青春の轍
さて、いよいよ最終競技の騎馬戦だ。ご存知の方も多いがルールを確認しておこう。我が校の騎馬戦のルールは川中島方式。つまり、大将が落とされたら負け。逆にどちらかの大将が落ちるまでは試合は続行される。ちなみに、4人1組の10騎、計40人で争うことになる。俺はもちろん大将騎の騎手で、馬の先頭は山岡が務める。まぁ、あの脳筋には適任のポジションだろう。
「さて、首の皮一枚繋がったが、騎馬戦はどう攻めるかねぇ。」
流石に俺も運動着に着替えて準備万端……では有るが、なかなか軍議が進まない。
「いや!特攻あるのみだろ!さっさと敵の大将の首取っちまおう。」
先程の棒倒しの興奮覚めやらない山岡が声をあげる。
「ダメだ。将伍は確実に持久戦を計画している。」
「いや、正面突破だね。」
「手数を無駄に減らすことはできない。とにかく、初手は横隊を組んで待機だ。」
軍議を切り上げれば、山岡は不満そうな顔をしている。確かに受け身過ぎる作戦ではあるが、将伍に限って電撃戦はありえない。敵の防御陣形を見てからでも、十分勝機はある。だが、負ければ全ておじゃんだ。
『続いては、最終競技、騎馬戦です。選手の皆様は、入場してください。』
青白両軍の選手が入場者し、一斉に騎馬を組む。周囲にある簡易的に設けられた金属製のスタンドから、両軍の応援団が声を張り上げている。遠くから大型輸送車がガタガタと滑走路を進むエンジン音が微かに聞こえて来るのが、また独特の雰囲気を醸しだしている。砂で出来たサッカーグラウンドほどの広さのフィールドで、両軍横隊を組んだ後、白軍の大将騎がゆっくりと前に出る。ここからは騎馬戦の伝統、大将による口上合戦だ。いや、うちの対抗戦は色んな伝統があるね。てか、大将やること多くね?
「白組大将より、青組大将に申し上げる。先程の棒倒しでの采配。お見事。しかし、今度は囮作戦は通用しない!青組の御大将は正々堂々と戦う勇気はないのか!」
まぁ、紋切り型の煽り文句だな。そんなんでちゃんと頭に血が昇るのは、俺の下にいる脳筋女ぐらいだぜ。
「そのようなことで、お前は家族のことを守り抜けるのか!此度も逃げ回るような臆病者と分かれば、貴様の姉君は、この俺がもらい受ける!」
将伍の一言に、会場から黄色い歓声が沸いた。続いては将伍コールの大合唱。おいおい、まじかコイツ。さっきあんだけ奥手なお願いしときながら、ここで公開告白かよ。てか、冬霞も顔が赤くなってるがあいつまさか……
「ちょっと、御大、言われてんぞ、早く言い返してやんなよ。」
下の山岡が、今か今かと半歩前に踏み出す。仕方なく合図を送り、こちらも前に出る。
「白組大将に物申す!策略に掛かっておきながら、係る物言い無礼千万!我ら白組10騎は皆、千軍万馬の古兵也!もし我らが破るる事あらば、そこに居る我が姉を好きにするがいい!しかし!もし貴様が敗れれば、先の約の通り、貴様の身を貰い受ける!いざ尋常に……」
「「勝負!」」
2人の声が重なれば、あたりからパラパラと拍手が起こる。いや、"いざ尋常に勝負"は毎年のお約束なのよ。ほんと恥ずかしいな。
応援団の太鼓が乾いた夕空に響き渡る。汗ばんだ額に当たる風は涼しく、砂混じりの匂いを運んでくる。太鼓の音が一瞬途切れ、空気が凍りつく。ピストルの乾いた音が鳴り響くと、応援席の歓声が爆発した。さて……白組の陣形は……
「穴熊……」
山岡がぼそりと呟く。おいおい!あんだけ煽っておいて、最大の持久戦術かよ……穴熊囲いとは元々と将棋の戦術で、自陣の端に玉を囲い込む戦法だ。その戦術を騎馬戦の四角いフィールドに応用して、大将騎を角に寄せ、残りの9騎で囲いこむ様に陣形を取っている。この陣形に個別に突っ込んで行くと、密集陣形の数的有利によって各個撃破される。しかし、1番外核のところに冬霞を配置しているけども……さっきの口上は一体何だったんだ……
「どうする、大将。」
横隊で隣に並んでいた優の騎馬がこちらに寄ってくる。
「横隊を先陣と後陣、大将に分ける。5-4-1の陣形で相手の数的優位を打ち消しつつ、逆に囲い込んで逃げ場を無くしてやる。」
「なるほど、了解。」
「先陣の中央は優に任せる。プランCでいくぞ。」
「心得たり〜。」
先程の口上の雰囲気に呑まれたのか、時代劇風の口調で返してくる。ほんとに大丈夫かコイツ?相手が動かないことを良いことに、のろのろと陣形を組み替え、ゆっくりと穴熊へと近づいて行く。しかし、残り5m程に迫った時に冬霞の騎馬がいきなり陣形から離れて大きく俺たちの後ろに回り込もうとしてくる。それを見た隊列は歩みを止めてしまった。
