41 京都の呉服屋
ちょい聞いてくれしまへん? 誰かに話したいんどすえ。
うちは京都で一番おっきな呉服屋で、住み込みの女中を最近始めた者どす。
この前旦那様のご子息──これが凄い問題児でしてな──が遂に勘当されてもうたんどす。
坊っちゃん、大の女好きでしてな。
遊郭えらい好きで宵越しの金は持たへんくらい使い込むし、屋敷の使用人に手ぇ出して問題になる事も片手の指では足らしまへん。そないな坊っちゃんに旦那様もほとほと手ぇ焼いとった。
腐っても呉服屋の息子やさかい、坊っちゃんが手ぇ出すのんは決まって美しい着物の女。
特に赤い着物の女に目ぇあらへんのどすえ。「赤を着てる女は男を誘惑してる!」なんて、のたまいもしてましたかいな。
で、坊っちゃんが勘当された理由なんどすけど。
一言で言うたらお得意様に手ぇ出したさかいどす。
その人名家のご令嬢だそうどす。季節に合わした紅葉の着物がえらい可愛らしい方どした。
「あら坊っちゃんの好みやな」
ってみんなで話しとったらその通り。
坊っちゃんは赤い着物――言うか胸に釘付け。
蝶よ花よと育てられた初心な箱入り娘、同年代の殿方に口説かれてご覧なさいやで。そんなん、どないなるかなんて火ぃ見るより明らか。当然のように坊っちゃんに首ったけになった。
坊っちゃんも坊っちゃんで元々女好きどすさかいね。
お得意様のご令嬢に手ぇ出す……なんて危険な遊び、ハマらへんわけがあらしまへん。
今まで遊んどった女中達をほかして、そのご令嬢とだけ遊ぶようになったんどす。
女好きで有名な坊っちゃんが、自分だけを見てる。
それもまたご令嬢がのぼせ上がる理由どした。
暫くご令嬢と坊っちゃんは密会を重ねとった。
けど、初雪降り始めた頃でっしゃろか。坊っちゃん、そのご令嬢にもう飽きてもうたんどすえ。最低どすなぁ。
素っ気のうなった坊っちゃんに、初心なご令嬢の気持ちは暴走する一方。
花占いに頼るのも限界になったご令嬢は遂に――名家の人脈と財力を使うて、坊っちゃんの動向を探り出したんどす。
そないしたら坊っちゃん、今度はちゃう女に手ぇ出しとったんどすえ。
ご令嬢を口説いた時とおんなじ、紅葉柄の着物を着た女に。
それ見たご令嬢はもう嫉妬の炎に燃え上がった。
嫉妬に狂うたご令嬢はその女の身元を突き止めようとしたけど、あら不思議煙を相手にしてるかのようでそれも叶わんと。それもあってご令嬢の嫉妬の炎は一向に鎮火する事はあらしまへんどした。
坊っちゃんの事で思い詰める余り、次第に食事も喉を通らへんくなり、通ってもえずき……そこでようやく、ご両親愛娘の異変に気ぃ付いたんどす。
まずはやつれた愛娘を医者に見したとこ――なんと、妊娠してる事分かったんどす。
手塩に掛けて育てて来た愛娘傷物にされたと、ご両親達はカンカン。
ご令嬢を孕ました犯人坊っちゃんであると分かるや否、顔を真っ赤にして呉服屋に乗り込んで「もうあんたのところで着物は買わん!」て宣言し、仕返しとばっかりに坊っちゃんどころか呉服屋の悪評を広めたんどす。
お得意様を失うたばっかりか、噂のせいで途端に客足途絶えた。京都で2番目に大きい呉服屋にみんな流れたんどす。
勿論業績は落ちる一方。
ここから呉服屋を立て直すのんは厳しい、と女中達も次の働き口を見付けてボツボツ離れていってるんどす。
そうそう、聞いて欲しい事どすけどなぁ。
実はこれ、全部うちが──京都で2番目に大きい呉服屋の女中が──仕組んだ事なんどす。
頂点を潰してうちの業績を上げる為にやったら思惑通りで、嬉しおして嬉しおして誰かに聞いて貰いたかったんどす! うち上手うやったやん? って。
あのあほ息子を落とし入れる為に、紅葉柄の着物を着て誘惑したのもうち。身元が特定できひんかったのは、うちも商家の庇護下やったから。
あいつ女の胸しか見てへんのどすかね。うちの顔を見てもなんも思わへん思わへん。
そないな男やから人に利用されるんどすえ、なあ?
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