回復でひろがる愛とつながる心
この物語を一読すると選択した皆様方へ
ありがとうございます。
そして
本当に申し訳ない。
「ありがとうございましたっ!!」
大きな声を上げて一人の少年が頭を下げている。
少年がいる場所は建物の受付のような場所だった、受付のカウンターにいる女性に彼はお礼をしているのだ。
「はい。今日からヨシュアさんは冒険者になりましたが、教育講習で学んだ事を忘れずにこれから頑張って下さいね」
少年の名はヨシュア。
この日、ヨシュアは冒険者としての人生をスタートさせたのだった。
ヨシュアの眼は爛々としていて、まるでこれからの冒険の日々に胸を躍らせている様であった。
「はいっ!では今から可能な依頼を紹介して下さいっ!!」
時間は昼に差し掛かる前、新人への依頼としては厳しい難易度とされる夜まではまだ時間もある。
「はい。それでは・・・付近での薬草採集の依頼が一件ありますね、この依頼は・・・採集した薬草の買い取り価格がそのまま依頼料という事になるようです。根の球根部に薬効があるので最悪上の茎や葉が枯れていても問題ないみたいですね」
「分かりましたっ!それでお願いしますっ!」
「はい。それではこの依頼はヨシュアさんが受領という事になりますね・・・あっ、他の人もこの依頼を受けてるみたいですね。一応伝えておきますが依頼品の強奪はご法度ですよ?」
「はいっ!ちゃんと自分で取ってきますっ!!」
その後、依頼を紹介されたヨシュアは薬草のある安全な採集地の場所等の説明を聴き、元気よく返事をして冒険者ギルドを後にしたのだった。
ギルドを出発してから一時間後。
ヨシュアは目的の採集地へと到着した。
(よし、説明のあった薬草を採集しよう)
ヨシュアは採集の仕事を始めた。
ギルド内と打って変わって彼は黙々と作業を続けた。
講習では魔物は音に敏感で、大人数の音には近づかない様にするが少人数と思われる程度の音なら探して襲い掛かって来ると教わったからだ。
採集を始めてから三十分程経過した頃、ヨシュアの右腰にぶら下げられた小さな麻袋が満杯になりきる前に彼は採集を終えた。
採集を終えた箇所は薬草が一定の範囲に少しづつ残った状態だ。
これは、群生地等で採集物を取りつくしてしまうと次に来た時採集出来なくなるどころかその場所から根絶してしまう恐れがあるからであり、魔物と遭遇した時に余計な重量を失くす意味合いもあるからだ。
(もう戻ろうかな・・・?)
ヨシュアが採集を切り上げてその場を去ろうとした時、彼の耳に音が入り込んだ。
草擦れ
枝の折れる音
体重の軽い人が地面を蹴る音
四足の獣が細い足で鋭く土を刺して蹴る様な音
人が大きく口を開けて過剰なまでに空気を取り込み吐き出す音
獣の鋭角な歯を擦り更に大きく裂けた口の端々から空気が漏れ出す重く低い音
それらに交じって掠れてとぎれとぎれに聞こえる
「助けて」
それら全ての音が近くの木々の中から急速に近付いて来る。
ヨシュアがそれらの音に反応して身構えた直後、それら一人と一匹は姿を現した。
その光景は一人の女性が一匹の狼に酷似した獣に追いかけられている様だった。
それらを直視して、瞬時にヨシュアは自身の知識から分析を行った。
女性。
装備品は腰に小型のナイフと小さい麻袋、胸部を護るのは革鎧だがそれ以外は動きやすさ重視の布の服。
目立った怪我は特にないが、発汗や呼吸からかなりの体力が逃走で削られている様だ。
獣。
四足歩行。
武器は爪と牙、最も危険なのは大きく裂けた口から覗く幾本の大型で鋭利な牙。
魔物化した獣特有の皮膚が裂傷して、裂傷部から見える薄っすらと赤く発光して肥大化した筋肉。
ダメージを受けた形跡はない上に、体力は有り余っている様子だ。
まだこちらには気付いた様な素振りは無い。
ヨシュアは魔物への奇襲が可能だと判断すると直ぐ様、左腰に提げてある剣を抜きながら魔物へと前進した。
魔物の進行方向から剣の間合いに魔物が入るまでの距離は目視で大股二十歩程度の距離がある。
五歩
まだ魔物はこちらの存在に気付いていない。
十歩
獲物を追っていた魔物だがこちらの足音かそれとも気配に気付いたのか、魔物と目が合った。