「止まるな!進め!相手が陣形を変える前に囲い込め!」
急いで檄を飛ばし横隊を前に進めさせてる。
「どうする?冬霞に回り込まれる!?」
山岡が焦ったような声を出す。やめろ、緊張が伝播する。全身で山岡の肩に体重をかけ、騎馬のバランスを調整しつつ叫ぶ。
「仕方ない、逃げ切るぞ。」
合図を出して密集陣から離れる。最高速を出して、回り込もうとする冬霞から距離を取ろうとする。
「待てちなさい、春綺!大将が陣から離れて恥ずかしくないの!?」
「無様に討ち死にするよりマシだね。それより冬霞、そんなに将伍と一緒になりたいのか。白馬の王子様が見つかって良かったなー!」
「アイツ…弟のクセに!変な争いに私を巻き込まないでよね!」
「あはは!あれは将伍が勝手に言ったことだ。俺は知らないね!」
俺が早く動けと山岡の肩を叩いて加速させる。そのうちに山岡の体が前のめりとなり危うく騎馬が崩れかける。
「あぶね。山岡!大将騎が自滅なんて洒落にならねぇぞ!」
「わかってるっての。そっちこそチビなんだから振り落とされない様にちゃんと捕まってな!」
「この脳筋がっ……」
しばらく追いかけっ子をしているうちに、密集陣形に動きが出てきた。敵が3騎、こちらが3騎。つまり、俺と冬霞たちを合わせて4騎まで減っている。急いで近くまで騎馬を寄せて大声を張る。
「全員、散開!」
号令を聞くと、青組の騎馬が一斉に敵陣から離れていく。
「逃げるぞ!背中を見せたいまがチャンスだ!追え!」
「後一歩で崩せるぞ!」
白組の馬上の騎手達はいまが好機と声を張り、大将騎以外が逃げた騎馬達の追撃を始める。かかったな。
「おい待て!陣形を保て!」
将伍何か気づいたようで焦った声を出すが、時すでに遅し。既に陣形は大きく崩れている。そして、全てを察したように優の騎馬がこちらに向かって走ってくる。
「優、バトンタッチだ、冬霞を頼む!」
「任せろ!」
優は俺たちの横を通り過ぎると、冬霞の騎馬に向かって突っ込んでいく。冬霞の騎馬は危うく耐性を崩しかけ、一旦足が止まる。その間に、俺たちとの距離はみるみる開いていく。
「おら、お前の相手はこっちだよ。お嬢ちゃん。」
優は煽る様に冬霞の騎馬の周囲を周ってみせる。
「ちっ。ひとまず優の騎馬から潰す!」
冬霞の騎馬が、優の騎馬に向かって舵を切れば、優はすかさずは反転して逃げの姿勢に入る。さぁ、後雇の憂いは断った。
「山岡、お待ちかねの一騎打ちだ。」
「よし来た!」
将伍の騎馬に向けて一直線に向かっていく。心臓が高鳴る。将伍のもとへ一直線で駆け抜ける。将伍も覚悟を決めたのか、視線を鋭くこちらに向け、静かに拳を握って動かずにこちらを待ち構えている。お互いぶつかり合うと、ガッチリと両手を掴み合う。
「やってくれたな、将伍。めんどくさい穴熊囲いなんてやりやがって。最後に一騎打ちで決めてやるのは温情だと思え。」
「何が温情だ。一騎打ちするしか無くなったんだろ。」
「お前の残念は部下を統率する力がないことだ。今日の結果を見ればわかるだろ。前線は辞めておけ。」
「お前こそ、それだけの指揮能力があるなら、前線に来い。お前は指揮官に向いている。」
「俺は、現場じゃなくて、もっと大きな世界を見てるんだ。」
お互い両手離さず組み合っているうちに、位置が入れ替わって俺が角へと追い込まれる。
「追い詰めたぞ……春綺。」
将伍がニヤリと笑った瞬間に、一気に会場から歓声が上がる。
「えっ……」
将伍が驚いた様に振り返れば、そこにはしたり顔の中丸の顔があった。
「人は油断した瞬間が、1番危ういんだぜ。」
俺の言葉に、将伍がまたゆっくりこちらに向き直る。そこからはまるでスローモーションの様に感じた。将伍の死角となっていた左側から手を出して、相手の鉢巻を取って天高く掲げる。その腕を見て将伍は唖然とて固まっている。はは、イケメンは動揺した顔もなかなか様になるもんだな。
実は、冬霞を引きつけたまま、優が将伍の後ろに回り込んでいたのだ。場所が反転した一瞬の隙をついたという訳だ。正直、将伍の性格からして穴熊囲いまでは折り込み済み。散開から一騎打ちの後、相手を角から引き摺り出して不意打ちまで全てプランCに含まれている。あの口上の後に穴熊をしてきたのは面食らったが、概ね予定通り。
まぁ、冬霞を回り込ませるのは予想外だったが、急遽身代わりを引き受けて逃げ周りながらプランCを完遂させた優がMVPだな。全く薄氷の勝利だぜ。
「……はぁ。敵わないな。」
