土曜日の昼下がり
冬霞と買い物の約束をした土曜日がやってきた。士官学校生と言えど、土日は2時間程度の外出は申請なしでも可能だ。申請をすれば長時間の外出も問題なくできる。しかし、申請を出して外出するなんて久しぶりだ。たまには俺も買い物でもしようかな。着替えを済ませれば、リードモニターでポチポチと検索しながら扇ヶ谷市内での買い物情報を探る。リードモニターとは、現代日本でいうスマートフォンの事だ。この世界では現代よりIoTの進みが早く、様々な物をこのリードモニターで一元管理している事が多い。この薄い機械の板が、俺らの身分証であり財布であり携帯でもある。まぁ、現代日本でもそうなりつつあるか。
「なんだ春綺、出かけるのか?」
「あぁ、ちょっと冬霞に頼まれてね。将伍は?」
「俺は、総介と唯と06の実機を触らせてもらいに行くよ。」
「休日なのにご苦労だね。あいつらも良くやる。」
「春綺こそ、向いてるんだからもっと練習すれば良いのに。そもそもなんで軍令部志望なのに航空課程なんて取ってるんだ?」
「最新の武器について理解してないと、戦略を立てるというのは難しい。それに……」
「それに?」
「男の子というモノは、やっぱり飛行機が好きなのさ。」
「……春綺にも年相応な部分があったんだな。」
将伍は、俺の冗談に真剣にうんうんと頷いている。なんだこいつ。
「ひとまず、今日は休日を楽しませてもらうわ。」
「いってらっしゃい。」
メリーメイのキーホルダーのついたリードモニターを仕舞えば、俺は早速市街へ繰り出していく。
「やっぱりちょっと子供っぽくないかな?」
「大丈夫だ、冬霞が着ればちょうど良くなるよ。」
「もっと真剣にみてよ。」
「真剣だっての。」
やはり女性の買い物に付き合わされる男の構図というのは、どの世界も変わらないね。ただの文学部史学科出身には、そういうの荷が重いのわかって頂ける?いや、士官学校が制服でよかった。散々あれも違うこれも違うと悩んだ挙句、冬霞は最初に試着した服を購入した。これもあるあるかも。あの長い悩む時間はなんだったんだ。
「せっかくだから、春綺もなんか服買えば?」
「そうだなぁ。どこか良いところあるかなぁ。」
とりあえず近くの良い店が無いか探そうとリードモニターを出す。何でもかんでもインターネットに頼ってしまうのが現代人の良くないところ。
そう思っていると、リードモニターがとある文書を受信した。
『特2号:外出中の軍属および士官学校生は即時基地に帰投せよ。』
特2号。つまりデフコンレベルが一つ上がったという事だ。冬霞と目を見合わせる。あたりの人々はまだ何も知らないようで、街はいつも通りに動いている。とにかく基地に戻って現場を確かめねば。
基地に戻ると、皆一様に慌ただしく走り回っていた。7年前の襲撃のあの日を思い出す。だとすれば時間は残りわずか。チラリと横を見れば冬霞が青い顔をしている。
「大丈夫だ、冬霞。あの頃と俺たちは違う。」
「う、うん。わかってる。大丈夫。」
冬霞は強く手を握れば、決意のこもった様な顔に変わった。そうだ。何も出来ずに見ているだけはもうごめんだ。
「よかった。無事だったのか。」
ひとまず、集合場所である扇ヶ谷基地に三つある機動艦の一つ、「燕」に向かっていれば、安堵の表情で津田大尉が話しかけてくる。
「探していたんだ、橿原姉弟。」
「一体状況はどうなっているんです?」
「私にも詳しい事がわからんが、新兵器に東南司令部を突破されたらしい。」
「新兵器?バレットの新型ですか?それとも新しい機動艦……」
「いや、そのどちらでもないようだ。とにかく情報が錯綜していて、たった5機の新兵器で東南司令部を一時戦闘不能にしたらしい。」
「一時戦闘不能?」
「主電源を落とされて一時機能停止に陥らせた様だ。だが、東南司令部の第四艦隊もう動けるらしい。」
「では、一体なんのために……」
前はここが最前線だったが、今は違う。東南司令部のある皆原をスルーして扇ヶ谷まで直行……?たった5機の新兵器で?まさか帝都に直接……いや、そんな事ができるのか……?様々な可能性が頭の中を巡る。
「上層部の中でも対応意見が分かれている。私もすぐに会議に戻らなければならない。そうだ。春日井と平田と山岡がどこにいるか知らないか?」