十五歩
魔物のターゲットがこちらに切り替わった。
顔をこちらに向け、身体を捻って体制を立て直した。
最初に予想していた進行方向から修正しなければいけなくなった。
歩幅を小さくしつつ方向を相手の正面から向かう様に方向転換していく。
ヨシュアが完全に魔物を正面に見据えた瞬間に、魔物は一気に距離を詰めて来た。
「えっ!?はやっ!!」
ヨシュアは急激な魔物の加速に驚愕した。
彼の予想よりも魔獣は格段に素早く感じたからだ。
ヨシュアがそう感じた理由は自身も魔物もお互い向かい合って前進している上に、魔物が女性を追っていた時は下手に抵抗を受けない様に、獲物の体力が切れる事を狙い敢えて速度を抑えていた為だからである。
それが、直接的な危害を加えてくる相手ならば話は別で早急に倒す必要がある。
本能でその事を理解している魔物はヨシュアの首に向かってその鋭利な牙を突き立てようと大きく口を開けた状態で突っ込んでくる。
急な速度の変化についてこれずに間合いを見誤ったヨシュアは、回避の為に体制を左側へ崩しながら首を僅かに傾けた。
その結果ギリギリで首筋への攻撃を薄皮一枚で回避する事が出来た様だ。
「くっ・・・そぉっ!!」
ヨシュアが吐き捨てる様に悪態を吐きながら、体制を立て直すと魔物側も同じくヨシュアに向き直り互いが互いの間合いの外側で身構える。
目と目が交錯し、相手の動きの先をみようとして一歩も動けない。
空気が重く張り詰め、ドロドロと纏わり着いて来るものへと徐々に変わっていく。
「・・・すぅぅ」
ヨシュアは両手で剣を持ったまま剣先を後方へ向けて自身の身体に隠す様な体制になり、深く息を吸った。
魔物も体勢を低くしてただ一点を見ている、それは先程食らい付き損ねたヨシュアの首である。
ヨシュアが息を肺一杯迄吸って呼気を止めた瞬間。
魔物が動いた。
その動きは一切の迷いなく一直線にヨシュアの首へと駆ける。
ヨシュアはその場から動かずに迎え撃つ。
魔物の頭が剣の間合いに入ろうとした時、ヨシュアが身体を左へと捻りながら半歩前進する。
だが、此れでは魔物が剣の間合いの内側に入ってしまいヨシュアは攻撃を当てられない、それどころか魔物がヨシュアの首目掛けて全身で飛び掛る前にこれらの動作を起こしてしまっているので、先程の様な回避行動は読まれてその動作に合わせて首に狙いうちにされる。
このままでは魔物の牙がヨシュアの首に突き立てられてしまうだろう。
大きく裂けた魔物の口がドンドン近付いて来る・・・その数舜前、ヨシュアは上半身を反対である右へと捻る。
不意に魔物の口に何かが無理やり押し込まれた、その勢いは魔物の身体が宙に飛び上がってたことも相まって頭部が中空で勢いが相殺される程だった。
押し込まれた何かは棒を横にした様なもので、魔物の口角は後方いっぱいに押された状態になっている。
魔物が戸惑いながらも何が口に押し込まれたか確認すると。
それはヨシュアの左腕だった。
「うわぁぁぁぁっ!!」
ヨシュアは雄叫びをあげ、魔物に左腕を噛ませた状態で地面に叩き付けてそのまま押さえ込んだ。
地面とヨシュアの腕に挟まれた魔物の顔は首を振って抜け出そうとしたが、ヨシュアの全体重で地面に後頭部が押さえ込まれて上手く首が振れない。
ならばと自慢の牙で腕に深手を負わせて怯ませようとしても、ヨシュアが装備している革製の小手の所為で歯は上手く通らずに、ヨシュアの皮膚迄は貫けても腕そのものへの大きな傷を付ける事が出来ない。
魔物はその状態から脱出しようと抵抗するが、次の瞬間にはその喉に鋭い痛みと衝撃が走った。
その原因はヨシュアが右手で持っていた剣だ。
ヨシュアは魔物を左腕を噛ませた状態で押さえ込んでいる間に、右手に保持していた剣を魔物の喉に突き立てたのだった。
ヨシュアによる致命的な一撃を受けた後は、一秒、二秒と時間が経つにつれて魔物の動作は急激に弱々しくなって行き、三分も経つ頃には魔物は絶命していた。
魔物が絶命した後も、暫く押さえ付けて剣を突き立てた体制を維持して確実に動かなくなったのを確認すると、ヨシュアは剣を抜いて緊張を解いた。