参ったというように両手を挙げて将伍がこちらへ寄ってくる。
「いやぁ、たまたまさ。あれだけ言っておいて穴熊で来たのは面食らったが。」
「いやぁ、面食らって焦ってくれると思ったんだけどなぁ。」
「うちの部下たちは優秀でね。」
「はぁ、大人しくお前に軍令部次長にでもさせてもらうか。」
将伍がニヒルに笑う。
「おいおい、俺頼りかよ。」
「頼りにしてるぜ、未来の軍令部総長。」
そう言って俺に向かって敬礼をする。
「ほぅ。殊勝な部下には褒美を取らせねばなるまいな。」
髭を撫でるようなジェスチャーをして胸を張れば、将伍はキョトンと見つめ返してくる。
「冬霞との食事会をセッティングしてやろう。」
「いや、それは俺が勝った時の……」
「負けたらナシとは言ってなかったぞ。」
「それはそうだけど……」
相変わらず生真面目な将伍は申し訳なさそうな顔をしている。
「組織で上に登るにはたまには清濁合わせ飲むことも必要なのさ。」
そうだ。組織の中には狡猾な奴らがいっぱいいる。そいつらと争って勝ち抜くには知恵が必要だ。
「たまに、君が年下だとは思えない時があるよ。」
「そりゃどうも。」
はぐらかす様に笑えば、盛り上がっている青組の輪の中心へ戻る。
『以上、最終競技、騎馬戦は青組の勝利です。』
それを聞けば、ポケットに忍ばせていた扇子を開き、腕を上げる。
「えい、えい。」
「「「「「おー!!!」」」」」
「えい、えい。」
「「「「「おー!!!」」」」」
「えい、えい。」
「「「「「おー!!!」」」」」
いや、だからこの勝鬨も伝統なんだってば……
「アタシ……最後に優勝できた良かった……リレーで転けて……まじ焦ったけど……ハルキちゃんのおかげで……」
「お、おい、泣くな山岡!」
「わぁ、春綺が女の子泣かした〜。」
その場にいた冬霞がジトっとした目で価値を見てくる。いや、俺は何も悪くないって。優勝したのに、なーんか締まりが悪いな。
「なぁ、冬霞。」
「何?」
「お前ぶっちゃけ将伍のことどう思ってんの?」
「はぁ?!」
冬霞は、焦った様に顔を真っ赤にして振り返る。あー、こりゃあれだな。うんうん。前からコイツ年上のクール系の軍人好きだもんな。そりゃ琴線に触れるか。
「なぁ、来週の日曜日、将伍と食事会でもするか。」
「それ、負けた春綺が負けた時の約束でしょ?」
「まぁまぁ、冬霞も満更じゃないんだろ?」
「……別にそう言うわけじゃ。」
恥ずかしそうに下を向く冬霞。はいはい。解かってる。わーってるって。
「じゃぁ、日曜日に外出申請しとけよ。」
「……土曜日も。」
「え?」
「私、男ウケする服とかよくわからないから、買い物付き合って……」
ふーん。冬霞もかわいいとこあんじゃん。
「よし、俺がバチバチにいけてる服を選んでやろう。」
こりゃ、将伍が義理の兄貴になるかもしれんな。
さて、全ての競技が終わりれば、閉会式が始まる。最後は勝った青組大将の俺のスピーチで締めるらしい。全く形式張ったことが好きだな、この行事は。
『まずは、青組の諸君。拙い俺の指揮に必死で着いてきてくれてありがとう。そして、白組の諸君、正直最後の最後まで気が抜けない戦いだった。君たちの様な好敵手がいる事は我が帝国軍にとって大変喜ばしいことだ。戦の勝ち負けなど、所詮その日の天候の如きもの。晴れる日もあり、また、雨の降る日もある。今日は天運に恵まれ、青天を拝むことができた。また、次の戦場で相見えよう!その時はここにいる全員が心強き同胞であることを、俺は誇りに思う!』
スピーチを終えれば、青組、白組関係なく俺のところに押し寄せてくる。将伍がひょいと俺の体を持ちあげれば、すぐに胴上げが始まる。
「おい!高い!高いって!」
「御大!あんた最高の指揮官だぜ!」
さっきまで泣いていた山岡が下で叫んでいる。
「まぁ、チビの割には今日は頑張ったんじゃないか。」
平田。何でお前はこんな時まで嫌味なんだ。あと、今チビ関係ねぇだろ。
「いや、完敗だ。見事な采配だった。」
下ろされたところで将伍が俺に右手を差し出す。まぁ、偶にはこんな風にはっちゃける時があっても良いかもな。そんなことを考えながら、固く将伍の手を握り返す。将伍と握手なんて何年ぶりだ?
「そういえばその扇まだ持ってたんだな。」
将伍が俺の持っている少し傷のついた扇を指差す。
「まぁ、将伍から貰ったものだからな。」
「いい加減、買い換えればいいのに。」
「俺には宝物さ。」
昔話をしながら、みんなに混ざり大騒ぎで会場を後にする。その後、津田大尉に全員罰走を課せられたのは言うまでもない。