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『今日の柏芽町の天気予報をお届けします。本日は、今日は晴れの天気が続く予報となっています。朝から晴れ渡る空の下、気持ちの良い一日がスタートしていますね。


 宇宙線量は一日を通して例年よりも多く、マキアティアγ-3系の天体動体が発生する予想となっているため、捕食者の襲来確率は高くなる見込みです。お出かけは近場で済ますなど、安全を心がけた行動をとるようにしましょう。


 捕食者に気を付けて素晴らしい一日をお過ごしください。それでは、今日も健やかで、素敵な一日を!』

 世界はいつだって、私たちの都合なんてお構いなしに回り続ける。明日提出の宿題が終わってなくても、チケットの購入期限が今日中だって気が付いても、そして、どうしようもなく好きな人が捕食者に食べられても。


 雄介が捕食者に食べられたことを知った時、不思議と涙は出てこなかった。私の中にあったのは、悲しいとか、辛いとかじゃなくて、どうして? という疑問だけ。それから深呼吸をする暇もないくらいにあっという間に時間が流れていって、気がつけば雄介が死んでから一ヶ月が経っていた。心が頭に追いつかない。ものすごく簡単に言ったら、そんな感じ。


 だけど、時間が経つにつれて、少しずつ心が感じ始める。好きな人がいなくなってしまった悲しみを、そして、ひょっとしたら止められたんじゃないかという後悔を。


 私は今まで通り何事もなかったかのように毎日を送った。だけど、どこにいて何をしていても、私の心は勝手に一人でどこかへ出かけてしまっていた。雄介の件があって私に優しくしてくれる人はいなくなったから、休み時間や放課後も一人でぼーっとすることが多くなった。


 私はその時、よく雄介のことを考えた。雄介がどんな気持ちでいたのか、どうして雄介がなんであんな都市伝説を信じてしまったのか。だけど、いくら考えても頭はうまく働かない。そして、捕食者襲来を告げる警報が聞こえてくるたび、まるで雄介に呼ばれているみたいに引き寄せられるような感覚になった。


 死ぬほど好きなんて言葉を聞いたことがあるけど、それは単なる比喩に過ぎないって思ってた。だけど、雄介は死ぬほど溝田さんを好きだった。だから雄介は死んだ。溝田さんと同じように、捕食者に食べられて。


 じゃあ、私はどれだけ雄介のことを好きでいた? その疑問を突きつけられた時、ふと考えが頭をよぎる。


 私も捕食者に食べられるべきなのかもしれない。


 そして、今日の朝。捕食者の襲来確率が高いという予報を聞いた時、今日がその日なんだという直感めいたものを感じた。


 テレビに映ったお天気お姉さんの笑顔を見てから、私は学校のカバンを持って立ち上がる。リビングにいるお母さんに行ってきますと言って、そのまま玄関から家の外へと出る。天気予報通り、外は快晴で抜けるような青空が広がっている。私は家の玄関前に停めている自転車に跨って、そのまま高校へと走り出す。


 いつも通りの朝。いつも通りのルーティン。だけど、今日はいつもよりも少しだけペダルを踏む力が弱い。踏切の遮断機が降りて、私は自転車を止める。暑い日差しで湧き出してくる額の汗をぬぐい、私は空を見上げた。


 それから私は雄介のことを考える。あの放課後の教室でのこと。思い出した瞬間、強烈な悲しみと後悔が襲ってきて、思わず泣き出しそうになる。遮断機の警報がけたたましく鳴っている。目の前を横切る電車が、蒸し暑い風を置き土産に遠ざかっていく。


 教室に到着する。ほとんどのクラスメイトがすでに登校していて、昨日のテレビとか、SNSの話で盛り上がっている。だけど、誰も私と目をあわせない。私は自分の席に座り、窓を見る。きっと私が死んでも誰も悲しまないし、私のために死んでくれる人なんていない。そう思うと自然と涙が溢れてきて、私はいけないと思って誰にもバレないように慌てて涙を拭った。


 ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴る。何事もなかったように、みんなにとって、今日も昨日と同じ一日が始まっていく。


 そして、あっという間に時間は流れていって、放課後がやってくる。私は一人教室に残る。前は二人で残っていたけれど、今はたった一人。私は窓の外をみる。運動場で部活動に励む生徒をぼんやりと眺めながら、私は待った。あの日と同じように、捕食者が現れるのを。


『捕食者の襲来が確認されました。屋外に出ている生徒は速やかに屋内へと避難してください。繰り返します。捕食者の襲来が確認されました。屋外に出ている生徒は速やかに屋内へと避難してください』


 けたたましい警報の後、運動場にいる生徒たちが屋内へと歩き出す。私はそれを見届けた後、ゆっくりと立ち上がり、教室を出ていった。


 誰もいない廊下を歩きながら私は考える。雄介のこと、溝田さんのこと。避難してきた生徒たちで少しずつ騒がしくなっているにもかかわらず、不思議と私の周りだけは不気味なくらいに静かだった。


 私は屋外へと出る裏口の扉に手をかける。私は扉の冷たさを感じながら深く息を吸った。覚悟は決めたはずだった。だけど、恐怖からどうしても手が動かない。


 雄介はどんな気持ちで、どんな覚悟で屋外へ出たんだろう。今の私みたいに、溝田さんのことを考えながら扉に手をかけていたんだろうか。


 これは自分の意地だってことも、自分が自分に課している何の意味もない罰ゲームだってことにも気がついている。だけど、私は負けたくなかった。雄介に。溝田さんに。


 怖い。足が震える。扉を握りしめる力が強くなる。私はもう一度深く息を吸った。そしてぐっと唇を噛み締めた。


 目を閉じる。そして、雄介の横顔を思い出しながら、私は扉を──────

「今日の柏芽町」

 天候:     晴れ

 最高気温:   34度

 最低気温:   25度

 捕食者襲来回数:4回

 被食犠牲者  :1名


※個人情報保護の強化のため、20XX年X月以降、公的な案内において個人名を明記することを中止しております。ご理解とご協力をお願いいたします。

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