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『今日の柏芽町の天気予報をお届けします。日本列島は高気圧に覆われているものの、一部で雲が広がっており、特に午後からは太陽が隠れることが多くなる見込みです。晴れ間はありますが、時折曇り空に変わり、気温の変動にもご注意ください。
宇宙線量は一日を通して低く、捕食者襲来確率は低い予想です。ただ、引き続きペネストラ第25β系の天体動体の影響があるため、外出の際は万が一に備え、対捕食者用フィルターの位置を確認しておくと安心ですね。
今日も健康に気をつけて、天候の変化に柔軟に対応していただければと思います。それでは、よい一日をお過ごしください!』
自分の頭で考えて、好きになる人を選べるんだったら、きっと私は雄介のことなんて好きにはなってない。
そうじゃなくても、例えば事前に条件をいくつか決めておくことができて、それをすべて満たしたら好きになる、なんてシステムだったとしてもきっと同じだ。
ガサツな性格よりもまめで優しい人が好きだし、年下とか同い年よりも年上が好き。アイドルみたいに長くておしゃれな髪型の方がかっこいいって思うし、私をお姫様みたいに扱ってくれるような紳士的な人が好き。
そして、一番何よりも大事なのは、私以外に好きな人とかすでに付き合っている人がいないこと。
負け戦なんて嫌いだし、愛するよりも断然愛されたい。恋は理屈じゃないってよく聞くけど、直感でも感情でもこの気持ちは説明できない。あえて説明するとしたら、これは罰ゲーム。私の意思とか好みとかを完全に無視した相手を好きになるっていう、趣味の悪い、神様からの罰ゲーム。
「……黙ったままでいられるのはこっちも困るんだけど」
雄介がまるで独り言のように呟いた。放課後の教室。外はすでに夕暮れ時で、窓から差し込む光が教室を茜色に染め上げていた。教室の中には、同じ委員会の仕事で居残りをさせられた私と雄介だけ。机の上には委員会で報告するための資料が開かれていて、その紙すらオレンジ色に染まって見える。雄介が鉛筆を動かすたび、カリカリという音が静寂に溶け込んでいく。
「この前も言ったけど、俺には彼女がいるから」
「分かってることを何度も言わないで。C組の溝田明美さんでしょ」
私の棘のある言葉に雄介が少しだけムッとし、再び気まずい沈黙が流れる。好きになられた側なんだからそれくらいは多めに見てよ。反射的にそんなことを考えてしまう自分が嫌になる。
気まずくなる原因を作ったのは私だし、いくら気まずくったって、こんな感じで不貞腐れたような態度を取るのは子供じみてる。でもやっぱり、雄介の何もなかったかのような態度が余計に私の心を苦しくさせる。結局雄介は好きになられる側の人間で、私は好きになった側の人間。私たちの立場はどうしようもないほどに非対称で、どんなに想像しても、どんなに考えても、私たちの気持ちはきっとわかりあえない。
「ねえ、一個だけ聞いてもいい?」
どっちみち傷つくだけだから聞かない方がいい。頭の中に住んでるもう一人の私が警告する。でも、これは理屈でも感情でもない罰ゲーム。だから私は、自分で自分を傷つけてしまう。
「もし溝田さんと付き合う前だったら、私たちって付き合えてた?」
雄介の手が止まる。長い長い沈黙。重たい空気。きっと雄介は、ガサツだけど気い遣いだから、どんな返事をしたら丸く収まるかを考えてくれているんだと思う。
振られたのに諦められなくて、その上こんな相手を困らせるような質問をするなんて。自分はこんな面倒な人間じゃなかったはずなのに。足元を見て、茜色の教室に伸びた自分の影を見る。床に映った私の影は長く伸びていて、意地悪そうな性格をしてそうだった。
雄介はまだ口を開かない。私が痺れを切らして突っつこうとしたその時、教室のスピーカーから耳をつんざくような避難警報が流れる。
『捕食者の襲来が確認されました。屋外に出ている生徒は速やかに屋内へと避難してください。繰り返します。捕食者の襲来が確認されました。屋外に出ている生徒は速やかに屋内へと避難してください』
私と雄介は二人揃って窓の外の運動場に目を向ける。運動場で活動をしていた運動部の生徒たちが警報を聞き、撤収していくのが見えた。流れる汗を拭きながら、お互いに会話を交わしながら、彼らはゆっくりと部室へと戻っていく。
「今日は捕食者が来ないって予報だったよね」
人気がなくなっていく運動場を見ながら私がポツリと呟く。私はちらりと雄介の方を見る。雄介は頬杖をついて、まだ窓の外を眺めていた。夕日に照らされ、暗い影ができた雄介のその横顔をに、私はどうしようもなく胸が苦しくなる。
「そんなの誰にもわかんないよ」
雄介はそれだけ言って再び黙り込む。雄介のその言葉が、私のどちらの問いかけに対する返事だったのか、私にはわからなかった。
「今日の柏芽町」
天候: 晴れ時々曇り
最高気温: 29度
最低気温: 17度
捕食者襲来回数:1回
被食犠牲者 :中川隆之(92歳男性)
寺田信子(89歳女性)
浅野弘 (59歳男性)
溝田明美(17歳女性)