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『今日の柏芽町の天気予報をお届けします。今日は一日中、曇りが続く予想です。太陽の姿はほとんど見られず、どこか物憂げな空模様が広がっています。気温は平年並みかやや低めで、湿度も高めですので、肌寒く感じるかもしれません。
宇宙線量は一日を通して低く、またペネストラ第25β系の天体動体の一時収束が確認できているため、捕食者襲来確率は極めて低い予想です。生憎の曇り空ではありますが、この機会に遠くへお出かけするのもいいかもしれませんね。
それでは、曇りの日ならではの静かな時間をお楽しみください。それでは、よい一日をお過ごしください!』
恋は人を輝かせる、なんて言葉は嘘っぱちだ。少なくとも、報われない恋に限っては、人を歪ませ、嫌で卑屈な人間に変えてしまう。
C組の溝田明美さんが捕食されたという話を聞いた時、心から悲しかったし、こんなに若くして亡くなった彼女のことを可哀想だと思った。だけど、心の奥底、誰にも見つからないような奥の奥の奥。恋で歪んだ私が小さな声で、『良かった』と呟く声が聞こえたような気がした。
ホームルーム。担任の先生が事務的な話をしている中、私はそっと雄介の方を見る。雄介の表情はいつもと同じだった。まるで何事もなかったかのような、平然とした態度。だけど、いつもと同じだったからこそ、雄介のその態度がただただ痛々しく感じた。
生徒が捕食されたことで、午後の授業の一つが、急遽捕食者襲来時の避難のあり方の全体講義に切り替わった。私たちは体育館へと移動し、学年とクラスごとに分けられた位置に腰掛ける。
体育館全体は捕食された生徒のことで話題が持ちきりだったけれど、そこには悲壮感はなく、まるで自分には関係ないどこか別の国の話をしているみたいな雰囲気だった。溝田明美さんがいたC組を除いて。
昔とは違い、今の時代に捕食者に食べられるというのは、交通事故に遭うみたいなもの。ちゃんと捕食者に気をつけて、正しい行動を取っていれば基本的に食べられることはない。だけど、どんなに注意していたって、避難方法を知っていたって、色んな理由が重なって食べられてしまうことがある。
誰だって捕食者に食べられる可能性はある。今回はたまたまそれが溝田さんだったというだけの話。
いつもと同じように生徒指導の先生が避難時の行動について講義を行い、最後に亡くなった溝田さんへの黙祷を行って集会は終わった。みんなが雑談をしながら教室へと帰っていく中で、私は雄介の方を確認する。いつものようにクラスメイトと楽しげに会話することもなく、雄介は誰も寄せ付けないような雰囲気を出しながら、だけど、決して顔を俯けることなく教室へと向かっていた。
事情を知るクラスメイトの一人が、彼女が死んだのになんか平然としてるね、と私に囁く。でも、私はその態度が逆に心配になってしまう。私はトイレに行ってくると嘘をつき、雄介を追いかけた。小走りで追いかけてきた私を見て、雄介は少しだけ驚いた表情を浮かべた。だけど、すぐにまた同じような表情へと戻ってしまう。
「お前が心配することじゃない」
私に対して、雄介が顔を背けて呟く。それはまるで私に対してではなくて、自分に対して言い聞かせているみたいに。心配するよと私はムッとして言い返すけれど、いつものように意地悪で飄々とした返事はない。代わりに雄介は立ち止まって、廊下の窓から外を見る。
私も同じように窓の外を見る。窓からは運動場が見えた。空は重たい曇り空が広がっていて、私たちがいる世界を押し潰そうとしているみたいだった。
雄介は何を考えているんだろう。今更どうしようもないことなのに、昨日、もしかしたら溝田さんを助けられたのかもしれないと自分を責めているのだろうか。溝田さんともう会えないことを悲しんでいるのだろうか。溝田さんとの思い出に浸っているのだろうか。
だけど、そのどれであろうと、雄介の頭の中には今、溝田さんしかいない。当たり前のことなのに、心のどこかで彼女のことを羨ましいと思ってしまう自分がいた。そして、死んだ人に対しても嫉妬してしまう自分に、どうしようもなく嫌悪感を覚えてしまう。
「なあ、捕食者についての都市伝説って聞いたことあるか?」
ふいに沈黙を破って雄介が呟く。
「捕食者に食べられた人間は死ぬんじゃなくて、別の世界にワープして、そこでまた違う生活を送っているっていう話」
ネットとかでよく聞く都市伝説。私は雄介を見る。雄介が考えていることを察して、私は心の中でやめてと叫ぶ。だけど、雄介は私の方を見ることもなく、私がいることを、私が雄介のことを好きでいることを忘れてしまっているように、言葉を続けるのだった。
「もし俺も捕食者に食べられたら、あいつに会えるのかな?」
「今日の柏芽町」
天候: 曇り
最高気温: 26度
最低気温: 21度
捕食者襲来回数:0回
被食犠牲者 :なし