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金属の賽は投げられた

 俺の目の前には、金属で出来た大きな"箱"があった。


 上官に逆らって閉じ込められた倉庫は、白壁の汚れ一つなく、棚の中もほとんど空。真新しいLEDが冷たく無機質な光を落とし、息苦しいほどの静寂が支配していた。


 ただ、その整った空間の中央に鎮座する"箱"だけが、あきらかに異質だった。


 それは工作道具でも、荷物でもない、ただポツネンと置かれた異様な"箱"。工業的デザインの中央には、鍵穴のような窪みがあった。


 何かが中にある。


 俺は箱に吸い寄せられるように窪みに手をかざした。指先が窪みに触れた瞬間、小さな音が倉庫全体に響いた。誰もいないはずの空間に、その音だけが際立って耳を打つ。床に振動が伝わり、棚の隅の段ボールが微かに震える。


カチ、カチ、カチ。


 立て続けに音が鳴る。箱の側面が僅かに動き始め、ラインが青白く強く光を増していく。機械的な駆動音とともに、上蓋がゆっくりとスライドし、分厚いパーツが四方へと開いた。中から、真っ白な金属のフレームが姿を現す。そして、フレームの足元の収められていた影が動いた。


「……!」


 目が釘付けになった。深い青髪の短髪の少女が何も纏わず、膝を抱えて静かに体育座りしていた。冷たく白い光に、か細い裸身が淡く照らし出されている。


「君は……誰?」


 雑然と物の並ぶ広い倉庫の中に少女のハスキーな声が響く。突然の出来事にたじろいでいると、少女はゆっくりと顔を上げ、目を開いた。細い体をしているが、筋肉質で何かしらのトレーニングを受けていたのだろう。


「えっと俺?……俺はやま……橿原春綺かしはらはるき。」

「そうじゃなくて。」

「え?」


 少女は真っ直ぐした瞳で見つめてくる。


「貴方は私の上官?」

「いや、上官では……ないかな……?」

「そう……でも、貴方がこれを開けたんでしょ?」


 少女は立ち上がり、開いた箱の部品を撫でる。


「まぁ、そうだけど。」

「なら、私は君に付いていく。」


 そう言う少女は俺のことを抱きしめた。


「思ったより小さい。貴方何歳?」

「あっ……えっと……13歳。」


 突然のことにびっくりして軽く声が裏返る。俺も、いきなり全裸の少女に抱きつかれて動揺しないほど大人ではない。いや、むしろ大人の方が動揺するのだろうか。


「まだ子供だな。本当に軍人か?」

「一応、士官学校の学生だよ。」

「士官学校……まだ任官前か。」

「それより君は何歳なんだ?」

「さぁ、覚えてない。」


 俺の頭を軽く撫でて離すと、彼女は遠い目をした。


「覚えてない?じゃぁ、なんでこんな箱の中に入ってたんだ?」

「私はこれのパーツだから。」


 少女は一緒に箱に入っていた人型のフレームを指差す。


「パーツ?」

「そう。」


 少女がフレームに手をかざすとフレームが起動した。各々の部品が分離し彼女の周りに集まってくる。


「なんだ、これ……」

「MIDKNIGHT」

「ミッドナイト……」


 このフレームには見覚えがある。そう。今まさに自分達を威力偵察している敵の未知の兵器は、これの類似種であろう。ウチも同じものを開発していたとは。


「装着《Attachment》」


 開かれた箱の中から、白銀のフレームがふわりと浮かび上がる。まるで重力を無視するように、音もなく宙に舞うパーツ達。肩、胸、背中、脚部、そして頭部ユニット。それぞれの金属片が、微細な駆動音と青白い光を残しながら少女の周囲に集結していく。白銀のパーツが体を覆うと、青い光が駆け抜け、金属が息を吹き込まれるように震える。


「……!」


 俺は思わず息を呑んだ。人間的な美しさと機械の美しさが融合した淫靡とも思える背徳感がそこにはあった。


 まるで、都会の深夜の様に美しい。


 フレームが全身を覆い尽くした瞬間、耳元の水色ランプがチカチカと点滅を始め、微かな電子音が響いた。


「……?敵の反応がある。」

「わかるのか?」

「ああ、もちろん。さぁ、指示を出せ、春綺。」


 少女はフレームのフェイス部分を上げると、俺を真っ直ぐとその碧眼で見つめてきた。


「指示って言われても……俺はまだただの士官候補生だ。」


 一体、まだ卒業もしていない士官学校の学生に、なんの指示が出せると言うのか。


「そんな事は些細な問題だ。君にはその資格が有る。」

「資格?」

「そう。あの箱を開けた。」

「いや、あれは偶々開いただけで……」


 そうだ。俺が触ったら開いてしまっただけで、意図して開けたわけじゃない。


「君が箱を開けたのは偶然じゃない。」

「え?」

「さぁ。指示を出せ。」


 いや、これは……俺が待ち望んでいた瞬間だ。この世界に生まれ変わった意味をようやく知れる気がする。

 人は誰しも、特別であること、その渇望から逃れることはできない。それは俺も同じだ。


「……敵を全て倒す事はできるか?」

「私は君の指示に従い、君を守るだけだ。」


 そうだ。これが俺の天命なんだ。


 この少女に出会うために、この世界に来たんだ。


 本能が、直感が、そう告げている。


「わかった。指示を出す。」

「なんでも言え。」

「ひとまず、この倉庫から出よう。」


 少女は鍵のかかった扉を見て、俺に尋ねる。


「確かにそうだな……なんでこんな倉庫に閉じ込められていたんだ?」

「少年というのは多少のやんちゃをするものなのさ。」


 こうして俺は、"箱"を開けた。

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