52 髪が伸びる日本人形
「ママ~このお人形こわいのーっ!!!!」
長男と次男の泥まみれのズボンを洗おうとしていた時、幼稚園児の三女が泣きながら足元に近寄ってきた。
手に、先日フリマサイトで買ってあげた日本人形を持っている。
娘の好きなアニメの主人公が日本人形好きで、三女もそれに影響されたのだ。毎晩抱えて寝ている。
おかげで今、女児の間でちょっとした日本人形ブームが起きている。これも女の子の母親が売りに出していたっけ。もう飽きたから、って。
「これがどうしたの?」
私は洗濯の手を止めて三女と向き合い、赤い着物の人形を見下ろした。
あれ。
「嘘!?」
人形の、髪が伸びていたのだ。
昨夜は胸までだった髪が、今は足まである。怖いくらい艶々した黒色のが。
嘘、嘘、噓。
どうなってるの!? こわっ。
ホラー? 呪いの人形? えええ!?
「これやだ、要らないー!!」
私は娘の言葉に何も言えなかった。有り得ない現実に思考が止まっていたから。
「ママってばー! ねえママァ~!!」
黙ったまま立っている私の脚を娘が掴んで揺らす。
「っ」
それでようやくハッとした。
そうだ。
母親の私が日本人形の髪が伸びたくらいで動じては駄目だ。落ち着け!
「捨てよう、これ! ね?」
そもそもこれ、最近娘は飽き気味だったし。
それでお兄ちゃん達に遊ばれてたくらいだし。
北欧家具で統一してる我が家には合わないし。
このブームもどうせ一過性。買う前から処分に困ってたくらいだから……娘の同意を得て堂々と捨てられて良かったんだ!
「捨てる〜!」
娘も泣きながらコクコクと頷いた。
そうと決まれば後は早かった。
ゴミ袋に入れてキツく縛りガムテープでぐるぐる巻いて、ゴミ捨て場にぽい。あ〜スッキリ!
後は捨てても戻って来るような呪い人形タイプじゃない事を祈るばかり……。
というか髪が伸びる人形ってこんな処分で良いのかな? 大丈夫? オカルト研究機関系に相談するべきだった?
一抹の不安は残るけど……娘の笑顔を守れて良かったよ。
あ〜怖かった……。
***
丑の刻が過ぎた頃。
マンションのゴミ捨て場で動く物があった。
夕刻、母子が捨てたゴミ袋だ。
バンッ! と。
ハリネズミが針を出す時のように勢い良く、中から硬化した髪が袋の表面を突き破ったのだ。
針と化した髪でゴミ袋もガムテープも木っ端微塵。数秒後には袋から赤い着物の日本人形が姿を現した。
暗闇な上時間が時間なだけに、防犯カメラも人目もその瞬間を捉える事も無い。
「助かったぁ……」
日本人形は人間には聞こえぬ声で呟いた。
「殺されるかと思ったぁ。あの家の子供達乱暴すぎっしょ……」
自由になった日本人形は、暗闇の中伸ばした髪の毛を足のようにして慎重に移動していく。
この日本人形は、ただ安全な場所──倉庫が一番だ──で静かに暮らしたいだけの付喪神だ。
なのに最近は質屋だか中古屋だかの店頭に並べられるし、フリマサイトやらのせいでコロコロ環境が変わる。少しだって静かに暮らせなかった。
特に今回の持ち主は酷かった。
毎晩抱えられて何度も怖い思いをした。
長男次男はいつか自分で蹴鞠を始めるんじゃないかと思った。
両親はどう自分を処分するかしか頭になかった。
最近の人里、特にこの家は危険だ──そう思い、唯一動かせる髪を伸ばして呪い人形を演じ脱出を目論んだ。玄関扉も窓ガラスも髪には硬すぎたから、こうするしかなかった。
計画は上手く行き、無事に外の景色を見る事が出来た。
「もう山に逃げよ……」
あそこはあそこで面倒臭いが、背に腹は替えられない。
「あ〜怖かったぁ……」
日本人形は最後にそう呟き夜道を歩いていった。
人間怖い。
そう思いながら。




