始まり
「此度の不幸、お悔やみ申し上げる」
気が付いたら真っ白の部屋で道服を着た男性が俺に告げる。
いきなりのことで理解が追いつかない。
「ここは?」
思わず聞いてしまうのも無理はないだろう。
なんて言ったって周りに色はなく、部屋と評したが空間に繋ぎ目のようなものは見えず、真っ白な地平が広がっているのと変わらないのだから。
「ここは生と死の谷合。汝は既に半死人だ」
謎が深まる。そもそもこの御仁はいったい誰だ。
黒を基調として金の刺繍が丁寧に編み込まれた道服を纏った男など知り合いにはいない。いたら忘れはしないほどの強烈な印象を俺に与えているのだから。
「よいか、心を強く持て。これより始まる儀式の説明を行う故な」
「はい」
ヤバい奴かもしれない、素直に従った方がいい。そう思って大人しく従う旨を伝えると、男性はフッ、と体の力を抜いた。
「素直で助かる。他の者は大暴れした故な」
「はぁ……」
褒められたが、こちらとしては理解ができていないだけなのだが。
だが、彼の次の言葉で他の人が暴れたという理由も分かった。
「汝は先刻、事故に巻き込まれて死にかけておる。これを見よ」
男性が両の手で柏手を打つと、俺の目の前に白い靄が集まって映像を映し出す。奇妙奇天烈な光景ではあるが、その靄が映し出したものの方に俺の思考は向く。
場所は高速道路、状況は十数台が絡んだ大事故のようだ。赤、黒、スカイブルー、順々に巻き込まれている事故車を確認していくと、そこにある一台の車に見覚えがある。毎日乗り回しているそれはフロント部分が見事にひしゃげており、ひいき目に見ても乗車している人間はただじゃすまないだろうと思えるほどの酷い有様だった。
「俺の車……」
「うむ、この高速道路で起こった事故で汝の車は大破。自身は投げ出されて全身が骨折。まあ、このままなら助からぬ」
「つまり、ここからあの世に行くんですか?」
男性は手のひらを俺に見せつけて首を振る。
そして、非常に困った顔で顎髭を擦りながら、吐息とともに口を開く。
「それが違うのよ、此度の事故は我が閻魔帖に記されておらぬ偶発的なものでな。我々としても困ったものなんじゃわ。
長年、人を裁いておるとこのようなことは、ままあることだがな」
男性は処理が面倒なのよなぁ、と愚痴るように吐き捨てる。
その姿はまるで出来の悪い部下を持った中間管理職のようで、何故だか親近感を感じて少し笑ってしまった。
俺は誤魔化すようにゴホンと咳払いし、道服の男に問う。
「あの、つまりどういうことなので?」
「ああ、すまぬすまぬ。つまりはじゃな? この事故で世の均衡を乱す想定以上の死人が出てしもうての。この場合は完全死人の者は手遅れじゃが半死人、ようはまだ辛うじて生きておる汝たちを蘇生してやるのが地獄の仕組みなんじゃ」
「って、ことは俺は生き返ることが?」
「うむ、出来る」
やったー、と叫ぼうとしたら「ただし!」と遮られた。
「既に完全に死んだ者たちの残留した生の欠片を集めて汝らに注ぎ込む故、半死人の汝ら全員を蘇生するわけにはいかぬのじゃ。
そこでじゃ。地獄ではこのような祭事が行われる」
目の前の男性、言いぐさ的には閻魔なのだろう。彼が出したのは横が七センチ、縦がその倍の大きさの厚手のツルツルした厚紙だ。それを俺に手渡す。
紙に書かれていたのは『農民』。もちろん、意味は分からない。
「汝、下界で行われる人狼ゲームを知っておるか?」
「ええ、話し合いで人にまぎれた狼を吊って、狼と人間が同数以下になる前に狼がいなくなれば勝ちってテーブルゲームですよね。何度かやったことがあります」
