一夜
「ここは…?」
周りを見渡すと俺以外に三人。猿の面をつけた中高生ぐらいの背丈の子、犬の面をつけた小太りのおばさん、雉の面をつけたスーツの男性が俺と同じく席についていた。
≪白参、黒壱、処刑可能数は壱です。今宵、謀叛者を処刑できれば白陣営勝利。できなければ黒陣営勝利です。問答時間は三十分、開始です≫
無機質な声で現実を突きつけられた。夢ではなかったようだ。
天井を見上げるとタイマーがあり、既にカウントはスタートしている。
「一体何なのよこれは!?」
おばさんがヒステリックな声を上げて叫ぶ。
「そうだ! 夢じゃなかったのか!? 家に帰してくれ!」
雉のサラリーマンも叫ぶ。開始から荒れている、時間は有限なのに!
「祈祷師宣言! 私は≪貉≫を占った! 貉は白で農民だ!」
全てを裂くように猿面の子が叫んだ。声は女の子のようだが…。それにしてもありがたい、猿、犬、雉が対面にいるということは俺が消去法的に貉だ!
「な、なにをいって」
震える声で犬が言う。
「二人は祈祷師であるって宣言がある? ないなら私が本物よ」
猿が強い口調で言い、有無を言わせぬ語気で犬と雉は口を噤む。
「ないようね、つまり私と貉は白確定。犬と雉のどちらかを処刑すればフィフティフィフティで白の勝ちね」
「そうだね。まぁ、仮に偽物が出たとしても二人を君とそいつの二択だから確率的にはかわらないけどね」
「ええ、そのとおり。アンタを占っといてよかったわ」
口元だけが見える猿面の子がニヤリと笑う。
犬と雉よりはよっぽどしっかりしている。
「ちょ、ちょっと! 勝手に進めないでよ! その子が偽物の可能性だって!」
本物の馬鹿かこいつ?
「犬のおばさん、それはありえないよ」
「な、なんでよ!」
「私がいないと、この四人の中に祈祷師がいなくなる」
「いなくてもおかしくないでしょう!?」
そんなわけあるかよ。
もう印象で犬はわかってない白だと感じてしまう。
雉は…。顎に手を当ててブツブツとなにかを呟いてるな。
「あのね。この祭事ってのは農民が二人、祈祷師が一人、そして敵が一人絶対に含まれているの。で、誰かを絶対に処刑しなければいけない状況で判断材料になるのは祈祷師の占いだけ。わかる? 名乗り出なきゃ白三人が死ぬ確率が上がるのに名乗り出ないのは死にたいって言ってるようなもんでしょ? つまり祈祷師は絶対に名乗り出る。そして対抗がいないアタシが本物、それに占われた貉も白ってこと。結論として犬と雉、アンタらしか敵って選択肢がないの!」
「な、なるほど…!」
導かれてるわ。
「ならば、その犬が謀叛者だ。処刑して終わりにしよう」
冷静になったであろう雉が言う。
「な、何を言って!」
「僕から見れば猿と貉は白確定で、僕は白だ。犬、お前しか敵の候補はいない」
「ど、どういうこと…?」
あー、単純に何も理解できてないのか…。
何も知らないまま死ぬのも嫌だろうし少しぐらい教えてやるか。
「犬のおばさん、この戦いは白が3で黒が1。ここまでは分かる?」
「え、ええ」
「貴方の視点から見て、祈祷師は一人しか出ていないから本物だから白。その祈祷師に白だと言われた俺も白。結論、貴方が白だと言い張りたいなら自分しか白があり得ないんですよ。つまり、貴方から見て雉は黒なのに嘘をついている敵ってことです」
「へー…、って私は農民って奴よ! 謀叛者って奴じゃないわ!」
「だからそれを証明するために雉の偽物と思う部分とかを言い合えって言ってんのよ!」
猿がキレた。
気持ちはわかるけど。
「私は白だから雉は黒よ!」
「それは指摘じゃない!!」
おいおい、漫才やってる場合じゃ…。
雉を見ると口角が少し上がっている。命の瀬戸際なのに笑う?
