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夏霞  作者: あかるい
3/3

周期



 幸田から連絡が来た。長年あたしのことを都合よく扱ってきた幸田。この調子だと二ヶ月に一回のペースで連絡が来ていることになる。幸田は、ただ一言、疲れた、とだけ送ってきた。あたしはうんざりしたけれど、でも、ちょっと前まで幸田のことが大好きだった手前、無碍にすることもできず。どうしたの、なんて返してしまった。


『どうもしてない。何にもないけど、ただ、疲れたw』


 さいきんできた彼氏はやさしい。とても、とてもやさしい。有名なサッカー選手に顔が似ている。あたしがもりもりとご飯を食べるのを見て、すごくうれしそうにする。この間、お寿司屋さんの駐車場で、付き合ってくれる?って、聞かれた。声にならない声でこくこくと頷くと、よかったと彼は笑った。やさしくくちづけられながら、あたしは少し泣いた。これまで幸田に大切にされなかったぶん、これからは大切にされるんだな、しばらくこの人のことばかり考えられるんだな、と思ったから。


『最近誰かとやった?w』


 幸田はいつもこういうことしか言わない。こういうこと、とは、セックスのことである。そのむかし、あたしたちはセックスフレンドだった。あたしはほんとうに幸田のことが好きだったから、自分ではそうは思っていなかったけれど、ありていに言うとそうだった。おれたちはセフレだから、というのが幸田のお決まりのせりふであった。セフレだから、どうなのか。後に続かぬ動詞に胸が痛んだ。セフレだから、深く関わっちゃいけない。セフレだから、好きだと言ってはいけない。そう言われている気分になった。


『男の潮吹きは気持ちいいんだぜ。お前とやったときがなつかしいなw』


 幸田の性器をぼんやりと思い出す。毎度ながら幸田の話す内容はセックスのことだけで、あたしは彼を陰でセックス星人だなんて呼んでいた。けれども、きっと他の、あたしではない女の子とは違う話もしているんだろう。きっとまじめでやさしい話をしているんだろう。そう思うとくるしかった。胸をぐさりとナイフで刺されるような痛みをおぼえた。だから、幸田という人間は「そういう話」しかできないやつなのだと思い込んだ。傷つきたくないもん。こいつはそういう話しかできない病気だから、しかたがないんだ。ほんとうはふつうの話をしたいけれど、照れ臭くてできなくて、ほんとうは苦しんでいる、愛しい男なんだと思い込むようにした。みんなには期待しすぎって言われたけれど、あたしがそう納得しているんだから、いいんだ。


『オナニー見てやろうか? どうせおまえ溜まってるんだろ』


 彼氏がいるって言ったら、この人はどんな反応をするんだろう。不貞腐れて連絡を断つだろうか。素直に喜んでくれるだろうか。おめでとうって言って、急に態度が冷たくなる気がする。長年の付き合いなんだ。お互いの身体のことは、心のことは、よく知っているつもりなんだ。もう、もう出会って八年も経っているんだから。でも、


「言えないなあ」


 あたしは肩をすくめた。目を瞑って幸田のことを考えた。オナニーだってさ。見てやろうかじゃなくて、見せてくださいって言えばいいのに。でも見せてくださいなんてお願いするのは、大好きな、ううん、大好き「だった」幸田にあまりにも似つかわしくなかった。だからいまのままでいいよ。幸田はいまのままでいいよ。


『なんか元気出たわwいつでも見てやるから送ってこいよwじゃあな』


 幸田は、また二ヶ月後に、きっとLINEを送ってくる。それが幸田の元気の周期なのだ。あたしはちゃんと知っている。幸田がそういう気分の波を持っていることを知っている。そして、そんな上がったり下がったりする幸田を知っていること自体に、少し得意になっているところもあるのだった。

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