コスメティック
ボーナスが入ったから、コスメを買いに行こう、とあきちゃんが誘ってくれた。あきちゃんと会うのは久しぶりだった。一年ぶりくらい? いいよ、と返して、さっそく待ち合わせた。
「おまたせ、るり」
「わ、あきちゃん、それ、ロエベ?」
あきちゃんはロエベのかばんを持っていた。四十万もしたのだ、と豪語したかばんには、ロエベのロゴがでかでかと主張されていた。ロエベです! って、かばんが声を荒げているみたいだった。ロエベの女になったんだねぇ、あきちゃんは。というと、あきちゃんは、「年を重ねるとともに、このかばんにも味が出てくるのよ、一緒に歳をとるって素敵なことなのよ」と言った。なるほど。
コスメ売り場にいくと、さあ、狼煙をあげるわよ! とあきちゃんが意気込んだ。あたしたちは大きなカゴを持って、ストアーに突撃する。あたしはいろいろな色のコンシーラーをカゴにばんばん入れていき、あきちゃんも話題の韓国コスメをかっさらっていく。あたしたちはコスメを見ながら、これは使ったことがある、これは口コミはいいけど全然よくなかった、などと批評して回った。いつものように、これもいいんだよ、あれもいいんだよとあきちゃんが教えてくれた。あきちゃんの声色に、私はこんなにコスメのことを知っているのよ、という得意なようすを感じ取って、あたしはおもしろくなった。あきちゃんは、こういうふうに得意になるのがつねだ。
「あの化粧水じゃないと肌が荒れちゃう」
「この色はブルベ冬の私には似合わない」
「浸透してくれるヘアオイルが見つからない」
あきちゃんはそんなことを呟きながら、商品を漁った。わたしはいい匂いだな、と思ったティファニーのオードパルファムをそっとカゴに入れて、そのへんをうすうすしていた。
「唇はひとつしかないのに、どうしてこうも買っちゃうのかしら」とあきちゃん。
「いろいろ試すのもまた楽しいもんね」
「そう、荒んだ生活に彩りを与えてくれる」
「シャネルのルージュを塗っていると、上司に怒られても、こちらはシャネルのルージュを塗っているのになんだその態度は? って思えるよね」
結局あたしは五万円、あきちゃんは七万円の買い物をした。お店のアプリには、たくさんのポイントが貯まった。ついたポイントでまた韓国のシートマスクを買った。そのあと隣のドラッグストアに行って、買えなかったプチプラコスメを買い足した。あたしたちはへとへとになって、足が疲れたから早めにご飯でも食べようと決め、しゃぶしゃぶ屋さんに足を運んだ。
個室のなかで、あきちゃんと買ったものを見せ合う。シャネルのリップ、ディオールのハイライト、ジバンシィのコンシーラー、イブサンローランの新作グロス、クレドポーボーテの化粧下地、スックのアイシャドウ、ランコムのマスカラ。お互いに、ぜったいに似合うよと言い合う。リップやアイシャドウの色味を見せ合ってかわいいと感嘆する。大学のときから、こんなことを繰り返してきた。十九歳のころはデパコスカウンターに行ってもじろじろと全身を眺められ、鼻で笑われたりして相手にされなかったけれど、そういうふうに傷つきながらも、あたしたちはふたりで歳をかさねてきた。もう、二十六歳。あたしたちを笑う人はいない。あたしたちもそういう人を突っぱねる強さを、そなえてきたんだ。あきちゃんは基本的にヒステリックだから、ときどきあたしに冷たく当たることがないこともなかったけれど、あたしは感情的なあきちゃんも好きだった。どんなあきちゃんも好きだった。
「るりは、さいきん大丈夫なの」
あきちゃんが聞いた。
「大丈夫。精神のお薬も飲んで、最近は元気」
「ならいいんだけど。さびしいよ。自殺、しないで、お願いだから」
あきちゃんはそう言ってコスメを片付け、お肉を鍋に入れる。あたしも菜箸で野菜をいれる。くつくつと鍋が湯気をたてる。あきちゃんとご飯を食べるのも、あと何回くらいなのだろうか。
「ありがとう」
あたしが言うと、頬杖をついたあきちゃんはべつに、と言った。あきちゃんのつけている金のイヤリングがぴかり、と光った。なぜだかちょっと涙が出そうになってきて、あたしはうん、と頷いた。