶のカップを置き、自分の側近へと目を向ける。


「いやぁ、怒ってたね。彼。」

「いいんですか?彼に隊長の資質があるとは思えませんが。」


 ルラ二佐は角張ったメガネを直しながら問いただす。


「まぁ、人格的に言ったらそうかもねぇ。」

「では何故。」

「アルテミスは人を選ぶんだ。」

「……人を選ぶ?」

「まぁ、そのうちわかる。この作戦の行末で世界が大きく変わるかも……なんてね。」


 陸将は窓のその景色を眺めながら呟く。その視線の先には世界樹が見える。世界樹はこの島の三国の国境にあり、辺りの土地を含めて不可侵領域かつ、無国籍地帯となっていた。あるものと言えば古い遺跡しかなく、特に産出物もない、辺りを川に囲まれた土地はいつしか信仰の対象にする人間も少なくなかった。


「しかし、アルテミスさえあれば我が軍は連戦連勝間違いなしです。」


 興奮気味に語る二佐を他所に陸将は眉を釣り上げる。


「それはどうかなぁ。全く、とんでもないものを押し付けてくれたもんだよ。アイツ。」



***



 特2号が発令された時まで時を遡る。

 錆びた格納庫には戦闘機の影が沈んでいる。潤滑油や機械油の独特な匂いや、時折聞こえるトルクを回す機械の音は、3年生になった今では郷愁すら感じる。将伍たちは第二ハンガーでMAD-06の実機演習を行なっていた。今回は実際に飛ばすのではなく、実機とシミュレーターを接続した擬似演出ではあるが、実際の機体の感覚を感じられる貴重な訓練ではあった。

 帝国でも航空機パイロットの育成に力を入れており、現在は内務大臣へと転身した、当時の軍令部総長であった髙橋源三郎たかはしげんざぶろう大将の方針により、この手の教育には大きな予算が注ぎ込まれていた。その代わり、教育課程でも優秀な者しか受けられない様になっており、航空課程を受けているというだけで一種のステータスとなっていた。航空課程に憧れる生徒の多い要因の一つに、大南大佐の存在があることは言うまでもないだろう。


「はぁ、早く連合軍が攻めてこないもんかな。」


 06の実機から降りてきた平田が呟く。 


「あまりそう言う事は言うもんじゃないよ。総介。」

「でもさぁ。平和なままだったら俺たちいる意味ないぜ。」

「軍人っていうのはそんぐらいがちょうどいいのさ。」

「どうしたの将伍。いつにも増して塩気しおらしいじゃん。」


 経口補水液を手に取った将伍の背中を唯が軽く叩く。


「危なっ……溢れるって……いや、俺たちは戦場なんて見たこともないまま育ってきたけど、冬霞や春綺は違うんだなって。」

「あぁ、アイツら一応戦災孤児だっけ。」

「たしかに、なんかあんま感じないよねぇ、そう言う雰囲気。特に春綺。」


 平田の感想に、確かにと言う様に山岡が返す。


「あのお子様は全体的におかしいだろ。13歳の癖に妙に達観してると言うか。まぁ、それだけ衝撃的な体験だったのかもしれないが。」

「あいつは特別だよ。いずれ本当に天辺まで登っていくかも知れない。」

「どうしたの将伍、今日は随分と春綺を褒めるじゃん。」

「いや、アイツは俺を軍令部次長にまだするって言っていたが、そこまでついていけるのかなって。」


 将伍は少し困った様に笑う。


「一回負けたぐらいで気にすんな。成績も身長もルックスもお前のほうが上だ。」


 平田が慰める様に明るい声を出す。


「座学で6歳も下のやつに勝ったって、自信にはならないよ。むしろジリジリと後ろに迫られてる気分だ。」

「ま、まぁ、あまり思い詰めんなって。な。」


 思った以上の重い雰囲気に、平田は慌てて適当にその場にあった菓子を将伍に差し出した。将伍が受け取ろうとしたその時、突如、警報が鋭く鳴り響き、基地全体の空気感が変わった。壁の非常灯が次々と点滅し、床がかすかに揺れる。慌ただしい足音が遠くから押し寄せ、空気が一気に張り詰める。その雰囲気に、将伍たちは一瞬顔を見合わせた。