「第二ハンガーで06の演習をしているはずですが……」
「それが、見当たらないんだ。」
「え……?」
「……仕方ない。現刻をもって君を扇ヶ谷士官学校全生徒の指揮官に任じる。」
「……自分がですか?」
「あぁ。主席の春日井が居ないんだ。仕方ない。今は次席の君がその役目を全うするべきだ。」
「しかし……」
「戦とは所詮その日の天候が如きものじゃなかったのか?」
「え?」
津田大尉はいつもとは違う優しい笑顔でこちらを見つめている。
「今日はそういう天気だ。指揮官として胸を張れ。」
ドンと強く背中を叩き、津田大尉は俺を送り出す。
「はっ。橿原春綺。指揮官の任、受任いたしました。」
敬礼をすれば。津田大尉も敬礼を返してくる。
「早速上官として命令だ。今から集まっている学生を集めて「鶺鴒」へ乗艦、その後現場の指揮官に従いなさい。」
「「鶺鴒」?第18機動中隊の?なぜここに。」
「任務の都合でたまたまここに寄港していんだ。」
「しかしなぜ「燕」ではなく、「鶺鴒」に?」
「「燕」はすでにオンボロ艦だ。比べて「鶺鴒」は最新鋭機で、人員を置いておくにも余裕がある。それに、君たちは士官学校の学生とはいえ、まだ任官前だ。神田司令が大南司令に頼んで乗船許可を頂いたんだ。」
なるほど、俺たちはまだまだお客さんってわけね。だが、他の連中は納得するかな。
「……お前の仕事はわかるな、橿原。」
つまり、俺は若さに任せて飛び出そうとする学生を抑える事が仕事ってわけか。まぁ、確かに他の学生より年下の俺が適役ではあるかもしれないな。
「はっ……かしこまりました。」
「頼んだぞ。私も残った人員を回収しながら、時期にそちらに向かう。」
「はっ。」
再び津田大尉を敬礼で見送ると、冬霞が寄ってくる。
「すごい!鶺鴒に乗れるなんて!」
「そんなこと言ってる場合か。集中しろ。とにかく急ぐぞ。」
途中、少し遠回りをしてロッカーにより制服に着替える。やはり、上官が私服は頂けない。急いで着替えて小走りで向かえば、出航準備に取り掛かる「燕」付近にはすでに600人ほどの生徒が物々しい雰囲気で集まっている。
「よかった、春綺、冬霞。やっと合流できた。」
そんな中、優がいつもの雰囲気で寄ってきて、少し安心する。
「あぁ。ひとまずな。」
「あれ、将伍達は?一緒じゃなかったのか?」
「それが、第二ハンガーにいなかったらしい。何やってるんだか。」
「そうか……」
「津田大尉たちも引き続き探して回収してくれるらしい。そうだ、拡声器あるか?」
「え?あぁ。あるけど。」
少し困惑している優が、俺に拡声器を持ってくる。
『あ、あ……この度津田大尉より、この扇ヶ谷士官学校の生徒の指揮を預かった橿原春綺だ。』
俺の言葉を聞くと、あたりから、さらにザワザワと聞こえてくる。
「おい!静まれ!」
すかさず、優が大きな声で割って入る。流石だ。
『これより、我々は第18機動中隊の「鶺鴒」と合流する。』
再び騒めき。まぁ、無理もない。
『静まれ。これから作戦行動に入る。二度目はないぞ。』
今度はシンと周りが静まり返った。まるで高校の先生だな。まぁ、似た様なものだが。
『学内での小隊長は大隊長に欠員を報告。大隊長は橿原冬霞に報告を上げろ。これより、中丸優と橿原冬霞を、俺の副官に任ずる。以上。』
俺が拡声器を置けば、中丸が俺に向かって敬礼する。冬霞もそれを見て慌てて俺に敬礼をする。まぁ、一応こういう格好というのは大事だ。今の状況では指揮系統を見せつけて彼らに叩き込ませなければ。報告を上げさせるのもその一環だ。
「やったな、春綺。ついに600人の指揮官だ。なかなかできる体験じゃないぞ。」
「そうはしゃいでも居られない。連合軍の目的も不明だ。」
「しかしなんで、「鶺鴒」に……」
中丸にかくかくしかじか話していたら、冬霞が報告を受けて戻ってくる。
「欠員は24名。そのうち、遠方外出の申請が出ているのが11名ね。」
「そうか。全員無事見つかると良いんだが。よし、総員!鶺鴒のいる第四ポートまで向かうぞ!隊列を乱すな!演習行進を思い出せ!」
扇ヶ谷士官学校の学生、592名を引き連れて行進を行わせる。別にある程度列になっていれば良いのだが、ここは恨まれ役を買っても厳しく行こう。どうせ後で恨まれるんだ。