ヨシュアは初めて魔物を殺した感触に、高揚感と虚脱感の両方を感じながら呆けていたがハッと現実に引き戻された。
魔物に追いかけられていた女性が離れたところから声を掛けながら近付いてきたからだ。
「すいませんっ、助かりました!あ・・・あの、その大丈夫ですか・・・?」
ヨシュアの近くに来るなり、彼女は謝罪と感謝を発しながら怪我をした左腕を見て心配する様な言葉をヨシュアへと掛けて来た。
「あ、いえ。こっちは大丈夫ですよ、貴女も大丈夫ですか?」
先程迄呆けていた事もあってか特に意識もせずに、オウム返しの様にヨシュアからも相手を心配する言葉が出た
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ココがヨシュアにとってのブンキテンとなった
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「は、はいっ!私は何ともっ!でもっ、あの、あ、貴方の左、腕が・・・」
ヨシュアはそう言われて初めて魔物に嚙ませた左腕を確認した。
噛み傷を中心に皮膚が赤黒く変色して膨れ上がり、傷そのものからはとめどなく血が流れ続けている。
それを見たヨシュアは不味い事になったと認識した。
これは毒だ。
獣に嚙まれると口内に潜んでいる菌や寄生虫等による作用でその箇所から膿んでいく。
対して魔物化した獣の口の中は、元々潜んでいた菌や寄生虫は死滅する。
しかし、それ等の死骸から滲み出る毒素が魔物の口には充満しており、嚙まれると即効性の高い複数の毒物が獲物の体内へと侵入してくるのである。
そして、ヨシュアが戦った魔物も例にもれずその口内にはしっかりと毒物がひしめき合っていたのだった。
ヨシュアは直ぐに自身の装備で、革鎧以外の布の服から一部を切り裂いて布紐を用意した。
そして、毒が広がっている部分と無事な部分の間をその布紐で欝血するぐらいの力で強く締め上げた。
ヨシュアは考えを巡らせる。
ギルドのある街迄の距離、現在の自分の体力で走れる速度と距離、毒が身体に巡りきる時間。
それらを計算して何とか現状を打開しようと考えていると、再び声が掛かる。
「あ、あのっ!私・・・なら、どうにか出来るかも・・・知れません・・・」
彼女はそう言うとヨシュアの左横に座った。
「それは・・・貴女には他者を回復させる術がある、と?」
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カノジョをタスけなければ・・・
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彼女の言葉に驚きながらもヨシュアがそう尋ねると、彼女はコクリっと頷いた。
「えっと、私は特殊な回復魔法を・・・使うんですけど、それでも・・・良いですか・・・?」
ヨシュアは自身の知識から、もしかして彼女は神殿に仕える巫女なのかもしれないと考えた。
この世界において傷の修復や解毒等は、回復魔法と錬金術師が造る薬物においてもたらされるものだ。
そして、回復魔法を細分化すると一部の冒険者が使う簡易回復魔法と、神殿に努めている者達が神の御業として行使する神聖回復魔法に分けられる。
簡易回復魔法は、患部に活性化を促す様に調整した術者の魔力を直接流して細胞の増殖速度と能力を一時的に底上げして治療するやり方だ。
但し、この簡易回復魔法は雑菌等にも影響を及ぼす為に患部を清潔にして、余計な雑菌を取り除かなければならなず、毒や感染症等の恐れがある場合は危険すぎる為に推奨されない。
神聖回復魔法の方は、神に祈りと共に術者の魔力を捧げてる事によって発動する奇跡の魔法だ。
この回復方法は患者の状態を、正常な状態へと書き換えると云った効果がある。
つまり、裂傷や骨折、病気に毒状態等あらゆる異常状態から正常な状態へと戻す事が出来ると云う強力なものだ。
そして、この神に祈りを捧げるという行為は信仰している神々によって違い、中には常識では考えられない様な行為をするものもあるのだ。
