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『今日の柏芽町の天気予報をお届けします。本日は一日中雨が降る予報となっておりますので、外出の際は傘をお忘れなく。朝から夕方にかけては断続的に強い雨が降る場所もありますので、水たまりや滑りやすい道にもご注意ください。
ここ数日は捕食者が襲来しておりませんでしたが、宇宙線量は増加傾向にあるため、捕食者襲来確率が高まっていると考えられます。外出時に捕食者が襲来した場合にも慌てず、落ち着いた行動を取るように心がけましょう。
今日は家でのんびりと過ごすのもおすすめですが、雨の中を歩くのがお好きな方は、レインブーツを履いて、しっかりと装備を整えて楽しんでくださいね。それでは、一日中雨の今日も、どうぞ安全に、そして健やかにお過ごしください!』
溝田さんが食べられてから、捕食者の襲来はぴったりと止んでしまった。まるで、捕食者が溝田さんを食べて満足してしまったかのように。
私は毎日天気予報をチェックし、捕食者の襲来確率が低いことに胸を撫で下ろす。あの日、雄介が言った言葉。もちろん本気じゃないと思っているけど、それでもあの時に見た横顔が私を不安にさせる。
溝田さんが食べられたあの日を境に、雄介は明らかに口数が減ったし、休み時間にクラスメイトとふざけあったりすることも少なくなった。授業中もぼーっと窓の外を見ていることが多くなり、いつだって心がここにあらずという感じだった。
みんな雄介と溝田さんの関係は知っていた。知っていたからこそ、みんな雄介に対してどんなふうに接すればいいかわからなかった。ただ、時間が経てばきっと立ち直るはずだよと、そっとしておこうとする人の方が多かった。だけど、私にはそれができなかった。あの日、あのセリフを聞いてしまった私には。
だから私は、嫌がられる覚悟で雄介に自分から話しかけるようにした。雄介にバカな考えを捨てて欲しかったから。雄介に死んで欲しくなかったから。
私はまだ雄介のことが好きだった。捕食者に食べられることを考えてしまうくらいに、溝田さんのことを思っている雄介のことを。
『溝田さんが死んだからチャンスだと思ってるのかもね。マジでありえない』
いつのまにか私が雄介のことを好きだって噂が広がって、クラスメイトの一部とか溝田さんの友達に陰口を言われるようになった。無視されたり、すれ違いざまに悪意のこもった嘲笑を受けたりすることもあった。嫌がらせを受けるたび、自分はなんでこんなことをしてるんだろうって気持ちになった。みんなからは嫌われて、好きな人はやっぱり自分とは別の人を考えていて、傷つくだけの毎日なのに。
だけど、やっぱり私は雄介に死んでほしくないという気持ちが強かった。だから私はどんなに嫌がらせを受けても雄介を気にかけ、話しかけ続けた。雄介も私を無視したり、冷たい態度を取ったりすることはなかった。だけど、それは雄介の優しさで、無理をしているだけというのも伝わってきた。私は話している時も心ここに在らずの雄介を見るたびに、心が掻きむしられた。自分の無力さだけじゃない。自分では溝田さんの穴埋めをできないと突きつけられているような気がしたから。
「そういえば捕食者が現れる確率が高くなってるんだってな」
二人っきりの教室。不意に雄介がそんなことを呟く。私は委員会の作業を止め、雄介の方を見る。雄介は窓の外を見ていた。外は雨が降っていて、夜みたいに暗い。耳をすませば雨が校舎にぶつかって弾ける音が聞こえてくる。私は雄介の横顔をじっと見つめる。その横顔が、あの日見た横顔とそっくりで私の呼吸が一瞬止まる。だけど、雄介はそのまま私の方を向いて、少しだけ茶化したように笑った。バカ、変なことなんて考えてねぇよ。雄介は、溝田さんが食べられる前に見せていたような表情を浮かべて言った。
「あれから俺なりに色々考えたんだよ。いつまでもうじうじしてられないなって」
雄介が笑い、私も安心で自然と笑みが溢れてしまう。雄介の目は私をまっすぐに見つめ、穏やかだった。いつものような思い詰めていない、その目を見るだけで、私はいろんな感情が混ざり合って泣きそうになる。ちょっとトイレ行ってくる。雄介はそう言って立ち上がり、教室を出て行こうとする。だけど、教室の扉に手をかけたところで立ち止まり、こちらに背を向けたまま私に話しかける。
「あの日からずっと俺のこと気にかけてくれて、本当にありがとうな」
私は当然だよと笑いながら返す。雄介も少しだけ微笑みながら頷き、そして口を動かす。その言葉は急に強くなった雨の音に紛れて聞き取れなかった。雄介が扉を開き、そのまま教室を出ていく。私は雄介の背中を見送りながら、椅子にもたれかかり、安堵のため息をつく。
私は目を瞑り、聞こえてくる音に身体を任せる。教室の外から聞こえてくる雨の音、誰かが廊下を歩く足音、そしてそれに覆い被さるように、捕食者の襲来を告げる構内アナウンスが聞こえてくるのだった。
「今日の柏芽町」
天候: 雨
最高気温: 28度
最低気温: 15度
捕食者襲来回数:1回
被食犠牲者 :大場雄介(17歳男性)