5分ほど歩けば第四ポートに着く。ちなみに、ポートというのは戦艦を格納、整備する専用の接舷所の事だ。そこで巨大な最新鋭の地磁気艦「鶺鴒」が、未だ待機状態でまっさらな白と灰色のボディを輝かせている。45口径の2連の主砲が二つもあるのは、なかなか壮観だな。搭乗口まで来れば、制服を着た髪の長い女性士官が敬礼をして迎えてくれる。
「大南司令より伺っています。扇ヶ谷士官学校の学生ですね。」
「はっ。この度全校の指揮を預かりました。橿原春綺です。」
「私は第十八機動中隊、旗艦「鶺鴒」船務長の能見大尉です。ひとまず中へ案内をします。こちらへ。」
周りの学生が気づいているかは分からないが、やはり完全にお客様扱いだな。
俺たちは言われるまま、椅子と机とプロジェクターしかない広い部屋に詰め込まれる。これはこれから用途が決まるのか、それとも簡易的なブリーフィングルームなのか。とにかく、血気盛んな学生を詰め込むにはもってこいの部屋だな。
「橿原君は艦橋までお願いします。」
「はっ。」
優と冬霞にしばらく頼むと言い残し、能見大尉と共に環境へと向かっていく。能見大尉は俺の年齢が気になるのかチラチラ横目で見てくる。なんか気まずいなぁ。独特のプレッシャーを感じている間に、艦橋の扉の前まで辿り着いてしまった。うん。流石に緊張するな。
「司令、お連れしました。」
「あぁ。」
艦橋は、今まさに出航の準備中でピリピリとした雰囲気が流れている。大南大佐はこちらを一瞥すると、再び元の作業にもどる。なんだか有名人にあった様な気分だな。まぁ、大佐も有名人ではあるが。昔、お茶のCMにぎこちない笑顔で出ているのを見た事がある。スポーツ選手が出ているCMの様な雰囲気で少し笑ってしまったのを覚えている。
「外部環境スキャン開始」
オペレーター席に座っている軍曹が声を発する。すぐに階級章を確認してしまうのは軍人の悲しい性なのだろうか。メインのモニターには、周囲の地磁気強度・方向、地殻の導電率、天候・太陽風影響などの検出されたデータが表示される。
「磁場強度、標準圏内。北東側に軽い乱流あり。」
今度は兵曹長が読み上げを行う。この2人がメインオペレーターの様だ。
『こちら機関室。超伝導コイル始動。液体ヘリウム供給開始。冷却ライン、異常なし。』
まさに職人気質といった様な初老の男の音声が飛んでくる。
「超伝導コイル、昇温完了。パルス起動、カウント3、2、1――安定圏入ります。」
「 艦体静電遮断。ファラデーケージ作動。人員、装備への電磁保護を確認。」
「地磁気共鳴モード選択。各部隊へ地磁気捕捉態勢。」
軍曹と兵曹長が交互に読み上げを行うと、皆近くの手すりに捕まる。何度か演習で演ったが慣れないな。昔はここで大きく艦体が揺れたらしいが今は改良されて静かなもんだ。一応、皆気持ち程度に姿勢をとっている。
「イナーシャルロック、オン。慣性制御システム起動。」
「エネルギーシステム移行。補助動力から「地磁気誘導モード」へシフト。」
『こちら、CIC。メインマグネティックフィールド、帯磁率良好。誘導結合確認。』
今度は戦闘指揮者から渋めなおじ様の声。なかなか低音で聴き心地が良いな。
「反発推進方向設定完了。」
「MHDスタンバイ」
『MHDスタンバイ完了』
再び機関室から通信が入れば、ずっと腕を組んで立っていた中佐が指示を出す。おそらく艦長であろう。
「機関、誘導電流送電開始。」
その言葉を受けて兵曹長は違うモニターを確認する。
「了解。送電開始。電流上昇。100%まで残り50。」
50秒の間に、じんわりと艦体が浮かんで行くのを感じる。リニアモーターカーってこんな感じなのかな。
「誘導力、上昇中。船体揚力確認。」
艦長は腕組みを解き、時計を一瞥すれば、航海長に指示を出す。
「両舷前進微速。」
「両舷前進微速赤黒なし回転静定……さて、行きますかぁ。」
これが我らが世界の最新鋭技術、地磁気駆動式水陸両用戦艦という訳だ。
「さて、待たせたな。橿原君。」
一連の出来事に圧倒されていれば、大南大佐が俺の前にやって来る。
「この度はありがとうございます。」
「何、神田司令に頭を下げられてはな。」
「……なるほど。」
まぁ、招かれざる客と言うのは仕方ない。せめて大人しくしていよう。