男性は顎髭を擦りながら、うんうんと満足そうに頷く。
「うむ、それじゃよ。それを生き残った者たちで行ってもらう」
説明するぞ、と先ほどの靄の集まりが男性の背後に集まりホワイトボードのようになる。
「先の事故で生き残った者は四名、まぁ、よう死んどるわな。その者たち、つまり汝たちをこの場所から意識だけを繋げて話し合いをさせる。そのうち一人を処刑し、『謀叛者』、ああこれが祭事での狼の名称じゃ。そやつが残れば『謀反者』のみ生還する。逆に謀叛者を吊るせれば汝ら三人は生還できる。ちなみに汝の役割は『農民』、何も能力を持っておらん役回りじゃ」
「人狼でいうところの配役はお教え頂けないのですか?」
「そう急くな。この白き靄に映すぞ」
閻魔様がもう一度柏手を打つと靄に文字が書かれだす。
≪白4・黒1、配役は農民、農民、農民、祈祷師、謀叛者。役職欠けはなし≫
「祈祷師というのは?」
「占い師と言ったらわかるかのう?」
つまり、村人側の白陣営か人狼、このゲームでは謀叛者か、黒陣営か分かる役割の人間ってことか。
欠けなしは人狼ゲームは初日に絶対犠牲者が出るがそれは確定で農民だ。ようは農民二人、祈祷師、謀叛者の組み合わせでの話し合いは確定ってことだな。
「理解できたか?」
「はい。でも一つ聞きたいことがあります」
「ほう? 言うてみい」
「その、生の欠片を集めても四人全員助けることはできないんですか?」
「出来ぬ」
きっぱりと暫定閻魔様が言った。
その目はとても澄んでおり、口にする言葉に嘘はないと自然と思えた。
「そもそも生の欠片を集めたとて一人を蘇生が出来るかどうかのにも満たぬのよ。林檎の搾りかすを懸命に握りつぶしても雫程度しか滴らぬじゃろ? そういうことじゃ」
「じゃあ三人もどうやって蘇生を?」
「三人の場合は厳密には蘇生ではなく延命になるな、たとえここで助かっても近いうちにまたこの空間へ誘われるじゃろう。その時にまた祭事に勝利し他者の命を食らって延命していく。そうやって現世の均衡を取っていくんじゃ。例えるなら蝋燭の継ぎ火と言ったところか。
一人の場合は簡単じゃな、多少寿命が減るだけで祭事はもう起こらんじゃろうよ」
ちょっと待った。俺たち白陣営が生き延びると関係ない人まで巻き込んでしまうってことか!?
「なんか考えておるようじゃがの。汝らが生き延びても事故で死ぬ奴らが直接地獄に行くか、祭事に巻き込まれて延命できるかの選択を増やすのじゃ。むしろ巻き込まれる奴らにとってはいいことじゃぞ?」
「なるほど」
事故が発生するのは決定していて、死ぬことは確定してるけど祭事を挟んで延命のチャンスをその人たちに与えているのか。
まとめると俺たちが全然水が入っていないコップで、別の事故の人たちが水の入ったコップ。
別の事故の人たちは本当なら水道に水をそのまま流すけど、祭事を間に挟むことで水入りコップを俺たちに注ぎ変えたりする。何年かかってもそれを繰り返し、あの世とこの世でバランスを結果的に取れればいいってことか。
「うむ、その通り」
……口に出していたのか?
「儂は閻魔じゃぞ? 人の頭の中を読むぐらい簡単じゃ」
「なるほど」
閻魔様で合ってたみたいだ。
とはいえ、勝手に頭の中を覗くのはやめていただきたい。
「納得できたようだな」
「はい、後のことは生き残ってから考えます」
「よろしい! それでは地獄の大審判官! 閻魔の名において祭事≪生魂選別の儀≫を開始する! 今宵、選別されるべきは四名! 問答の果てに地獄に送るべき魂を決めよ! 泰山府君の名に誓い儀は全てにおいて公平である!」
白い空間が裂け、俺はいつの間にか円卓に着席していた。