「もういいか? 明らかな時間つぶし、もうそいつが黒だろう? 犬を処刑して終わりにしよう」
雉が言う。
「うるっさいわよ鳥野郎! アンタが黒ってことは分かってんだから!」
「さっきの貉の指摘でね」
はあっ、と猿が嘆息する。
お面に右手を当てながらこちらに話しかけてきた。
「アンタは黒がどっちか分かる?」
「雉だ」
即答する。
驚き、場は静まり返る。
きょとん、とした様子の猿が笑いながら続ける。
「それは、何故?」
「簡単だ。一番最初の出方だよ」
犬のおばさんが首をかしげる。
雉は、唇を震わせて随分と余裕がないようだ。
「雉、お前は最初に『そうだ! 夢じゃなかったのか!? 家に帰してくれ!』そう言って動揺していたな?」
「ああ、そうだ。あの時は気が動転して…」
「その割にはすぐに落ち着いていたな? 犬はずっとキャンキャン吠えていたのに」
吠えていたって何よ! と外野がうるさい。
無視して続ける。
「犬はそのあとも猿に食って掛かった。本当に何も知らないんだろうな。知識量的にも態度的にもおおよそ黒とは思えないのが一つ。
そしてもう一つ。お前と犬は猿に一喝されて黙った。そのあと犬はわからないことを全て俺たちにぶつけてきたが、お前はぶつぶつと何かを呟くだけだった。一体何を言っていた?」
「それは…。そんなこと関係ないだろ!」
「あるさ、これは話し合って一人を決めるルールなんだぞ? 怪しい行動をすればそれが弱点になるのは分かるはずさ」
「ぼ、僕は分からなかった!」
「ならば何故一言も発さずに聞こうともしなかったんだ?
猿の説明は人狼を多少なりとも知っていなければ、すぐにはわからないものだった。なのにお前は追加で聞こうともしなかったな。犬は即座にわからないと返したのに!
それにわからないと言っているがな、お前は『明らかな時間つぶしだから処刑しよう』と言った。確かに会議の時間は大切だ、一挙手一投足が大事になってくるこの祭事においてはな。
その時間で猿と犬がやりあっている最中にブツブツと呟く様は俺にはな、『祈祷師に出ようか悩んでいる』ようにしか見えなかったよ」
雉が黙りこみ、ギリリと歯軋りする音が聞こえる。
「お前の作戦はこうだ。まず最初に気が動転しているように見せて待機する、祈祷師宣言した人物を見て自身も名乗り出るかどうかを決める。犬が祈祷師ならお前は宣言したのだろう? 彼女なら信用勝負に勝てそうだから!
だが祈祷師は猿。淀みなく宣言する彼女を見てお前は信用勝負は無理だと判断した、あのブツブツと言っていたのは考え事を口に出してしまう癖がお前にはあるのかな?
だから内容を俺たちに言いたくなかった。次点の策として犬をスケープゴートにする作戦に出た。なぜならば白と違い黒には味方がいないから能動的な行動に出ないと負けてしまうから! それが時間つぶしだから処刑しようという言葉に俺の中では繋がった!
結論はこうだ! お前は動揺した振りをして潜伏、祈祷師が強そうだからそのまま潜伏を続行して犬を蹴落として勝とうとした! これがお前の行動のすべてだ!」
≪投票時間です≫
ちょうどいいタイミングで時間が来た。
目の前には犬・猿・雉の三名の名前が載った用紙が現れて、そこには処刑したいものの名前を丸で囲めと書いてある。
俺は迷いなく雉を囲んだ。
そもそも四人で一吊りならばどうしても運の部分が出てきてしまうのだ。外れなら諦めよう。
≪投票が終了しました。結果、雉3票・貉1票≫
≪雉が処刑されます≫
俺の正面に居た雉が光の粒子になって消えていく。
声は聞こえないが、怨嗟の表情と口の動きで何を言っているか分かってしまった。
≪黒陣営を全て処刑しました。白陣営の勝利です≫
「地獄で待ってるぞ、ねぇ」
生き残ったというのに、俺の心はちっとも嬉しくはなかったのだ。