「な、なんだ?」


『特2号発令。特2号発令。基地内に残っている者はすぐに指定の部署に戻り待機する事。繰り返す、基地内に残っている者はすぐに指定の部署に戻り待機する事。』


 ブツリと通信が切れれば、3人で顔を見合わせる。


「ほ、本当に敵が来たんだ……」


 平田が深刻そうな顔で将伍を見つめる。


「まだわからない。東南司令部がそう簡単に抜かれる事はないだろうし、一先ずの警戒体制だろう。」

「それでいきなり特2号になるか?」

「うーん……」

「ねぇ、ならちょっと情報収集に行かない?」

「何言ってるんだ。俺たちは一先ず第三ポートに集合して、「燕」に乗艦だろ?」


 山岡がイタズラっぽい表情で提案して来と、平田がマニュアルを読み上げる様に返す。


「でも、こんなチャンス滅多に無いし……」

「おいおい、冗談だろ?なぁ、将伍?」

「……いや、行ってみよう。」


 将伍の発言に思わず平田は二度見した。


「おい。お前は主席なんだぞ。こう言う時に全校を纏めるのはお前の役目だ。」

「大丈夫だ。その役目は春綺がいる。」

「将伍……」

「今しかない……今しかないんだ。」



 将伍たちは第2ハンガーを出ると、冷たい通路の空気が肌を刺した。誰もいないはずの通路に、かすかな振動が感じられる。向こうの角を誰かが足早に駆け抜け、床に残る足跡が不安を誘った。一行はとりあえず、第1会議室の方へ向かう。基地に詰めている高級将校たちは、大概ここで会議を行うからだ。会議室に向かう途中の丁字路で、カツカツと軍靴を鳴らす音が聞こえてきて身を潜める。


「おい見ろ。津田大尉だ。」

「やばい隠れろ。」


 3人が物陰に隠れると、津田大尉の向かいから、神田司令と大南大佐が歩いて来る。


「大南大佐だ!なんでここに!」

「おい、バカ!」


 思わず声を上げた山岡の口を平田が抑える。


「おぉ、津田くん。一体どう言う状況なんだい。」

「はっ。まだ確かな状況はわかっておりませんが、東南司令部が突破されました。」

「何?もう抜かれたのか。」

「いやその。実害はほとんどなく、5機の小型ユニットが主電源のみを破壊してこちらに向かっているとか。」

「なんだそれは……威力偵察か?」

「可能性はあるかと。一先ず警戒体制を。あまり大規模な戦闘はないとは思うのですが……」


 それを聞いて難しい表情をしていた大南が口を開く。


「いや、奴らの新兵器を侮ってはいけません。ここで食い止めましょう。至急、戦闘配備を。」

「大南くんは何か知っているのかね?」

「えぇ、噂程度ですが。」

「……そうか。もし何か情報があるのであれば、漏れなく共有してくれ。」

「後ほど、「鶺鴒」から「夜鷹」に宛てて送らせていただきます。」


 大南が恭しく頭を下げる。


「神田司令。士官学校の学生達はどの様に。」

「学生?待機に決まっているだろう。待機だ、待機!」

「しかし、この状況で大人しくしていろと言うのも……」

「まだ任官前の学生なんだ。状況のわからない戦場に送れるか。うちはそんなに野蛮な軍隊じゃない。」


 3人の会話を聞いて唯が再び口を開く。


「どうする?このままじゃ、私たち待機だよ。」

「どうするもこうするもないだろ。軍令だ。」

「まぁ、もう少し聞こう。」


 将伍は口に人差し指を立てて再び耳をそばだてる。


「現状のマニュアル通り、「燕」に乗艦させたのち待機ということで。」

「「燕」かぁ、あんなオンボロ艦で大丈夫か?いつエンスト起こすかわからん艦だぞ。」

「しかし、他に600人も収容できる艦は……」


津田大尉が頭を抱えていると、神田司令が思いついた様に口を開く。


「大南くんの「鶺鴒」はどうだろう?」

「「鶺鴒」ですか?」

「頼む。待機させておくだけだ。それに、学生達も君の下なら大人しく待機の任を聞くだろう。」


 神田司令が頭を下げて手を出すと、大南は困った様にしばらく目を瞑り、相手の手を握り返した。


「学生達のことは、お任せください。」

「よかったありがとう、大南くん。この借りはいずれ返すよ。」

「私は集まっている学生に指示を出して参ります。では。」


 3人がそれぞれの場へ散っていくと、将伍達は大きく息を吸う。


「どうする将伍?一先ず第三ポートに向かうか?」

「ちょっと、待機なんて納得できない。」

「おい、これは軍令だぞ。守らないつもりか?」

「……第5ハンガーへ行こう。」


 将伍の言葉に2人が固まる。


「将伍まさか……」

「嘘でしょ?」

「第五ハンガーの07で敵の新兵器を迎え撃つ。」

「おい、そんなことしたら……」

「わかってる。だが、結果を残せば問題ない。俺たちなら出来るはずだ。」

「将伍……」


 硬質なブーツの音がコツコツと響き、第五ハンガーへ続く廊下を駆け抜ける。冷たく湿った空気が肺に重たく沈み込む。誰も口を開かず、ただ将伍の背を追い続けた。初めて見る将伍の表情に、二人はついていく他なかったのだ。



***

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