これらの事からヨシュアは彼女が言っている特殊な回復魔法とは神聖回復魔法の事なのではと結論付けた。
「可能なら、お願いしますっ」
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カノジョとデアわなければ・・・
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ヨシュアは藁にも縋る気持ちで彼女の厚意に自身の進退を委ねた。
「っ!?・・・はい!!」
元気よく返事をした彼女は、自身の左手をいそいそとヨシュアの傷口の直上にかざして自身の腰に提げていたナイフを右手で取り出し、思いっきり左手の腹に突き刺した。
彼女の左手からはドクドクと血が流れてヨシュアの左腕の傷口に降り注いだ。
突然の彼女の奇行にヨシュアは理解が追い付かずに固まっている。
彼女はヨシュアの驚愕の表情を見て、思い出した様に話した。
「あ、わっ私が使う回復方法は自分の血を使うんです」
そう彼女は言ったがヨシュアは更に困惑した。
ヨシュアも各宗派の神聖魔法がどの様な行為をするのか、その全てを網羅している訳ではないが彼が知っている中で術者の血を使う様なものには覚えがない。
ヨシュアが理解不能な彼女の行動に困惑していると、左腕に異変が起こっている事に気が付いた。
先程迄毒の所為で傷口から広がっていた変色と膨張が目に見えて改善されているのである。
この結果にヨシュアは驚愕した。
本当に神聖魔法だったのかと、信じられない結果に彼は更に困惑した。
「はいっ!これで・・・大丈夫ですっ」
ヨシュアが現実を直視できない内に施術は終了したらしい。
「あ、あぁ。ありが・・・とう」
しどろもどろだがヨシュアは彼女に感謝の言葉を掛けた。
「い、いえっ!もともと私が原因・・・みたいなものですし・・・」
そう言いながら彼女は自身の前で両手を振るが、その手のひらに先程迄血を出していた傷口はもう無くなっていた。
ヨシュアはこの儀式による神聖魔法は術者と患者の両方に作用するのだろうと勝手に解釈した。
「・・・それでも助かったのは事実だから、ありがとう」
彼女の自分を律しようとする姿勢にヨシュアは彼女に好印象を持ち、改めて自分は助けられた側でもあると彼女に伝えた。
「・・・え、っと、その、どう・・・いたしまして」
彼女はヨシュアの言葉を受け止めたのか、顔を少し赤らめつつしどろもどろに答えた。
その顔を見たヨシュアは、傷の有った左腕から胸の奥に掛けてチクりと刺されたような感覚を覚えた。
女性へのそういった類の感覚に免疫の無かったヨシュアは聞きかじった知識からこれが一目ぼれと云うヤツかと考えた。
「・・・あ~、僕はギルドに報告しに戻るけどもしよかったら・・・一緒に行く?」
ヨシュアも彼女と同じ様に顔が赤くなっている。
「はいっ!私も一緒に・・・行きます」
彼女も又、ヨシュアと同じ様に赤くなっている。
「そういえば、名乗ってなかったね。僕はヨシュア、君は?」
「ヨシュアさんですね・・・、私は・・・」
こうしてヨシュアの冒険者としての一日目はこうして終わろうとしていた。
ヨシュアの胸に新たな変化をもたらして。
ヨシュアは恐らく恋をしたのだろう。
きっとこの先はハッピーエンド
恐らくそうなるだろう。
彼が望もうと望むまいと。
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ヨシュアは・・・
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最初の感染者になったのだから。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
こちらの作品、色々私生活において諸事情があり創作意欲を失ってしまった私のリハビリ短編作品になります。
色々おかしな文章等、目に付くか所もあるとは思いますがもし宜しければご指摘やご指南頂けると有難いです。
それから今迄投稿していた長編も出来れば早めに続きを書きたいのですが、もう暫く復活には時間が掛かりそうです。
ごめんなさい。
ではっ!!