50 獣害
「お気の毒にねぃ……」
「ん……」
年老いた隣人とそう声を潜めあったのは、キノコ狩りが大好きな男性の葬式でだった。
彼は先日キノコ狩り中に熊に襲われ、一週間の行方不明を経て山中で遺体で発見された。
熊から逃げる際崖から転落したようなのだ。
遺体は鳥にも啄まれており損傷激しく、発見した自衛隊員も目を逸らす程だった。
「こんな、酷い…ごめんね……っ」
無言の帰宅直後、そう泣く娘に何と声を掛けていいか分からなかった。
ここは父子家庭だった。
男性の女癖が悪いのだ。
嫁は男性の稼ぎが良い為耐えていたらしいが、結局はそれが原因で離婚した。
年頃故に父親を避けていた娘も、流石にこんなに理不尽で突然の別れは堪えるようだ。それもあり、娘は来週東京の母親に引き取られると言う。
「若いのがまた出ていぐねぃ……」
ぽつ、と本音が零れた。
40代の稼ぎ頭と、中学生の若手。
それらを同時に失い、この限界集落は今よりも苦しくなるだろう。自分の遺影が台に飾られる時、この村に葬式を開く体力が残っているだろうか。
熊は勿論、畑を荒らす猪だって自分達だけで追い払えるのか。考えれば考える程頭が痛くなる。
「はあ……」
自分が子供の頃の獣害はもう少し大人しかった気がする。こんな悲惨な死亡事故は珍しかった。
「くわばらくわばら……」
微かな呟きは違和感無く葬式会場に溶けていった。
***
「やっと終わった〜……っ」
祖父母と別れ自室に戻った娘は、自室の扉を背に深い溜め息を吐いた。
これでようやく自由になれる——そう思うと笑ってしまいそうだったから。
父は酷い男だった。
経済力はあったが、それだけだ。
女癖が悪く気持ち悪かったし、酒癖も悪かった。
自分を家政婦のようにこき使い、あまつさえ酔った勢いで実の娘を押し倒し服を脱がせ——。
(この男は最早父親ではない)
そんな鬼畜に殺意を覚え、実行に移したのが今回。
中学生の自分に上手く人を殺せる知恵も財力も無い。だから、熊のせいにして殺す事を思い付いたのだ。
キノコ狩りに着いて行き、熊の足跡が近いところで崖に突き飛ばしたのだ。
殺せただけでも嬉しいのに、鳥があの男の損傷を激しくしてくれてスカッとした。獣のような男だから、きっと同類に思われたのだろう。
貧しくとも母との暮らしは楽しいに違いない。
東京での暮らしを思い——やっぱり笑みが零れた。
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